常闇の箱庭大戦(ディストピア・ゲーム)4
投稿が遅れてしまい、ほんっとうにすみません!!
そして、お待たせいたしました!
常闇の箱庭大戦4、どうぞお楽しみください!
そのころ。
白い世界の中央では、戦いがさらに激しさを増していた。
「うおおおおおおおおおっ!! もっとだ! もっと戦えぇぇぇぇぇ!!」
ガーデス・テントウが、テントウムシの帽子を揺らしながら叫んでいた。
「…………うるさい」
千乃がぼそりと呟く。
「聞こえてるぞぉぉぉ!!」
「聞こえるように叫んでるんでしょ」
「そうだぁぁぁ!!」
「会話が成立しているようで成立していないな」
真銀が剣を構え直した、その瞬間だった。
「さあ、ここからが本番だ!!」
ガーデスがリュックを勢いよく開く。
中から溢れ出したのは、どろりとした黒い物質。ダークマターだった。
それは地面に広がることなく、ガーデスの指先に従って宙へ浮かび上がる。細い糸となり、刃となり、無数の球体へと姿を変えていった。
「俺のダークマターは、俺の思いどおりだ!! どんな形にもなる! どんな方向にも飛ばせる! しかも、完全制御だぁぁぁ!!」
「説明が長い」
「まだ三割くらいしか説明してないぞ!?」
「残り七割もあるの!?」
千乃が思わず叫んだ。
その隙を逃さず、ガーデスが腕を振る。
「くらえぇぇぇ!!」
黒い球体が、一斉に千乃たちへ襲いかかった。
「主!」
ライが駆け出す。ララも反対側へ跳び、アイシィが翼を広げて飛来する球体を避けた。カミルは鋭く身を翻し、真銀は千乃の前へ滑り込む。
だが、黒い球体は途中で軌道を変えた。
「なっ!」
避けたはずの攻撃が、背後から迫ってくる。
ドドドドドッ!!
ライが身を捻ってかわす。ララも地面を蹴って跳び退いたが、次の球体が着地点を狙っていた。
「わっ、ちょっとぉっ!」
ララが身体をひねる。
間一髪で直撃は避けたものの、黒い魔力が足元を掠め、白い地面に細い亀裂のような模様を走らせた。レーレそのものが壊れたわけではない。けれど、攻撃を避けるために使える場所が限られ、全員の動きが少しずつ制限され始めていた。
「はははははっ! どうだぁぁぁ!!」
ガーデスが得意げに胸を張る。
「避けても無駄! 俺のダークマターは追いかける! 逃げても無駄! 先回りもする! 戦争は頭脳だぁぁぁ!!」
「いや、最後のは普通にそうだけど」
千乃が返す。
「俺、頭いいからな!!」
「そこまでは言ってないよ」
「言われなくても分かってるぞぉぉぉ!!」
「もう嫌だ、この人……」
千乃が額を押さえた。
しかし、ガーデスの攻撃は止まらない。
ダークマターが地面を這い、千乃たちの足元へ回り込む。上からは球体、横からは刃、背後からは細い触手のような黒い帯。しかも、それらは互いにぶつかることなく、正確に千乃たちの逃げ道を塞いでいった。
そのとき。
「ガーデス。騒ぐだけではなく、こちらの仕事もしてくれないか?」
クローバー・チーフが、涼しい顔で歩み出た。
「おう! 任せろぉぉぉ!!」
「声量を調整しろ」
「任せろぉぉぉぉぉ!!」
「悪化しているぞ」
クローバーは小さく息を吐き、戦場を見渡した。
彼の視線が止まったのは、千乃だった。
「さて。鬼月姫とやら」
クローバーが笑みを浮かべる。
「君は随分と余裕があるようだな」
「まあね」
「俺を見ても、まったく動じない」
「うん」
「俺の魅力が分からないのか?」
「うん」
「即答!?」
クローバーの笑顔が一瞬だけ崩れた。
「……なるほど。まだ俺のことを知らないだけか」
「今ので知ることができたよ。自己肯定感が高い人だね」
「正解だ!」
「褒めてないよ」
「俺は褒め言葉として受け取る!」
「便利な性格だね……」
千乃が呆れている間に、クローバーは一気に距離を詰めた。
狙いは、千乃の手。
「触れればいい」
クローバーの指先が、千乃の手の甲に触れた。
ほんの一瞬。
それだけだった。
「――奪って手に入れる《プランダー》」
クローバーの瞳が輝く。
「君の心にある恋心。その向かう先を、俺へ変えさせてもらおう」
「…………え?」
千乃の動きが止まった。
胸の奥に、見知らぬ感情が流れ込んでくる。
目の前の男をもっと見ていたい。
近くにいたい。
触れられた手を、離したくない。
そんな感情が、千乃自身のものではないと分かっているのに、心の表面へ無理やり浮かび上がってくる。
「……なに、これ」
千乃の紅い瞳が揺れた。
クローバーが満足げに笑う。
「どうだ? 俺に惹かれ始めただろう?」
「…………」
「さあ、こちらへ来るといい。君ほどの女性なら、俺の隣に立つ価値がある」
千乃の足が、ほんの少しだけ前へ動いた。
「千乃!」
真銀の声が響く。
千乃は反応しなかった。
いや、反応できなかった。
頭では分かっている。目の前の男は敵だ。今、自分の心に起きている変化は、クローバーの能力によって引き起こされたものだ。
それなのに。
「……真銀」
千乃が、かすかに呟いた。
クローバーの笑みが深くなる。
「何だ? 夫の名でも呼ぶつもりか?」
「違う……」
千乃は自分の手を見つめた。
「これ……私の気持ちじゃない」
「気持ちは変わるものだ。きっかけを与えてやっただけさ」
「違う」
千乃が顔を上げる。
紅い瞳はまだ揺れていた。だが、その奥にある意志までは消えていない。
「私が誰を好きなのかは……私が決める」
クローバーの笑顔が、わずかに引きつった。
「……ほう?」
「真銀は、私の夫だよ」
千乃は一歩踏み出しかけ、苦しそうに足を止めた。
「それなのに、なんで……あなたを見てると、変な感じがするの……?」
「俺の能力が効いている証拠だ」
「だったら……」
千乃が拳を握る。
「こんなもの、いらない!」
しかし、感情はすぐには消えなかった。
千乃の身体が一瞬、クローバーの方へ引き寄せられる。その隙に、黒いダークマターが足元へ絡みついた。
「捕まえたぁぁぁ!!」
ガーデスが叫ぶ。
「クローバー、今だぁぁぁ!!」
「言われなくても分かっている!」
クローバーが再び千乃へ手を伸ばす。
その瞬間、真銀が割って入った。
ガキィンッ!!
