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我が黒歴史、解放!

 その依頼は、最初から空気が違っていた。


 ギルドの掲示板の前に立った瞬間、千羽千乃は一瞬だけ黙る。


 深層禁域・魔王残滓討伐


 ランク表記は空白。


 危険度は未記載。


 ただ一言だけ。


「生還率:不明」


「……これ、誰が出したの」


 受付の女性は目を逸らした。


「……国家案件です」


「やっぱりそういうやつか」


 千乃はため息をつく。


(なんで私のところに回ってくるんだろう)


 そう思いながらも、手はすでに依頼書を取っていた。


「行ってきます」


 止める者はいない。


 止められる者もいない。


---


 深層禁域。


 そこは“地図に存在しない場所”だった。


 空間が重い。


 音が沈む。


 視界がわずかに歪む。


「……ここ、嫌な感じする」


 ノートを開く。


 だが今回は違った。


 ページが勝手に開く。


 黒いインクが、にじむように浮かび上がる。


 適合者認識:深層モード起動


「……は?」


 次の瞬間だった。


 頭の奥が“切り替わる”。


 感情の輪郭が、少しだけ鋭くなる。


 言葉が、自然と変わる。


「――なるほど」


 千乃の声が低くなる。


「ここが“終焉の未定義領域”か」


(いや待って今の何!?)


 自分の内心でツッコミが走る。


 だが口は止まらない。


「我が黒頁(ブラック・レコード)が騒ぐ理由も理解できる」


 足が勝手に進む。


 魔力が身体の周囲に薄く揺らぐ。


 黒い光ではない。


 “言葉そのもの”が魔力化しているような感覚。


---


 奥にいたのは、巨大な影だった。


 形はない。


 ただ“存在してはいけないもの”だけがそこにある。


 魔王の残滓。


 失敗した神話の残骸。


 それが千乃を見た瞬間、動いた。


「……我に触れるか」


 千乃の声。


 冷たい。


 しかし、どこか楽しんでいるようでもある。


「ならば――封じる」


 ノートが開く。


 ページが光る。


終焉詠唱・完全解放(ラストリライトゼロ)


 空間が静止する。


 いや、静止ではない。


 “存在の定義”が書き換えられている。


 影が震える。


 抵抗しようとする。


 だが遅い。


「消えろ」


 一言。


 それだけだった。


 影は崩れた。


 音もなく。


 意味もなく。


 ただ“終わったことだけ”が残る。


---


 静寂。


 深層禁域は崩壊しない。


 むしろ、整っていた。


 歪みが消え、正常な空間へと戻っていく。


「……ふむ」


 千乃は小さく頷く。


「想定通りだな」


(いや、何が!?)


 内心の声が悲鳴を上げる。


 だが口は止まらない。


「これで“終焉因子”の連鎖は断たれた」


 そして、数秒後。


 ふっと肩の力が抜ける。


「……え?」


 目の色が戻る。


 空気が軽くなる。


 さっきまでの重さが嘘みたいに消える。


「え、何今の……」


 千乃は頭を押さえた。


「私、なんか喋ってた?」


 周囲には何もいない。


 影は消えた。


 ただ静かな遺跡だけがある。


「……まあいいか」


 軽く笑ってしまう。


「終わったならそれでいいし」


---


 ギルドへ戻った報告は簡潔だった。


「対象、消滅」


 以上。


 だがギルド長だけは、報告書を見ながら沈黙した。


「……戦闘内容が記録されていない」


「え?」


「いや、記録はあるが……」


 紙には一行だけ書かれていた。


《観測不能:詠唱により現実改変》


「……お前、本当に何者だ」


 千乃は首を傾げる。


「ただの新人だけど」


 その答えは、誰にも納得されなかった。


---


 その夜。


 千乃は宿でノートを見つめていた。


 何も書いていないはずのページが、一瞬だけ光る。


 そしてすぐに消える。


「……気のせいだよね」


 そう呟いて、ノートを閉じる。


 世界だけは確実に“彼女の言葉”を記録し始めていた。

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