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恨み。

 崩れた王城。


 その瓦礫の中。


「……」


 クオンは。


 じっと。


 一点を見つめていた。


 レオン。


「クオン?」


 シオン。


「どうしたの?」


 クオン。


「……」


 返事をしない。


 ただ。


 小さな耳が。


 ぴくっ。


 と動いた。


「……いる」


 レオン。


「え?」


 クオン。


「魔力」


「まだ」


「残ってる」


 シオン。


「……」


 レオン。


「レグナード?」


 クオン。


「……たぶん」


 三人。


 しばらく。


 瓦礫を見る。


 そして。


 クオンが。


 小さな拳を。


 ぎゅっと。


 握った。


「……」


 レオン。


「もう」


「十分じゃない?」


 クオン。


「……」


 シオン。


「クオン?」


 クオン。


 ゆっくり。


 顔を上げる。


「生きてたら、生きてることが」


「……」


「許せないから」


 レオン。


「……」


 シオン。


「……」


 クオン。


「もっかいだけ」


「……」


 レオン。


「クオン」


「一人で?」


 クオン。


「うん」


 シオン。


「私たちも」


「一緒に……」


 クオン。


「大丈夫」


「一人でやる」


 レオン。


「……」


 クオン。


 一歩。


 前へ出る。


 紫色の魔力が。


 ゆっくり。


 身体の周囲に。


 集まり始めた。


「……」


 シオン。


「クオン」


 クオン。


「お姉ちゃんを」


「傷つけた」


「……」


「ママを」


「奪った」


「……」


「それでも」


「生きてるなら」


 紫色の光が。


 さらに。


 強くなる。


「……」


 クオン。


「もう一回」


「ちゃんと」


「終わらせる」


 その瞬間。


 瓦礫の奥から。


 レグナードの魔力が。


 わずかに。


 揺れた。


「……!」


 クオン。


「いた」


 そして。


 クオンは。


 右手を。


 ゆっくり。


 前へ。


 突き出した。


 紫色の魔力が。


 一点へ。


 集束する。


 レオン。


「クオン!」


 シオン。


「気をつけて!」


 クオン。


「大丈夫」


 その声は。


 今までより。


 ずっと。


 静かだった。


「――僕の怒りを」


「一つだけ」


「受け取って——そのまま消えて。」


 次の瞬間。


「――《紫星終穿》」


 ドォォォォォォォォォン!!


