王を知るもの
アイシィの背に乗り、一行は再び奈落へ向かっていた。
以前は絶望しかなかった場所。
今では修行場になっている。
「慣れって怖いね。」
千乃が苦笑する。
「普通は慣れない。」
真銀が即座にツッコんだ。
---
奈落の底へ降り立つと、ララが鼻をひくひくさせる。
「誰かいる。」
「魔物じゃない。」
ライも静かに目を細めた。
「人……いや。」
「人間ではない。」
アイシィは翼をたたむ。
「この気配。」
「知ってる。」
「昔、一度だけ会った。」
---
岩陰から、一人の老人が姿を現した。
真っ白な髪。
長い髭。
古びた青いローブをまとい、一本の杖を持っている。
その目だけが、不思議なほど若々しかった。
「ほう。」
「本当に戻ってきおったか。」
老人は千乃を見るなり、小さく笑う。
「赤き魔力の娘。」
「そして、黒き魔力の青年。」
「待っておったぞ。」
---
「俺たちを知ってるのか?」
真銀が警戒する。
老人は頷いた。
「知っておる。」
「というより。」
「待っておった。」
「……?」
千乃は首をかしげた。
「私たちを?」
「そうじゃ。」
老人は静かに言う。
「世界修正体の王に会ったのじゃろう。」
その言葉に、一同の空気が変わった。
---
「知ってるの?」
千乃が尋ねる。
「知っておるとも。」
老人は奈落の奥を見つめた。
「わしは五百年前。」
「奴と戦った最後の生き残りじゃ。」
「え?」
真銀が目を見開く。
「戦った?」
「負けたがな。」
老人は苦笑した。
「世界中の英雄。」
「竜王。」
「精霊王。」
「魔王。」
「勇者。」
「全員で挑み。」
「全員敗れた。」
その事実に、誰も言葉を失う。
---
「じゃあ。」
千乃が静かに尋ねる。
「どうして生きてるの?」
「簡単じゃ。」
老人は笑う。
「死に損ねた。」
「……。」
「それだけ?」
「それだけじゃ。」
真銀は思わず苦笑した。
「すごい理由だな。」
---
老人は杖で地面を軽く叩く。
コン。
その瞬間。
周囲に無数の魔法陣が浮かんだ。
どれも見たことのない古代文字で構成されている。
「わしは戦えぬ。」
「じゃが。」
「教えることはできる。」
「何を?」
千乃が真剣な表情になる。
老人は二人をまっすぐ見つめた。
「世界修正体の倒し方じゃ。」
---
「倒し方?」
「うむ。」
「奴らは魔物ではない。」
「生命でもない。」
「概念でもない。」
「世界そのものが生み出した修復装置。」
「だから普通に倒しても。」
「また生まれる。」
真銀が眉をひそめる。
「じゃあ、どうすればいい。」
---
老人は静かに答えた。
「王を倒すしかない。」
「奴が核じゃ。」
「核?」
「王が存在する限り。」
「世界修正体は何度でも現れる。」
「つまり。」
「奴だけは必ず倒さねばならん。」
---
千乃はノートを抱きしめる。
「……。」
老人はそのノートを見て、小さく目を見開いた。
「やはり。」
「その本か。」
「知ってるの?」
「昔。」
「一度だけ見たことがある。」
千乃も真銀も驚く。
「えっ?」
---
「ただし。」
老人はゆっくり首を振る。
「その時の持ち主は、お前さんではない。」
「……!」
「そのノートは。」
「代々、世界が選んだ者の手に渡る。」
「え?」
千乃は息を呑む。
「私が作ったノートなのに?」
「見た目は同じでも。」
「今のお前さんの持つそれは。」
「世界に一冊しか存在しない。」
「空想を現実へ変える本じゃ。」
千乃は思わずノートを見つめた。
中学生の頃、ただの厨二病で書きなぐったはずのノート。
それが今では、自分でも知らない秘密を抱えている。
そして老人は、最後に一言だけ告げる。
「その最後のページだけは。」
「王の前以外で、決して開いてはならん。」
千乃と真銀は顔を見合わせた。
王も、老人も、同じことを言う。
空想ノートの最後のページ。
そこにはまだ、誰も知らない秘密が眠っていた。




