え!?日本人!?
食堂には、戦いのあとの穏やかな空気が戻っていた。
……ラブリーさんが、戦闘記録の追加ページを書きながら興奮していることを除けば。
「いやぁぁぁ、本当に素晴らしい戦いでしたね!! 仲間同士の連携、絶妙なタイミングでの援護、千乃さんの圧倒的な戦闘能力、真銀さんとの阿吽の呼吸、そして最後の総力戦!! あれはもう、歴史的快挙ですよ!! 私、記録を取りながら何度ペンを握り潰しそうになったことか!! もちろん比喩ですよ!? 実際に握り潰したら記録用のペンがなくなってしまいますからね!! 記録係にとって筆記用具は命!! 剣士にとっての剣、魔法使いにとっての杖、料理人にとっての包丁、そして私にとってのペン!! つまり、ペンを失うことは私の存在意義の一部を失うことと同義なのです!!」
「ラブリーさん、ちょっと落ち着こう!?」
千乃は、目の前で熱弁するラブリーさんを見つめた。
つい先ほどまで、彼女は戦闘記録の素晴らしさについて語っていた。
いや、正確には今も語っている。
息継ぎをしているのか疑いたくなるほどの勢いだった。
「……そういえば」
千乃は、ふと何かを思い出した。
「ラブリーさんって、前にも『地球』とか『異世界転生』って言葉を普通に使ってなかった?」
ぴたり。
ラブリーさんのペンが止まった。
「…………」
「私、ずっと気になってたんだよね。こっちの世界の人なのに、どうして地球のことを知ってるんだろうって。しかも異世界転生って、普通に考えたらこの世界の人が知ってる言葉じゃないよね?」
真銀も顔を上げた。
「確かに。以前から気になっていたが、聞く機会がなかったな」
千乃はラブリーさんへ向き直る。
「ねえ、ラブリーさん。もしかして……」
ラブリーさんは、きょとんと目を瞬かせた。
「え?」
そして、何でもないことのように言った。
「え? だって私だって日本人ですよ? 友達の結婚を手伝ったら、その相手の元カノに恨まれて殺されて、転生したんですから」
「…………」
「…………」
「…………え?」
千乃の口が、ぽかんと開いた。
真銀の手も止まった。
ララはパンをくわえたまま固まり、ライは静かに顔を上げ、アイシィは食器を持ったまま動かなくなった。
メルトだけが、いつも通りぷるぷるしていた。
「…………ええええええええええええええええええっ!?」
千乃の絶叫が食堂に響き渡った。
「日本人!? ラブリーさん、日本人だったの!?」
「はい!!」
「転生者なの!?」
「はい!!」
「友達の結婚を手伝ったら!?」
「その相手の元カノに恨まれて、人生を終えました!!」
「人生を終えました、じゃないよぉぉぉぉぉ!! 説明が軽い!! 情報が重いのに説明が軽すぎる!!」
ラブリーさんは、にっこり笑った。
「いやぁ、あのときは本当に驚きましたよ! 友達から結婚式の準備を手伝ってほしいと頼まれましてね! 私はもちろん快諾しました! 友達の幸せを応援するのは当然ですし、結婚式という人生の大イベントを支えるなんて、こんなに素敵なことはありませんから! 招待状の確認をして、式場の手配を手伝って、衣装の相談に乗って、当日の段取りまで確認して、もう大忙しでした! でも、友達が幸せそうにしている姿を見ると、こちらまで嬉しくなるじゃないですか! ああ、よかったなぁ、これで二人は幸せな家庭を築いていくんだなぁって! ところがですよ!! まさか、その相手に元カノがいたとは!! いや、元カノがいること自体は別に珍しくないですよ!? 人間には過去がありますから! 恋愛だって人生の一部ですし、誰にだって出会いと別れはあります! 問題は、その元カノが結婚を祝福するどころか、私にまで恨みを向けてきたことなんです!! 私は新郎を奪ったわけでもありませんし、恋愛関係に割り込んだわけでもありません! 私はただの友人!! ただの結婚式のお手伝い係!! なのに、なぜか敵認定!! どうして!? 私、何かしました!? 招待状を届けました!! 式場の確認をしました!! 友達の幸せを応援しました!! それだけです!! 言ってみれば、ただのお手伝いさん!! それなのに、まさか人生がそこで終了するとは思いませんでしたよ!! いやぁ、人生って本当に何が起きるか分かりませんね!!」
