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決意

 季節が一つ変わった。


 千乃が奈落へ落ちてから、四か月。


 捜索は続いていた。


 だが。


 成果は、何一つなかった。


---


「……また、駄目か。」


 ギルド長は報告書を机へ置く。


「はい。」


「第五十七次捜索隊も、底へ到達できませんでした。」


 奈落は深すぎる。


 どれだけ降りても終わらない。


 強力な魔物。


 魔力を乱す霧。


 崩れ続ける岩壁。


 誰一人、奈落の底へたどり着けなかった。


---


「生存の可能性は……。」


 受付嬢が小さく尋ねる。


 誰も答えない。


 言葉にしてしまえば、本当に終わってしまう気がした。


---


 一方。


 真銀は毎日のように奈落へ通っていた。


 崖の縁に立ち。


 底を見つめる。


「……千乃。」


 返事はない。


 それでも来る。


 毎日。


 毎日。


 毎日。


 ただ一人で。


---


 その日の夜。


 真銀は自室で、一冊の日記を開いていた。


 千乃が落として、自分が読んでしまった日記。


 今では本人から返してもらったあと、「返す前にコピーを取っておいた」と受付嬢に呆れられるくらい何度も読み返していた。


 最後のページをそっとなぞる。


『隣に立つ理由は、まだちゃんとある。』


「……。」


 真銀は目を閉じる。


「その理由が。」


「俺なら。」


「迎えに行く理由も、あるよな。」


---


 翌朝。


 まだ日が昇る前。


 真銀は奈落へ来ていた。


 装備はいつも以上に軽い。


 最低限だけ。


 背中には食料。


 腰には剣。


 覚悟だけを持って。


「千乃。」


「今行く。」


 崖の縁へ立つ。


 あと一歩踏み出せば。


 奈落。


---


「やめろ。」


 低い声が響いた。


 振り返る。


 ギルド長だった。


 その後ろには受付嬢。


 そして多くの冒険者たち。


「……どうして。」


「昨日のお前を見ていれば分かる。」


 ギルド長はため息をつく。


「今日飛び込むつもりだったな。」


 真銀は黙ったままだった。


 否定しない。


 それが答えだった。


---


「止めないでください。」


 静かな声だった。


「俺は行きます。」


「帰ってこられないぞ。」


「それでも。」


「奈落の底がどこかも分からない。」


「それでも。」


「死ぬかもしれない。」


「それでも。」


 真銀はまっすぐ前を見る。


「千乃は。」


「俺を助けるために落ちました。」


「なら。」


「俺が迎えに行くのは当然です。」


---


 受付嬢の目に涙が浮かぶ。


「でも……!」


「もし真銀さんまでいなくなったら……。」


「それでも。」


 真銀は優しく笑った。


「待つだけなんて。」


「俺にはできません。」


---


 冒険者たちも前へ出る。


「俺たちも行く!」


「一人じゃない!」


「みんなで!」


 しかし真銀は首を横に振った。


「駄目です。」


「これは。」


「俺が行かなきゃ意味がない。」


---


 ギルド長は長い沈黙のあと。


 静かに口を開いた。


「……止めても行くな。」


「はい。」


「なら。」


 ギルド長は真銀の肩を叩く。


「生きて帰れ。」


「そして。」


「千乃を連れて帰ってこい。」


 真銀は力強く頷いた。


「必ず。」


---


 受付嬢が震える声で言う。


「約束してください。」


「二人で帰ってくるって。」


「約束します。」


 その言葉を聞いて。


 受付嬢は小さく笑った。


「待ってます。」


---


 真銀は奈落へ向き直る。


 風が吹く。


 深く息を吸う。


「千乃。」


「今度は俺が。」


「迎えに行く。」


 そして。


 迷いなく一歩踏み出した。


 体は重力に引かれ、奈落の闇へ落ちていく。


 地上に残された全員が、その姿を見送った。


「絶対に帰ってこい……!」


 誰かの願いが風に乗る。


 奈落は何も答えない。


 ただ静かに、真銀をその深淵(アビスゲート)へ迎え入れた。

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