神との対峙
翌朝。
王都の空は、雲ひとつない青空だった。
「よしっと。」
千乃は宿の庭へ出る。
神化した姿は、まだ解けていない。
メタルピンクのゆるふわウェーブの髪。
右目は太陽のような金色。
左目は優しいピンク。
純白に真紅と金の紋様が入った衣。
背中には六枚の光の翼。
神靴を履き、ふわりと地面から浮かび上がる。
「今日は飛ぶ練習?」
ララがうさぎ姿でぴょんっと跳ねた。
「うん!」
「昨日は旋回ばっかりだったから、今日は急停止とか急加速とか!」
「ほどほどにな。」
真銀が苦笑する。
「分かってるって。」
千乃は笑顔で手を振り、そのまま空へ。
ヒュンッ。
一瞬で宿の上空まで駆け上がった。
「速っ!」
ララが耳をぴんと立てる。
ライは空を見上げたまま、小さく呟く。
「……来る。」
「え?」
真銀も表情を変えた。
「気配か?」
「十二。」
「いや。」
ライは目を細める。
「二十。」
「全部強い。」
---
その頃。
王都の外周。
黒い外套を羽織った男たちが、静かに街を見下ろしていた。
老人。
大男。
細身の女性。
双剣使い。
大盾を背負った騎士。
長弓を持つ狙撃手。
魔導師。
全員から放たれる気配が異常だった。
SS級。
いや。
その中には、現役を退いた「伝説」と呼ばれる冒険者まで混じっている。
老人が空を見上げる。
「確認。」
「神格保持者。」
「飛行中。」
隣の女性が静かに答えた。
「周囲に民間人、多数。」
老人は頷く。
「街中では仕掛けない。」
「郊外へ出た瞬間を狙う。」
「了解。」
誰一人として声を荒げない。
それだけで、この部隊の練度が分かった。
---
一方。
千乃は空を楽しそうに飛び回っていた。
「わぁ!」
「気持ちいい!」
くるり。
一回転。
急降下。
地面すれすれで急停止。
「もう完全に慣れたね!」
アイシィが嬉しそうに微笑む。
「本当に。」
その時だった。
ピクリ。
千乃の翼がわずかに震えた。
「……?」
「どうした?」
真銀が尋ねる。
千乃は空の一点を見つめる。
「誰か……いる。」
「見えるのか?」
「ううん。」
「でも。」
「敵意。」
その一言で、空気が変わる。
ライが前へ出た。
「私も感じた。」
ララも耳を伏せる。
「やだ……。」
アイシィの表情から笑顔が消える。
「囲まれています。」
---
次の瞬間。
ヒュンッ!
黒い影が一つ。
屋根の上へ降り立った。
続いて。
ヒュン。
ヒュン。
ヒュン。
二人。
五人。
十人。
二十人。
宿を中心に、円を描くように包囲していく。
逃げ道はない。
老人が一歩前へ出た。
「神格保持者。」
静かな声だった。
しかし。
王都中に響くような威圧感がある。
「千羽千乃。」
「……。」
千乃はゆっくり地面へ降り立つ。
真銀は自然に千乃の前へ出た。
「何の用だ。」
老人は真銀を見た。
「夜坂真銀。」
「従魔三体。」
「確認済み。」
ライが低く唸る。
「こちらの情報まで。」
「当然だ。」
老人は感情を見せない。
「我々は。」
ゆっくりと外套を外した。
胸元には古い紋章。
翼を囲む鎖の紋章。
「神捕獲隊。」
その名前を聞いた瞬間。
ライの瞳が揺れた。
「……存在していたのか。」
真銀も眉をひそめる。
「知ってるのか?」
「ああ。」
「神話の時代から続く組織だ。」
老人は静かに告げる。
「我々の目的は一つ。」
「神格保持者の捕獲。」
「保護ではない。」
「討伐でもない。」
「捕獲だ。」
千乃は首を傾げた。
「……やだ。」
あまりにも即答だった。
周囲が一瞬静まり返る。
老人も少しだけ目を瞬かせる。
「理由を聞こう。」
千乃は真顔で答えた。
「捕まりたくないから。」
「……。」
「あと。」
「普通に嫌。」
ララが吹き出した。
「それはそう!」
真銀も思わず笑いそうになる。
ライは額に手を当てた。
「実に千乃らしい。」
しかし。
老人は表情を変えなかった。
「交渉決裂。」
その一言と同時に。
二十人の最強クラスの冒険者たちが、一斉に武器を構えた。
それを見た千乃は、小さく息を吸う。
背中の六枚の翼が、静かに大きく広がる。
「……。」
右手を前へ。
指先をゆっくりと持ち上げる。
その動きに合わせるように。
翼から、無数の真紅の羽がふわりと浮かび上がった。
スッ………
紅に輝く羽根が、静かに待機する。
「敵意があるなら。」
「受けるまで。」
千乃の顔からは表情が消え、声にも冷たさが宿っていた。
張り詰めた空気の中。
神と人。
その戦いの幕が、静かに上がった。




