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最強

 奈落を歩き始めて数日後。


 真銀も少しずつ、この生活に慣れ始めていた。


「奈落って、意外と住めるんだな……。」


「住めるよ?」


 千乃はきっぱり答える。


「慣れれば!」


「慣れる前提なんだな。」


 真銀が苦笑した、その時だった。


 ゴオオオオオオオッ!!


 凄まじい冷気が周囲を包み込む。


 湖が一瞬で凍りつく。


 空気が白く染まり、息を吸うだけで肺が痛い。


「来る。」


 ライが鋭く周囲を見回す。


 ララも耳をぴんと立てた。


「この気配……。」


「災害級どころじゃない!」


 次の瞬間。


 巨大な影が奈落の天井を覆った。


 翼を広げれば百メートルを超える。


 雪のように白い鱗。


 青く輝く巨大な瞳。


 吐く息だけで周囲を凍らせる。


 一頭のアイスドラゴンだった。


 その圧倒的な存在感に、真銀は思わず剣へ手をかける。


「まずい……!」


「千乃!」


「逃げ……。」


「わぁ。」


 千乃は目を輝かせていた。


「ドラゴンだ!」


「かわいい!」


「そこなの!?」


 真銀が思わず叫ぶ。


---


 アイスドラゴンはゆっくり降りてくる。


 鋭い視線が四人へ向けられる。


 大地が震える。


 ライが低く言う。


「敵意がある。」


「戦うぞ。」


 ララも人型からうさぎへ戻り、身構えた。


 しかし。


「うーん。」


 千乃はリュックをごそごそ探り始めた。


「何してる!?」


「いや。」


「お腹空いてるのかなって。」


「え?」


 千乃が取り出したのは。


 先日倒した巨大魔物の肉だった。


 しかも塊。


「ほい。」


 ぶんっ。


 思い切り投げた。


「肉投げた!?」


---


 肉はドラゴンの鼻先へ飛ぶ。


 アイスドラゴンは警戒しながら匂いを嗅ぐ。


 ぱくっ。


 食べた。


 もぐもぐ。


 ごくん。


 しばらく沈黙。


「……。」


「……。」


 全員が見守る。


 すると。


 ドラゴンの尻尾が。


 ぶん。


 ぶん。


 ぶんぶんぶんっ!!


「え?」


 さらに。


 巨大な頭を千乃へすり寄せてきた。


 ぐりぐり。


「わっ!」


「くすぐったい!」


 真銀は目を丸くする。


「……懐いた?」


 ララが呆然と呟く。


「肉一個で?」


 ライも信じられないという表情だった。


「あり得ない。」


---


 ドラゴンは鼻先で千乃の手をつつく。


「もっと?」


 こくん。


 巨大な頭が縦に動いた。


「食いしん坊なんだ。」


 千乃は笑いながら、もう一塊渡す。


 もぐもぐ。


 幸せそうに食べている。


---


「……従魔契約、してみる?」


 千乃が手を差し出す。


 ドラゴンは迷わず鼻先を重ねた。


 真紅の魔法陣が広がる。


 契約成立。


 その瞬間。


「よろしく。」


 澄んだ少女のような声が響いた。


「しゃべった!?」


 真銀が飛び上がる。


「私、アイスドラゴン。」


「今日から千乃の従魔。」


「名前、ほしい。」


「名前かぁ。」


 千乃は少し考えて。


「じゃあ。」


「アイシィ!」


 ドラゴンは嬉しそうに目を細めた。


「アイシィ。」


「うん。」


「いい名前。」


---


 契約を終えた直後。


 アイシィが不思議そうに首をかしげる。


「そういえば。」


「帰る?」


「え?」


「地上。」


「帰れるの!?」


 アイシィは当然というように頷く。


「飛べば。」


「……。」


 その場の全員が固まった。


「飛べるじゃん!!」


 真銀が思わず叫ぶ。


「いや、ドラゴンだから飛べるけど!」


「もっと早く言ってよ!」


 千乃も思わずツッコむ。


「聞かれなかった。」


「またそれ!?」


 ライが小さくため息をついた。


---


「少し待って。」


 アイシィの体が青白い光に包まれる。


 百メートルを超える巨体が、ゆっくりと縮んでいく。


 やがて。


 全長十メートルほどの、美しい姿になった。


「この大きさなら。」


「ちょうどいい。」


 背中には四人が乗れるほどの広さがある。


「すごーい!」


 ララは真っ先に飛び乗る。


 ライも狼の姿へ戻り、その隣へ。


「千乃。」


 真銀が手を差し出す。


「行こう。」


「うん!」


 千乃はその手を取り、アイシィの背中へ乗った。


 最後に真銀も飛び乗る。


「みんな、つかまって。」


 アイシィがゆっくり翼を広げる。


 バサァッ!!


 一度羽ばたくだけで、周囲に冷たい風が吹き抜けた。


 次の瞬間。


 アイシィは奈落の底から一直線に舞い上がる。


 何か月もの間、閉ざされていた奈落。


 その闇を突き抜けるように、美しい白いドラゴンは地上を目指して飛び始めた。

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