 紫色の光が。


 一気に。


 瓦礫の奥へ。


 走った。


 王城の残骸が。


 さらに。


 大きく。


 崩れていく。


 しかし。


 その魔力は。


 街へは。


 一切。


 向かわなかった。


 建物を。


 避ける。


 人を。


 避ける。


 ただ。


 レグナードのいる場所だけを。


 正確に。


 狙っていた。


「……」


 クオン。


 しばらく。


 右手を。


 下ろさない。


 紫色の光が。


 ゆっくり。


 消えていく。


 そして。


「……」


 静寂。


 クオン。


「……」


「今度こそ」


 魔力の反応を。


 探る。


「……」


 何も。


 感じない。


「……」


 クオンは。


 小さく。


 息を吐いた。


「……いない」


 レオン。


「倒した?」


 クオン。


「……分からない」


 シオン。


「でも」


「もう」


「動いてない」


 クオン。


「……そっか」


 クオンは。


 空を見上げた。


「お姉ちゃん…」


「……」


「ママ…」


「……」


「帰ろう」


 レオン。


「うん」


 シオン。


「帰ろう」


 三人は。


 ゆっくり。


 その場を。


 離れていった。


 誰も。


 街の人には。


 手を出していない。


 誰も。


 傷つけていない。


 ただ。


 王国の中枢だけが。


 静かに。


 消えていた。


 そして。


 誰も知らない。


 その瓦礫の奥。


 ほんのわずかに。


 黒い魔力が。


 残っていたことを。


 ――それが。


 本当に。


 レグナードのものなのか。


 それとも。


 別の何かなのか。


 まだ。


 誰にも。


 分からなかった。


 その日。


 星氷神城アストラルグレイシア


 アイは。


「ちょっと遊びに行ってくるね」


 と。


 真銀たちに告げて。


 神界。


 アストラル・レルムへ。


 遊びに来ていた。


「アルちゃん!」


 エレノアが。


 嬉しそうに手を振る。


「ノアちゃん!」


 アイも。


 笑って。


 駆け寄る。


「久しぶり!」


「うん!」


「今日は何する?」


「えっとね」


 エレノアが。


 少し考える。


「神界のお店でも見に行く?」


「行く!」


 アイは。


 楽しそうに。


 エレノアと歩き始めた。


 神界の街。


 空には。


 淡い星が。


 昼間でも。


 ゆっくり。


 瞬いている。


「これ可愛い!」


「それ、神樹の実を使ったお菓子だよ☆」


「へえ!」


 アイは。


 楽しそうに。


 店を見て回る。


 その時。


「……あれ?」


 アイの足が。


 ぴたっ。


 止まった。


「どうしたの?」


「……」


 アイは。


 少し離れた場所にある。


 一軒の建物を見る。


「……あそこ」


「ん?」


「何?」


「なんか」


「見られてる気がする」


 エレノア。


「……?」


 二人で。


 建物を見る。


 そこは。


 神界でも。


 かなり古い。


 小さな研究所だった。


「行ってみる?」


「うん」


 二人は。


 扉を開けた。


 ぎぃぃ……。


「……」


 中。


 本。


 本。


 本。


 そして。


 大量の。


 古い魔導具。


「すご……」


 アイが。


 目を丸くする。


 その奥。


「誰じゃ?」


 声。


 二人が。


 振り返る。


 そこには。


 白い髭を生やした。


 老人の神が。


 立っていた。


「エレノア?」


「はい!」


「そちらは?」


「アイちゃん!」


「……アイ?」


 老人の神は。


 アイを見る。


「……」


「……」


 しばらく。


 無言。


 そして。


「お前」


「魂が」


「少し」


「変わっておるな」


「……!」


 アイ。


「……分かるの?」


「神なら」


「多少はな」


 アイ。


「……」


 老人の神は。


 アイの目を見る。


 右目。


 金色。


 左目。


 ピンク。


「……」


「なるほど」


「何?」


「いや」


 老人は。


 奥へ歩いていく。


「少し」


「待っておれ」


「え?」


 本棚。


 ごそごそ。


 ごそごそ。


「これか?」


「いや」


「違う」


「こっちじゃ」


「……」


 しばらくして。


 老人の神が。


 一冊の。


 古い本を。


 持ってきた。


「これ」


「何?」


「魂に関する」


「古い記録じゃ」


 アイ。


「魂……?」


「そう」


 ページを。


 ゆっくり。


 めくる。


「死んだ魂は」


「通常」


「元の身体へ戻すことはできん」


「……」


 アイ。


「……そうなんだ」


「だが」


 老人の神が。


 ページを。


 止めた。


「例外がある」


「……!」


 エレノア。


「例外?」


「完全に消滅していない魂」


「そして」


「元の身体が」


「まだ存在している場合」


 アイ。


「……」


「それなら」


「戻せる可能性がある」


 アイ。


 目を見開く。


「……元の身体」


「あるよ」


「今も」


「残ってる」


 老人。


「……」


「そうか」


 アイ。


「……」


 胸の奥が。


 大きく。


 跳ねた。


「じゃあ」


「戻れるの?」


「可能性はある」


「……!」


 エレノア。


「アルちゃん……!」


 けれど。


 老人の神は。


 静かに。


 首を横に振った。


「ただし」


「簡単ではない」


「……」


