常闇の箱庭大戦(ディストピア・ゲーム)6
ガーデスが逃げ回り、メルトが追いかけ、クローバーが呆然と立ち尽くす。
戦場は、もはや何を中心に回っているのか分からなくなっていた。
「ぷるるるるるっ!!」
「来るなぁぁぁぁぁ!! 俺のダークマターを返せぇぇぇぇぇ!!」
「ぷる!」
ずるるるるるっ!!
「ぎゃあああああああ!! また減ったぁぁぁぁぁ!!」
「……あの二人、いつまでやってるんだろう」
千乃は真銀の隣で、遠ざかっていくガーデスを眺めていた。
「メルトが落ち着くまでだろうな」
「そっかぁ……」
千乃はこくりと頷き、それから自分の手を見つめた。
先ほどクローバーに触れられた場所。そこに痛みはない。けれど、勝手に感情を変えられた不快感は、まだ残っていた。
「……ほんっと、嫌だった」
「分かっている」
「真銀がいるのに、あんなことされるなんて。私の気持ちなのに、勝手にいじられるのは嫌」
真銀は千乃の頭にそっと手を置いた。
「お前の気持ちは、お前のものだ」
「……うん」
千乃は少しだけ表情を和らげた。
そして、顔を上げる。
「ねえ、真銀」
「なんだ?」
「ちょっと、助っ人を呼んでもいい?」
「助っ人?」
「うん。前に魔界へ帰るとき、いつでも呼んでくれって言ってた子たちがいるんだ」
千乃の紅い瞳が、すっと細くなる。
「せっかくだし、来てもらおうかな」
その言葉を聞いた瞬間、クローバーが顔を上げた。
「……まだ増えるのか?」
「うん」
「いや、待て。こちらはすでに二人も……」
「三人目じゃないよ?」
千乃がにっこり笑う。
「二人だよ」
「増える人数の問題ではない!!」
クローバーの叫びを聞き流し、千乃は両手をゆっくりと広げた。
鬼月姫の白黒の袖が揺れる。巨大な黒い翼が、背後で静かに広がった。
「魔界に告ぐ」
その声が、白い世界へ染み渡る。
「かつて私に、いつでも呼んでくれと言った双子へ」
千乃の足元に、深紅の魔法陣が浮かび上がった。
円の内側に刻まれた文字が、一つずつ光を灯していく。白い地面に赤い光が走り、複雑な紋様を描きながら、二つの召喚陣へと分かれていった。
「ルシファー」
右側の魔法陣が輝く。
「ルシア」
左側の魔法陣が応える。
「来て。ちょっと手を貸してほしいな」
次の瞬間。
ゴォォォォォォッ!!
二つの魔法陣から、濃密な魔力が噴き上がった。
白い世界に、魔界の気配が満ちる。
そして。
「――召喚に応じたぞ、千乃」
右側の光の中から、一人の青年が姿を現した。
黒い短髪に、鮮やかな赤色のメッシュ。鋭い赤い瞳。黒を基調とした服の背からは、黒い悪魔の翼が広がり、頭には黒い角が伸びている。
その佇まいには、上位種悪魔らしい威厳があった。
彼こそ、双子の兄。
ルシファー。
続いて、左側の魔法陣からも影が現れる。
「千乃! 呼んでくれたんだね!」
こちらは、黒いロングヘア。髪に走る赤いメッシュと、鮮やかな赤い瞳。黒を基調とした服に、黒い角、黒い悪魔の翼。
兄とは対照的に、現れた瞬間から明るい声を響かせる。
双子の妹、ルシアだった。
ルシアは千乃を見つけると、嬉しそうに駆け寄ろうとした。
「千乃、久しぶり! 魔界に帰ってからずっと……」
そこで、ぴたりと足が止まった。
視線が横へ動く。
黒い魔力。
暴走寸前のメルト。
そして、全力で逃げ回るガーデス。
「…………」
「…………」
ルシアとルシファーは、しばらく無言でその光景を見つめた。
「戦争だぁぁぁぁぁ!! 助けろぉぉぉぉぉ!!」
「ぷるるるるるるっ!!」
「…………千乃」
ルシファーが静かに口を開いた。
「これは、どういう状況だ?」
「戦争だよ」
「見れば分かる」
「あと、メルトがちょっと怒ってる」
「ちょっと?」
ルシアが、黒い魔力に包まれたメルトを見つめる。
