勇者様の喧嘩仲裁
城下町からカイルを回収したあと。
城へ戻った千乃と柚乃による、ダブルお説教が待っていた。
「カイル!! 嬉しいのは分かるけど、町中であんなに泣き叫ばない!!」
「そうだよ! 結婚の報告は嬉しいけど、町の人たちを困らせちゃ駄目でしょう!?」
「びょ……」
「泣かない!!」
「はい……」
柚乃の一喝に、カイルはぴたりと泣き声を止めた。
千乃は腕を組み、じっとカイルを見つめる。
「こうやって怒るの何回目?」
「38回目です…」
「それに、子供たちに『泣き虫勇者! おまけ!』って言われたくらいで、さらに泣かないの!」
「だってぇ……!」
「だってじゃない!」
「はい……」
柚乃も、ふうっと息を吐いた。
「でも、結婚を認めてもらえて嬉しかったのは、ちゃんと伝わったから。もう少し落ち着いて喜ぼうね」
「……柚乃」
「なに?」
「……ありがとう」
カイルは今度こそ、涙を拭いて頷いた。
千乃はその様子を見て、ようやく肩の力を抜く。
「よし。泣き止んだね」
「うん。もう大丈夫だ!」
「本当に?」
「本当だ!」
「じゃあ、今日は普通に散歩でもしてきたら?」
千乃の提案に、柚乃も頷いた。
「そうね。気分転換にもなると思う」
「分かった! 今度こそ普通に散歩してくる!」
カイルは胸を張った。
今度こそ、勇者らしい落ち着いた散歩になるはずだった。
***
城下町。
カイルは青いマントを揺らしながら、通りをゆっくり歩いていた。
「うんうん。平和だな」
店先では人々が買い物をし、子供たちは楽しそうに走り回っている。先ほどの大騒ぎが嘘のように、いつもの城下町が広がっていた。
そのとき。
少し先の路地から、怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前なんかいなくなればいいんだ!!」
カイルの足が止まる。
路地の入口では、二人の少年が向かい合っていた。兄らしい少年は怒りに顔を赤くし、弟らしい少年は俯いている。
「お前がいるから、いつも俺ばっかり怒られるんだ!」
「……ごめん」
「謝ればいいと思ってるのかよ!」
兄の言葉に、弟は何も返せなかった。
カイルは静かに二人のもとへ歩み寄った。
「そこまでだ」
二人が振り向く。
「カ、カイル様……?」
カイルは兄の前に立ち、穏やかな声で尋ねた。
「今の言葉は、本当に弟に向けて言いたかった言葉なのか?」
「……だって、こいつが悪いんです!」
「そうか。腹が立つことがあったんだな。言いたいことも、たくさんあるのだろう」
カイルは一度頷いた。
「だがな、怒りに任せて相手の存在そのものを否定してしまえば、伝えたかったことまで届かなくなる」
兄は唇を噛んだ。
カイルは弟にも目を向ける。
「そして、君も。謝るだけで終わらせずに、何があったのかをちゃんと話してみるといい。二人とも、相手に分かってほしいことがあるんだろう?」
二人は黙り込んだ。
カイルは少しだけ笑みを浮かべる。
「兄弟だからといって、いつも仲良くできるわけじゃない。腹が立つこともあるし、許せないことだってある。だが、喧嘩をしたからといって、相手をいなくなればいい存在にしてしまうな」
そして、まっすぐに兄を見つめた。
「大切な人だからこそ、傷つけてしまうことがある。だからこそ、怒りをぶつける前に、相手を大切に思っていた気持ちまで忘れないでほしい。」
兄の表情が揺れた。
カイルは続ける。
「言葉は、相手を傷つけるためだけのものじゃない。仲直りするためにも、気持ちを伝えるためにも使えるんだ。今の言葉を取り消すことはできないかもしれない。だが、これから何を言うかは、君自身が選べる」
路地に静けさが落ちた。
兄は俯き、拳をぎゅっと握った。
「……俺、ほんとは……」
弟が顔を上げる。
「兄ちゃん……?」
「お前が嫌いなわけじゃない。ただ、いつも比べられて……悔しくて……」
兄の声が震えた。
「それで、お前に当たった。ごめん」
弟はしばらく兄を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……俺も、兄ちゃんにちゃんと話せばよかった。ごめん」
二人の間に、少しずつ空気が戻っていく。
カイルは満足そうに頷いた。
「よし。ちゃんと話せたな」
兄は照れくさそうに頭を下げる。
「ありがとうございます、カイル様」
「礼はいらない。これからは、言葉を選ぶことを忘れないでくれ」
「はい!」
二人は並んで路地を出ていった。
カイルはその背中を見送り、青い空を見上げる。
「……うん。今日は、いい散歩になったな。 空がとてもきれいだ。 フッ。俺の心のようだな!」
その頃、城では。
「……カイル、ちゃんと普通に散歩できてるかな?」
千乃が窓の外を眺めていた。
柚乃は微笑む。
「きっと大丈夫だよ。さっきのお説教、ちゃんと聞いていたから」
そして城下町では、カイルが再び歩き始めていた。
今度は泣き声ではなく、兄弟の心に届いた言葉を胸に。
勇者カイルの散歩は、思いがけず誰かの仲直りを助けるものになったのだった。




