「エンカウント・オン・ザ・テーブル」
アストレア王国の下層に位置する、フローラ地区ブルームタウン。
その一角にある何でも屋『星屑の軌跡』の事務所は、今日もいつも通りの、いや、いつも以上に騒がしい朝を迎えていた。
「ルクス、ちょっとそのカメラ退けてよ。ハチミツの壺が置けないじゃない。……ん〜、今日のハチミツは格別ね、えへへ」
テーブルの特等席を陣取り、スプーンですくったハチミツを幸せそうに頬張っていた。
「おいおい、俺の大事な相棒をハチミツまみれにしないでくれよ。レンズの調整中なんだからさ」
ルクスは苦笑しながら愛用のカメラのネジを締め直す。
あの日、空から10万匹の羊が降ってきた大事件から数週間。
ここまで二人は、なんだかんだと色んな事を起こしながら、この何でも屋の日常に馴染みつつあった。
カウンターの奥のキッチンでは、店長がアロハシャツの袖をまくり上げてガハハと笑いながら、豪快に肉料理を煮込んでいる。
――平和そのもの。
だが、その平穏は、文字通り「爆音」と共に粉砕されることとなった。
ドガァァァァァァン!!!
「うわぁっ!?」
「な、何事!?」
ルクスがカメラを抱えて飛び起きる。エリアも驚きでハチミツのスプーンを落とした。
突然、事務所の頑丈なフロントドアが枠ごと凄まじい勢いでぶち破られた。
土煙が舞い散る中、ルクスは反射的にカメラを庇い、エリアはハチミツの壺を抱えて飛び退く。
現れたのは、黒と白のメッシュが入ったウルフカットに、ピんと立った獣耳――エデン騎士団の遊撃隊隊長、フェンだった。
「――そこまでだ『イレギュラー』ども! 王国特務管理局エデンの名において、貴様らを逮捕――」
鋭い眼光。人獣の血を引く獣ならではの俊敏な身のこなしで、腰の双牙短剣へと手をかけるフェン。
戦場では狼のように獲物を追い詰めるという、非の打ち所がないクールで冷徹なエリート騎士の姿——。
のはずだった……。
彼女の優れた五感が、キッチンの鍋から漂う「ある匂い」を完璧に嗅ぎつけてしまうまでは。
ルクスたちがゴクリと息を呑んだ次の瞬間、彼女の鼻がピクピクと激しく蠢いた。
フェンの獣耳が激しく跳ね上がった。
次の瞬間、彼女の鋭く冷たい気迫が霧散し、美しい瞳が一瞬でギラギラとした『肉発見』の輝きへと変貌する。
「に、肉……! この匂い……たまらない……! ものすごーーーーく美味そうな肉の匂いがするぞぉぉぉぉぉ!!」
「えっ!? ちょっと待って、何これ!?」
フェンは国家転覆の容疑者であるルクスたちを視界から完全に消去した。
よだれを溢れんばかりに垂らしながら、四足歩行に近い凄まじい野生の獣のようにキッチンへ猛突進。
店長が煮込んでいた大鍋の前へ、ズサァァァッとスライディングを決め、「肉だぁぁ!」と鍋にかじりつかんばかりの勢いで目を輝かせ始めた。
短剣を持った騎士が血眼で厨房に突っ込んできたら、並の人間なら悲鳴を上げる。
だが、この事務所のボスである店長は、迫り来る少女の野生を前にしても眉一つ動かさなかった。
それどころか、お玉を手にしたまま、アロハシャツの胸元をはだけさせて豪快に笑い飛ばしたのだった。
「すまんな!まだできてねぇーんだ、もう少し待っててくれ!ガハハ!!」
「う、うぅぅ……おあずけかぁ……!」
店長から放たれた圧倒的なポジティブオーラと『ガハハ!』の重低音に圧されたのか、フェンはガックリと肩を落とし、まるで餌を待つ従順な犬のように、鍋の縁を両手で掴んだまま恨めしそうに店長を見上げた。
完全に『容疑者のアジト』ではなく『ご飯を待つ実家のリビング』である。
「フェンーーー!! 貴様はまた肉に釣られて単独行動を……騎士団の規律をなんだと思っている。はぁ……」
