このイケメンで天才な俺が!!
城下町で兄弟の仲直りを見届けたカイルは、青い空を見上げながら城へ戻ろうとしていた。
「うん。今日は、いい散歩になったな。空がとてもきれいだ。フッ。俺の心のようだな!」
その瞬間。
――ゴォォォォォォォォォンッ!!
遠くから、地面を揺らすような轟音が響いた。
通りの人々が一斉に振り返る。
「な、なんだ!?」
「城壁の向こうから……!?」
カイルの表情が変わった。
城門の上に設置された警戒魔法が、赤く明滅している。空に浮かぶ魔法陣には、危険度を示す文字が次々と刻まれていった。
そして、最後に表示されたのは。
――災害級魔物、出現。
「……災害級、だと?」
カイルは城門へ駆け出した。
城壁の上では兵士たちが慌ただしく動き、遠方の地平線に巨大な影が見えていた。黒い外殻に覆われた四足の魔物。背中から伸びる幾本もの異形の角が、空を裂くように揺れている。
その巨体が一歩進むたび、大地が震えた。
「魔物がこちらへ向かっています!」
「城下町への到達まで、時間がありません!」
兵士たちの声が飛び交う。
カイルは剣の柄を握りしめた。
「避難を最優先に! 住民を城内へ誘導しろ!」
「カイル様! お一人で向かわれるおつもりですか!?」
「援軍を待っている時間はない!」
カイルは城門を飛び出した。
その背中を見た兵士が、慌てて叫ぶ。
「カイル様ぁぁぁ!?」
しかし、勇者は振り返らなかった。
***
城から離れた平原。
カイルは魔物の進路を確認しながら、剣を抜いた。
「こっちだ! 災害級!」
魔物の赤い眼が、カイルを捉える。
次の瞬間、地面を砕きながら巨体が突進してきた。
「来いッ!」
カイルは横へ跳ぶ。
魔物の爪が平原を薙ぎ払い、土砂が空へ舞い上がった。
カイルは着地と同時に剣を振り抜く。
「光刃斬!!」
白銀の斬撃が魔物の前脚を捉えた。
ガギィィィィンッ!!
硬い外殻に火花が散る。
「硬い……!」
魔物が咆哮した。
その口元に、黒い魔力が集まっていく。
「まずい!」
カイルは地面を蹴った。
直後、黒い光線が平原を一直線に貫く。
ドォォォォォォンッ!!
爆風が吹き荒れ、草原が大きく抉れた。
カイルは地面を転がり、片膝をつく。
「ぐっ……!」
鎧の肩に亀裂が走っていた。
それでも、彼は立ち上がる。
「まだだ……!」
魔物が再び突進してくる。
カイルは剣を構え、真正面から迎え撃った。
「聖光盾!!」
白い盾が展開される。
ガァァァァンッ!!
衝撃が全身を貫いた。
盾に亀裂が広がり、カイルの足が地面に深く沈む。
「ぐ、うぅぅ……っ!!」
耐えきれず、盾が砕け散った。
カイルは吹き飛ばされ、平原を転がった。
剣が手から離れ、遠くへ滑っていく。
「……っ、は……!」
息が詰まる。
身体が重い。
だが、カイルは地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
「城下町には……行かせない……!」
魔物は止まらない。
巨大な尾が振り下ろされる。
カイルは身を翻し、間一髪でかわした。尾が地面を叩き、岩盤が砕ける。
彼は剣を拾い上げ、魔物の脚へ斬りかかった。
「閃光連斬!!」
白銀の斬撃が連続して走る。
一撃、二撃、三撃。
外殻の継ぎ目に刃が食い込み、黒い魔力が散った。
魔物が大きくよろめく。
「効いている……!」
カイルはさらに踏み込んだ。
「天翔剣!!」
剣を振り上げ、跳躍。
空中から放たれた一閃が、魔物の背中を斬り裂いた。
ギィィィィンッ!!
しかし、魔物は倒れなかった。
背中の角が一斉に光り、黒い魔力弾が無数に浮かび上がる。
「……っ!?」
次の瞬間、弾幕が降り注いだ。
ドドドドドドドドォォォンッ!!
