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まてまてー!

 それから数日後。


 星氷神城の中庭には、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。


 青空。


 柔らかな風。


 中庭いっぱいに広がる芝生。


 ついこの前まで世界規模の騒動に巻き込まれていたとは思えないほど、平和だった。


「お母さん! こっち!」


「待ってー!」


 レオンとシオンが芝生の上を走っている。


 その後ろを、クオンが白い狐耳をぴょこぴょこ動かしながら追いかけていた。


「お姉ちゃん、速い!」


「クオンも頑張れー!」


 千乃は三人を眺めながら笑った。


「ふふっ。久しぶりにみんなで遊べるね」


「そうだな」


 隣では真銀が木陰に敷物を広げている。


「ここ最近、いろいろありすぎたからな」


「うん」


 千乃は芝生に腰を下ろした。


 そのすぐ隣にはライム。


 普通サイズの黒い柴犬が、ちょこんと座っている。


「ライムも遊ぶ?」


「わん」


「お手」


 すっ。


 ライムが前足を出す。


「よし!」


 千乃が頭を撫でる。


「お利口さん」


「わん」


 ライムは満足そうに尻尾を振った。


 少し離れたところでは、ララとライとアイシィも子どもたちと遊んでいる。


「ほらほら! ララを捕まえてみるのだー!」


「待って、ララ!」


「速い!」


 ララが芝生の上を跳ねるように走り、その後ろをレオンとシオンが追いかける。


 しかし。


 クオンだけは、少し離れたところでしゃがみ込んでいた。


「……?」


 芝生の上に、小さな花が咲いている。


 クオンはそっと指を伸ばした。


「お姉ちゃん」


「ん?」


「これ、きれい」


 千乃が振り返る。


「ほんとだね」


 千乃も隣にしゃがんだ。


「春じゃなくても、星氷神城では咲くんだよ」


「すごい」


 クオンが目を輝かせる。


「じゃあ、これお姉ちゃんにあげる!」


 レオンが遠くから叫んだ。


「クオン、それお母さんにあげるの?」


「うん!」


「じゃあ僕も!」


「私も!」


 三人が一斉に花を探し始める。


「ちょ、ちょっと待って!」


 千乃が慌てて立ち上がる。


「お花は全部取らなくていいからね! 見るだけでも十分きれいだから!」


「はーい!」


「はーい!」


「わかった!」


 三人が元気よく返事をする。


 真銀がその様子を見ながら、ふっと笑った。


「……平和だな」


「うん」


 千乃も笑う。


「こういうの、久しぶり」


 その言葉に、真銀は少しだけ目を細めた。


 最近は戦いばかりだった。


 世界修正体の王。


 子どもたちの誘拐。


 王国との騒動。


 次々と現れる敵。


 だからこそ。


 何も起きない時間が、今はとても大切に感じられた。


「主ー!」


 ララが駆けてくる。


「鬼ごっこしよう!」


「いいよ!」


「千乃、鬼!」


「えっ、私!?」


「うん!」


 ララがニヤッと笑う。


「三十秒待ってあげる!」


「それ絶対、私を鬼にしたいだけでしょ!」


「その通り!」


「こらー!」


 千乃が立ち上がった。


「じゃあ捕まえるよー!」


「逃げろー!」


 ララが走り出す。


 レオン、シオン、クオンも一斉に逃げる。


「わあああ!」


「待ってー!」


「お姉ちゃん来た!」


 千乃も笑いながら追いかける。


 その横をライが静かに走り、アイシィが子どもたちを追い込む。


「そちらは行き止まりですよ」


「えっ!?」


「アイシィずるい!」


「作戦です」


 ライが淡々と言う。


「右に逃げろ」


「ライまで!」


 ララが方向を変える。


 その先には。


「わん」


「……」


 ライムが座っていた。


「え」


 ララが急停止する。


 ライムはただ、じっと見ている。


「……ライム」


「わん」


「そこ、通してほしい」


「……」


 ライムは動かない。


「……」


 ララも動かない。


「……」


 千乃も止まった。


 そして。


「ララ」


「はい」


「ライムに勝てると思う?」


「無理!」


 ララは即答した。


 全員が笑った。


 中庭に、笑い声が広がっていく。


 その光景を見ながら、千乃は空を見上げた。


「……うん」


 青空はどこまでも穏やかだった。


「今日は、これでいいや」


 戦わなくていい。


 誰かを守るために走らなくてもいい。


 ただ家族と一緒に笑って、遊んで。


 そんな一日があってもいい。


 千乃は再び子どもたちのところへ走っていった。


「待てー!」


「きゃー!」


「お母さん来た!」


「逃げろー!」


 星氷神城の中庭に。


 久しぶりの、平和な笑い声が響いていた。

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