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ふふっ、いいね。やっと戦う気になってくれた

 兵士たちの間に、重い沈黙が落ちた。


 数人はすでに戦意を失い、白い地面に座り込んでいる。けれど、それ以外の兵士たちは違った。


「……怯むな!」


 誰かが叫んだ。


「相手は一人だ! 数で押し切れ!」


「そうだ! あの女を倒せば元の世界に戻れる!」


 その言葉に、兵士たちが一斉に武器を構える。


 剣。


 槍。


 斧。


 魔法を放つための杖。


 ざっと見ただけでも、数十人。


 その全員の視線が、白い世界の中央に立つ鬼月姫へ向けられた。


「…………」


 鬼月姫は、動かない。


 ただ、笑っていた。


 口元から、ほんの少しだけ尖った八重歯が覗いている。


「ふふっ」


 楽しそうに笑う。


「いいね」


 紅い瞳が、ゆっくりと細められた。


「やっと戦う気になってくれた」


「なっ……!」


「来ていいよ」


 千乃が片手を軽く広げる。


「ちゃんと相手してあげる」


「舐めるなぁぁぁぁぁ!!」


 最初の兵士が駆け出した。


 地面を蹴り、一気に距離を詰める。


「はああああああっ!!」


 剣が振り下ろされた。


 だが。


 ガキィンッ!!


 鬼月姫が指先で剣の刃を止めた。


「…………え?」


「遅いよ」


 千乃が笑う。


 そのまま剣を横へ弾く。


 兵士の身体が大きくよろめいた。


「ぐっ……!」


 そこへ、千乃の足が軽く入る。


 ドンッ!!


「ぐあっ!」


 兵士は吹き飛び、白い地面を転がった。


 動けない。


 だが、傷はない。


「一人」


 千乃が指を一本立てる。


「次」


「囲めぇぇぇ!!」


 今度は左右から同時に兵士が迫る。


 剣が二本。


 槍が一本。


 さらに後方から魔法陣が展開される。


「喰らえぇぇぇ!!」


 炎の魔法が飛ぶ。


 同時に三人が斬りかかる。


 しかし。


 千乃は笑っていた。


 ひょい。


 炎を避ける。


 そのまま身体を捻り、一本目の剣をかわす。


 さらに槍の穂先を紙一重で避け、柄を掴む。


「よっ」


 ぐるんっ!!


「うわあああああ!?」


 槍を持った兵士が振り回され、仲間二人を巻き込んで吹き飛んだ。


「三人」


 千乃は楽しそうに数える。


「まだまだいるね」


「こ、この化け物がぁぁぁ!!」


「ふふっ」


 尖った八重歯が、また覗く。


「褒め言葉かな?」


 次の瞬間。


 千乃の姿が消えた。


「え?」


 兵士の目の前に現れる。


「はい」


 ドンッ!!


「ぐっ!」


 腹部へ一撃。


 兵士が膝から崩れ落ちる。


 別の兵士が横から斬りかかる。


 千乃は振り返りもせず、身体を少し傾けた。


 剣が髪を掠める。


「危ない危ない」


 その腕を掴む。


 ぐいっ。


「なっ……!」


 バランスを崩した兵士の足を払う。


 ドサッ!


「はい、寝ててね」


 そのまま肩を軽く押す。


 兵士は白い地面に倒れ、起き上がれなくなった。


「二人追加」


「う、嘘だろ……」


 後方の兵士たちが一歩下がる。


 だが、その瞬間。


「逃がすかぁぁぁ!!」


 別方向から十人ほどが一気に突っ込んできた。


「おお」


 千乃の笑顔が深くなる。


「いっぱい来た」


 剣が振られる。


 槍が突き出される。


 斧が横薙ぎに迫る。


 魔法が飛ぶ。


 白い世界の中で、激しい攻防が始まった。


 ガキィン!


 ガキンッ!


 ドンッ!


 シュバッ!


 千乃は次々と攻撃をかわしていく。


 剣を受け流し、槍を掴み、斧を踏みつけ、魔法を避ける。


 そして、一人ずつ確実に戦闘不能へ追い込んでいく。


「ぐっ!」


「うわっ!」


「動けねぇ……!」


「こいつ、速すぎる!」


 千乃の動きは、まるで踊っているようだった。


 攻撃を避けるたび、髪がふわりと揺れる。


 紅い瞳が楽しそうに輝く。


「ほらほら」


 千乃は笑う。


「もっと来ていいよ?」


「くそぉぉぉ!!」


 兵士が背後から剣を振り下ろす。


 しかし。


 千乃は振り向かない。


 ただ片手を後ろへ伸ばす。


 ガキィンッ!