「情報量が多いよぉぉぉ!!」
千乃は頭を抱えた。
「待って待って! つまりラブリーさんは、私と同じ地球出身で、転生する前は日本に住んでいて、友達の結婚を手伝っていたら、元カノに恨まれて……えっと……」
「はい! その通りです!!」
「それで転生した先がこの世界!?」
「そうです!!」
「で、今は恋愛ギルドのギルド長!?」
「その通りです!! 人生とは実に数奇なものですね!!」
「数奇って言葉で片付けていいのかなぁ!?」
真銀が、ようやく口を開いた。
「……転生する前の記憶を、すべて覚えているのか?」
「もちろんです!! 日本のことも、友達のことも、元カノのことも、全部覚えていますよ! あ、でも日本の住所とか、細かい個人情報はここで話すつもりはありませんからね! そこはちゃんと配慮します! 私、記録係ですけど、何でもかんでも公開していいとは思っていませんので!! 記録というのは、残すべきものを残し、守るべきものを守ることが大切なんです!! 誰かの人生を勝手に暴き立てることと、歴史的な出来事を後世に伝えることは、まったく別物ですからね!!」
「そこはちゃんとしてるんだ……」
千乃が少し感心した。
「はい!! 私だって常識はあります!! 少なくとも、戦闘中に他人のプライバシーを記録するようなことはしません!! ええ、しませんとも!! ただし!! 仲間たちが一丸となって強大な敵に立ち向かい、絶妙な連携によって勝利を掴み取る瞬間は別です!! あれは記録しなければなりません!! 世界の歴史に刻まれるべき出来事ですから!! 千乃さんが鬼月姫へ変化した瞬間の魔力の揺らぎ、真銀さんが千乃さんの動きを信頼して援護に入ったタイミング、ララさんが聖獣の力を解放したときの詠唱、ルシアさんとルシファーさんがそれぞれの敵へ向かったときの判断、ライさんとアイシィさんの戦闘の組み立て、カミルさんの威厳ある援護、メルトさんがダークマターを吸収した際の戦況の変化!! これらを記録せずして、いったい何を記録するというのでしょうか!? あの戦いは、ただ強い者が勝っただけではありません! それぞれが自分の役割を理解し、互いを信頼し、足りない部分を補い合ったからこそ勝てたのです!! その事実を残すことには大きな意味があります!! 後世の人々がこの記録を読んだとき、きっと思うはずです! 『なんてすごい仲間たちなんだ!』と!! そして、こう続けるでしょう! 『ところでララさんのふわふわ詠唱は何だ!?』と!!」
「最後ぉぉぉぉぉ!! 絶対そこに戻ってくるんだ!?」
ララは、なぜか誇らしげに胸を張った。
「ふわふわは大事だからね!」
「ララも乗らないで!?」
アイシィが、楽しそうに笑った。
「でも、転生者だったとは驚いたねぇ」
「うん……。まさかラブリーさんが日本人だったなんて」
千乃は改めてラブリーさんを見つめた。
「ねえ、ラブリーさん。地球のことを知ってる人って、私以外にもいたんだね」
「はい!! だからこそ、千乃さんが地球に関する言葉を使ったとき、私は内心とても驚いていたんですよ!! ただ、いきなり『あなたも日本人ですか!?』なんて聞くのも不自然でしょう? それに、転生者という存在は、この世界では誰もが知っているわけではありません! だから私は、しばらく様子を見ていたんです! まさか千乃さんのほうから聞いてくださるとは!! いやぁ、これも運命的な巡り合わせですね!! 異なる世界から来た者同士が、こうして同じ場所で出会い、同じ戦いを見届け、同じ食卓を囲む!! 考えてみてください! 地球にいたころの私に、こんな未来を想像できたでしょうか!? できません!! そもそも、友達の結婚式を手伝った先に異世界転生が待っているなんて、どんな人生設計にも書いてありませんよ!! 人生設計どころか、予定表にもありません!! 手帳に書いてあった予定は結婚式のお手伝いだけです!! それがどうして、気がついたら異世界で恋愛ギルドの長を務め、強大な魔物やら魔法やら世界規模の戦いに囲まれ、記録係としてペンを走らせる日々になっているんですか!? 誰がこの展開を予想できるんです!? いえ、予想できた人がいたなら、ぜひ教えてください!! その人は予知能力者か、物語の作者か、あるいはとんでもない未来予測の天才です!!」
