感情豊かなメルトくん
千乃が古い扉へ手を伸ばした、その時だった。
「……ん?」
メルトが突然、千乃の横へ移動した。
てててててててっ。
「だから怖いって!」
千乃がびくっと肩を跳ねさせる。
メルトはそんな千乃を気にする様子もなく、扉の前でぴたりと止まった。
「ぷる……」
その身体が、ゆっくりと変形していく。
丸かった身体の一部が左右へ広がり、中央がへこんでいく。
まるで誰かが粘土を指で押して形を作るように、ぷにぷにと変形していく。
「……?」
千乃が目を細める。
やがて。
メルトの身体の一部が、二つの丸い形になった。
その下には、小さな口。
そして。
身体の一部が頭上へにゅるりと伸びる。
ぐにょん。
ぐにょん。
それが二つに分かれ、形を整えていく。
「……え?」
完成したものを見て、千乃が目を丸くした。
「ハート?」
メルトの頭上に。
大きな。
♡
が浮かんでいた。
「ぷるるる!」
メルトの顔も、満面の笑みになっている。
「かわいい!」
千乃の顔が一瞬で明るくなる。
「メルト、ハート作れるようになったの!?」
「ぷる!」
メルトは嬉しそうに身体をぷるぷる震わせる。
すると。
♡。
さらに。
♡♡。
「増えた!?」
ララが駆け寄ってくる。
「かわいい! メルトかわいい!」
「ぷるるるる!」
メルトはさらに嬉しくなったらしい。
身体がぷるぷる震え、頭上に大量のハートが生まれる。
♡♡♡♡♡♡
「すごい!」
ララが喜ぶ。
「メルト、私も好き!」
「ぷるるるるる!」
ハートがさらに増えた。
「ちょっと待って、増えすぎ!」
千乃が笑う。
真銀は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「……感情に反応して形が変わるのか」
「そうみたい」
千乃が頷く。
「だったら、もっといろいろ覚えられそうだね」
その言葉に反応したのか。
メルトの顔が、きょとんとした。
「ぷる?」
そして。
頭上のハートが消える。
代わりに。
身体の一部がぐにょっと下へ垂れた。
「……?」
千乃が首を傾げる。
メルトの目が、左右に動く。
口も小さくへの字になった。
そのまま身体が、困ったように斜めへ傾く。
さらに。
頭上に。
小さな。
涙の形
が生まれた。
「困惑もできるの!?」
「ぷる……」
メルトは困った顔のまま、ぷるぷる震える。
ララが真似をするように首を傾げた。
「メルト、困ってるの?」
「ぷる」
「かわいい!」
メルトの顔が少しだけ笑顔になる。
涙の形が消えた。
そして。
♡。
「感情の切り替えが早い!」
千乃が笑う。
だが、その直後。
真銀が扉を調べるために一歩前へ出た。
メルトの身体がぴたりと止まった。
「ぷる……」
じーっと真銀を見る。
「どうした?」
真銀が振り返る。
メルトの顔が。
むっ。
と変化した。
「……?」
頬にあたる部分がぷくっと膨らむ。
目が細くなる。
口が横一文字になる。
そして頭上から。
ぐにょん。
ぐにょん。
何かが伸びて。
おこマーク
「……」
全員が固まった。
真銀がメルトを見る。
「俺、何かしたか?」
「ぷるるる……!」
おこマークがさらに大きくなる。
「怒ってるね」
千乃が言った。
「何に?」
「分かんないけど、怒ってる」
メルトは扉を指すように身体の一部を伸ばした。
「ぷる!」
おこマーク。
さらに。
おこマークおこマーク。
「……扉を開けろってことか?」
「ぷる!」
おこマークが消えた。
代わりに。
♡
「分かりやすっ!」
千乃が笑った。
「じゃあ、開けようか」
千乃が扉に手を置く。
古びた扉には、複雑な魔法陣が刻まれていた。
「かなり古い」
アイシィが近づく。
「城が建てられた頃のものかもしれません」
「そんな昔から、この扉が?っていうか作ったの私だけど?!」
千乃が魔法陣を調べる。
「鍵は……」
その時。
メルトが突然、身体を小さく震わせた。
「ぷる……!」
顔が一気に青ざめたような形になる。
「どうしたの?」
千乃が振り返る。
メルトの身体が縮んでいく。
目が大きくなる。
口が小さく震える。
そして。
頭上に。
大きな。
涙の形
「怖いの?」
「ぷる……」
メルトが千乃の足元へぴったりくっつく。
千乃は少し驚いた。
「メルトが怖がってる……」
真銀も扉を見る。
「中に何かいるのか?」
「分からない」
千乃が答える。
「でも、メルトがここまで反応するなら……」
その瞬間。
扉の向こうから。
ドン。
「……!」
全員が身構えた。
もう一度。
ドン。
「誰かいる!」
千乃が叫ぶ。
メルトの身体がびくっと跳ねる。
涙の形。
さらに。
涙の形涙の形。
「大丈夫だよ、メルト」
千乃がしゃがみ、そっと身体に触れる。
「私たちがいるから」
「ぷる……」
メルトの身体が少しだけ元に戻る。
そして。
千乃を見る。
その顔が。
ゆっくり笑顔へ変わった。
涙の形が消える。
代わりに。
小さな。
♡
「……ふふ」
千乃が笑った。
「ありがとう。私も頑張る」
メルトの身体がぷるんと揺れる。
♡が少し大きくなる。
だが。
その直後。
扉の向こうから、もう一度。
ドンッ!
