「王国特務管理局『エデン』」
浮遊都市ルミナリア――その美しき天上の世界を統べるアストレア王国の影には、国家の治安と秩序を一身に背負う最高峰の機関が存在する。
『王国特務管理局 エデン』
王宮直属であり、国家を揺るがす特異事象や機密任務を処理するエリート集団――のはずだった。
世間での彼らの通称は、畏怖を込めてこう呼ばれている。
――「問題児収容所」、あるいは「性格に難がある天才たちの巣窟」と。
「……はぁ」
ここは、特務管理局長室。今日も今日とて重苦しい、胃の底から絞り出したような溜息が響き渡る。
机に突っ伏しているのは、『ゼノ・アルカード』。38歳。白銀の髪に鋭い眼光を持ち、王国最強クラスの実力者として名高いエデン騎士団の団長だ。『みんなの未来のために、自分の人生を使う』と誓った真面目で責任感の塊のような男。
そんな彼が今、切実に求めているのは世界平和ではなく、一本の頭痛薬だった。
「また頭痛か、ゼノ? そんなに眉間にシワを寄せてると、せっかくの強面が台無しだよ。ほら、僕が街の可愛い女の子たちから貰ってきた特製のハーブティーでも飲んで落ち着きなよ」
ソファーにだらしなく寝そべり、美しい金髪を弄りながらウィンクを投げてくるのは、『副団長のレイン・ハザード』だ。周囲の『確率』を歪める神の如き能力を持ち、頭の回転も天才的に早いエデンの参謀。――なのだが、致命的に女癖が悪く、私生活の難がすべてを台無しにしている。
「レイン、お前が連れてくる女たちの揉め事を処理するカイルの身にもなれ……」
「団長、報告書は誤りがないように修正しておきました。こちら、新しい頭痛薬です。」
ゼノの言葉に合わせるように、お盆に乗せた薬をスッと差し出したのは、『騎士のカイル・アーベント』。顔も実力もオール普通だが、このアクの強すぎるエデンの中で『絶対に問題を起こさない』という最大の長所を持つ。ゼノが唯一、心から信頼している心の拠り所で有り、存在自体がオアシスのような部下だった。
「すまない、カイル。お前だけが私の癒やしだ……。ゴクッ……ふぅ。それで、例の『事件』の調査報告はどうなっている?」
ゼノが薬を噛み砕き、鋭い視線でカイルを見る。
――話は、数週間前に遡る。
それは、実におぞましい事件だった。
アストレア王国の誇る特務管理局の本部上空に、突如として巨大な転移魔法陣が出現したのだ。
敵襲か、それとも禁忌魔法の暴走か。ゼノを筆頭にエデン騎士団の面々が武器を構え、迎撃態勢を整えた次の瞬間。
――メェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!
空を埋め尽くさんばかりの大合唱と共に降ってきたのは、無数の、いや、『万を超える、もふもふとした白い塊』だった。
「肉だぁぁぁぁぁ!!動く肉が空から降ってきたぞぉぉぉ!」
降り落ちる羊を見るや否や、獣の耳を生やし、獲物を狩る猛獣のような鋭い目つきで現れたのは、人獣の姿をした女性。『遊撃隊・隊長』のフェン。
「おいフェン!あれは生きた羊だ!食い散らかそうとするな!セレス、歌で羊たちをおとなしくさせろ!」
「はいっ!『この歌が、みんなの力に――』……ああっ……」
セレス。かつては王都で、多くの人々を魅了した『歌姫』であった。『第二次空白戦争』で故郷と大切な人の存在を失い、『もう一度、誰かの心に希望を届けたい』そんな願いを胸に、剣を取ったが……現在の状況は余り良さそうではなかった……。
「私の歌のせいで羊たちがタップダンスを踏み始めました!ごめんなさい……」
「チッ、どいつもこいつも……。俺の『クラフト能力』で『一瞬で羊を毛刈りする全自動マシン』を作ってやる。成功率は50%と言ったところか……」