「ラブリーさん、息して!?」
「しています!! 呼吸は大切ですからね!!」
「返事が早い!!」
真銀が小さく息を吐いた。
「……なるほど。だから地球や転生という言葉に詳しかったのか」
「そういうことです!!」
ラブリーさんは、びしっと親指を立てた。
「ちなみに、転生したからといって、私が急に恋愛の達人になったわけではありません!! むしろ、恋愛というものは難しい!! 人の心は複雑です!! 本人にしか分からない気持ちもあれば、本人ですら整理できない感情もあります!! だからこそ、私は恋愛ギルドでさまざまな相談を受けながら、人と人との関係について学んできたのです!! もちろん、恋愛を無理やり成立させることが正しいとは思いません!! 誰かの気持ちを勝手に変えたり、本人の意思を無視したりすることは、恋愛とは呼べませんからね!! 大切なのは、相手の気持ちを尊重し、本人が自分の意思で選ぶことです!! だから私は、千乃さんと真銀さんの関係を見ていても、ただ二人が仲良しだから尊いと言っているわけではありません!! お互いを大切にして、信頼し、必要なときには支え合い、それぞれの意思を尊重しているからこそ、素晴らしいと思うのです!! 戦場であれ、食卓であれ、その根っこは変わらない!! 私はそれを記録したい!! 記録して、残して、いつか誰かが読めるようにしたい!! それが今の私の生きがいなんです!!」
千乃は、少しだけ目を丸くした。
「……ラブリーさん、ちゃんといいこと言うんだね」
「ちゃんと!?」
「いや、だって普段すごい勢いだから……」
「私だって、たまには真面目なことを言いますよ!! 失礼ですね!! 私は常に真面目に記録と向き合っています!! ただし、尊いものを見つけた際には感情が先走ることがあります!! これは仕方ありません!! 心が動くのは人間として自然な反応ですから!! 美しい景色を見れば感動しますし、美味しい料理を食べれば幸せになりますし、素晴らしい戦いを見れば記録したくなります!! そして、仲の良い夫婦が戦場で息を合わせ、戦いが終わったあとには隣同士でご飯を食べている!! そんな光景を見たら、記録係として黙っていられるわけがないでしょう!! ええ、無理です!! 絶対に無理です!! むしろ、あの場面で冷静にペンを走らせられた自分を褒めたいくらいです!! 途中で何度も『尊い!!』と叫びそうになりましたが、記録の邪魔になるので必死に我慢しました!! あのときの私の自制心、ぜひ記録に残しておきたいですね!!」
「自分の自制心まで記録するの!?」
「当然です!!」
「もう何でもありじゃん!!」
千乃はとうとう笑い出した。
真銀も、呆れたような表情のまま、口元をわずかに緩めている。
「……千乃」
「なに、真銀?」
「この人が記録係であることには、もう疑問を持たないほうがよさそうだ」
「うん……私もそう思う……!」
ラブリーさんは、満足げに記録用紙を掲げた。
「それでは、今回の追記を始めましょう!! 題して、『地球出身の記録係、異世界にて歴史的総力戦を目撃する』!!」
「タイトルまで決めたの!?」
「はい!! 副題は『仲間の絆とふわふわの奇跡、そして永久保存される厨二病詠唱』です!!」
「最後ぉぉぉぉぉぉ!! そこだけ妙に具体的ぃぃぃ!!」
「大切な要素ですから!!」
「削ってぇぇぇぇぇ!!」
ラブリーさんのペンが、再び紙の上を走り始める。
千乃はその様子を眺めながら、ふと思った。
地球から転生してきたのは、自分だけではなかった。
世界が変わっても、人生が予想外の方向へ転がっても、人は新しい場所で生きていく。そして、ときには自分の経験を誰かと分かち合い、新しい縁を結ぶこともある。
……ただし。
「ラブリーさん、その記録、私の詠唱だけは少し小さめの文字にしてね?」
「全文、特大文字で掲載します!!」
「なんでぇぇぇぇぇ!!」
どうやら千乃は、転生者同士の感動的な出会いを果たした直後に、別の意味で大きな問題を抱えることになったらしい。
ラブリー・スミス。
地球出身の転生者にして、恋愛ギルドの長。
そして、尊い瞬間を見つけたら絶対に記録する、筋金入りの記録係だった。




