チート少女
ギルド登録から三日。
千羽千乃は、すでに“扱いづらい新人”として、それなりに有名になっていた。
「真紅の新人は今どうしてる?」
「依頼は全部一撃で終わるらしいぞ」
「一撃っていうか……現場そのものが消えるって聞いたけど」
そんな物騒な噂だけが、本人の知らないところで勝手に歩き回っている。
当の本人はというと。
「ランク上げ試験……面倒だな」
ギルドの奥にある訓練場で、千乃は心底だるそうに立っていた。
周囲には、魔法によって展開された複数の結界。外部への被害を防ぐためのものらしい。
今回行われるのは、冒険者ランクを決めるための実戦形式の昇格試験。
試験官の男が、淡々と説明を続ける。
「今回の対象は中級魔獣、“グレイウルフ十体”。制限時間は十分だ。規定の数を討伐できれば合格となる」
「普通だね」
千乃は小さく呟いた。
(この世界、思ってたよりだいぶ平和寄りなんだな)
少なくとも、昨日まで受けた依頼は普通だった。
……普通だったはずだ。
開始の鐘が鳴る。
結界が開いた。
そして。
地面が、割れた。
「……え?」
現れたのは、狼ではなかった。
正確に言えば、狼“だったもの”の群れ。
異常なまでに膨れ上がった魔力。
歪んだ四肢。
規定のグレイウルフとは似ても似つかない、明らかに異常な個体たち。
試験官の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「なぜ上位種が……!」
千乃は一歩だけ後ろへ下がった。
(これ、絶対普通じゃないやつ)
数秒ほど魔獣を眺めたあと、小さく息を吐く。
「まあ、いいか」
そして、ノートを開いた。
《影従再構築》
ページから落ちた影が、地面を這う。
黒い輪郭がゆっくりと立ち上がり、形を持っていく。
それは剣でも、炎でも、雷でもない。
もっと根本的なもの。
“構造そのものを書き換える力”。
魔獣たちの動きが、一斉に止まった。
「……え?」
試験官の口から、間の抜けた声が漏れる。
千乃は気にする様子もなく歩き始めた。
一歩。
また一歩。
まるで散歩にでも出ているような足取りだった。
「これ、全部まとめていい?」
返事は待たない。
千乃はノートのページをめくった。
「終局詠唱・第一節」
その瞬間。
世界の“ルール”が変わった。
魔獣の存在定義が、音もなく崩れていく。
攻撃ではない。
破壊でもない。
ただ、“成立するための条件”そのものが消えていく。
黒い影が揺らめいた。
そして。
魔獣たちは、跡形もなく消滅した。
音はない。
爆発もない。
血の一滴すら残らない。
ただ、そこにあったはずの存在だけが、最初から何もなかったかのように消えている。
静寂。
訓練場を風だけが通り抜けていく。
「……終わった?」
千乃は首を傾げた。
(ちょっと強くしすぎたかも)
試験官は動かなかった。
いや。
動けなかった。
「……合格どころか」
ようやく絞り出した声は、ひどく震えていた。
「……規格外だ」
その言葉を合図にしたかのように、ギルド内の水晶が一斉に反応する。
ランク判定。
通常の冒険者を分類するための仕組みが、千乃の力を測ろうとして。
一瞬だけ、表示が消えた。
空白。
そして次に浮かび上がった文字は。
【測定不能】
ギルド内が、ざわめいた。
「測定不能って何だよ……」
「災害級より上ってことか?」
「いや、違う。そもそも分類できてねぇぞ……」
そんな声が飛び交う中、千乃は肩をすくめた。
「普通の試験じゃなかった?」
誰も答えられない。
そのとき。
訓練場の入口から、ゆっくりとギルド長が姿を現した。
重い沈黙が落ちる。
ギルド長は水晶を見つめ、それから千乃へ視線を向けた。
「……Sでも足りん」
「え?」
千乃が目を瞬かせる。
ギルド長は少しだけ間を置いてから、淡々と続けた。
「特例で、“観測対象”に昇格する」
「それ、ランク上がってる?」
「上がっているというより……別枠だ」
「……」
千乃は遠い目をした。
(普通に依頼こなしたいだけなんだけどな)
どうやらこの世界は、そんなささやかな願いすら許してくれないらしい。
そしてこの日、千羽千乃の冒険者としての評価は、正式に“規格外”となった。




