黒い影
翌日。
星氷神城の中庭では、いつも通りクオン、レオン、シオンが遊んでいた。
「クオン、こっち!」
「待ってよ、レオン!」
「シオンも来て!」
「うん!」
三人が庭を走り回り、その後ろをメルトがぷるぷる跳ねながら追いかけている。千乃は少し離れたベンチに座り、その様子を眺めていた。
「平和だねぇ」
「……」
真銀が隣に座る。
「その言葉、最近信用できないな」
「また?」
「また」
「じゃあ言わない」
「それがいい」
その時。
城壁の向こう側に、一瞬だけ黒い影が見えた。
千乃は気づかなかった。
真銀も気づかなかった。
ただ、カミルだけが空を見上げた。
「……」
「カミル?」
「いや」
カミルはしばらく城壁を見つめたあと、静かに視線を戻した。
「何でもない」
その頃。
城下町の外れでは、一人の女が立っていた。
ファンクル・アーシュル。
おっとりとした雰囲気の女性で、風に髪を揺らしながら静かに城を眺めている。
「……あそこですねぇ」
彼女の周囲を。
一匹の蝶が飛ぶ。
そして。
二匹。
三匹。
十匹。
百匹。
いつの間にか、周囲は蝶の群れで埋め尽くされていた。
「蝶の群れ《バタフライフロック》」
ファンクルが小さく呟く。
その身体が。
ふわっ。
と無数の蝶へ変わった。
「……行きましょうかぁ」
蝶の群れが、城へ向かって飛んでいく。
その鱗粉には、軽い毒が含まれている。
ただし。
蝶が死ねば。
ファンクル自身の身体にも影響が出る。
「なるべく」
「死なないでくださいねぇ」
蝶たちは、静かに城壁へ近づいていった。
一方。
城の裏手。
「……」
クォーツ・ポピーが木の陰から中庭を覗いていた。
「いたいた」
その顔には、楽しそうな笑み。
「クオン」
「レオン」
「シオン」
「三人とも、ちゃんといる」
ポピーは胸元から小さな弓を取り出す。
矢はない。
「縁結び《キューピッド》」
見えない矢。
それを指先で弄ぶようにしながら、ポピーは笑う。
「今回は使わないけどね」
「もっと面白いことをするんだから」
そして。
少し離れた場所では。
「……」
ルーゲル・シュストー元之介が、黒いコートを翻していた。
「ふっ」
「俺は」
「ついに本格的な任務に入る」
黒い魔力が、手のひらに集まる。
「ダークヒーローとして」
「子供たちを奪い」
「世界に混乱を――」
「目的を勝手に変えるな」
ポピーが即座に突っ込んだ。
「……」
ルーゲル。
「分かっている」
「本当?」
「もちろん」
「なら、予定通りにして」
「……」
ルーゲルは少しだけ不満そうにしながらも頷いた。
「分かった」
「俺は裏側から動く」
そして。
最後に。
ヴァルディア王国。
王城。
王は、三人の様子を通信魔道具越しに確認していた。
「……」
「全員、配置についたな」
ポピー。
「はい」
ファンクル。
「大丈夫ですよぉ」
ルーゲル。
「当然だ」
王は。
地図を見る。
星氷神城。
城下町。
そして。
三人の子供たち。
「狙うのは」
「三人」
「クオン」
「レオン」
「シオン」
王が指を動かす。
「まずは」
「三人を」
「城から引き離す」
ポピーが笑う。
「どうやって?」
王。
「簡単だ」
地図の一角を指す。
「城下町で」
「小さな騒ぎを起こせ」
「千乃が対応する」
「その間に」
「子供たちへ近づく」
ルーゲル。
「なるほど」
ファンクル。
「千乃さんを」
「別の場所へ誘導するんですねぇ」
「そうだ」
王は頷く。
「ただし」
「絶対に殺すな」
ポピー。
「分かってます」
「商品価値が落ちるものね」
その言葉に。
王の表情が少しだけ変わった。
「……ああ」
「三人は」
「生きたまま」
「確保する」
その頃。
星氷神城。
「……?」
千乃が。
突然立ち上がった。
「どうしたの?」
真銀が聞く。
「城下町から」
「なんか変な魔力がする」
「俺には分からない」
「私も、ちょっとだけ」
千乃は城門の方向を見る。
「……」
「行ってくる」
「俺も行く」
「うん」
千乃と真銀が、中庭を離れる。
それを見て。
ポピーが小さく笑った。
「……今」
「千乃さんが離れた」
ファンクル。
「では」
「始めましょうかぁ」
蝶の群れが。
一斉に動き出す。
クオン。
「……?」
レオン。
「どうしたの?」
シオン。
「蝶?」
三人の頭上に。
無数の蝶が舞う。
「わぁ……」
クオンが空を見上げる。
「きれい」
その瞬間。
蝶の群れが。
ゆっくりと。
三人を囲み始めた。
「……?」
レオンが首を傾げる。
シオンも。
「なんか」
「変」
そして。
城の外では。
「……」
ポピーが笑う。
「捕まえるよ」
ルーゲルの黒い魔力が。
静かに。
動き始めた。
そして。
まだ誰も気づいていない。
三人を狙う計画が。
本当に。
始まったことを。




