「空へ落ちる『イレギュラー』な少年と『イレギュラー』な魔女の少女」
EPISODE OF 『エリア・ノクス』最終話です!
巡り巡って辿り着くのは『星屑の軌跡』。
『イレギュラーの存在が観測されました。』
世界のシステムを歪ませ、世界にとって『バグ』の存在が観測されました。
禁忌の魔法により時空の壁を超え、本来存在してはいけない『バグ』。対象者エリア・ノクスを『イレギュラー』として登録します。
「えっ?どういうこと?」
彼女の頭の中へ、感情のないシステム機械音のような声で、直接アナウンスが流れ込んできた。
だが、今の彼女にとって、そんな訳の分からないアナウンスはどうでもよかった。
それよりも、目の前の瞳に映し出された景色――消えた筈の「魔女の楽園」の姿に、溢れる涙が堰を切ったように頬を伝って流れ落ちる。
「成功したのね……。」
「成功したんだわ!!」
「よかった。本当に、よかった……。」
「早くみんなに会いに行かないと!!」
重い腰を上げ、勢いよく立ち上がった彼女は、身体の何処かに異変がないか素早く確認する。
幸いにも彼女の身体は、時空の壁を超える前と全く変わらない姿のままで、禁忌の代償であるはずの『黒くひび割れた跡』すらもどこにもない。彼女は深く息を吐き、心底安堵するのだった。
愛する楽園への入り口の前で、大きく深呼吸をする。
彼女が勢いよく駆け足で一歩を踏み出すと、そこには記憶と全く変わらない、美しき魔女の楽園が広がっていた。
中央に高々と佇む大星樹。魔法の水が織りなすカーテン。そして、色鮮やかな花や瑞々しい果物が実る、あのエリアガーデン。
「本当に、帰ってきたんだわ!」
「早くお母さんに、みんなに会わなくちゃ!」
胸を躍らせ、駆け足でお母さんの姿を探す。
やがて、彼女の瞳に、見覚えのある赤と黒のメッシュの髪色をした女性の背中が映し出された。
「お母さん!!ただいま!帰ってきたよ!」
「…………。」
「ごめんなさい。……どちら様ですか?」
「えっ?エリアだよ!変な冗談やめてよね!帰ってきたんだよ!!」
「本当に本当にごめんなさい。私には、貴方のような娘はおりませんし……エリアという名にも、見覚えがなくて……。」
お母さんの様子が明らかにおかしい。
冗談ではない。本気で自分のことを忘れているのだと悟った瞬間、胸のざわめきが激しく波打った。
冷たい恐怖が全身の血管を駆け巡り、指先から血の気が引いていくのが分かる。
呼吸の仕方を忘れたかのように喉がひきつり、心臓の音がどんどん大きく、頭蓋骨の裏側にまで響くほどの音量で「ドクン、ドクン」と鳴り響き始めた。それはまるで、世界がエリアという存在を異物として弾き出そうとする、不気味な拒絶のビートのようだった。
「嘘……嘘でしょ? お母さん……私のこと、忘れちゃったの……?」
「…………。」
自分の存在そのものが、この世界の歴史から消えてなくなってしまったかのような圧倒的な虚無感。
彼女は恐怖のあまり、その場から逃げ出すようにして走り出した。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」
必死の思いで楽園を飛び出し、すがるような気持ちで駆け込んだブルームタウン。
しかし、そこでもさらなる残酷な現実が彼女を待っていた。
「おじちゃん!! 私だよ、エリアだよ! 昨日一緒にご飯食べたじゃない!!
