ヒトリヅツ
翌朝。
星氷神城の中庭には、いつもと変わらない光景が広がっていた。
「メルト、待ってー!」
「ぷるるる!」
クオンが笑いながら走り、その後ろをレオンとシオンが追いかける。
メルトは三メートルほどの大きさになったかと思えば、今度は小さく縮み、ころころと地面を転がっていた。
「メルト、今日は小さいね!」
「ぷるっ!」
「じゃあ大きくなって!」
「ぷるるるる!」
メルトの身体が一気に膨らみ、巨大なスライムになる。
「わぁ!」
三人が楽しそうに声を上げる。
少し離れたところでは、千乃がその様子を眺めていた。
「今日も平和だねぇ」
隣にいた真銀が答える。
「昨日も聞いた気がする」
「昨日は昨日、今日は今日」
「そういう問題じゃないと思う」
千乃は笑った。
昨日の襲撃。
蝶の群れ。
そして、子供たちを狙っていた何者か。
それらを考えれば、完全に安心できる状況ではない。
だから今日は、ララとライ、アイシィも中庭にいる。
カミルも城の上空から周囲を警戒していた。
「これだけいれば大丈夫でしょ!」
千乃が胸を張る。
「油断するなよ」
「分かってるって」
真銀が少しだけ苦笑した。
その時だった。
「お母さん!」
シオンの声が聞こえた。
千乃が振り返る。
「どうしたの?」
「レオンが――」
そこまで言って、シオンが言葉を止めた。
「……あれ?」
「シオン?」
千乃が立ち上がる。
「レオン、どこ?」
さっきまで三人で遊んでいたはずだった。
クオンはいる。
シオンもいる。
メルトもいる。
だが。
レオンだけがいない。
「レオン?」
千乃が周囲を見渡す。
「レオンー?」
返事はない。
真銀も立ち上がった。
「城の中に入ったんじゃないか?」
「ううん」
シオンが首を横に振る。
「さっきまでここにいたよ」
クオンも頷いた。
「僕も見てた」
ライがすぐに周囲を確認する。
「足跡は……途中で消えている」
「消えてる?」
千乃の表情が変わる。
アイシィが地面を確認した。
「転移魔法の痕跡もありません」
ララが不安そうに辺りを見回す。
「レオン、どこー?」
千乃は黙って目を閉じた。
魔力を探る。
レオンの魔力。
自分と真銀の魔力を受け継いだ、独特なパープルの魔力。
「……ない」
「千乃?」
「この城の中に、レオンの魔力がない」
真銀の顔が険しくなる。
「外に連れ出された?」
「分からない」
千乃は拳を握る。
「でも……」
昨日。
子供たちを狙った襲撃があった。
そして今日。
一人だけ消えた。
「偶然じゃない」
千乃が呟く。
「レオンは、誰かに連れていかれた」
シオンの顔が青ざめる。
「お母さん……レオン……」
千乃はすぐにシオンを抱きしめた。
「大丈夫。絶対に連れ戻すから」
「ほんと?」
「うん。絶対」
その言葉に迷いはなかった。
真銀も千乃の隣に立つ。
「俺も探す」
「ララも!」
ララが手を上げる。
「我も探そう」
カミルが空から降りてくる。
「俺も行く」
ライも頷いた。
「アイシィもいける?」
「もちろんです」
仲間たちが次々と集まる。
千乃は一人ずつ顔を見る。
「ありがとう」
そして。
千乃は中庭を見渡した。
昨日までと何も変わらない。
花も咲いている。
風も吹いている。
メルトもぷるぷるしている。
なのに。
そこにいるはずの一人だけがいない。
「……絶対、見つける」
千乃はそう呟いた。
その日の夜。
捜索は続いた。
城下町。
城壁。
周辺の森。
街道。
転移魔法の痕跡。
何一つ見つからなかった。
そして。
翌朝。
「……シオン?」
千乃が目を覚ます。
いつもなら、シオンはレオンと一緒に千乃の部屋へやってくる。
だが。
今日は来なかった。
「シオン?」
千乃が部屋を出る。
「シオン、どこ?」
返事がない。
嫌な予感がした。
千乃は走る。
中庭へ向かう。
そこにはクオンが立っていた。
「クオン!」
千乃が駆け寄る。
「シオンは?」
クオンは答えない。
ただ、震える手で中庭の中央を指差した。
「……シオンも」
「え?」
「いなくなった」
千乃の顔から血の気が引いた。
「……いつ?」
「さっきまで……いた」
クオンが俯く。
「僕がちょっと目を離したら……」
千乃は何も言えなかった。
昨日。
レオン。
そして今日。
シオン。
一人ずつ。
確実に消えている。
真銀が静かに呟く。
「次は……」
千乃が振り返る。
クオンを見る。
「……クオン」
クオンは小さく震えた。
「お姉ちゃん……」
千乃はすぐにクオンを抱きしめる。
「大丈夫」
「絶対に守るから」
だが。
その言葉を言った千乃自身が、一番分かっていた。
敵は。
自分たちが守っている隙間を。
完璧に狙っている。
そして。
レオン。
シオン。
二人が消えた。
残っているのは。
クオンだけ。
千乃はクオンを抱いたまま、周囲を見渡す。
「……次は、絶対にさせない」
その頃。
星氷神城から遠く離れた場所。
薄暗い部屋の中で。
二人の子供が眠っていた。
レオン。
そしてシオン。
二人とも無事だった。
その前に立っていたポピーが、楽しそうに笑う。
「あと一人」
隣にいたルーゲルが頷く。
「クオンか」
「そう」
ポピーは指を一本立てる。
「でも、最後の一人はどうする?」
「千乃が必死になって守るだろうな」
「うん」
ポピーは笑った。
「だからこそ、面白いんじゃない?」
そして。
翌日。
クオンの姿も。
——星氷神城から消えた。
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