メルトはガーデスを追いかけながら、近くにあったダークマターを片っ端から吸収していた。吸収するたびに魔力が増し、ガーデスが逃げるほど、その進路上にある黒い物質が消えていく。
「……あれ、災害級じゃない?」
「うん」
「うん、じゃないよね!?」
ルシアが千乃を振り返った。
「千乃、あれ本当にメルト!?」
「そうだよ?」
「いつから!?」
「さっきから!」
「説明が短いよぉぉぉ!!」
その横で、ルシファーは額に手を当てていた。
「……なるほど。魔界へ帰る際に、いつでも呼べと言ったのは俺たちだ」
「そうだね!」
「だが、まさか戦場の追加戦力として呼ばれるとはな」
「私たち、千乃の助っ人だもん!」
ルシアは即座に胸を張った。
「呼ばれたなら、ちゃんと手伝うよ!」
ルシファーも頷く。
「当然だ。千乃が助けを必要としているなら、理由など後で聞けばいい」
千乃は二人を見て、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、二人とも!」
「任せて、千乃!」
「任せろ、千乃」
双子の声が重なる。
その瞬間、クローバーが一歩後退した。
「……上位種悪魔の双子だと?」
彼は二人の魔力を感じ取り、顔を強張らせた。
「しかも、あの鬼月姫と親しい……?」
「うん。仲良しだよ!」
ルシアがにっこり笑う。
「千乃に嫌なことをしたのは、あなた?」
「……っ」
クローバーは答えなかった。
だが、その反応だけで十分だった。
ルシアの笑顔が、すっと消える。
「そっか」
彼女の背中で、黒い翼がゆっくりと広がった。
「じゃあ、ちょっとお話ししようか」
「ルシア」
ルシファーが妹を呼ぶ。
「分かっている。殺しはなしだろう?」
「うん。千乃の世界だもんね」
ルシアは再び笑った。
「でも、戦闘不能にはしていいんだよね?」
「そういうことだ」
ルシファーの赤い瞳が、クローバーを捉える。
「千乃。こちらは任せろ」
「うん、お願い!」
千乃が答えた、その直後だった。
「俺を忘れるなぁぁぁぁぁ!!」
ガーデスが叫びながら、ダークマターを大量に引き寄せた。
「まだまだ俺のダークマターは残っているぞぉぉぉ!! 全員まとめて操ってやるぅぅぅ!!」
黒い魔力が一気に膨れ上がる。
しかし、その大部分はメルトの身体へ吸い込まれていった。
「ぷるるっ!」
「だから返せぇぇぇぇぇ!!」
「……あれは、どうする?」
ルシファーが尋ねた。
千乃は少し考えた。
「メルトは私を助けようとしてくれてるから、できれば止めなくていいよ。でも、レーレの外に影響が出ないようには気をつけてね」
「了解した」
「分かった!」
双子は同時に翼を広げた。
ルシファーはクローバーへ。
ルシアはガーデスとメルトの方へ。
それぞれの視線が、敵を捉える。
白い世界に、四つの赤い瞳が光った。
「さあ、千乃」
ルシファーが剣を抜く。
「ここからは、俺たちも参加させてもらおう」
ルシアも拳を握り、楽しそうに笑った。
「魔界からわざわざ来たんだもん。すぐには帰らないよ!」
千乃は、真銀の隣で満足そうに頷いた。
「うん。じゃあ、改めて」
鬼月姫の巨大な黒い翼が、ゆっくりと揺れる。
「みんなで、終わらせようか」
その背後では。
「うおおおおおおお!! 悪魔まで増えたぁぁぁぁぁ!!」
「ぷるるるるるっ!!」
「俺の戦場がぁぁぁぁぁ!!」
ガーデスの絶叫が響き渡っていた。
そしてルシアは、逃げるガーデスを見て首を傾げた。
「……ねえ、ルシファー」
「なんだ?」
「あの子、ずっと走ってるけど、戦争が好きなんじゃなかったの?」
「……好きなのだろうな」
「不思議だね!」
「そうだな」
二人は、揃ってガーデスを見送った。
その足元では、メルトが元気よく跳ねていた。
ぷるっ。
レーレの戦況は、また一段と混沌を深めていった。




