花灯りのソイルさん
星霜王国。
王都の一角。
そこに。
一軒の小さな花屋がある。
店の名前は。
――花灯り。
色とりどりの花が並ぶ店内。
窓から差し込む光。
花の香り。
そして。
店の奥には。
一人の女性。
ソイルがいた。
「……今日も、いい天気ね」
ソイルは。
店先の花へ。
水をやっていた。
その時。
からん。
店の扉についた。
小さな鈴が鳴る。
「こんにちはー!」
明るい声。
ソイルが。
顔を上げる。
「あら」
「千乃様」
「こんにちは!」
メタルピンクの髪。
金色とピンクのオッドアイ。
いつも。
明るい笑顔。
千羽千乃。
それが。
ソイルと千乃の。
最初の出会いだった。
「今日は何をお探しですか?」
「うーん」
千乃は。
店内を見回す。
「……これ!」
一輪の花を。
指差した。
「この花、かわいい!」
「ふふっ」
ソイルは。
少し笑う。
「お気に召しましたか?」
「うん!」
「じゃあ、こちらを一輪」
「ありがとう!」
千乃は。
花を受け取る。
そして。
しばらく。
じっと眺めていた。
「……綺麗」
「……」
ソイルは。
その横顔を見ていた。
ただ。
花を買いに来たお客様。
最初は。
それだけだった。
けれど。
千乃は。
その後も。
何度も。
花灯りへ来るようになった。
「ソイルさん!」
「はい?」
「今日、新しい花ある?」
「ありますよ」
「見せて!」
「もちろん」
季節が変わるたび。
千乃は。
新しい花を見るのを楽しみにしていた。
「これ好き!」
「こちらも綺麗ですね」
「うん!」
「千乃様は本当に花がお好きなんですね」
「好き!」
即答。
「花って」
千乃は。
少し考えて。
「見てると元気になるんだよね」
「……」
ソイルは。
その言葉を。
覚えていた。
ある日。
店の前で。
一人の子どもが。
泣いていた。
「……うぅ」
「どうしました?」
ソイルが。
声をかける。
すると。
「お母さんとはぐれた……」
「まあ……」
その時。
「どうしたの?」
千乃だった。
「千乃様」
千乃は。
子どもの前に。
しゃがむ。
「お母さん」
「どんな人?」
「えっと……」
千乃は。
子どもの話を。
最後まで聞いた。
そして。
「じゃあ」
「一緒に探そう!」
「……いいの?」
「もちろん!」
そのまま。
二人で。
母親を探しに行った。
しばらくして。
「あっ!」
「お母さん!」
「よかった……!」
親子が。
再会する。
千乃は。
「よかったね!」
と笑った。
そして。
花灯りへ戻ってきた。
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
ソイルは。
少し笑う。
「千乃様」
「なに?」
「本当に」
「お優しい方ですね」
「え?」
千乃は。
首を傾げる。
「普通だよ?」
「……」
ソイルは。
思わず。
笑ってしまった。
「そういうところも」
「千乃様らしいですね」
「そう?」
「はい」
それから。
花灯りにとって。
千乃が来る日は。
少し特別になった。
「ソイルさん!」
「はい」
「今日はこれ!」
「今日はその花ですか?」
「うん!」
「では、綺麗に包みますね」
「お願い!」
千乃は。
花を受け取るたび。
「ありがとう!」
と笑った。
その笑顔を見るたび。
ソイルは。
不思議と。
元気になった。
いつしか。
千乃は。
お客様というより。
この町の。
大切な存在になっていた。
そして。
ある日。
千乃が。
真銀と一緒に。
花灯りへ来た。
「こんにちは」
「こんにちは!」
「まあ」
ソイルが。
二人を見る。
「お二人でいらしたんですね」
「うん!」
千乃。
「今日はね」
真銀を見る。
「真銀に花を選びたい!」
「俺に?」
「うん」
「何で?」
「いつもありがとうって」
「……」
真銀が。
少しだけ。
目を逸らす。
「……そうか」
ソイルは。
微笑んだ。
「では」
「お二人で選んでみてはいかがですか?」
「うん!」
千乃と真銀は。
並んで。
花を選んだ。
その光景が。
ソイルには。
とても。
幸せそうに見えた。
だから。
千乃が。
来なくなった時。
最初は。
少し。
寂しいだけだと思っていた。
「今日は」
「来ないのね」
ソイルは。
店先を見る。
次の日。
「今日も……」
来ない。
その次の日も。
来なかった。
そして。
町に。
一つの知らせが。
広がった。
千乃様が。
いなくなった。
「……」
ソイルは。
言葉を失った。
花灯りの店内。
いつも。
千乃が立っていた場所。
そこには。
誰もいない。
「……千乃様」
ソイルは。
小さく。
呟いた。
それから。
ソイルは。
毎朝。
店先に。
一輪の花を置くようになった。
「……今日は」
小さな花。
「これが綺麗ですよ」
誰もいない。
それでも。
「千乃様が来たら」
「きっと」
「気に入ってくださいますね」
また。
一輪。
「今日はこれ」
また。
一輪。
「……また来てくださいね」
何日。
何週間。
何ヶ月。
そうして。
季節が。
いくつも。
過ぎていった。
花灯りには。
千乃が来なくなっても。
花が。
咲き続けていた。
ソイルは。
それを。
大切に育てた。
そして。
ある日。
町が。
騒がしくなった。
「千乃様が!」
「帰ってきた!」
「本当に!?」
「生きてる!」
ソイル。
「……」
手にしていた。
花が。
止まる。
「……え?」
店の外。
人々が。
走っている。
「千乃様が」
「中央広場に!」
ソイルは。
何も考えず。
店を飛び出した。
「千乃様……!」
走る。
走る。
人混みを。
抜ける。
そして。
見えた。
メタルピンクの髪。
金色とピンクの瞳。
いつもの。
笑顔。
「……」
ソイルの。
足が。
止まった。
「……千乃様」
千乃が。
振り返る。
「……ソイルさん?」
「……!」
覚えていた。
ちゃんと。
覚えていてくれた。
それだけで。
ソイルの目から。
涙が。
こぼれた。
「……」
「……千乃様」
「うん」
「本当に……」
「帰ってきてくださったんですね」
「うん」
千乃が。
いつものように。
笑う。
「ただいま」
その言葉。
ソイルは。
胸の奥で。
何度も。
待っていた。
「……」
そして。
「……おかえりなさい」
涙を拭いながら。
笑う。
「千乃様」
「……」
「おかえりなさい」
「……うん」
千乃も。
少しだけ。
目を潤ませる。
「ただいま」
その日の夕方。
花灯り。
店先。
ソイルは。
朝から置いていた。
一輪の花を。
手に取った。
そして。
千乃へ。
「これ」
「……?」
「ずっと」
「千乃様が帰ってきたら」
「渡そうと思っていたんです」
「……」
千乃が。
花を見る。
「綺麗」
「……はい」
ソイルは。
笑った。
「花灯りへ」
「また来てくださいね」
「うん!」
千乃。
嬉しそうに。
「また来る!」
ソイル。
「はい」
その笑顔を。
今度は。
ちゃんと。
目の前で。
見ることができた。
花灯り。
小さな花屋。
そして。
そこには。
また。
一つ。
大切な日常が。
戻ってきた。




