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おい、何してんだおら

 城下町へ向かっていた千乃は、しばらく歩いたところで足を止めた。


「……やっぱり変」


「どうした?」


 隣を歩いていた真銀が振り返る。


「さっき感じた魔力とは別に、城のほうから妙な気配がする」


「城?」


「うん。なんていうか……複数の魔力が、こっそり動いてる感じ」


 千乃は眉を寄せると、すぐに城のほうへ視線を向けた。


「真銀、ちょっと待って」


「千乃?」


「私、城に戻る」


「なら俺も――」


「真銀はここにいて。城下町で起きてることも確認してほしい」


「……分かった。でも無茶はするなよ」


「大丈夫!」


 千乃は笑ってから、片手を軽く掲げた。


「じゃあ、分身を置いていくね」


 淡い真紅の光が千乃の隣に集まり、ほどなくして、もう一人の千乃が姿を現した。


「よろしく!」


「よろしく!」


 分身同士で元気に手を振り合う。


 真銀はその光景を見ながら、少しだけ遠い目をした。


「……自分同士で挨拶するの、やっぱり慣れないな」


「便利でしょ?」


「便利だけど、千乃が二人いると騒がしさも二倍になる」


「失礼な!」


 千乃は笑いながら、その場から飛び立った。


 城へ戻る本体の速度は、普段の千乃からすればかなり速い。


 そして星氷神城へ近づいたところで、千乃の表情が変わった。


「……いた」


 中庭。


 クオン、レオン、シオンの周囲を、無数の蝶が取り囲んでいる。


「蝶……?」


 遠目には綺麗な光景だった。


 けれど千乃には分かる。


 あの蝶たちから漂っている魔力は、ただの魔物のものではない。


「子供たちを狙ってる……?」


 千乃は一気に高度を下げる。


「やめてぇぇぇぇぇぇっ!」


 中庭に真紅の光が走った。


 蝶の群れが一斉に吹き飛ばされ、クオンたちの前に千乃が着地する。


「お姉ちゃん!」


「ママ!」


 三人が一斉に駆け寄ってくる。


 千乃は三人をまとめて抱きしめた。


「大丈夫? 怪我してない?」


「うん!」


「大丈夫!」


「ちょっとびっくりしたけど……」


「よかったぁ……」


 千乃はほっと息を吐く。


 だが、その直後。


 ゆっくりと顔を上げた。


 普段の明るい表情が消えている。


 視線の先には、蝶の群れ。


 そして、その向こう側。


 木陰に隠れていたファンクル。


「……」


 ファンクルは少し驚いたように目を瞬かせる。


「思ったより……早いんですね〜!」


 千乃は立ち上がる。


「うちの子たちに何してくれようとしてるんでしょうか?」


 声は静かだった。


 だが、そこには明確な怒気が混じっている。


「あ?」


 真紅の魔力が、千乃の周囲にゆっくりと集まり始める。


「分身と離れて行動すんのきついんですよ。変なことしないでもらえます?」


 ファンクルの表情が固まった。


「……」


 千乃は子供たちを背中に庇う。


「私が城下町にいるからって、こっちが無防備になると思ったんですか?」


 その声を聞いて、クオンたちも黙り込む。


 千乃はさらに一歩前へ出た。


「残念でした。私、子供たちに何かされたら普通に怒りますから」


 その瞬間、空気が震えた。


 蝶たちが一斉に後退する。


 ファンクルは無意識に一歩下がった。


「これは……ちょっと、想定外ですねぇ」


「想定外なのはこっちです」


 千乃が即答する。


「うちの子たちに手を出すなら、ちゃんと覚悟してください」


 中庭の空気が張り詰める。


 その時、城の上空から低い声が響いた。


「千乃」


 カミルだった。


 巨大な白い翼を広げ、空から中庭を見下ろしている。


「我も異変を察知した」


「カミル……」


「どうやら、敵は一人ではないようだ」


 千乃が周囲を見る。


 すると城壁の外側から、黒い魔力が立ち上った。


「……あっちにもいる」


 千乃の目が細くなる。


「まだ隠れてるんだ」


 城の裏手。


 木陰にいたポピーは、思わず口元を引きつらせた。


「……なんで?」


「なんで普通に戻ってくるの?」


 その隣では、ルーゲルが腕を組んでいた。


「さすがは俺が認めた――」


「黙って」


「はい」


 ポピーの即答に、ルーゲルは素直に黙った。


 ポピーは改めて中庭を見る。


 千乃。


 その背後にいる三人の子供たち。


 そして空にはカミル。


「……計画、最初から崩れてない?」


「崩れているな」


「あなたのせいじゃないからね?」


「分かっている」


 ルーゲルは真剣な顔で頷いた。


「俺たちが想定していたより、あの女が強すぎる」


「それは最初から分かってたでしょ」


「……」


 ポピーはため息をついた。


「まあいいや」


 彼女は小さく笑う。


「計画変更」


「ファンクルには撤退してもらう」


「その間に私たちは別の方法を――」


「逃がすと思いますか?舐めてるんですか?」


 突然、千乃の声が響いた。


「……え?」


 ポピーが振り返る。


 そこには。


 いつの間にか千乃が立っていた。


「……いつ来たの?」


「今」


「速くない?」


「神靴」


 千乃は足元を指差した。


「便利でしょ?」


 ポピーの顔から笑みが消える。


 その後ろでは、ルーゲルが黒い魔力をまとって構えた。


「来るか」


「来ますよ」


 千乃は拳を握る。


「だって、うちの子たちに手を出したんだから」


 その瞬間。


 城の中からライ、アイシィ、ララ、そしてカイルまで飛び出してきた。


「主!」


「千乃さん!」


「千乃ー!」


「このイケメンの勇者様、俺、カイルもいるぞ!」


 カイルが胸を張る。


 千乃は一瞬だけカイルを見る。


「カイル、子供たちお願い」


「任せろ!」


 カイルは即答した。


「勇者として――」


「おまけ勇者、子どもたちの肉壁!」


「ララァァァァァァ!?」


 城内にカイルの悲鳴が響いた。


 千乃は思わずため息をつく。


「……今それやる?」


「ごめん!」


 ララは笑顔だった。


 緊迫した空気の中。


 なぜか一人だけ、いつも通りだった。

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