神魔境界の名
星の箱の管理室。
静かな空間に、淡い光を放つ魔法結晶が浮かんでいた。
その中心に表示されている文字。
**神魔境界**
誰もが、その言葉を見つめていた。
「……。」
真銀は腕を組んだまま、じっと結晶を見る。
ララは首を傾げた。
「これって……千乃が強くなったってこと?」
「たぶん、そう単純な話じゃない。」
ライが落ち着いた声で答える。
いつものように冷静。
けれど、その蒼い瞳には警戒が浮かんでいた。
「神でも魔でもない。」
「その境界。」
アイシィが小さく呟く。
「そんな存在、聞いたことがない。」
「私も。」
千乃は自分の手を見る。
「全然実感ないんだけど……。」
すると。
「実感がないのは当然です。」
突然、声が響いた。
全員が振り向く。
そこにいたのは、星の箱の管理を担当する存在。
ノエルだった。
「神魔境界とは、力を得た者ではありません。」
「……?」
千乃が首を傾げる。
ノエルは静かに説明を続ける。
「世界の均衡が大きく崩れた時。」
「神にも、魔にも属さず。」
「両方の力を持ちながら、どちらにも染まらない存在。」
「それが神魔境界です。」
真銀が眉を寄せる。
「つまり。」
「千乃は神と魔王、両方の力を持ったってことか。」
「正確には違います。」
ノエルが首を振る。
「千乃様が持ったのは、神や魔王そのものの力ではありません。」
「それらを受け止める器です。」
「器……。」
千乃が呟く。
「じゃあ、私はどうなるの?」
ノエルは少し間を置いた。
「未来によります。」
「未来?」
「はい。」
「神へ近付くこともできます。」
「魔へ近付くこともできます。」
「しかし。」
ノエルは千乃を見る。
「どちらにもならない選択も可能です。」
その言葉に。
千乃は少しだけ安心したように笑った。
「そっか。」
「じゃあ、今まで通りでいいんだね。」
「千乃。」
真銀が少し呆れたように言う。
「普通、もっと悩むところじゃないか?」
「え?」
千乃はきょとんとする。
「だって。」
「神様とか魔王とか言われても。」
「私は私だから。」
その答えに。
ララが大きく頷いた。
「さすが千乃!」
「そこ変わらないね!」
ライも小さく笑う。
「それが一番重要なのかもしれない。」
アイシィも穏やかに目を細める。
「千乃は、千乃。」
「それなら大丈夫。」
---
その夜。
千乃の部屋。
窓から星の箱の空を眺めながら、千乃は一人で手を開く。
赤い魔力。
いつもの真紅。
そして。
ほんの一瞬。
金色。
黒。
二つの光が重なる。
「……。」
千乃は静かに見つめる。
「怖くない。」
以前なら、未知の力に不安を感じていたかもしれない。
でも。
今は違う。
「だって。」
「一人じゃないから。」
その瞬間。
ドアが軽く叩かれた。
「千乃。」
真銀の声。
「起きてるか?」
「うん。」
扉が開く。
真銀が少し困った顔で入ってくる。
「無茶するなよ。」
「してないよ?」
「お前の場合、それが一番信用できない。」
「ひどい!」
千乃は頬を膨らませる。
その様子を見て、真銀は小さく笑った。
「……でも。」
「帰ってきてくれて、本当に良かった。」
その言葉に。
千乃は少し目を伏せる。
「心配かけちゃったね。」
「……ああ。」
「だから。」
真銀はまっすぐ千乃を見る。
「もう、勝手に消えるな。」
「約束できるか?」
千乃は少し考えて。
笑った。
「うん。」
「約束する。」
その時。
部屋の外。
誰かが聞き耳を立てていた。
「……。」
ララ。
ライ。
アイシィ。
そして。
少し離れた場所には。
いつの間にか現れていた恋愛ギルドの査定員。
全員、同じことを考えていた。
「今の……。」
「かなり進展では?」
翌日。
恋愛ギルドの緊急会議が開かれることになる。
議題。
**特別観察対象No.001、千羽千乃・夜坂真銀の関係について。**
そして。
神魔境界よりも先に。
別の意味で世界が動き始めていた。




