ルーゲル・シュストー元之介
その日の午後。
星氷神城の城下町では、いつも通り穏やかな時間が流れていた。市場では店員たちが呼び込みをし、子供たちは走り回り、ララはなぜか屋台の前で「おなかすいた!」と騒いでいる。
「主ー! あれ食べたい!」
「さっき食べたよね?」
「食べた!」
「じゃあ、なんでまた?」
「おなかすいた!」
「……」
千乃は少し考えた。
「成長期かな?」
「ララはずっとそうだ」
ライが即答する。
「ひどい!」
そんなやり取りをしていた、その時だった。
通りの向こうから、妙な声が聞こえてきた。
「……ふっ」
「……?」
「ついに来たか」
千乃が振り返る。
「何が?」
真銀もそちらを見る。
そこにいたのは、一人の青年だった。
黒い服。
長いコート。
片手をポケットに入れ、もう片方の手を前へ伸ばしている。
そして。
ものすごく格好をつけた顔。
「……」
ライが。
「……何だ、あれ」
「知らない」
千乃も首を傾げる。
青年は、こちらの視線に気づくと、さらにポーズを決めた。
「……俺を見つけたか」
「見つけたというか」
「勝手に視界に入ってきた」
「千乃、それ言う?」
真銀が小声で突っ込む。
青年は気にしない。
「俺の名は――」
片手を胸へ。
「ルーゲル・シュストー元之介」
「……」
「……」
「……」
沈黙。
ララが小声で千乃に尋ねる。
「主」
「うん?」
「名前、長いね」
「うん」
「覚えられる?」
「無理かも」
「おい!」
ルーゲルが叫んだ。
「今、聞こえたぞ!」
「ごめん」
「謝るの早いな!?」
ルーゲルは咳払いをする。
「俺は選ばれし転生者」
「……」
「神のミスによって、この世界へと導かれた存在だ」
千乃。
「神様のミス?」
「そうだ」
「……」
千乃は真銀を見る。
「私も転生だけど」
「俺は聞いてない」
「私も今初めて聞いた」
「お前ら何なんだよ!」
ルーゲルの額に青筋が浮かぶ。
だが、それでも彼はポーズを崩さない。
「だが俺は」
黒い魔力が。
ゆっくりと。
彼の周囲に集まり始める。
「この世界で」
「自らの力を手に入れた」
「……」
カミルが。
「この魔力……」
千乃も。
「ちょっと変だね」
黒い。
普通の魔力とは違う。
どこか重く。
不自然に濁っている。
「これが」
ルーゲルが笑う。
「俺の力だ」
「……何それ?」
「ダークマター」
千乃。
「……」
真銀。
「……」
ライ。
「……」
アイシィ。
「……」
カミル。
「……」
全員の視線が。
ルーゲルへ集まる。
「食べた」
「……は?」
千乃が聞き返す。
「ダークマターを」
「食べた」
「……」
「食べたの?」
「そうだ」
「何で?」
ルーゲルは胸を張った。
「ダークヒーローに憧れたからだ」
「理由が軽い!!」
千乃のツッコミが城下町に響いた。
ルーゲルは満足そうに笑う。
「そして俺は」
「その力を完全に制御した!」
黒い魔力が。
ぶわっ。
膨れ上がる。
「……」
真銀が。
「制御できてる?」
「当然だ」
「じゃあ」
真銀が指差す。
「後ろの屋台は何で浮いてるんだ」
「……」
ルーゲルが振り返る。
屋台が。
宙に浮いている。
「……」
「……」
「……」
屋台が。
ぐるぐる回っている。
「……」
ルーゲル。
「これは」
「演出だ」
「絶対違う」
千乃が即答する。
次の瞬間。
屋台が。
「ぐるぐるぐるぐる……」
さらに回転。
「止まれ!」
ルーゲルが叫ぶ。
「……」
「……」
止まらない。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
屋台が。
そのまま。
遠くへ飛んでいった。
「「「あああああああああ!!」」」
店主の悲鳴が響く。
「……」
千乃。
「制御できてないね」
「……」
ルーゲルの顔が引きつる。
「……今のは」
「ちょっとした誤差だ」
「誤差で屋台飛ばすな」
真銀が呆れる。
ルーゲルは。
再び黒い魔力を集める。
「だが!」
「俺は!」
「この力で!」
「世界を変える!」
千乃。
「何をするの?」
「決まっている」
ルーゲルが腕を広げる。
「悪を討ち」
「闇を支配し」
「俺だけの正義を――」
「待って」
千乃が手を上げる。
「うん?」
「その前に」
「屋台戻そう」
「……」
「店主さん困ってるよ」
「……」
「……」
ルーゲルは。
ゆっくり。
屋台が飛んでいった方向を見る。
「……」
「……」
「……」
「……俺の正義より」
「そっちが先?」
「うん」
千乃は笑った。
「世界を変えるなら」
「まず目の前の困ってる人を助けようよ」
「……」
ルーゲル。
黙る。
「……」
「……」
そして。
「……分かった」
黒い魔力が。
再び集まる。
「おお!」
千乃が期待する。
「今度こそ制御する!」
「……」
屋台が。
ものすごい勢いで戻ってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
店主が叫ぶ。
「速い!!」
「止まれぇぇぇぇぇ!!」
ルーゲルが叫ぶ。
屋台。
ギリギリで停止。
「……」
店主。
「……」
「……」
千乃。
「成功?」
ルーゲルは。
胸を張った。
「当然だ」
真銀。
「ギリギリだったけどな」
ルーゲル。
「それも計算のうちだ」
「絶対違う」
カイルが横から呟く。
「こいつ」
「俺より主人公になりたがってない?」
「お前と張り合うな」
真銀が即答した。
「何でだよ!?」
その時。
ルーゲルの身体から。
再び黒い魔力が漏れ出す。
「……」
カミルが。
「これは」
「少し厄介だな」
千乃も。
ルーゲルを見る。
「ねえ」
「何だ?」
「その力」
「本当に」
「ちゃんと制御できてる?」
ルーゲル。
「……」
「当然だ」
「……」
黒い魔力が。
また。
彼の足元から溢れる。
地面に。
小さな亀裂が入った。
「……」
千乃。
「……」
真銀。
「……」
ライ。
「……」
アイシィ。
「……」
ララ。
「……」
カイル。
「……」
全員。
「…………」
ルーゲル。
「……」
「……」
「……まあ」
少しだけ。
視線を逸らす。
「たまに」
「暴れる」
「それ制御できてないじゃん!!」
千乃の叫びが。
城下町に響き渡った。
こうして。
千乃たちは。
妙にイキった転生者。
ルーゲル・シュストー元之介と。
最悪な第一印象を築いた。
「……」
ルーゲル。
「ダークヒーローって」
「格好いいだろ?」
千乃。
「……」
「まずそのポーズやめようか」
「何でだよ!?」
そんな。
平和な出会いだった。