カイルは走り、跳び、剣で弾き、盾で受けた。
それでも、すべては避けきれない。
爆風が彼を襲い、鎧の一部が砕け散る。
カイルは地面に膝をついた。
「うげっ…!」
魔物の咆哮が平原を揺らす。
その背後には、遠くに城壁が見えていた。
もし、ここで魔物を止められなければ。
あの城壁の向こうにいる人々が、危険に晒される。
カイルは震える腕で剣を支え、立ち上がった。
「……俺が……止める……!」
魔物が再び突進する。
カイルは正面から駆け出した。
「勇光突!!」
剣先に光が集まり、一直線の閃光となって魔物の胸部へ突き刺さる。
ガァァァァンッ!!
魔物の巨体がわずかに後退した。
だが、反撃の爪がカイルを襲う。
「ぐあっ!!」
カイルは弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
剣を握る手が震える。
視界が揺れた。
それでも、彼は顔を上げる。
「……まだ……だ……」
そのとき、城の方角から淡い光が広がった。
千乃が張った結界だった。
城壁を包み、城下町を覆い、国の外縁まで伸びる防護の光が、魔物の放つ衝撃を受け止めている。
遠くで轟音が響いても、城下町の建物は揺れない。
窓も、壁も、街道も。
千乃の結界が、国を守っていた。
カイルはその光を見つめ、かすかに笑った。
「……千乃の結界か……」
これなら、戦える。
この平原で決着をつければ、国は壊れない。
カイルは剣を握り直した。
「なら……俺は、ここで終わらせる!」
***
魔物の外殻には、幾つもの亀裂が走っていた。
だが、魔力はまだ尽きていない。
黒い魔力が大地を這い、平原の草を枯らしながらカイルへ迫る。
「聖域裂断!!」
カイルが剣を振るうと、白い光が地面を走った。
黒い魔力が左右に裂け、光の道が生まれる。
その道を駆け抜け、カイルは魔物の懐へ飛び込んだ。
「双星斬!!」
二連の斬撃が外殻を切り裂く。
魔物が咆哮し、巨大な腕を振り下ろした。
カイルは剣で受け止める。
ギギギギギギギギッ!!
刃が軋み、腕が震える。
「ぐっ……! 押し……負ける……!」
魔物の力が、さらに増した。
カイルの足元が崩れ、身体が押し潰されそうになる。
その瞬間、彼は歯を食いしばった。
「……守るって、決めたんだ……!」
剣に光が集まる。
「誰かが怖がっているなら……誰かが助けを待っているなら……!」
光が強くなる。
「その前に立つのが、勇者だ!!」
カイルは全身の力を込め、魔物の腕を弾き返した。
「聖剣解放!!」
白銀の光が爆ぜる。
カイルは魔物の懐から一気に跳び上がり、剣を振り抜いた。
魔物の胸部に深い亀裂が走る。
だが、まだ倒れない。
魔物は最後の力を振り絞り、全身から黒い魔力を放出した。
平原を覆うほどの巨大な魔法陣が展開される。
空が暗く染まり、黒い雷が幾筋も落ちた。
「……これが、最後の一撃か……!」
カイルは剣を握りしめる。
身体は限界だった。
鎧は砕け、マントは裂け、呼吸は乱れている。
立っているだけでも、足が震えた。
それでも、彼は剣を掲げた。
「……なら、俺も……最後の一撃を返す……!」
剣に、残された光が集まっていく。
白銀の輝きが、次第に金色へと変わる。
カイルは目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、城下町の人々。
仲直りした兄弟。
柚乃の笑顔。
千乃の呆れた顔。
そして、結婚を祝福してくれた仲間たち。
「俺は……」
カイルは目を開いた。
「俺は、誰かの明日を奪うために剣を持ったんじゃない」
魔物の黒い魔力が、空を覆い尽くす。
「誰かが笑える明日を守るために……俺は剣を持った!」
剣が眩い光を放つ。
カイルは大地を蹴った。
「聞け、災厄の獣よ! 闇に沈みし大地の嘆きよ! 今ここに、勇者の誓いを刻む!!」
光が空へ伸びる。
「我が剣は、恐怖を断つ刃! 我が意志は、絶望を越える光! たとえこの身が砕けようとも、たとえ最後の一歩が崩れようとも、守ると誓った場所へ、災厄を通すことはない!!」
カイルの青い瞳が、金色の光を宿した。
「天を照らす星よ! 地を守る盾よ! 勇者の名において、今こそ一つとなれ!!」
剣を両手で握り、魔物へ向ける。
「終焉を穿つ聖光の剣!!」
閃光が、平原を貫いた。
黒い魔法陣と白銀の光が正面からぶつかり合う。
轟音。
衝撃。
光と闇が、空を二つに割る。
カイルは剣を押し込みながら、声を張り上げた。
「ここから先は……一歩も……通さないッ!!」
光が、さらに膨れ上がった。
魔物の胸部に走った亀裂が全身へ広がり、黒い魔力が次々と弾けていく。
そして。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!
