常闇の箱庭大戦(ディストピア・ゲーム)1
「さて」
鬼月姫が、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「次は……あなた達だね」
紅い瞳が、国王、クォーツ・ポピー、ルーゲル・シュストー元之介、ファンクル・アーシュルの四人を捉える。
その口元には、笑み。
ほんの少し覗いた尖った八重歯が、白い世界の中で妙に目立っていた。
「…………」
四人の表情が強張る。
そのさらに後ろ。
「…………」
エリシアは、戦場から少し離れた場所で体育座りをしていた。
膝を抱え、完全に戦う気配がない。
いや、そもそも戦えない。
目の前では、今からとんでもない戦いが始まろうとしているというのに。
「…………」
エリシアは無言で千乃たちを見ている。
その姿だけ、妙に場違いだった。
「エリシア!」
国王が叫ぶ。
「お前も来い!」
「…………」
エリシアは体育座りのまま、首を横に振った。
「無理です」
「即答!?」
「私、戦えませんので」
「お前は私の味方だろうがぁぁぁ!!」
「味方ですけど、戦闘要員ではありません」
「そんな分類があるかぁぁぁ!!」
そんなやり取りをしている間にも。
千乃側では、全員がすでに戦闘態勢に入っていた。
真銀が一歩前へ出る。
ララが低く身構える。
ライは静かに敵を見据え、アイシィも鋭く視線を向ける。
メルトの身体が、ゆっくりと形を変えた。
カミルも白い身体を低く構える。
そして。
千乃は、その中央に立っていた。
「……じゃあ」
千乃が笑う。
「始めようか」
その瞬間だった。
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
国王が叫んだ。
同時に、クォーツが魔法陣を展開する。
元之介の周囲には黒い魔力が渦巻き、ファンクルも杖を構えた。
四方向から、一気に攻撃が飛ぶ。
炎。
雷。
黒い魔力。
無数の魔弾。
「来たね」
千乃が笑った。
そして。
「行くよ、みんな!」
真銀が駆ける。
ララが跳ぶ。
ライが地面を蹴る。
アイシィが咆哮する。
メルトが一気に身体を広げる。
カミルの口元に、膨大な魔力が集まる。
そして千乃自身も、真正面から敵陣へ飛び込んだ。
ドォォォォォンッ!!
白い世界が震えた。
炎と魔力がぶつかり、衝撃波が走る。
千乃は飛んできた魔弾を片手で弾き、そのままクォーツへ迫る。
「なっ!?」
「こんにちは」
にっこり。
八重歯が覗く。
「な、何が『こんにちは』ですかぁぁぁ!」
クォーツが慌てて防御魔法を展開する。
ガァンッ!!
千乃の拳が防壁へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
「硬いね」
千乃は楽しそうに笑う。
「じゃあ、もう一回」
ドンッ!!
「うわぁぁぁぁぁ!?」
その横では、真銀と国王が激突していた。
「貴様ぁぁぁ!!」
国王が剣を振り下ろす。
真銀はそれを受け流し、身体を捻る。
「俺に向けるならまだいい」
そのまま反撃。
「だが、千乃や子供たちに手を出したことは許さない」
「ぐっ!」
国王が後退する。
「真銀!」
元之介が黒い魔力を飛ばす。
真銀が横へ跳んだ。
その瞬間。
ドゴォンッ!!
黒い魔力が白い地面を穿つ。
「……危ないな」
真銀が振り返る。
「貴様も俺が相手だ」
「へぇ……」
元之介が笑う。
「なら、やってみろよ」
黒い魔力が膨れ上がる。
同時に、ライが横から飛び込んだ。
ザッ!!
「なっ!?」
元之介がとっさに防御する。
ライの爪が魔力の壁を弾いた。
「余所見はするな」
「狼ごときがぁ!」
元之介が魔法を放つ。
ライは一瞬で距離を取る。
その直後。
「わぁぁぁぁっっっっっっっっっい!!」
ララが横から突っ込んできた。
「うわぁぁぁ!?」
元之介が吹き飛ぶ。
「主ぃぃぃ! こっちは任せてぇぇぇ!」
「ありがと、ララ!」
その向こうでは、アイシィとファンクルが対峙していた。
「あなた、強そうですね!」
アイシィが楽しそうに笑う。
「わ、私は別に戦闘が得意というわけではないんですけどぉ」
「じゃあ試してみましょう!」
「話を聞いてくださいねぇ!?!」
ファンクルが杖を振る。
魔法が飛ぶ。
アイシィが避ける。
「おおっ!なかなかおいしそうですね!」
そのまま反撃。
ファンクルが慌てて逃げる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、こういうの専門外なんですよぉぉぉ!!ドラゴン相手とかマジ無理ですよぉ!」
「知らないですね!」
さらにその近くでは、メルトがクォーツの魔法を受け止めていた。
「な、なんですか!?このキモいの!?」
魔法がメルトの身体にぶつかる。
しかし。
ぷるん。
全部吸収された。
「…………」
クォーツが固まる。
「ぷる」
「なんだその反応!?」
メルトが跳ねる。
べちゃっ!
「うわぁぁぁ!?」
クォーツの視界が一瞬で塞がった。
戦場は、完全な混沌へ変わっていた。
白い世界のあちこちで魔法が弾ける。
衝撃音が響く。
敵も味方も走り回る。
けれど、誰一人として死なない。
レーレが、それを許さない。
倒されても。
吹き飛ばされても。
立ち上がることさえできなくなっても。
命だけは奪われない。
だからこそ。
この戦いは、終わらない。
「ははっ!」
千乃が笑う。
クォーツの防御を蹴り飛ばし、空中で身体を翻す。
「いいね!」
紅い瞳が輝く。
「こういうの、嫌いじゃないよ!」
そして。
白い世界の中央で、鬼月姫が笑った。
戦場そのものを楽しむように。
鋭い八重歯を覗かせて。
「さあ――」
千乃が拳を構える。
「どっちが最後まで立っていられるかな?」
白い世界が、再び轟音に包まれる。
そして。
ここに始まる。
殺すことのできない世界。
壊すことのできない箱庭。
戦闘不能になるまで続く、終わりなき総力戦。
その名は――。
常闇の箱庭大戦。
開幕。




