おーぷんざどあー
千乃は古い扉に手を置いた。
「じゃあ……開けるよ」
真銀が頷く。
「気をつけろ」
「うん」
千乃が魔力を流す。
古びた魔法陣が、淡く真紅に光った。
カチッ。
重たい音が響く。
ギギギギギ……。
長い間、一度も開かれていなかったような音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。
その向こうにあったのは。
「……部屋?」
千乃が目を瞬かせる。
そこは、広い空間だった。
だが。
何もない。
机もない。
椅子もない。
人の気配もない。
ただ、古い床と壁。
そして、奥にもう一つの扉があるだけだった。
「……クオン?」
千乃が呼ぶ。
「レオン! シオン!」
返事はない。
真銀が部屋の中へ入る。
「誰もいない」
ララも続いて駆け込んだ。
「いないよ!」
アイシィが床を調べる。
「痕跡も……ほとんどありませんね」
「そんな……」
千乃の表情が曇る。
メルトも部屋へ入ってきた。
ててて。
ててて。
そして。
ぴたり。
メルトの顔が変わった。
「……?」
千乃が見る。
メルトは床を見つめている。
身体の一部が細く伸び。
床をぺたぺたと触った。
「ぷる……」
その頭上に。
小さな「?」。
次の瞬間。
メルトの身体が床へべったりと広がった。
「メルト?」
千乃がしゃがみ込む。
メルトは何かを探すように、床を這っていく。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
そして。
部屋の隅で止まった。
「ぷる!」
身体の一部が、床を指すように伸びる。
千乃が近づいた。
「何かあるの?」
床を見る。
何もない。
そう思った。
だが。
よく見ると。
床に、薄い傷が残っていた。
「……これ」
千乃が指でなぞる。
「何かを引きずった跡?」
真銀がしゃがむ。
「いや」
傷の周囲を確認する。
「これは……魔法陣を消した跡だ」
「魔法陣?」
「ああ。何らかの転移魔法を使ったんだろう」
千乃の目が見開かれる。
「じゃあ……ここから連れ出された?」
「その可能性が高い」
「……」
千乃は拳を握った。
「クオンたちは、ここにはいない」
「うん」
真銀が静かに答える。
「だが、ここから移動させられたことは分かった」
千乃は立ち上がった。
その時。
メルトが突然、奥の壁へ向かって走り出した。
てててててててっ!
「メルト!?」
奥の壁。
そこには小さな紙片が落ちていた。
メルトが身体を伸ばして拾い上げる。
ぷる。
「それ、紙?」
千乃が受け取る。
紙は古びていた。
そこには。
いくつかの数字と。
一つの文字列が書かれていた。
『商品番号』
千乃の顔から笑顔が消える。
「……商品?」
真銀が紙を見る。
「これは……」
その下には。
『出品済』
そして。
『落札済』
「…………」
空気が止まった。
ララが首を傾げる。
「らくさつ……?」
千乃は紙を握りしめた。
「……オークション」
真銀が目を細める。
「おそらくな」
「三人とも?」
「この紙だけでは断定できない」
真銀が続ける。
「だが、転移魔法の跡とこの記録が同じ場所にあるなら……」
千乃は顔を上げた。
「誰かが買った」
その声は。
いつもの明るい千乃のものではなかった。
「……クオンたちを」
メルトの顔が変わる。
頭上に。
大きな、おこマーク。
「ぷるるるる……!」
身体がぶるぶる震える。
「メルトも怒ってるね」
「ぷる!」
おこマークがさらに大きくなる。
ララも拳を握った。
「クオンたちを売ったの!?」
「……そういうことになる」
真銀が答える。
千乃は紙を見つめた。
そして。
ゆっくり息を吐く。
「じゃあ、やることは一つ」
真紅の魔力が、千乃の周囲に集まり始める。
「探す」
真銀が頷く。
「そして?」
「回収する」
千乃の目が鋭くなる。
「三人まとめて」
メルトの頭上に。
♡
……と思った次の瞬間。
おこマーク。
「どっち!?」
千乃が突っ込む。
「ぷる!」
メルトは怒っているらしい。
「まあ……今はそれでいいか」
千乃は紙を折りたたんだ。
「オークションなら、記録が残ってるはず」
「どこで行われたかを調べればいい」
「うん」
真銀が奥の扉を見る。
「問題は、その先だな」
千乃も振り返る。
そこには、もう一つの扉。
こちらには。
見覚えのある紋章が刻まれていた。
「……ヴァルディア王国」
千乃が呟く。
真銀の表情が変わる。
「まさか」
「……知ってる」
千乃はその紋章を睨む。
「以前、クオンをオークションで買った王様」
ララがぽんと手を叩いた。
「あ!」
「そう」
千乃の声が低くなる。
「クオンを買って、私と喧嘩になった……あの王様」
メルトの身体が。
ぷる。
ぷるぷる。
そして。
頭上に。
特大の、おこマーク。
「……メルト」
「ぷる!」
「私も同じ気持ち」
千乃の周囲で、真紅の魔力が弾ける。
「ヴァルディア王国へ行こう」
真銀が頷く。
「今度こそ、三人全員を連れ戻す」
「うん」
千乃は扉へ向かって歩き出した。
その横を。
メルトが。
てててててててててててててっ!
全力で走っていく。
「だから走るなぁぁぁぁぁ!」
千乃の叫び声が、古い部屋に響き渡った。




