よっわww
「修正を開始します」
黒い外套が揺れる。
世界そのものを削り取るような力が、王の周囲に集まり始めた。
真銀が刀に手を添える。
「千乃」
「大丈夫」
千乃は一歩前へ出た。
左手には、いつの間にか一冊のノート。
革表紙。
表紙には、見慣れた文字が刻まれている。
『空想ノート』
千乃はそれをぱらりと開いた。
「……久しぶりに使おうかな」
真紅の光が、ページの隙間から漏れ出す。
床に巨大な魔法陣が展開された。
「え?」
ララが目を丸くする。
「主?」
千乃は聞いていない。
左手で空想ノートを持ったまま、ゆっくりと右手を前へ伸ばす。
魔法陣が回転する。
真紅の光が、千乃の足元から一気に吹き上がった。
ブワァァァァァッ!!
髪が風に煽られる。
真紅の光が城内を染める。
真銀が目を細める。
「……始まったな」
「何がです?」
アイシィが尋ねる。
「千乃の」
一拍。
「厨二病」
「なるほど」
納得してしまった。
千乃は目を閉じた。
「世界の理を記すは、無限の空想」
真紅の光がさらに強くなる。
「現実という名の器に、幻想という名の力を注ぎ」
魔法陣が何重にも展開される。
「記された想像は形を得て、形を得た想像は現実を塗り替える」
ララが小声でライに尋ねた。
「これ、長いやつ?」
「たぶん」
「また?」
「たぶん」
千乃は構わず続ける。
「ならば今ここに示そう。空想を現実へと変える、真紅の――」
王は無表情のまま手を上げた。
「修正を実行します」
「――力を!」
真紅の光が爆発的に膨れ上がった。
次の瞬間。
千乃は空想ノートを閉じた。
「……まあ、いいや」
「え?」
ララが固まる。
千乃は王を見た。
「殴ればいいんでしょ?」
「対象の行動を確認」
王が一歩踏み出す。
千乃も一歩踏み出した。
「じゃあ」
拳を握る。
「いくね」
ドンッ!!
千乃の拳が、王の身体に入った。
たった一発。
それだけだった。
「…………」
王の身体が止まる。
世界修正の力も。
歪んでいた空間も。
真紅の魔法陣も。
全部、静止した。
「……?」
千乃が首を傾げる。
王の身体に、細かな亀裂が走った。
パキ。
パキパキ。
そのまま。
ハラ……。
銀色の髪が。
黒い外套が。
身体そのものが。
砂のように崩れ落ちていく。
「解……析……不能……」
王の声が、途切れ途切れになる。
「対象……千羽……千乃……」
ハラハラと。
静かに。
世界修正体の王は崩れていった。
「規格……外……」
最後の一片が床へ落ちる。
「……修正……不能……」
そして。
完全に消えた。
「…………」
全員が黙った。
ララが口を開く。
「……え?」
ライも固まっている。
「……一発?」
アイシィが目を瞬かせる。
「一発ですね……」
真銀は額を押さえた。
「……千乃」
「ん?」
「お前、いつの間にそこまで強くなった?」
千乃は空想ノートを閉じながら、きょとんとする。
「知らない」
メルトの身体から、寝ている三人の子どもたちを守るように触手が伸びた。
ライムは千乃の隣で、何事もなかったかのように座っている。
「わん」
城が、ほんの少し揺れた。
「……」
千乃は床に残った、王の最後の欠片を見下ろした。
「……なんか」
少し考えてから。
「思ってたより、弱かった」
誰も反論できなかった。