 アイ。


「何が必要なの?」


 老人。


 本を。


 さらに。


 めくる。


「三つ」


「材料が必要じゃ」


「三つ?」


「一つ目」


「神界の最深部に咲く」


「星霊花」


「二つ目」


「時の流れから外れた場所に存在する」


「永劫水晶」


「そして」


 老人の神が。


 最後のページを。


 開く。


「三つ目」


「……」


「虚空の底に眠る」


「始原竜の涙」


 アイ。


「……」


 エレノア。


「……」


 二人とも。


 黙った。


「……それ」


 アイ。


「危ない?」


 老人。


「非常に危険じゃ」


「……」


「星霊花は」


「神界の最深部」


「守護獣が徘徊する」


「永劫水晶は」


「時空が崩壊しかけている場所にある」


「そして」


 老人。


「始原竜の涙は」


「……」


「始原竜の巣に」


「直接取りに行かねばならん」


 アイ。


「……」


「始原竜って」


 エレノア。


「……」


「神界でも」


「滅多に見ない」


 老人。


「そうじゃ」


「もし怒らせれば」


「神であっても」


「ただでは済まん」


 アイ。


「……」


 しばらく。


 何も言わなかった。


 そして。


「……でも」


 アイが。


 顔を上げる。


「やってみたい」


 エレノア。


「アルちゃん」


「うん」


「怖くないの?」


「怖いよ」


「……」


「でも」


 アイは。


 自分の手を見る。


「戻れる方法が」


「あるなら」


「知りたい」


 老人の神。


「……」


 アイ。


「元の身体」


「まだ」


「星氷神城にあるんだよね」


「そうじゃ」


「なら」


「いつか」


「戻りたい」


 エレノア。


「……」


 少し。


 笑う。


「そっか」


「うん」


「じゃあ」


 エレノアが。


 アイの肩を。


 ぽん。


「私も」


「一緒に探すよ」


「え?」


「友達でしょ?」


「……」


 アイ。


 少しだけ。


 目を細める。


「……ありがとう」


「どういたしまして☆」


 その時。


 老人の神が。


「ただし」


「一つ」


「言っておく」


 二人が。


 振り返る。


「この三つ」


「どれも」


「一人で取りに行ってはならん」


 アイ。


「……」


「分かった」


「約束できるか?」


「うん」


 アイは。


 しっかり。


 頷いた。


「絶対に」


「一人では行かない」


 エレノア。


「よし!」


 そして。


 二人は。


 古い本を。


 もう一度。


 見る。


 そこに。


 小さく。


 記されていた。


 ――魂帰還の儀。


 成功すれば。


 失われた魂を。


 元の器へ。


 戻すことができる。


 ただし。


 必要な材料を。


 すべて集めること。


 そして。


 最後に。


 もう一つ。


 小さく。


 書かれていた。


 ――魂と器の間に、強い縁が必要。


 アイ。


「……」


 その文字を。


 じっと。


 見つめる。


「……縁」


 エレノア。


「アルちゃん」


「ん?」


「それなら」


「たぶん」


「大丈夫だよ」


「……」


「だって」


 エレノアは。


 笑った。


「アルちゃんには」


「大切な人が」


「いっぱいいるから」


 アイ。


「……」


 少しだけ。


 寂しそうに。


 笑った。


「……うん」


 そして。


「いつか」


 小さな声。


「ちゃんと」


「帰れたらいいな」


 神界の空。


 星が。


 静かに。


 瞬いていた。


 まだ。


 帰還への道は。


 遠い。


 しかも。


 材料は。


 どれも。


 簡単には。


 手に入らない。


 けれど。


 初めて。


 アイは。


 知った。


 自分が。


 本当の姿へ。


 戻れる可能性が。


 まだ。


 残っていることを。


 古い研究所。


 魂帰還の儀について書かれた。


 一冊の本。


 その前で。


 アイとエレノアは。


 黙っていた。


「……」


 アイ。


「そんなに」


「危ないの?」


 老人の神は。


 しばらく。


 答えなかった。


 そして。


「……危ない」


「それだけじゃ」


「足りん」


 アイ。


「……」


 老人。


 本を閉じる。


「今まで」


「何柱もの神が」


「その材料を」


「取りに向かった」


「……何柱も?」


「ああ」


「神王級もいた」


「戦神もいた」


「探索を司る神もいた」


「……」


「だが」


 老人は。


 静かに。


 首を横に振った。


「誰一柱として」


「戻ってきていない」


 アイ。


「……」


 エレノア。


「……」


 アイ。


「一柱も?」


「ああ」


「……」


「消息すら」


「分からん」


 アイは。


 もう一度。


 本を見る。


 星霊花。


 永劫水晶。


 始原竜の涙。


「……」


 どれも。


 名前だけなら。


 綺麗だった。


 けれど。


 その実態は。


 神々すら。


 帰ってこられない場所にある。


「……」


 アイ。


「誰か」


「取りに行って」


「戻ってきた人は」


「本当に一人もいないの?」


「いない」


 老人は。


 即答した。


「記録に残っている限り」


「ゼロじゃ」


 エレノア。


「……」


 そして。


 老人は。


 少しだけ。


 視線を落とした。


「それだけではない」


「……?」


「お前たちも」


「知っておるだろう」


「破壊神グラン」