開いた口が塞がらないルクスたちの前に、壊れたドアからぞろぞろと新たな影が入ってくる。
先頭に立つのは、白銀の髪を揺らし、額に青筋を浮かべて頭のあたりを押さえている男――エデン騎士団長、ゼノ・アルカード。
そして、その背後からカチッとした甲冑を着たカイルが、すかさずゼノに頭痛薬を差し出す。
「団長、落ち着いてください。これが新しい薬です。……それにしても、またフェンがやらかしましたね」
ゼノは深く重いため息を吐き、ようやく視線をルクスたちへと巡らせる。
「すまない、カイル……。ゴクッ。……ゴホン。……お前たちが何でも屋だな?」
「あ、はい、そうですけど……」
只事ではない事を理解した上で、ルクスが恐る恐るキッチンを指差す。
そこではフェンが「……ん、食ったら寝る」と呟きながら、まだ煮え切らない肉をじっと見つめてコックリコックリと眠そうに船を漕ぎ始めていた。
すると、横からレインが「やあ、可愛いお嬢さん。こんなゴミゴミした事務所には似合わない美しさだね」と、信じられないほどの軽薄さでエリアの手を取って微笑みかけた。
エリアは「えへへ、よく言われるわ!」と満更でもなさそうに胸を張っている。
「レイン、お前は初対面の、しかも容疑を掛けられてる少女をナンパするなと、言ってるだろうが」
ゼノの怒声が響き渡る。レインは「ちぇっ、お堅いなぁ」と肩をすくめた。
あまりの落差の激しい集団に、ルクスは頬を引きつらせる。
「あの……そのエンブレムにその甲冑
ってアストレア王国の騎士団の方々ですよね? 何の御用でしょうか……?」
「とぼけるな。……カイル、例の『被害報告書』を」
「はっ」
カイルが恭しく差し出した書類を、ゼノはルクスとエリアの目の前のテーブルに、これでもかと叩きつけた。
そこには大きく、被害『エデン本部への羊10万匹の強制転移』『タップダンスによる器物破損』と書かれている。
「数週間前、我が本部に『十万匹の羊の雨』を降らせ、国家機密機関を数日間にわたって機能停止に追い込んだ罪……言い逃れはさせんぞ」
「えっ……。えぇぇぇぇぇっ!? あの時の羊、よりによって騎士団の本部に落ちてたのかよ!?」
ルクスは頭を抱えて絶叫した。
ずっと気になっていた事があった。
あの時のあの羊たちは一体何処へ転移されてるのだろうかと……。
まさかこんなご都合よく騎士団本部の頭上に繋がっていたなんて。
だが、隣の元凶は違った。エリアはハチミツをペロリと舐めると、実にあっけらかんと笑ったのだ。
「えへへ♪綺麗に転移できたと思ったんだけど、場所が悪かったかしら? 」
「「笑い事じゃねぇぇぇぇ!!」」
魔女の悪びれない可愛らしい笑顔に、ルクスとゼノ団長の『被害者同盟』とも言える絶決が、綺麗にハモって事務所内に木霊した。
こうして。
『問題ばかり起こす何でも屋』と、
『問題児ばかりの王国最強騎士団』は、
最悪の形で出会った。
この日を境に、両者の日常はさらに騒がしく、さらに賑やかになっていくことを、この場の誰一人として、まだ知らない。
[次のページへ]
国家転覆罪の容疑を掛けられたルクスとエリアの下に王国特務管理局エデンの騎士団が来てしまいました!
あの日巻き込まれたルクスも容疑者として容疑を掛けられているのがなんとも言えないですが、
トラブルに巻き込まれるのが多い主人公だな〜と書いてて思います笑
面白いと思ったら、ページ下部の【☆】で評価やブックマークをいただけると励みになります!
引き続き
物語絵[イレギュラー]〜浮遊都市ルミナリアの何でも屋『星屑の軌跡』〜
を宜しくお願いします!