割って入ってきたのは、翠髪の長髪に眼鏡をかけ、身体中から薬品の匂いや金属の破片が絶えないエデン騎士団の『鍛治師・ギア』。
「ギア!!失敗する方の50%の方を引き当てて、本部が爆破したりしないか?大丈夫か?」
「(頼むから……これ以上、面倒事は起こさないでくれよ……)」
「ミラ、何かないか?」
ゼノが最後の希望を託したのは、黒髪ロングに白ぶちメガネをかけ、ミステリアスな雰囲気のある『エデン騎士団の司書』を務める女性。
彼女は、あらゆる書物を一度読めば記憶し、必要な知識を瞬時に引き出すことができる。
知識の幅は計り知れない。その中でも恋愛知識だけは無駄に豊富。
しかし、実践経験はゼロである。
「恋愛小説の知識によれば、こういう時は『視線の交差』から始まる恋が……あっ、羊と目が合いました!これが、ときめき……!?」
「全員、持ち場を放棄して何をやってるんだぁぁぁぁぁ!!」
-------------->
あの日の地獄絵図を思い出し、ゼノは再び頭を押さえた。
エデン本部は十万匹の羊に埋め尽くされ、機能停止。性格に難がある部下たちはそれぞれ自分の世界に没頭し、結局、ゼノとカイルが徹夜で羊を追い出す羽目になったのだ。
「――で、その降ってきた十万匹の羊の『発生源』が特定できた、ということだな?」
ゼノの低い声に、カイルが真面目な顔で頷き、淡々と調査報告書を読み上げ始めた。
「はい。我が局の調査、およびミラの『ライブラリー』による魔力波形の照合により、原因が判明しました。
ブルームタウンという街で、魔法での羊を召喚する際に、数を『十匹』から『十万匹』にバグらせた大莫迦者がいるようです。
その際、重力の向きを逆転させ、羊を上空に召喚した、転移ゲートへ押し込んだ共犯者がいることも確認されています。」
カイルが差し出した書類には、街の住人からの目撃証言がバッチリ記載されていた。
――金の髪を持つ、重力反転の能力者。
――そして、高確率で魔法をおかしくする、自称三百歳の魔女。
「……ん? 金の髪?レイン? お前また現場の近くで女をナンパしてただろ」
「えっ、僕!? 違うよゼノ、濡れ衣だ!!」
疑いの矢印の向きが急にレインへと変わり、動揺する。
「なら、いいが……見つけたぞ」
ゼノがパキリ、と拳を鳴らす。その背後に漂う圧倒的な王者の覇気に、レインも苦笑いを浮かべた。
「ブルームタウンの『星屑の軌跡』っていう何でも屋のガキどもか。僕らの本部を羊の楽園にしてくれたお礼、たっぷりとしに行かないとね?」
ルクスとエリアは知る由もない。今この場で国家転覆罪及び、羊のタップダンスによる器物損壊罪の容疑にかけられ、『国家特務管理局の騎士団』が二人を裁く為フローラ地区ブルームタウンで何でも屋を営む『星屑の軌跡』へと狙いを定めたことを。
「カイル、レイン、フェン、アストレア王国の秩序を乱す『イレギュラー』どもに、特務管理局の恐ろしさを教えてやる。……直ちに出撃だ!!」
王国最強の騎士団は、まだ知らない。
自分たちが向かう先にいるのは、世界を揺るがす凶悪な犯罪者ではない。
ただ、ちょっとだけ『イレギュラー』な事が多い何でも屋だということを。
「次のページへ」
国家特務管理局の騎士団
の登場回でした!
1話で「空から羊が降ってきた日」にルクスとエリアによって無事にエリアの転移魔法により転移はできたのだが、まさかのまさか羊を転移させた行き先が……。
「面白いと思ったら、ページ下部の【☆】で評価やブックマークをいただけると励みになります!」
引き続き
物語絵[イレギュラー]〜浮遊都市ルミナリアの何でも屋『星屑の軌跡』〜
を宜しくお願いします!