「んあ? 誰だいお嬢ちゃん。誰かと勘違いしてるんじゃねぇか?ウチは見ての通り忙しいんだ!」
「カグヤ!! カグヤはどこ!? 私の友達のカグヤ!!」
「えっ……? あなた、私の名前をどこで……? 怖いっ、お父さん!!」
カグヤも、八百屋のおじちゃんも、あんなに温かく迎えてくれた街の誰も彼もが、エリア・ノクスという魔女の存在を完全に忘れていた。
世界のシステムによって、彼女の紡いだ絆は、彼女の生きた証は、すべての人々の頭の中から完全に消去され、書き換えられていたのだ。
世界でたった一人、『誰の記憶』にも残ってない孤独な『イレギュラー(バグ)』となってしまった少女。
それから、どれほどの月日を一人で彷徨っただろう。
手を伸ばしても、誰も振り返ってはくれない。声を張り上げても、誰の耳にも届かない。「魔女の楽園から来たエリア」という存在は、この世界のどこを探しても、最初からいなかったことになっていた。
冷たい雨の夜、行き場を失くした心と身体を抱えて路地裏の片隅で膝を抱える日々。何度も、何度も、「もういっそ、このまま消えてしまえたら楽なのに」と、生きる意味さえも見失いそうになった。
けれど、そんな暗闇の中で彼女の心を辛うじて繋ぎ止めていたのは、お母さんや楽園のみんな、あの街のみんなとおじちゃんとおばちゃんの優しさであり、カグヤと二人で飲んだ甘いホットココアの温もりだった。
「(忘れてない……。みんなは忘れちゃったけど、私の中にはちゃんとある。あの日のみんなの優しさは、絶対に嘘なんかじゃない……!)」
あの完璧で、世界一温かかった1日目の記憶だけを宝物のように胸に強く抱きしめ、エリアは泣きながら、それでも必死に今日まで歩いてきたのだ。
自分の存在を世界に証明し直すために。
――そして、運命の歯車が再び大きく動き出す。
周期は巡り巡って、『第一星期・始星』三百年近くの時が経っていた。
ブルームタウンの空から『羊が降ってきた』、あの日のこと。
「あーあ、今日も退屈ね。三百年?もう何年生きてるかも分からないけれど、大魔女のこの私を退屈させるなんて、この街も罪深いわぁ〜」
「おーい!」
「お嬢ちゃん、魔法ってやつを使えるのかい?」
赤を基調としたドレスに被り慣れたウィッチハットの身なりを見てか、通りすがりのおじちゃんが、軽い気持ちで彼女に声をかけた。
「なんで魔法使えると思ったの?」
「以前、王都の方に住んでた頃があってその時に魔女にあったのさ!そんな感じの帽子を被ってたからもしかしたらと思ってな!」
エリアは胸を張って無邪気に笑う。
「使えるわよ!おじちゃん、何か見たい?」
「ハハ、そりゃ頼もしい。じゃあ、羊を十匹ほど出してくれないかい? 孫に見せてやりたくてね」
「お安い御用よ!任せて!」
彼女はおじちゃんの為に「羊を十匹出す魔法」を唱え始めた。
直後。
ゴゴゴゴゴ……!!
「お、おい……?」
おじちゃんの顔から血の気が引いていく。
見上げれば、巨大な魔法陣が、禍々しい光を放ちながら浮かび上がっていた。
どう見ても十匹のスケールではない。世界の終わりが始まったかのような大迫力である。
そう、彼女の魔法は高確率で『イレギュラー(バグ)』が起きる。
空を埋め尽くす雲のように密集するもふもふの群れが、今まさに街へ降り注ごうとしてる。
彼女は魔法陣を見上げ、てへっと頭をかいた。
「ごめんなさい!失敗かも!えへへ♪」
「えへへじゃねええええええ!!??」
おじちゃんの絶叫を背に、エリアは「やばいやばい!」と大慌てでその場から走り出した。
「うわあああ、どうしよう大惨事だよーーー!?」
迫り来る十万匹のモフモフの脅威に気を取られ、完全に前を見ていなかったエリア。猛スピードで曲がり角を曲がった、その瞬間――
ドンッ!!!
「いったぁぁぁ!!
「ちょっと!ちゃんと前を見なさいよ!」
世界に拒絶され、『イレギュラー』の存在になった魔女の少女。
そして、空へ落ちる『イレギュラー』な少年。
この最悪で、最高な衝突こそが。
後に数々の『イレギュラー』を起こすことになる、何でも屋『星屑の軌跡』の本当の、本当の始まりのページ。
「――カシャ。」
EPISODE OF 『エリア・ノクス』――【完】
エリア目線を書いたのが、このエピソードだったので、まだ謎が残ってる所もあるんですが、それはまた本編の方で関わってくるので楽しみにしててください!
EPISODE OF 『エリア・ノクス』――【完】
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引き続き
物語絵[イレギュラー]〜浮遊都市ルミナリアの何でも屋『星屑の軌跡』〜
を宜しくお願いします!




