?弱そう?
星氷神城。
千乃たちは、いつものように城内で過ごしていた。
メルトの中では、レオン、シオン、クオンの三人がまだ眠っている。
千乃はその様子を確認しながら、静かに微笑んでいた。
「よく寝てるね」
「ぷる」
メルトが嬉しそうに身体を揺らす。
真銀も三人を見守っていた。
「今日は色々あったからな。疲れたんだろう」
「うん。帰ってこられてよかった」
そのときだった。
城内の空気が変わった。
ララがぴたりと動きを止める。
「……主?」
ライの耳が立つ。
「この気配……」
アイシィも振り返った。
「まさか……」
真銀の表情から笑みが消えた。
「千乃」
「うん」
千乃も気づいていた。
遠くから。
ゆっくりと。
何かが近づいてくる。
やがて、星氷神城の中へ一人の青年が姿を現した。
黒い外套。
銀色の髪。
二十歳ほどの外見。
そして、紅でも蒼でもない。
色のない瞳。
青年は立ち止まり、千乃たちを見た。
「……」
何も言わない。
表情も変わらない。
ララが一歩下がった。
「……嘘」
ライも身構える。
「なんで、こいつが……」
アイシィの声が震えた。
「世界修正体の王……」
真銀は千乃の前へ出ようとした。
「千乃、下がれ」
「真銀」
千乃がその腕を掴む。
「大丈夫」
「だが……」
「私も覚えてる」
千乃は青年を見つめた。
かつて。
千乃が一時期、目覚めることすらできなくなった原因。
千乃たちにとって、ただの敵ではない。
思い出すだけで胸の奥が冷たくなるような存在。
ララもライもアイシィも知っている。
真銀も知っている。
そして千乃本人も。
確かに覚えていた。
だからこそ。
千乃は青年をじっと見た。
「……」
しばらく沈黙が続く。
青年は無表情のまま、淡々と口を開いた。
「対象を確認」
「……」
「千羽千乃」
千乃の名前を呼ぶ。
「世界構造から逸脱した存在」
真銀が目を細める。
「またそれか」
「修正対象として認識しました」
青年の視線が、真銀へ移る。
「夜坂真銀。同様に修正対象」
ララ、ライ、アイシィにも視線を向ける。
「従魔三体。修正対象」
メルトを見る。
「異常生命体。修正対象」
最後にライムを見る。
「未知の高位生命体。修正対象」
ライムは、いつものように千乃の横でお座りしている。
「わん」
青年は何の反応も示さなかった。
「全対象を削除します」
真銀の目が鋭くなる。
「千乃。俺が――」
「待って」
千乃が真銀を止めた。
そして。
もう一度、青年を見た。
過去の記憶。
あの頃の恐怖。
身体が動かなくなるほどの絶望。
それらを思い出しているはずなのに。
千乃は首を傾げた。
「……あれ?」
真銀が振り返る。
「どうした?」
「いや……」
千乃は青年を上から下まで眺めた。
黒い外套。
銀色の髪。
色のない瞳。
確かに、記憶の中の姿と同じだ。
なのに。
「こんなに弱そうだったっけ?」
「…………」
全員が固まった。
ララが目を丸くする。
「主?」
ライも青年を見直す。
「……言われてみれば」
「ライまで!?」
アイシィが慌てる。
「いや、でも昔は本当に恐ろしい存在だったはずです!」
真銀も青年を見ながら黙り込む。
「……確かに」
「真銀まで!?」
青年は無表情のまま千乃を見る。
「質問の意味を理解できません」
「え?」
「私は世界修正体の王です」
「うん。それは知ってる」
「世界の修正を実行します」
「それも知ってる」
千乃は腕を組んだ。
「でも……」
もう一度、青年を見る。
「なんか、昔より迫力なくない?」
「…………」
王は沈黙した。
感情がないため、怒ることもない。
ただ、千乃を観測している。
「対象の発言を確認」
「うん」
「戦闘能力に関する評価と推測されます」
「そうそう」
「訂正します」
王の周囲に、静かに黒い光が集まり始める。
「私は弱体化していません」
空気が震えた。
「世界修正を開始します」
千乃の表情が変わる。
「……なるほど」
真紅の魔力が、千乃の周囲にゆっくりと集まっていく。
「じゃあ」
千乃が一歩前へ出た。
「昔より私が強くなったってことかな」
真銀が千乃の隣に立つ。
「その可能性は高い」
ララも構える。
「主が強くなったんだよ!」
ライが静かに頷く。
「なら、今度は俺たちも一緒だ」
アイシィも前へ出る。
「今度は、もう逃げません」
メルトの身体が大きく膨らむ。
「ぷるるる……!」
ライムは相変わらず千乃の横でお座りしたまま。
「わん」
千乃は笑った。
「よし」
かつて自分を眠りへ追い込んだ存在。
その記憶は、今も消えてはいない。
けれど。
今の千乃には、隣に真銀がいる。
ララもいる。
ライもアイシィもいる。
そして、眠っている三人の子どもたちを守るメルトもいる。
千乃は拳を握った。
「世界修正体の王さん」
王は無表情に千乃を見る。
「何でしょう」
「今回は、ちゃんと起きてるからね」
「確認しました」
王の周囲に黒い光が広がる。
「では、修正を開始します」
星氷神城に、かつての因縁が再び姿を現した。