真銀の剣が、クローバーの手を弾き返す。
「千乃に触るな」
低い声だった。
クローバーが眉を上げる。
「夫が助けに来たか。だが、もう遅い。彼女の心は少しずつ俺へ傾いている」
「……そうか」
真銀は千乃を一瞥した。
千乃の表情は苦しげだった。それでも、真銀を見た瞬間、その瞳に確かな光が戻る。
「真銀……」
「千乃。俺を見ろ」
真銀の声は、いつもどおり落ち着いていた。
「今のお前が感じているものを、無理に否定しなくていい。だが、それをお前自身の答えだと思うな」
「…………!」
「お前は、そんな力で誰かに決められる人間じゃない」
千乃の指が、ぴくりと動いた。
「……うん」
小さな返事。
だが、次の瞬間、ダークマターが一気に締め上げるように形を変えた。
「話してる暇があると思うなぁぁぁ!!」
ガーデスの叫びとともに、黒い帯が真銀の剣へ絡みつく。別の帯が足元を狙い、さらに球体が二人へ飛来した。
真銀は千乃を庇いながら剣を振るう。
だが、攻撃を受け流すたびに、ダークマターは形を変えて絡みついてくる。斬っても散らばった欠片が再び集まり、すぐに別の形となって襲いかかる。
「くっ……!」
真銀の足が止まった。
その隙を突き、クローバーが千乃へ手を伸ばす。
「さあ、こちらへ」
千乃の身体が、再びそちらへ傾く。
「千乃!」
ララが駆け出そうとした。
しかし、黒い壁がその進路を塞ぐ。
「主ぃぃぃっ!」
ライがダークマターを弾き飛ばすが、別の帯が横から迫る。アイシィも攻撃を仕掛けようとしたものの、ガーデスが次々と黒い刃を放ち、近づくことすら難しくなっていた。
カミルが低く唸る。
「小癪な……!」
「どうだぁぁぁ!!」
ガーデスが大笑いする。
「これが俺たちの連携だぁぁぁ!! 一人ずつじゃなく、全員まとめて押さえ込む! これぞ戦争の醍醐味ぃぃぃ!!」
「お前は少し黙れ!」
クローバーが怒鳴る。
「お前がうるさくて集中できん!」
「戦争中に静かにする奴がいるかぁぁぁ!!」
「いるだろうが!」
敵同士で言い争い始めた。
その一瞬。
千乃の表情が変わった。
「……ふふ」
小さな笑い声。
クローバーが振り返る。
「何がおかしい?」
「ううん」
千乃は、まだ揺れる感情を押し込めるように胸元へ手を当てた。
「ちょっと、悔しいだけ」
紅い瞳が、クローバーを見据える。
「私の心を勝手にいじったこと。真銀たちを足止めしたこと。それに……」
千乃の口元から、尖った八重歯が覗いた。
「私の前で、真銀を困らせたこと」
クローバーの笑みが消える。
「……まだ抵抗するつもりか?」
「当然」
千乃が答える。
「だって、私。負けず嫌いなんだよね」
その瞬間、千乃の足元で黒いダークマターが大きく脈打った。
ガーデスが腕を振り上げる。
「逃がすなぁぁぁ!!」
クローバーも手を伸ばす。
「今度こそ、俺のものにしてやる!」
千乃は動こうとした。
だが、心に流れ込む見知らぬ感情が、まだ完全には消えていない。
真銀は目の前の攻撃を防ぐので精一杯。
ララたちは黒い壁に阻まれ、すぐには助けに来られない。
そして、敵側は初めて、千乃の動きを明確に止めることに成功していた。
そのとき。
「ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるっ!!」
戦場の片隅から、妙に切迫した音が響いた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!! こっちに来ないでくださいぃぃぃ!!」
エリシアが全力で走っている。
その後ろを、メルトが二本の足で追いかけていた。
てててててててててててててててててて。
「今それどころじゃないんですよぉぉぉ!!」
誰も助けなかった。
ガーデスは千乃を押さえ込むことに夢中で、クローバーは自分の能力に手応えを感じている。
その結果。
千乃たちは、レーレに入って初めて劣勢に立たされていた。
そして敵側は、まだ気づいていない。
千乃の紅い瞳の奥で、静かな怒りが少しずつ膨れ上がっていることに。




