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蒼眼の狼

 翌朝。


 奈落には朝日が差さない。


 それでも、青白く光る鉱石のおかげで、ぼんやりと周囲は見えていた。


「おはよう、ララ。」


「おはよー!」


 ララは千乃の肩へ飛び乗る。


「今日は出口を探そうか。」


「うん!」


 一人と一匹は奈落の奥へ歩き始めた。


---


「ねぇ千乃。」


「ん?」


「奈落ってね。」


「すっごく危ないところなんだよ。」


「それは昨日から分かってるよ。」


「違う違う。」


 ララは真剣な顔になる。


「昨日倒した岩の魔物。」


「うん。」


「あれ、この辺では普通なんだ。」


「……え?」


「もっと強い子がいっぱいいるよ?」


「……。」


 千乃は空を見上げた。


「帰れるかな、私。」


---


 数時間後。


 巨大な湖へたどり着く。


 水は鏡のように透き通り、青く輝いていた。


「きれい……。」


 思わず見とれる。


 その時だった。


 ザッ。


 草むらが揺れる。


 ララの耳がぴんと立った。


「あ。」


「来た。」


「来た?」


 次の瞬間。


 湖の向こうから、一匹の狼が姿を現した。


 青みがかった銀色の毛並み。


 光を浴びて宝石のように輝く青い瞳。


 しなやかな体。


 美しい顔立ち。


 風をまとっているような神秘的な存在だった。


「……きれい。」


 千乃は思わず呟く。


 狼は何も言わず、こちらを見つめている。


---


 ララが小さく震えた。


「千乃。」


「うん?」


「あの子……。」


「災害級。」


「……また?」


「うん。」


「奈落でも五本の指に入るくらい強い。」


「えぇ……。」


---


 狼は静かに近づいてくる。


 一歩。


 また一歩。


 威圧感はある。


 でも、不思議と敵意は感じない。


 千乃は武器を構えなかった。


「こんにちは。」


 狼は立ち止まる。


「……。」


「お腹、空いてる?」


 ララが苦笑した。


「またそれ?」


「だって、お腹空いてるかもしれないし。」


---


 千乃は昨日焼いておいた肉を取り出す。


「食べる?」


 狼は肉を見る。


 千乃を見る。


 もう一度肉を見る。


 そして。


 ぱくっ。


 静かに食べ始めた。


「……。」


「……。」


 ララがぽつりと呟く。


「また餌付けしてる。」


---


 狼はあっという間に平らげた。


 そして。


 千乃の前まで歩いてくる。


「どうしたの?」


 狼はそっと頭を下げた。


 その瞬間。


 赤い魔法陣が地面いっぱいに広がる。


「あ。」


「まただ。」


 千乃はもう驚かなかった。


 ノートが勝手に開く。


 従魔契約 完了


「また勝手に契約した!」


 光が収まる。


 すると。


「……やっと話せる。」


 低く落ち着いた青年の声が響いた。


「おお。」


 千乃は目を丸くする。


「しゃべった。」


「契約したからな。」


 狼は静かに頷いた。


「助かった。」


「肉も、美味かった。」


「よかった。」


---


「名前は?」


「ない。」


「じゃあ付けてもいい?」


「任せる。」


 千乃は少し考える。


「ライ。」


「ライってどう?」


 狼は静かに目を閉じた。


「……悪くない。」


 少しだけ口元が緩む。


「今日からライだ。」


「よろしく。」


「うん。」


 千乃は笑顔で手を差し出す。


 ライは前足をそっと重ねた。


「よろしく、千乃。」


---


 ララはライの周りをぴょんぴょん跳ねる。


「ライだー!」


「よろしくー!」


「……元気だな。」


「ララはいつもこんな感じ!」


「そうか。」


 ライは少しだけ笑った。


 その笑みは、とても穏やかだった。


---


 一方その頃。


 奈落深部。


 玉座の間。


「報告します!」


「またか。」


 玉座の男は頭を抱えた。


「今度は何だ。」


「災害級『蒼銀狼』が……。」


「討伐されたのか?」


「いえ。」


「契約しました。」


「…………。」


 全員が固まる。


「方法は。」


「肉です。」


「……肉?」


「焼いた肉を渡したら。」


「懐きました。」


 長い沈黙。


 そして玉座の男が天井を見上げる。


「奈落の災害級は……いつからそんなにちょろくなった?」


 部下が首を横に振る。


「ちょろくありません。」


「相手が、あの人間だけです。」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 奈落では今日も、一人の少女が災害級を仲間にしていた。

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