永久保存ですね!! By.某ギルド長
レーレを閉じ、元の世界へ戻ってきた千乃たちは、ひとまずお城へ帰っていた。
長い戦いを終えた一同は、食堂に集まっていた。テーブルの上には、焼きたてのパンやスープ、肉料理にサラダ、果物まで並んでいる。戦いの跡を振り返るのはひとまず後回し。今は何より、腹ごしらえだ。
「いただきまーす!」
千乃が元気よく手を合わせる。
「いただきます」
真銀も隣で食事を始めた。
ララは自分の前に置かれた料理を見て、目をきらきらさせている。
「主! これ食べていい!?」
「もちろん! みんなで食べようね!」
「やったぁ!」
ライは落ち着いて食べ、アイシィは美味しそうに料理を味わい、カミルは悠然と食事を楽しんでいた。メルトはぷるぷると揺れながら、与えられた食べ物を「じゅわっ」と吸収している。
ルシアとルシファーも席についていた。
「戦いのあとにみんなで食べるご飯って、おいしいね!」
ルシアが笑う。
「そうだな。全員無事に終えられたことが何よりだ」
ルシファーも頷いた。
千乃はスープをひと口飲み、ほっと息をついた。
「はぁ……生き返るぅ……!」
「千乃、さっきまであれだけ元気に戦っていたのに、もうお腹が空いたのか」
真銀が呆れ半分に言う。
「そりゃ空くよ! あんな大規模な術式を使ったんだもん!」
「確かに、かなりの魔力を消費していたな」
「でしょ? だからいっぱい食べるの!」
千乃はパンを手に取り、にっこり笑った。
実に平和な時間だった。
……そのはずだった。
バァァァァァンッ!!
食堂の扉が、ものすごい勢いで開いた。
「皆さぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「うわぁぁぁぁぁっっっっ!?」
千乃がびくっと肩を跳ねさせる。
真銀は即座に顔を上げ、ララは驚いて耳をぴんと立てた。アイシィが持っていた食器を止め、ライは入口へ視線を向ける。メルトは驚きのあまり、ぷるんっと一回跳ねた。
扉の向こうに立っていたのは、某恋愛ギルド長、ラブリー・スミスだった。
目はきらきら。頬は紅潮。両手には大量の紙束と記録用の道具。
そして、開口一番。
「力を合わせた戦い!! 尊いですねッ!! 記録、永久保存!!」
「…………」
食堂が静まり返った。
ラブリーさんは、そんなことなどお構いなしに、ものすごい勢いで続けた。
「千乃さんの鬼月姫への変化! 真銀さんとの連携! ララさんのふわふわ詠唱! ルシアさんとルシファーさんの魔界の双翼!! ライさん、アイシィさん、カミルさん、メルトさんまで、全員が力を合わせて敵を制圧するなんて……!! そして、レーレに変わるときにじわじわと絵の具がしみるように変わる美しさ…!! なんとBeautifulなんでしょうか!! しかも、メルトさんは追いかけ回していたのに主である千乃さんの危機を察知したときの覚醒がすばらしい……!! そして、ダークマターの吸収…!! これほど素晴らしく、美しいことが他にあるでしょうか!?」
紙束を抱きしめ、ぶるぶると震える。
「個々の力も素晴らしい! なのに、全員で協力したときの完成度がさらに高い!! それぞれの個性を失わず、一つの目的に向かって力を重ねる……!! ああっ、なんという尊さ!!」
「ちょ、ちょっと待って!?」
千乃が慌てて声を上げた。
「ラブリーさん、いつから見てたの!?」
真銀も、珍しくわずかに目を見開いている。
「……まさか、戦闘の最初からか?」
ラブリーさんは、満面の笑みで即答した。
「ずっとです!!」
「「ずっとぉぉぉぉぉ!?」」
千乃と真銀の声が重なった。
ララが目を丸くする。
「えっ!? 最初から最後まで!?」
「はいっ!! 千乃さんがレーレを展開した瞬間から、閉じる瞬間まで、すべて見届けました!!」
「えええええええ!?」
千乃は思わず頭を抱えた。
「なんで!? どこにいたの!?」
「それはもちろん、観測に最適な位置です!!」
「答えになってないよぉぉぉ!!」
ラブリーさんは紙束をぱらぱらとめくった。
「ご安心ください! 戦闘の流れ、各人の連携、詠唱、敵の反応、そして戦闘終了後の皆さんの様子まで、しっかり記録済みです!」
「詠唱まで!?」
千乃の顔が、じわじわと赤くなる。
「ま、待って! あの詠唱も!?」
「もちろんです!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
千乃はテーブルに突っ伏した。
「忘れてぇぇぇぇぇ!!ムリムリムリムリィィィィ!!!!!」
「なりません!! あれは後世に残すべき偉業です!!」
「偉業じゃなくて厨二病だよぉぉぉ!!」
「その自己認識まで含めて尊い!!」
