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真紅の登録者

 村を救った翌日、千羽千乃はギルドの扉の前に立っていた。


 木と鉄で補強された大きな建物。

 冒険者たちの笑い声と、酒の匂いが外まで漏れている。


「ここが……ギルド」


 異世界テンプレというやつだろうか。

 あまりにも分かりやすい“拠点”に、少しだけ現実味が薄れる。


 だが、現実はすでに十分すぎるほど異常だった。


(あのノートが全部本物とか、もう夢であってほしいんだけど)


 そんなことを考えながらも、足は止まらない。


 扉を開く。


 中は騒がしかった。


 鎧の男、魔法使い風の老人、獣耳の女。

 それぞれが酒を飲み、依頼書を眺め、喧騒を作っている。


 その空気が、一瞬だけ止まった。


 視線が集まる。


「……見ねぇ顔だな」


「子供か?」


「いや、あの雰囲気……ただの新人じゃねぇ」


 ざわつきの中心に、千乃は立っていた。


「登録をしたいんですけど」


 受付の女性は、少し驚いたあとすぐに笑顔を作る。


「はい、ではこちらへ」


 淡々とした手続き。


 魔力測定のための水晶球が、机の上に置かれる。


「この球に手を置いてください。魔力属性と適性が表示されます」


「……はぁ」


 嫌な予感がした。


(これ絶対、なんか出るやつじゃん)


 手を置く。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


 水晶球が、爆ぜるように光った。


 赤い。


 いや、ただの赤ではない。


 燃えるような、血のような、深すぎる紅。


 ギルド内の空気が一気に変わる。


「……真紅?」


「おい、冗談だろ」


「上位魔族クラスの色だぞ……」


 ざわめきが広がる。


 受付の女性の手が止まっていた。


「……もう一度、測定を」


 もう一度置く。


 同じ。


 真紅。


 さらに濃くなる。


「……何これ」


 千乃は本気で困っていた。


(いや、ただ触ってるだけなんだけど!?)


 そのとき、奥から低い声が響いた。


「真紅……だと?」


 重い鎧の男が立ち上がる。


 ギルド長クラスの存在感。


「それは“災厄級”の兆候色だ」


「さいやく?」


「国家を滅ぼした魔導災害と同じ色だ」


「……え?」


 千乃の顔が固まる。


(いや、待って。私ただのノート女子なんだけど)


 しかし周囲は真剣だった。


「拘束するか?」


「いや、まだ何もしていない」


「だが真紅だぞ」


 空気が一気に戦闘前のそれになる。


 その瞬間。


 千乃は小さく息を吐いた。


「……めんどくさいな」


 そして、無意識にノートを開く。


 そこに書かれている一文。


威圧は意思ではなく存在そのもの


「……まあいいや」


 ぱたん、と閉じる。


 その瞬間だった。


 ギルド内の空気が“沈んだ”。


 音が薄くなる。


 誰も動けない。


「……な、に……?」


 誰かが呟く。


 千乃は何もしていない。


 ただそこにいるだけ。


 それだけで、場の重力が変わっていた。


「私、登録しに来ただけなんだけど」


 その声で、空気が戻る。


 だが誰も、笑えなかった。


 ギルド長がゆっくり息を吐く。


「……危険度は、保留だ」


「え?」


「だが監視対象にはする」


「いや、普通に嫌なんだけど」


 千乃はため息をついた。


 そのとき、ふと視線を感じる。


 窓の外。


 誰もいないはずの場所。


 一瞬だけ、誰かが立っていた気がした。


 だがすぐに消える。


(……気のせい?)


 だが、世界だけは確実に動き始めていた。


 黒歴史ノートの1ページ目が、すでに“現実”として刻まれたまま。

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