うるせぇぇっっっっっ!!
食堂。
柚乃とカイルの結婚が決まったという、めでたい報告が飛び込んできた直後。
カイルは、千乃から「柚乃を泣かせたら許さないからね!!」と言われ、さらに結婚を祝福された。
そして。
ぷるぷるぷるぷる……。
カイルの肩が震え始めた。
「…………」
「……カイル?」
柚乃が不思議そうに顔を覗き込む。
カイルは両手で顔を覆った。
「結婚を……」
「うん?」
「結婚を認めてもらえた……!!」
次の瞬間。
「びょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
食堂が揺れた。
いや、揺れた気がした。
カイルが泣いた。
とにかく泣いた。
滝どころではない。勇者カイルという名の巨大な水源が、今まさに決壊したのである。
「びょえええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「ちょっ!? カイル!? どうしたの!?」
柚乃が慌てて声をかける。
「びょえええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 俺はぁぁぁぁぁ!! 俺はぁぁぁぁぁ!! 認めてもらえたんだぁぁぁぁぁぁぁ!! 柚乃とぉぉぉぉ!! 結婚できるんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「う、うん! そうだよ!?」
「びょええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! ありがとう千乃ぉぉぉぉぉ!! ありがとう真銀ぉぉぉぉぉ!! ありがとう世界ぃぃぃぃぃ!! 俺は今ぁぁぁぁ!! 人生で最高に幸せな勇者だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「世界にまでお礼を言い始めた!?」
千乃は呆然とカイルを見つめた。
そして、ぽつり。
「……久しぶりだな、この泣き声……」
真銀が横目で千乃を見る。
「…そうだなぁ」
「うん。カイルがこうなると、もう止まらないよねぇ……」
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「しかも、今日はいつもよりひどい……」
千乃が遠い目をした。
柚乃はカイルの背中をさすりながら、困ったように笑っている。
「カイル、嬉しいのは分かったから、ちょっと落ち着いて……?」
「びょええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 落ち着けるわけがないだろぉぉぉぉ!! 俺はぁぁぁぁ!! 俺はついにぃぃぃぃ!!」
「うんうん」
「柚乃と結婚するんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「そうだよ!」
「びょええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「また泣いた!?」
レオンとシオンは、ぽかんと口を開けていた。
「……カイルさんって、こんなに泣く人だったんだ」
「勇者なのに……」
クオンは少し考えてから、首を傾げた。
「嬉しいと、あんなに泣くの?」
「カイルの場合は特別だと思うよ……」
千乃が答えた、その時だった。
カイルが突然、顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、食堂の出口へ向かって走り出す。
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「えっ!? カイル!?」
「俺は報告するぅぅぅぅぅ!! この幸せをぉぉぉぉぉ!! 世界中にぃぃぃぃぃ!! 報告するんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「待って!? どこ行くの!?」
「城下町だぁぁぁぁぁぁ!!」
「なんでぇぇぇぇぇ!?」
ダダダダダダダダダダッ!!
カイルは泣きながら、食堂を飛び出していった。
その背中を見送った千乃は、ゆっくりと立ち上がった。
「……真銀」
「なんだ」
「ちょっと行ってくるね」
「……ああ」
「カイル回収してくる」
「頼んだ」
真銀は何も聞かなかった。
聞く必要がなかったからである。
千乃は深く息を吐き、食堂の出口へ歩き出した。
「……あの泣き虫勇者、昔から変わらないなぁ……」
その声には、諦めと懐かしさがたっぷり詰まっていた。
そして、舞台は城下町へ。
***
城下町。
通りを歩いていた町の人々が、遠くから響いてくる声に顔を上げた。
「びょええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「……ん?」
「なんだ、今の声?」
「魔物か!?」
「いや、あの泣き声……まさか……」
通りの向こうから、白銀の鎧を着た金髪の男が走ってきた。
勇者カイルだった。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。
青いマントはばさばさと翻り、本人は胸を張っているつもりなのか、妙に堂々と走っている。
ただし、泣いている。
ものすごく泣いている。
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 聞いてくれぇぇぇぇぇ!! みんなぁぁぁぁぁ!!」
「カイル様!?」
「やっぱりカイル様だ!」
「何があったんですか!?」
カイルは通りの真ん中で立ち止まり、両手を高く掲げた。
「俺はぁぁぁぁ!! 俺はついにぃぃぃぃ!! 柚乃と結婚することになったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
「…………」
「…………ええっ!?」
町の人々が一斉にざわめいた。
「柚乃様と!?」
「おめでとうございます、カイル様!」
「ついにご結婚ですか!」
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! ありがとうぉぉぉぉぉ!! ありがとうみんなぁぁぁぁぁ!! 俺はぁぁぁぁ!! 俺は幸せ者だぁぁぁぁぁぁ!!」
