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新しい日常と小さな異変

神魔境界。


その言葉が星の箱に刻まれてから、数日が経った。


けれど。


千乃の日常は、意外なほど変わらなかった。


「千乃ー!」


「朝ごはんできたよー!」


元気な声が響く。


振り返ると、そこには真っ白なもふもふのうさぎ。


ララだった。


今は魔物本来の姿。


小さな身体をぴょんぴょん跳ねさせながら、千乃の方へ向かってくる。


「ララ、ありがとう。」


千乃が笑う。


その横では、青みがかった銀の毛並みを持つ狼が静かに座っていた。


蒼い瞳。


鋭いようで、どこか優しい目。


ライだ。


「食事の準備は終わっている。」


「さすがライ。」


少し離れた場所では、小さなアイスドラゴンが氷の上で丸くなっている。


本来なら巨大な身体を持つ存在。


しかし今は、星の箱の中で過ごしやすいように小さな姿になっていた。


「アイシィ、寝てる?」


千乃が近付く。


すると。


「……起きています。」


小さな翼がぴくりと動いた。


「でも、暖かくて……。」


「もう少しだけ、このままでもいいですか?」


「ふふ、いいよ。」


三人の従魔。


姿は魔物。


けれど、言葉も心も変わらない。


それが千乃にとっては一番嬉しかった。


---


「歩く練習するぞ。」


食事の後。


真銀がそう言った。


「うん。」


千乃は車椅子の手すりを握る。


まだ長く歩くことはできない。


でも。


以前のように、立つことすらできなかった頃とは違う。


「一歩。」


真銀が手を差し出す。


「ゆっくりでいい。」


千乃は頷く。


「……。」


右足。


左足。


少しずつ。


「できた。」


「今、三歩だ。」


「三歩……。」


千乃は嬉しそうに笑う。


「すごいね。」


真銀は呆れたように笑った。


「お前、自分のことなのに他人事みたいに言うなよ。」


「だって、嬉しいんだもん。」


その笑顔を見て。


真銀は何も言わず、ただ少しだけ目を細めた。


---


その日の午後。


千乃は星の箱の庭にいた。


花に水をあげている。


正確には、魔法で少しだけ水を浮かせている。


「便利だなぁ。」


昔の自分なら。


こんなことが本当にできるなんて、想像もしなかった。


その時。


ふわり。


風が吹いた。


花が一斉に揺れる。


「……?」


千乃が空を見る。


何もない。


でも。


胸の奥が少し熱くなった。


「また……。」


指先を見る。


真紅の魔力。


そこに。


ほんの一瞬。


金色の光が混ざった。


右目の金色が淡く輝く。


そして。


左目のピンクの瞳が、少しだけ揺れる。


「……。」


千乃は目を閉じる。


怖くはない。


でも。


不思議だった。


その時。


遠くから声が飛んできた。


「千乃!」


真銀だった。


すぐに気付いたらしい。


千乃は慌てて手を振る。


「大丈夫!」


真銀が近付く。


「今、魔力が変わった。」


「見てたの?」


「見てなくても分かる。」


真銀は少し困った顔をする。


「お前のことだから。」


「また一人で何とかしようとしてるだろ。」


千乃は言葉に詰まる。


「……。」


「図星か。」


「う……。」


その様子を見ていたララが、ぴょんと跳ねる。


「千乃は昔からそうだよ!」


ライも頷く。


「自分より周囲を優先する。」


アイシィも小さく翼を動かす。


「だからこそ。」


「神魔境界になったのかもしれません。」


その言葉に。


全員が少し黙る。


しかし。


千乃は首を傾げた。


「でも。」


「私は変わらないよ?」


真銀が見る。


千乃はいつもの笑顔だった。


メタルピンクの髪。


右目の金色。


左目のピンク。


何も変わっていない。


「力が増えても。」


「みんなとご飯食べたいし。」


「冒険したいし。」


「……真銀にも怒られたくないし。」


「最後のは余計だろ。」


少しだけ笑いが起きる。


その瞬間。


星の箱の外。


遠い場所で、古い魔法石が反応した。


まだ誰も知らない。


千乃の帰還を、世界中の古き存在が感じ始めていることを。


神でも、魔王でもない。


新たな境界に立つ少女の存在を。

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