 剣が止まった。


「……な」


「後ろ、見えてるよ」


 千乃が振り返る。


 にっこり。


 八重歯が覗く。


「残念だったね」


「ひっ……」


 次の瞬間、兵士は地面へ転がった。


「これで十人目くらいかな?」


「数えてるのかよ!?」


 別の兵士が叫ぶ。


「もちろん」


 千乃は即答した。


「せっかくだし、記録更新したいじゃん?」


「何の記録だぁぁぁぁぁ!!」


 敵陣から悲鳴が上がる。


 その横では、真銀たちが静かに戦況を見ていた。


「……相変わらずだな」


 真銀が呟く。


「主、楽しそう」


 ララが尻尾を揺らす。


「うん。あれは完全に楽しんでるね」


 ライも冷静に頷く。


「でも、ちゃんと手加減してるよ」


 アイシィが言う。


「殺さずに全部止めてる」


 メルトがぷるぷると揺れた。


「ぷる」


「そうだな」


 カミルも静かに頷く。


「主はこの世界の性質を理解した上で、敵を戦闘不能にしておる」


 その言葉の直後。


 ドォンッ!!


 大きな音が響いた。


 見ると、十人ほどの兵士がまとめて転がっている。


 千乃がその中央に立っていた。


「ふぅ」


 肩を軽く回す。


「あと何人?」


「まだいるぞぉぉぉ!!」


 国王が叫んだ。


「全員で行けぇぇぇ!!」


「無茶言うなぁぁぁ!!」


 兵士の一人が悲鳴を上げる。


「見れば分かるだろ! 勝てるわけないだろぉぉぉ!!」


「うるさい! 行けぇぇぇ!!」


 それでも命令に従い、残った兵士たちが一斉に動き出した。


 数十人。


 白い世界を埋め尽くすように迫ってくる。


「おお……」


 千乃はそれを見て、嬉しそうに笑った。


「本当に全員来た」


 紅い瞳が細くなる。


「じゃあ……」


 千乃が一歩踏み出した。


「まとめて相手しようか」


 次の瞬間。


 白い世界を、千乃の姿が駆け抜けた。


 ガキィン!


 ドンッ!


 バキッ!


 シュッ!


 次々と兵士が倒れていく。


 一人。


 二人。


 三人。


 攻撃を受け止め、足を払われ、吹き飛ばされ、魔法を封じられ、武器を弾き飛ばされる。


 それでも致命傷は一つもない。


 ただ、立てなくなる。


 ただ、戦えなくなる。


 ただ、それだけ。


「くそっ!」


「まだだ!」


「立て!」


「動けぇぇぇ!!」


 しかし、身体は言うことを聞かない。


 最後の一人が剣を構える。


「お前だけは……!」


 震える手で剣を振り上げた。


 千乃は、その場から動かなかった。


 剣が迫る。


 そして。


 カァンッ!!


 千乃が指先で弾いた。


 剣が宙を舞う。


「終わり」


 千乃が笑う。


 そして、兵士の胸元を軽く押した。


「おやすみ」


 ドサッ。


 最後の兵士が倒れた。


 白い世界が、静かになる。


 そこに立っている兵士は、もう誰もいなかった。


 敵は全員、戦闘不能。


 千乃は倒れた兵士たちを見渡すと、満足そうに笑った。


「うん」


 紅い瞳が細められる。


 口元から、尖った八重歯が覗いた。


「ちゃんと殺さずに終わったね」


 真銀が小さく息を吐く。


「……お疲れ」


「ありがと」


 千乃は振り返る。


 その笑顔には、戦いを終えた疲労よりも、どこか楽しげな色が残っていた。


 けれどまだ終わってはいない。


 立っている者がいる。


 国王。


 クォーツ・ポピー。


 元之介。


 ファンクル。


 そして、エリシア。


 千乃はゆっくりとそちらへ向き直る。


「さて」


 八重歯を覗かせながら、にっこり笑った。


「次は……あなた達だね」

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