「おめでとうございます!」
「末永くお幸せに!」
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
祝福されるたびに、泣き声が大きくなった。
なぜだ。
祝福されるたびに、どうして音量が上がるのだ。
もはや城下町全域に結婚報告が響き渡っていた。
そして、通りの端で遊んでいた子供たちが、カイルを見つけた。
「あっ! 泣き虫勇者だ!」
「ほんとだ! また泣いてる!」
「泣き虫勇者! おまけ!」
その瞬間。
カイルが固まった。
「…………」
子供たちがにやにやしている。
カイルの肩が、ぷるぷると震えた。
「……おまけ?」
「うん! 泣き虫勇者、おまけ勇者!」
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「うわぁぁぁ! もっと泣いた!」
「やったぁ!」
「やったぁじゃなぁぁぁぁい!! 俺は勇者だぞぉぉぉぉぉ!! 泣き虫じゃないぃぃぃぃ!! おまけでもないぃぃぃぃ!! びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
子供たちは大笑いしながら逃げていった。
カイルはその場に膝をつきかけ、どうにか踏みとどまった。
「びょえええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 俺のぉぉぉぉ!! 勇者としての威厳がぁぁぁぁ!!」
「カイル様、結婚のご報告をしていたのでは……?」
「そうだったぁぁぁぁ!! 俺は柚乃と結婚するんだぁぁぁぁ!! びょええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「報告に戻った!?」
町の人々は、祝福したい気持ちと、どうすればいいのか分からない気持ちの間で揺れていた。
やがて、一人の町人が真剣な顔で叫んだ。
「奥さんは柚乃様だけど、千乃様呼んできて!!」
「了解!!」
「カイル回収係は引き続き千乃様!!」
「引き続きって何ぃぃぃぃ!?」
別の町人が思わず叫んだ。
「だって、カイル様がこうなったときに回収できるの、千乃様くらいでしょう!?」
「それは……そうだな!」
「誰か千乃様を呼んできてぇぇぇ!!」
町の人々が一斉に動き始めた。
カイルは相変わらず通りの真ん中で泣いていた。
「びょええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 柚乃ぉぉぉぉ!! 俺は幸せだぁぁぁぁ!! 絶対に幸せにするからなぁぁぁぁ!! びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
その頃。
千乃は、すでに城下町へ向かっていた。
「……うん。聞こえる。めちゃくちゃ聞こえる」
遠くから響く、あまりにも聞き慣れた泣き声。
千乃は額に手を当てた。
「久しぶりだな、この泣き声……って、さっきも思ったけど! なんで結婚報告でここまで泣くの!?」
通りの角を曲がると、そこには。
泣き叫ぶカイル。
困り果てた町の人々。
遠くで笑っている子供たち。
そして、千乃を見つけた町人たちが一斉に叫んだ。
「千乃様ぁぁぁぁ!! 回収お願いします!!」
「千乃様!! いつものやつです!!」
「いつものやつって何!?」
千乃はカイルの前まで歩いていった。
「……カイル」
「びょええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 千乃ぉぉぉぉ!! 聞いてくれぇぇぇぇ!! 俺は柚乃とぉぉぉぉ!!」
「うん、聞いた。結婚するんだよね」
「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 認めてもらえたんだぁぁぁぁ!! 嬉しいんだぁぁぁぁ!!」
「うんうん。おめでとう」
「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「……よし」
千乃はカイルの襟元をつかんだ。
「回収します」
「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 待ってぇぇぇぇ!! まだ報告がぁぁぁぁ!!」
「もう十分報告したでしょ!! 城下町全域に届いてるよ!!」
「でもぉぉぉぉ!!」
「でもじゃない!!」
千乃はそのまま、カイルをずるずると引きずり始めた。
ザリ……ズルズル……。
「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「はいはい、泣かない泣かない」
「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!! 千乃ぉぉぉぉ!! 俺はぁぁぁぁ!! 幸せなんだぁぁぁぁ!!」
「分かった分かった! おめでとう! だから帰るよ!」
「びょええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
町の人々は、ずるずると引きずられていく勇者を見送りながら、深々と頷いた。
「……回収完了ですね」
「さすが千乃様」
「カイル様、ご結婚おめでとうございます」
「でも、泣き虫勇者は変わらないなぁ……」
子供たちが、通りの向こうから最後の一言を投げた。
「泣き虫勇者! おまけ!」
「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「追い打ちしないでぇぇぇぇ!!」
千乃の叫び声と、カイルの泣き声が城下町に遠ざかっていった。
こうして、勇者カイルと柚乃の結婚報告は、城下町中に知れ渡った。
ただし、人々の記憶に最も強く刻まれたのは、結婚報告の内容ではなく。
結婚を認められて、嬉しさのあまりギャン泣きし、千乃にずるずる引きずられて帰る勇者の姿だった。
……なお、町の人々の間では、この日もまた一つ、確かな認識が共有された。
カイル回収係は、引き続き千乃様である。