白銀の閃光が、平原を包み込んだ。
***
風が止んだ。
黒い魔力は消え、巨大な魔物の身体は光の粒となって崩れていく。
災害級魔物、討伐完了。
平原には、深く抉れた地面と、静けさだけが残った。
カイルは剣を地面に突き立て、どうにか立っていた。
「……は……」
息を吸う。
うまく吸えない。
「……やった……か……?」
魔物の最後の残滓が消える。
カイルは、遠くの城壁を見た。
結界はまだ輝いている。
国は無事だ。
城下町も、壊れていない。
「……よかった……」
その言葉を口にした途端、全身から力が抜けた。
カイルは剣を支えにしながら、ゆっくりと膝をつく。
「……柚乃……」
声が掠れる。
「……千乃……」
視界がぼやけていく。
それでも、カイルは最後の力を振り絞り、顔を上げた。
「俺は……イケメンの……勇者……だ……」
少しだけ、笑った。
「……俺は……イケ……メンの……勇者……カイ‥‥‥ル」
そして。
パタン。
カイルは、平原に倒れた。
***
城門。
災害級魔物の反応が消えたことを確認した兵士たちは、歓声を上げた。
「魔物の反応が消失!」
「討伐成功です!!」
「カイル様が……お一人で……!」
しかし、喜びの声はすぐに不安へ変わった。
「カイル様の反応は!?」
「平原に……一つだけ生命反応があります!」
「急げ! 救護班を出せ!!」
城から千乃と柚乃も駆け出してきた。
「カイル!!」
千乃の声が平原に響く。
倒れているカイルを見つけた柚乃は、息を呑んだ。
「カイル……!」
千乃はすぐに膝をつき、回復魔法を展開する。
「もう……! 一人で無茶しすぎだよ……!」
柚乃はカイルの手を握った。
「カイル、聞こえる? しっかりして……!」
カイルは目を閉じたまま、かすかに口を動かした。
「……俺は……イケメンの……勇者……」
「今はそれ言わなくていいから!!」
千乃が叫ぶ。
救護班が到着し、カイルは慎重に担架へ移された。
城へ向かう道すがら、兵士たちは平原の惨状を見つめていた。
地面は大きく抉れ、岩は砕け、草原は焼け焦げている。
それでも、城壁の向こうは無事だった。
勇者カイルが国を守り抜いたのだ。
柚乃は担架の横を歩きながら、カイルの手を握り続けていた。
「……もう。帰ってきたら、またお説教だからね」
千乃は涙をこらえながら、呆れたように呟く。
「ほんとだよ。今度はダブルどころじゃ済まないからね……」
カイルは返事をしない。
ただ、眠ったまま。
ほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべていた。
災害級の魔物を一人で討伐した勇者。
国を守り抜いた勇者。
そして、最後まで自分をイケメンだと信じていた勇者。
カイルは、城へ搬送されていった。
その背中を見送りながら、千乃は小さく息を吐いた。
「……ほんと、無茶するんだから」
柚乃はカイルの手を握り直す。
「でも……帰ってきてくれて、よかった」
結界に守られた城下町では、住民たちが無事を喜び、勇者の帰還を待っていた。
カイルが目を覚ましたとき、きっとまた大騒ぎになる。
けれど今は。
ただ、彼が無事に目を覚ますことを、皆が願っていた。




