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とりま退却ッ!

 ノートは最後のページの手前で止まった。


 千乃は震える手でページを見つめる。


「……何も書いてない?」


 白紙だった。


 少なくとも、今見えている範囲には。


 しかし。


 ページの奥から、とてつもない真紅の魔力が溢れ出している。


「この感じ……。」


 千乃は胸を押さえた。


「何かある。」


「でも、まだ見えない。」


---


 王は初めて一歩後ろへ下がった。


「そのノートは。」


 静かな声。


「本来、この世界には存在しない。」


「当然だよ。」


 千乃は答える。


「私が中学生の頃に書いた厨二ノートだもん。」


「…………。」


 ギルド中が静まり返る。


 王も数秒黙った。


「……理解不能。」


「うん、よく言われる。」


---


 真銀は思わず吹き出しそうになる。


「こんな状況でその返しするか?」


「だって本当だし。」


 千乃は真顔だった。


---


 その瞬間。


 王の周囲に無数の黒い輪が現れる。


「解析開始。」


「対象。」


「空想ノート。」


「対象。」


「千羽千乃。」


「対象。」


「夜坂真銀。」


 空中に黒い文字列が浮かぶ。


 まるで世界そのものが二人を調べ始めたようだった。


---


 ライが叫ぶ。


「まずい!」


「能力を見られている!」


 ララも顔色を変える。


「今まで戦った世界修正体とは違う!」


 アイシィが翼を広げる。


「あれは。」


「学習している。」


---


 王は無数の文字を見つめながら呟く。


「確認。」


「魔力。」


「特異。」


「転生記録。」


「異常。」


「未来。」


「観測不可。」


「……?」


 王の声が止まる。


「観測。」


「不能。」


 もう一度。


「不能。」


 三度目。


「不能。」


 初めて。


 王が眉をひそめた。


---


「未来が。」


「見えない。」


 その一言に、真銀は目を細める。


「未来を見られるのか。」


「通常は。」


「可能。」


「だが。」


 王は千乃を見つめる。


「君だけは。」


「存在そのものが、未来を乱している。」


---


 千乃は首をかしげる。


「私?」


「肯定。」


「君が技を使うたび。」


「世界の可能性が増殖する。」


「予測不能。」


「修正不能。」


「……だから。」


「排除対象。」


---


 真銀が一歩前へ出る。


「だったら。」


「俺も排除対象だろ。」


「肯定。」


「夜坂真銀。」


「本来なら死亡済み。」


「だが現在、生存。」


「さらに。」


「未来分岐の中心。」


「修正対象。」


「やっぱりか。」


---


 千乃はノートを閉じた。


 パタン。


 王が視線を向ける。


「戦わないのか。」


「うん。」


「今は。」


 王は首をかしげた。


「理由。」


「勝てないから。」


 千乃はあっさり言った。


「え?」


 真銀が振り返る。


「千乃?」


「分かる。」


「今戦ったら負ける。」


「私。」


「そういう勘だけは当たるから。」


---


 王はしばらく二人を見つめる。


「逃走か。」


「違う。」


 千乃は笑った。


「準備。」


「準備?」


「うん。」


「厨二病ってね。」


「設定を練る時間も大事なの。」


「…………。」


 王はまた沈黙した。


 やはり理解できないらしい。


---


「今回は。」


「見逃す。」


 王が静かに告げる。


「成長せよ。」


「より完全になれ。」


「その時。」


「完全な修正を行う。」


 空が揺れる。


 黒い裂け目が再び開いた。


 王の体が光となって溶け始める。


 消える直前。


 その視線だけが、空想ノートへ向けられていた。


「最後のページ。」


「決して。」


「開くな。」


 その言葉を残し。


 世界修正体の王は、空の裂け目へ姿を消した。


---


 静寂。


 誰も声を出せなかった。


 やがて真銀が深く息を吐く。


「……生きてる。」


「うん。」


 千乃も小さく頷く。


 そして、腕の中のノートを見る。


 最後のページの手前。


 さっきまで白紙だったページの端に。


 ほんのわずかに。


 真紅の文字が、一文字だけ浮かんでいた。


「虚」


「……増えてる。」


 千乃はその一文字を見つめながら、小さくつぶやく。


「最後のページ、本当に何かあるんだ。」


 その場にいた誰も、その一文字がやがて世界を揺るがす、あまりにも長い最終奥義へと繋がっていくことを、まだ知らなかった。

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