選べないのではなく、選ばない。
白い世界は静まり返っていた。
黄金の光。
漆黒の光。
二つの存在は、千乃の返事を待っている。
「神となるか。」
「魔王となるか。」
その問いは、不思議と重くはなかった。
押しつけるような響きでもない。
ただ、静かに。
千乃自身の答えを待っていた。
「……。」
千乃は少しだけ考える。
ほんの数秒。
そして、困ったように笑った。
「選べません。」
白い空間に、小さな声が響く。
黄金の光が揺れた。
「理由を聞こう。」
千乃はゆっくりと二つの光を見る。
「神様になったら。」
「みんなと普通に笑えなくなりそうだから。」
少し間を置く。
「魔王になったら。」
「みんなを悲しませちゃいそうだから。」
その答えは、どこまでも千乃らしかった。
「私は。」
「真銀と。」
「ララと。」
「ライと。」
「アイシィと。」
「みんなでご飯食べて。」
「笑って。」
「また冒険して。」
「それで十分なんです。」
少し照れくさそうに笑う。
「だから。」
「どっちにもなりたくありません。」
静寂が訪れる。
やがて。
クスッ。
どちらともつかない笑い声が響いた。
「面白い。」
「数え切れぬほどの者を見てきた。」
「神を望む者。」
「魔王を望む者。」
「力だけを望む者。」
「世界を書き換えようとした者。」
「だが。」
「どちらも拒んだ者は、お前が初めてだ。」
千乃は目をぱちぱちさせる。
「そうなんですか?」
「そうだ。」
黄金の光がゆっくりと近づく。
「ならば。」
漆黒の光も並ぶ。
「第三の道を歩め。」
白い空間が震えた。
巨大な魔法陣が回転を始める。
黄金と漆黒。
二つの紋様が溶け合い、一つになっていく。
眩しい光が溢れた。
「神にもならず。」
「魔王にもならず。」
「その狭間に立つ者。」
「神魔境界。」
その名が告げられた瞬間。
二つの光が、千乃の胸へ静かに溶け込んだ。
「え……?」
身体が温かい。
苦しくない。
怖くもない。
むしろ、とても懐かしい。
胸の奥で、何かが鼓動を打つ。
ドクン。
一度だけ。
世界そのものが脈打ったような感覚。
「これで終わり?」
千乃が尋ねる。
「いや。」
黄金の光が答える。
「始まりだ。」
漆黒の光も静かに続ける。
「だが、お前はまだ知らぬ。」
「神魔境界とは。」
「世界が均衡を失った時のみ現れる存在。」
「神でも止められず。」
「魔王でも届かぬ時。」
「最後に世界が選ぶ、一人。」
千乃は静かに聞いていた。
「難しいことは、よく分からないです。」
正直な言葉だった。
「でも。」
「私は私です。」
「これからも。」
「みんなと一緒にいたい。」
二つの光は、優しく揺れた。
「その願いを。」
「忘れるな。」
「それだけが、お前をお前であり続けさせる。」
次の瞬間。
白い世界に、ひびが入る。
パリン。
ガラスが割れるような音。
景色が少しずつ崩れていく。
「帰る時間だ。」
「え?」
「向こうでは。」
「皆がお前を待っている。」
千乃の身体が光に包まれる。
景色が遠ざかっていく。
最後に、二つの光が小さく笑った。
「また会う日まで。」
その声と同時に。
白い世界は、静かに光の中へ溶けていった。