「なんでぇぇぇぇぇ!?」
ララは、きょとんと首を傾げた。
「主、そんなに恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ!! あんな大声で詠唱してたんだよ!? しかもララまで一緒に!」
「えっ、ララも記録されてるの!?」
「はいっ! 『ふわふわの名において命ずる!』のくだりも、鮮明に!!」
「わぁぁぁ! ララのかっこいいところが永久保存だぁぁぁ!」
「喜ぶんだ!?」
千乃が顔を上げてツッコんだ。
その隣で、ルシアは楽しそうに笑っていた。
「私は別にいいよ! あの詠唱、気に入ってるし!」
「私も問題ない」
ルシファーも落ち着いた様子で頷く。
「仲間と力を合わせた証が残るのなら、悪いことではないだろう」
「二人とも大人だ……!」
千乃が感心する。
真銀は、ラブリーさんの記録用紙をちらりと見た。
「……俺の発言も記録したのか?」
「もちろんです!! 特に千乃さんへの声かけと、戦闘中の連携は見逃していません!!」
「…………そうか」
真銀は静かに視線を戻した。
千乃が、そっと彼の顔を覗き込む。
「真銀? もしかして恥ずかしい?」
「いや」
「ほんと?」
「……少しだけな」
「えっ、真銀も!?」
千乃はぱっと顔を輝かせた。
「なんか嬉しい! 私だけじゃなかった!」
「千乃。喜ぶところではない」
「えへへ!」
「聞いているか?」
ラブリーさんは、二人を見てさらに感極まっていた。
「戦闘中の息の合った連携だけでなく、戦いが終わったあとの自然なやり取りまで……!! 夫婦としての信頼関係が、戦闘にも日常にも一貫して表れている……!!」
「ラブリーさん、分析しないでぇぇぇ!!」
千乃の叫びが食堂に響いた。
アイシィはくすくす笑いながら、料理を口に運んだ。
「いやぁ、すごいな。戦いが終わっても、別の戦いが始まっている。」
ライが静かに頷く。
「記録を巡る攻防ですね。」
「ぷるぷる」
メルトも、どこか楽しそうに揺れた。
カミルは悠然とラブリーさんを見つめる。
「あの戦場の全てを見届けていたというのか」
「はい! 皆さんの力が一つになる瞬間を、絶対に見逃すわけにはいきませんから!」
「……見事な執念だな」
カミルが感心したように呟いた。
「褒めないでぇぇぇ! これ以上、記録係の熱量を上げないでぇぇぇ!!」
千乃が慌てて叫ぶ。
しかし、ラブリーさんはもう止まらなかった。
「それに、今回の戦いは単なる勝利ではありません! 殺すことも壊すこともできないレーレの中で、皆さんは互いの力を理解し、役割を果たし、最後には全員で一つの術式を完成させた! あの瞬間こそ、協力の真髄です!!」
その言葉に、食堂が少しだけ静かになった。
千乃は顔を上げる。
ラブリーさんの目は、先ほどまでの興奮だけではなかった。
本当に、心から感動している目だった。
「……みんなで力を合わせたから、終わらせられたんだよ」
千乃は、仲間たちを見渡した。
「私一人でも何とかできたかもしれない。でも、みんなが一緒に戦ってくれたから、あの戦いをちゃんと終わらせられた。だから……記録に残してくれるのは、ちょっと嬉しいかも」
「主……!」
ララが千乃を見上げる。
真銀も、静かに頷いた。
「そうだな。今回の勝利は、全員で掴んだものだ」
ルシアとルシファーも頷く。
ライ、アイシィ、カミル、メルトも、それぞれの反応で同意を示した。
ラブリーさんは、紙束を胸に抱きしめた。
「……はいっ!! 必ず、最高の記録として残します!!」
「でも、詠唱のところは少し控えめに……」
「詠唱は全文掲載です!!」
「そこだけ即答しないでぇぇぇぇ!!」
食堂に、再び笑い声が広がった。
戦いは終わった。
敵は封魔地下牢へ送られ、レーレは閉じられ、世界には平穏が戻った。
そして今。
千乃たちが直面しているのは、戦闘ではない。
自分たちの大活躍を、最初から最後まで目撃していた記録係による、永久保存の宣言だった。
「ラブリーさん……」
千乃は、じっと彼女を見つめる。
「本当に、ずっと見てたの?」
「ずっとです!!」
「……そっかぁ」
千乃は、ゆっくりとパンを手に取った。
「じゃあ、今食べてるところも記録されるの?」
「もちろんです!! 戦いのあとに仲間と食卓を囲む姿も、立派な記録ですから!!」
「ご飯くらい普通に食べさせてぇぇぇぇぇ!!」
真銀は隣で、静かにスープを飲んだ。
「……千乃。諦めろ」
「真銀までぇぇぇ!!」
ラブリーさんのペンが、さらさらと紙の上を走る。
こうして、常闇の箱庭大戦は終わった。
そしてその記録は、ラブリーさんの手によって、余すところなく永久保存されることになったのだった。