「……!」
今度はメルトの顔が変わった。
笑顔が消える。
目が細くなる。
身体の一部が鋭く盛り上がる。
頭上に。
おこマーク
しかも今までより大きい。
「メルト……?」
ララが目を丸くする。
「怒った?」
「ぷるるるる……!」
メルトは千乃の前へ出た。
二本の触手のような脚を床につける。
てて。
てて。
ゆっくりと扉へ近づく。
てててて。
「……メルト?」
千乃が呼ぶ。
メルトは振り返った。
その顔は真剣だった。
頭上のおこマークは消えない。
「ぷる!」
そして。
扉へ向かって。
てててててててててててててっ!
「速い!」
千乃たちも追いかける。
「メルト、待って!」
メルトは扉の前で急停止した。
身体がぺたっと床へ広がる。
そのまま扉の隙間へ身体の一部を伸ばした。
「ぷる……!」
ぐにょ。
ぐにょぐにょ。
「え、ちょっと待って」
千乃が嫌な予感を覚える。
「メルト、それ中に入るつもり?」
メルトの身体がさらに細くなる。
そして。
ぬるっ。
「ぎょえッ!?」
千乃が飛び退いた。
「入った!?」
メルトの一部が、扉の向こうへ消えていく。
「ぷる!」
向こう側から声がする。
「メルトー!?」
ララが扉に駆け寄る。
「大丈夫ー!?」
「ぷるるる!」
直後。
扉の向こうから。
ドンッ!
何かがぶつかったような音がした。
「……!」
千乃の表情が変わる。
「メルト!」
そして。
扉の隙間から。
にゅっ。
メルトの身体が戻ってきた。
その顔は。
満面の笑顔。
頭上には。
♡♡♡
「……何があったの?」
「ぷる!」
メルトは身体を大きく揺らす。
そして、頭上に。
?
♡
!
おこマーク
涙の形
を次々と作っては消していく。
「……」
千乃が目を細める。
「もしかして……中に何かいることを伝えようとしてる?」
「ぷる!」
♡。
「違う、そこじゃないよね?」
「ぷる……」
涙の形。
「怖かった?」
「ぷる!」
おこマーク。
「怒った?」
「ぷる!」
!
「見つけた?」
「ぷるるる!」
♡
「嬉しかった?」
「ぷる!」
千乃は思わず笑った。
「もう完全に会話できてるじゃん!」
メルトの身体が嬉しそうに膨らむ。
♡♡♡♡
ララが拍手する。
「メルトすごーい!」
「ぷるるるる!」
その瞬間。
真銀が扉を見る。
「……だが、まだ問題は解決していない」
千乃も表情を引き締めた。
「うん」
扉の向こう。
そこに何があるのか。
そして。
クオンたちが本当にいるのか。
まだ分からない。
千乃は扉へ手を伸ばした。
「今度こそ、開けるよ」
メルトが隣に並ぶ。
その頭上には。
小さな。
♡
そして。
身体の下から。
にゅっ。
二本の触手が伸びた。
「……」
千乃が横目で見る。
「メルト」
「ぷる?」
「その脚、しまってからにしない?」
「……」
メルトの顔が、きょとんとする。
そして。
頭上に。
?
「いや、怖いから!」
メルトの頭上に。
今度は。
涙の形。
「なんで悲しそうになるの!?」
ララが笑い出す。
「メルト、怒ってるー!」
「ぷるるる……!」
おこマーク。
「ほら怒った!」
真銀がため息をついた。
「……感情表現だけは、ずいぶん上達したな」
メルトは胸を張るように身体を膨らませた。
そして。
頭上に。
特大の。
♡。
千乃は笑った。
「うん。かわいい」
メルトはさらに嬉しそうにぷるぷる震える。
その直後。
ててててててててててててっ!
「だから走るなぁぁぁぁぁ!」
古い城の廊下に、千乃の悲鳴が響き渡った。




