起きないなら、起こすまで。
宿の部屋は、まだ夜になりきっていない薄い青に沈んでいた。
窓の外では人の気配が続いているのに、この部屋だけは別の層に切り取られているみたいに静かだった。
ベッドの上には千乃。
呼吸はある。
でも目は開かない。
真銀はまだ手を握ったまま動かない。
その横で、ララが小さく伸びをした。
「ねえさ、これ交代制にした方がよくない?」
真銀は視線だけ向ける。
「何のだよ」
「看病」
軽い言い方なのに、ちゃんと真面目だった。
ライが鼻を鳴らす。
「交代するほど人数いねぇだろ」
ララが指を折る。
「真銀・私・ライ・アイシィで四人いるじゃん」
「従魔なんだからさ、一応チームでしょ?」
その言葉に、空気が少しだけ柔らかくなる。
アイシィはベッド横に立ったまま、静かに答える。
「私は監視に近い」
「変化があれば即対応する」
ララが「ほら」と言う顔をする。
ライは肩をすくめる。
「まぁ、起きないなら見張りでいい」
真銀はしばらく黙っていた。
それから小さく息を吐く。
「好きにしろ」
それだけ。
でも、それは許可というより“今はそれ以上考えられない”という音だった。
ララは窓際に移動して、椅子に座る。
足をぶらぶらさせながらも、視線はずっとベッドに向いている。
ライは壁にもたれて腕を組む。
完全に寝る気はない姿勢。
アイシィは位置を変えず、千乃の呼吸だけを見ている。
真銀だけが、まだベッドの横にいる。
千乃の手を握ったまま。
「……なあ」
ぽつりと落とす。
誰に向けたでもない声。
「お前らさ」
ララが軽く返す。
「んー?」
真銀は少し間を置く。
「こいつ、戻ると思うか」
その問いは重いのに、部屋は静かだった。
ララは一瞬だけ言葉を探して、やめる。
ライは目を細める。
「戻るかどうかじゃなくて」
「戻すしかねぇだろ」
アイシィが静かに続ける。
「生命反応は安定していないが、途切れてもいない」
「だから“途中”」
その言い方が、少しだけ現実的だった。
真銀は千乃の指を見る。
まだ、自分の服を掴んでいる。
離れていない。
それだけで、少しだけ息ができる気がした。
ララが小さく欠伸する。
「じゃあさ」
「起きるまでここいる感じ?」
ライが即答する。
「当たり前だろ」
アイシィは短く頷く。
真銀はそれを聞いて、ようやく少しだけ肩の力を抜く。
でも手は離さない。
「……起きたら」
小さく言う。
「絶対説教だな」
ララが笑う。
「それ元気な証拠じゃん」
部屋に、ほんの少しだけ温度が戻る。
外ではまだ普通の夜の気配が続いている。
でもこの部屋だけは、ひとつの命の呼吸に全部合わせて、静かに待っていた。