「……」


 アイ。


「うん」


「その前の」


「破壊神も」


「取りに向かった」


「……!」


 エレノア。


「グランの前の破壊神って……」


「そうじゃ」


 老人。


「その者も」


「戻らなかった」


「……」


 アイ。


「……グランは」


「知ってるの?」


「詳しいことまでは」


「知らぬかもしれん」


「ただ」


「前任の破壊神が」


「その三つの材料のどれかを求めて」


「旅立ったことだけは」


「記録に残っておる」


 アイ。


「……」


 エレノア。


「グラン」


「何も言ってなかった」


「言える話でもないじゃろう」


「……」


 アイは。


 少し。


 俯いた。


「……」


 自分のために。


 その場所へ。


 行こうとしている。


 でも。


 過去に。


 何柱もの神が。


 戻れなかった。


 その中には。


 破壊神までいた。


「……」


 エレノア。


「アルちゃん」


「ん?」


「怖くなった?」


 アイ。


「……うん」


「そっか」


「怖いよ」


 アイは。


 正直に答えた。


「だって」


「誰も帰ってきてないんでしょ?」


「うん」


「私だって」


「帰ってこられる保証」


「ない」


「……」


 エレノアは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 アイの隣に。


 静かに立った。


 しばらくして。


 アイが。


「……でも」


 顔を上げる。


「行きたい」


 エレノア。


「……」


「どうして?」


 アイ。


「私」


「元の身体に」


「戻りたい」


「……」


「千乃として」


「ちゃんと」


「真銀のところへ」


 その言葉。


 エレノアの表情が。


 少しだけ。


 柔らかくなる。


「……うん」


 アイ。


「だから」


「簡単には」


「諦めたくない」


 老人。


「……」


「その気持ちは」


「分からんでもない」


 そして。


 老人は。


 古い本を。


 もう一度開いた。


「じゃが」


 ページを。


 一枚。


 一枚。


 めくる。


「だからこそ」


「準備が必要じゃ」


 アイ。


「準備?」


「ああ」


「誰も戻ってこない場所へ」


「何も知らずに行けば」


「同じ結末になる」


 アイ。


「……」


「だから」


 老人。


「まず」


「三つの場所について」


「知ることじゃ」


 アイ。


「……」


 エレノア。


「私も手伝う」


 アイ。


「ノアちゃん」


「一緒に調べよう」


「うん」


 アイ。


 少しだけ。


 笑った。


「ありがとう」


 その時。


 研究所の扉が。


 勢いよく。


 開いた。


 ばぁんっ!


「アル!」


「……?」


 聞き覚えのある声。


 アイ。


「グラン?」


 そこには。


 破壊神グランが。


 立っていた。


「……」


 グランは。


 アイの顔を見る。


 そして。


 机の上の本を見る。


「……何の本だ」


「……」


 エレノア。


「魂帰還の儀について」


 グラン。


「……」


 表情が。


 変わった。


「アル」


「うん」


「その本」


「どこで見つけた」


 老人。


「儂の研究所じゃ」


 グラン。


「……」


 しばらく。


 何も言わない。


 そして。


「……その話」


「俺の前では」


「するな」


 アイ。


「……」


「どうして?」


 グラン。


「……」


 拳を。


 強く。


 握る。


「前の破壊神が」


「それを探しに行って」


「帰ってこなかった」


 アイ。


「……」


「知ってる」


 グラン。


「……そうか」


 アイ。


「だから」


「余計に」


「行きたい」


「……」


 グラン。


「……」


「お前」


「本気か?」


 アイ。


「うん」


 グラン。


「誰も」


「戻ってないぞ」


「うん」


「俺の前任もだ」


「うん」


「それでも?」


 アイ。


「それでも」


 アイは。


 真っ直ぐ。


 グランを見る。


「行きたい」


「……」


 グランは。


 しばらく。


 アイを見つめた。


 そして。


 小さく。


 息を吐く。


「……分かった」


「え?」


「ただし」


 グラン。


「一人では」


「絶対に行かせない」


 エレノア。


「私も!」


 グラン。


「お前も来るのか」


「当然!」


 アイ。


「……」


 少しだけ。


 笑う。


「じゃあ」


「三人で」


「行こう」


 けれど。


 老人の神は。


 静かに。


 首を横に振った。


「……三人でも」


「足りん」


「……」


 グラン。


「何?」


 老人。


「その場所は」


「神々の常識が」


「通じぬ」


「力が強いだけでは」


「帰ってこられん」


 アイ。


「……」


 老人。


「だから」


「行く前に」


「もっと」


「仲間を集めるのじゃ」


 グラン。


「……」


 アイ。


「分かった」


 そして。


 アイは。


 本を閉じた。


「……絶対」


「戻ってくる」


 神界の空。


 星が。


 静かに。


 瞬いていた。


 まだ。


 旅は。


 始まっていない。


 けれど。


 その瞬間から。


 神々さえ帰れなかった。


 三つの場所への旅が。


 少しずつ。


 始まり始めていた。

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