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穏やかな朝と、変わらない場所

朝日が、ゆっくりと部屋へ差し込んでくる。


薄いカーテンを通した柔らかな光が、宿の一室を優しく照らしていた。


窓の外からは、小鳥のさえずりや、通りを歩く人たちの話し声が聞こえる。


昨日まで世界の命運を懸けた戦いが繰り広げられていたとは、とても思えないほど穏やかな朝だった。


ベッドの上では、千乃が静かに目を開けていた。


昨夜より顔色は少し良くなっている。


それでも全身にはまだ包帯が巻かれ、身体を少し動かしただけでも鈍い痛みが走る。


「……いたた」


小さく顔をしかめながら身体を起こそうとすると、


「動くな。」


すぐ隣から、低い声が飛んできた。


「……真銀?」


椅子に座ったまま腕を組んでいた真銀が、ゆっくり目を開ける。


どうやら眠っていたらしい。


けれど、その眠りはほんの少しだったのだろう。


目の下にはうっすらと疲れが残っている。


千乃は少し申し訳なさそうに笑った。


「おはよう。」


「……おはよう。」


真銀も短く返す。


その表情はいつも通りに見えた。


だけど、千乃が起きていることを確認した瞬間だけ、張りつめていたものが少しだけ緩んだ。


「身体、どう?」


「まだ痛いけど……昨日よりは動けそう。」


そう言ってもう一度起き上がろうとした瞬間、


「だから動くなって。」


真銀が額を軽く押さえてため息をつく。


「昨日まで死にかけてたやつが、何で朝一番から起きようとするんだよ。」


「えへへ……。」


「笑ってごまかすな。」


そのやり取りを聞いていたララが、毛布から勢いよく飛び起きた。


「千乃ーっ!!」


そのままベッドへ飛びつこうとして、


「ララ。」


ライの低い声が響く。


「……はっ!」


寸前で止まり、慌てて踏ん張る。


「危なかった……。」


「危なかったじゃない。」


ライは呆れたように息をつく。


「今飛びついてたら、本気で真銀に怒られてたぞ。」


「えへへ……。」


「反省してる顔じゃないな。」


ララは照れ笑いを浮かべながら千乃のそばへ歩いていく。


「でもよかったぁ……。」


その声は昨日までとは違い、少しだけ安心した響きを含んでいた。


「起きなかったらどうしようって思ってたんだから。」


「心配かけちゃったね。」


「うん!」


即答だった。


「すっごく心配した!」


「もう二度とあんな倒れ方しないでよ!」


真っ直ぐな言葉に、千乃は困ったように笑う。


「ごめん。」


「ちゃんと反省してる?」


「……してる。」


「ほんと?」


「ほんと。」


そのやり取りを見ていたアイシィが、小さく口元を緩めた。


「顔色は昨日よりいい。」


「熱も下がってる。」


「あと数日は安静にすれば問題ないと思う。」


「よかったぁ……。」


ララは胸をなで下ろした。


真銀もようやく肩の力を抜く。


その様子を見た千乃が首をかしげる。


「そんなに心配だった?」


部屋が静かになった。


ララとライが、同時に真銀を見る。


真銀は視線を逸らした。


「……別に。」


「いやいや!」


ララが思わず声を上げる。


「真銀、昨日ずっとここにいたじゃん!」


「ご飯もほとんど食べてないし!」


「私が交代しようって言っても、『いい』しか言わなかったし!」


「ララ。」


ライが静かに止める。


「あ……。」


ララは慌てて口を押さえた。


部屋に少しだけ気まずい空気が流れる。


千乃はゆっくり真銀を見る。


真銀は居心地が悪そうに頭をかく。


「……うるさい。」


「だって本当じゃん。」


「うるさい。」


二度目は少しだけ声が小さかった。


その様子がおかしくて、千乃は思わず笑ってしまう。


「ふふっ。」


その笑い声を聞いた瞬間。


部屋の空気がふっと軽くなった。


ララもつられて笑い、


「やっと笑った!」


と嬉しそうに声を上げる。


ライも小さく口元を緩めた。


「そのくらい元気なら安心だ。」


アイシィも静かに頷く。


「昨日は一度も笑わなかったからな。」


千乃は少し照れくさそうに頬をかいた。


「なんか、みんなに囲まれると恥ずかしい……。」


「当たり前だ。」


真銀が呆れたように言う。


「お前一人で全部背負って、みんな心配させたんだから。」


「……うん。」


「だから、しばらくは何もしなくていい。」


「でも……。」


「何も。」


「……はい。」


素直に返事をすると、ララが思わず吹き出した。


「千乃、真銀には逆らえないんだ。」


「違うよ!」


「じゃあ今、『はい』って言ったじゃん。」


「それは……。」


言い返せずに困る千乃を見て、部屋には自然と笑い声が広がる。


昨日まで世界の終わりを前にしていたとは思えないほど、穏やかな時間だった。


窓から吹き込む朝の風が、カーテンをそっと揺らす。


千乃はその風を感じながら、小さく目を細めた。


「……平和だね。」


誰もすぐには答えなかった。


その一言が、何より嬉しかったから。


真銀は窓の外へ目を向ける。


いつも通りの街並み。


いつも通りの空。


そして、仲間たちの笑い声。


その全部を見渡してから、小さく笑った。


「……ああ。」


「やっと、終わったな。」

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