あいつ、来やがりましたか。
老人との修行が始まって、一か月。
千乃も真銀も、以前とは比べものにならないほど強くなっていた。
魔力の制御。
身体能力。
連携。
どれも確実に成長している。
それでも。
「まだ足りん。」
老人は首を横に振った。
「王には届かぬ。」
「そんなに強いの?」
千乃が汗を拭きながら尋ねる。
老人は静かに頷く。
「強いという言葉では足りん。」
「奴は世界そのものじゃ。」
---
その日の修行を終えようとした時だった。
ピシッ。
空間に、小さな亀裂が入る。
「……!」
ライがすぐに前へ出る。
「来る!」
アイシィが翼を広げる。
「この気配!」
ララの耳がぴんと立つ。
「王!」
---
バキバキバキッ!!
空間が砕ける。
裂け目から、一人の青年が静かに歩いてきた。
黒い外套。
銀色の髪。
感情のない瞳。
世界修正体の王だった。
「久しぶり。」
千乃はノートを握りしめる。
「……来た。」
---
王は二人を見つめる。
「確認。」
「成長。」
「想定以上。」
「修正対象。」
「継続。」
老人が前へ出る。
「久しいな。」
王の視線が老人へ向く。
「生存確認。」
「五百年前の個体。」
「まだ生きていたか。」
「個体って言うな。」
老人は苦笑した。
---
「また世界を消しに来たの?」
千乃が尋ねる。
王は首を横に振る。
「違う。」
「今日は。」
「確認。」
「確認?」
「君たちが。」
「どこまで未来を変えられるか。」
---
真銀は剣を抜く。
「戦う気だな。」
「肯定。」
王の右手に黒い光が集まる。
しかし。
それは攻撃ではなかった。
空中へ一枚の黒い板が現れる。
まるで鏡だった。
「見せる。」
「未来。」
---
鏡が光る。
そこへ映ったのは。
燃え尽きた街。
倒れた冒険者。
崩れたギルド。
恋愛ギルドの建物まで瓦礫になっていた。
「これは……。」
千乃は息を呑む。
さらに映像が変わる。
ララ。
ライ。
アイシィ。
三匹も倒れている。
そして。
最後に。
真銀が血まみれで倒れていた。
「……!」
千乃の表情が変わる。
---
「やめろ。」
真銀が低く言う。
「これは未来。」
王は淡々と続ける。
「修正後の世界。」
「君たちが抗えば。」
「この未来へ収束する。」
千乃はノートを握る手に力を込めた。
「違う。」
「否定。」
「未来は固定。」
「変更不可。」
---
老人が静かに笑った。
「まだ分からんか。」
王が老人を見る。
「何。」
「お前さんは。」
「一番大事なことを知らん。」
「……。」
「未来は。」
「見るものじゃない。」
一拍置いて。
「作るものじゃ。」
その瞬間。
千乃のノートが、ふわりと光を放つ。
パラッ。
一人でにページがめくれる。
最後のページではない。
その少し前。
白紙だったページへ。
真紅の文字が、ゆっくりと浮かび上がる。
「新しい技……?」
千乃は目を見開く。
書いた覚えのない文字。
王も、そのページを見た瞬間だけ、初めて目を細めた。
「また。」
「増えたか。」
その声には、ほんのわずかに焦りが混じっていた。
千乃はゆっくりと、その新たな技名を見つめる。
「これ……。」
「私が書いたんじゃない。」
ノートは、まるで自らの意思で、次の力を生み出そうとしていた。




