ライムーおいで
千乃は大剣を床へ置くと、三人の前へ戻った。
「ごめんね。先に傷、治そう」
クオン、レオン、シオンが頷く。
千乃は三人へ手をかざした。掌に真紅の光が集まり、やがて柔らかな輝きとなって三人を包み込んでいく。
「癒光」
真紅の光がゆっくりと身体を巡り、頬の擦り傷も、赤くなっていた腕も、痛みもすべて消えていく。レオンが自分の腕を確認し、シオンも頬に触れてから目を丸くした。
「痛くない」
「本当だ……」
「うん。もう大丈夫」
千乃が微笑むと、二人は安心したように千乃へ抱きついた。
「お母さん、ありがとう」
「どういたしまして」
クオンも千乃の服を掴んだまま、小さく笑った。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「クオンも、もう大丈夫だよ」
千乃は三人の頭を順番に撫でる。
「じゃあ、次はもっと大事なことをしようか」
千乃が振り返ると、メルトがすでに待っていた。
「メルト」
「ぷる!」
「お願いできる?」
「ぷる!」
メルトが三人の前へ移動する。
身体が大きく広がり、三人を包み込むようにゆっくりと形を変えていく。
「え?」
クオンが目を丸くする。
「なにするの?」
「大丈夫だよ」
千乃が優しく答える。
「メルトが守ってくれるから」
メルトの身体がさらに広がり、三人をすっぽりと飲み込んだ。
「ぷるる!」
透明な膜のようになった身体の内側に、三人の姿が見える。
レオンとシオンは驚きながらも、お互いの手を握っていた。
クオンも二人の近くで座っている。
「苦しくない?」
「大丈夫」
「うん」
「平気」
三人が答える。
「よかった」
千乃はほっとしたように笑った。
「メルト、そのまま三人を守っててね」
「ぷる!」
メルトの身体の外側に、おこマークが浮かぶ。
千乃が思わず笑った。
「やる気満々だね」
「ぷるるる!」
その直後。
千乃の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「さて……」
千乃が王を見る。
「もう一人、呼ぼうかな」
真紅の光が魔法陣から立ち上る。
そこから現れたのは。
一匹の黒柴だった。
大きさは、ごく普通。
つぶらな瞳。
丸い顔。
ぴんと立った耳。
ふわふわの黒い毛。
どう見ても。
可愛い黒柴だった。
「わん」
黒柴は小さく鳴いた。
千乃がしゃがみ込む。
「ライム」
「わん!」
ライムは嬉しそうに尻尾を振った。
「おいで」
「わん!」
ててて、と千乃の横まで走ってくる。
「お座り」
ライムがその場にちょこんと座った。
「よしよし」
千乃が頭を撫でる。
王は拍子抜けしたような顔をした。
「……犬?」
「そうですよ」
千乃は普通に答える。
「可愛いでしょう?」
「……ああ」
確かに可愛い。
あまりにも普通の黒柴だった。
ところが。
その瞬間、王の側近の一人が顔を青ざめさせた。
「……待て」
「どうしました?」
「その犬……」
ライムがゆっくりと側近を見る。
ただ、それだけだった。
それだけなのに。
大広間の空気が一変した。
ぞわっ。
王の背筋を、冷たいものが駆け抜ける。
ライムの身体から、凄まじい魔力が溢れ出した。
黒柴の姿からは想像もできないほど濃密で、重く、巨大な気配だった。
床が軋む。
壁が震える。
側近たちは一斉に後ずさった。
「な、なんだ……この魔力……」
ライムは首を傾げた。
「わん?」
その声は。
ものすごく可愛かった。
なのに。
王は本能的に理解してしまった。
こいつは。
危険だ。
とんでもなく危険だ。
「ま、まさか……」
側近が震える声で呟く。
「SSS級魔物……?」
千乃がライムの頭を撫でながら頷いた。
「うん」
「うん、ではない!」
王が叫ぶ。
「なぜそんなものを犬を呼ぶような感覚で召喚している!?」
「だってライム、可愛いですよ?」
「可愛いかどうかの話ではない!」
ライムは千乃の隣でちょこんと座っている。
そして。
王を見る。
じーっ。
ただ見ているだけ。
それだけなのに、王の額から汗が流れた。
「……あの」
王が恐る恐る尋ねる。
「その犬は……何ができる?」
「お手と、お座りと、待て」
「…………」
王が沈黙する。
「それだけ?」
「うん」
千乃は笑顔で答えた。
「すごく可愛いよ」
「いや、そういう話では……」
ライムが千乃の手へ前足を乗せた。
「お手」
「わん!」
千乃が嬉しそうに撫でる。
「えらい!」
ライムの尻尾がぶんぶん振られる。
そのたびに凄まじい魔力が大広間を震わせた。
「……可愛い」
千乃が呟く。
「わん!」
「でも」
千乃は王へ視線を戻した。
笑顔だった。
「この子、私の横に座っててもらうね」
「……」
ライムが千乃の横にちょこんと座る。
王と側近たちは、そんな可愛い黒柴を見ながら、誰一人として近づこうとはしなかった。
千乃は再び大剣を拾い上げる。
メルトは三人を包んだまま、巨大なおこマークを浮かべている。
ライムは千乃の横で、お行儀よくお座りしている。
そして真銀は、静かに王を見ていた。
「さて」
千乃が笑う。
「続きをしましょうか」
王は思った。
さっきまでのほうが、まだマシだったかもしれない。
「……何をするつもりだ」
「もちろん」
千乃は大剣を肩へ担いだ。
「うちの子たちを傷つけた理由について、お話し合いです」
ライムが。
「わん」
と鳴いた。
その瞬間、王城全体が低く震えた。




