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守るべきもの

 その日の午後。


 星霜王国。


 城下町。


 いつも通り。


 穏やかな時間が流れていた。


 市場。


 広場。


 街道。


 人々が。


 笑っている。


 その時。


 遠くから。


 大きな音が。


 響いた。


 ドドドドドドドド……。


「……?」


 町人が。


 振り返る。


 遠く。


 大勢の兵士。


 その中央。


 豪華な馬車。


「……何だ?」


「軍隊?」


「星霜王国に?」


 そして。


 馬車が。


 城門前で。


 止まった。


 ばたん。


 一人の男が。


 降りてくる。


 黒髪。


 金色の瞳。


 豪華な王衣。


 その顔には。


 圧倒的な自信。


「……」


 男。


 城を見上げる。


「ここか」


 そして。


 大声で。


「星霜王国の者たちよ!」


「聞け!」


 町人たち。


「……?」


「……」


「……」


「この土地は!」


「我が国!」


「ルースエルド王国の領地だ!」


「……」


「…………」


 町人。


「は?」


 男。


 胸を張る。


「私は」


「ルースエルド王国」


「国王」


「アナリス・ルースエルドだ!」


 町人。


「……」


「……」


「…………」


「誰?」


「知らない」


「隣国の王様?」


「らしい」


「なんでここに?」


 アナリス。


「今日より!」


「この地は!」


「我々が管理する!」


「どけ!」


「……」


 町人たち。


 沈黙。


 そして。


「……」


 一人。


「嫌ですけど」


「……」


 アナリス。


「……」


「何だと?」


「ここ」


「星霜王国ですよ?」


「知っている!」


「なら」


「なんでどけって言うの?」


「……」


 アナリス。


「ここは!」


「元々!」


「我々の土地だ!」


 町人。


「違います」


「何!?」


「この国を作ったのは」


「千乃様と真銀様です」


「……」


 アナリス。


「……」


「その二人を」


「呼べ!」


 その頃。


 星氷神城。


 千乃の部屋。


「……」


 千乃。


 窓の外を見る。


「なんか」


「外が騒がしい」


 真銀。


「俺も聞こえる」


 柚乃。


「何かあったの?」


 千乃。


「分からない」


 その時。


 クオンが。


「お姉ちゃん」


「うん?」


「町の方から」


「兵士さんが」


「いっぱい来てる」


「……」


 真銀。


「兵士?」


 千乃。


「……」


「ちょっと」


「見てくる」


 その瞬間。


 真銀が。


「待て」


「なに?」


「俺も行く」


「うん」


 そして。


 千乃は。


 子どもたちを見る。


「レオン」


「シオン」


「はい!」


「うん!」


「クオンとアイシィと」


「一緒にいてね」


「……」


 レオン。


「ママ」


「なに?」


「どこ行くの?」


「ちょっと」


「話をしてくる」


 シオン。


「すぐ帰ってくる?」


「うん」


「約束?」


「約束」


 千乃。


 二人の頭を。


 そっと撫でる。


「大丈夫」


「……」


 クオン。


「お姉ちゃん」


「うん?」


「僕が」


「二人を見てる」


 アイシィも。


「私もいます」


「ありがとう」


 千乃。


「じゃあ」


「お願いね」


 クオン。


「うん」


 レオン。


「おにーたん」


「ん?」


「ママを守ってね」


 クオン。


「……!」


「もちろん」


 シオン。


「アイシィさんも」


「はい」


「ママを守って」


「お任せください」


 千乃。


「……」


「二人とも」


「心配しすぎ」


 真銀。


「誰に似たんだろうな」


 千乃。


「真銀じゃない?」


「俺か?」


「うん」


「……」


「否定できない」


 城門。


 千乃。


 真銀。


 二人が。


 ゆっくり。


 歩いてくる。


 アナリス。


「……」


 千乃を見る。


「お前が」


「千乃か」


「うん」


「そして」


 真銀を見る。


「真銀だな」


「そうだ」


 アナリス。


「……」


「話は聞いている」


 千乃。


「私も」


「今聞いたよ」


「この土地を」


「自分たちの領地だって」


「そうだ」


「だから」


 アナリス。


 手を。


 城下町へ向ける。


「どけ!」


 千乃。


「……」


「嫌」


「何?」


「どかないよ」


 アナリス。


「なぜだ!」


「ここ」


「私たちの国だから」


「違う!」


「この土地は」


「ルースエルド王国のものだ!」


 真銀。


「証拠は?」


「……」


 アナリス。


「古い文書がある」


「見せろ」


「今は持っていない」


「……」


 千乃。


「それじゃ」


「話にならないよ」


「何だと?」


「私たちは」


「この国を作った」


「人々がここで暮らして」


「国として」


「ずっと守ってきた」


 真銀。


「それに」


「この土地は」


「アルセリア王国の」


「レオニス・アルセリア国王から」


「正式に譲ってもらった」


「……」


 アナリス。


「レオニス?」


 千乃。


「うん」


「レオニスさん」


「私の友達」


「……」


 アナリス。


「そんな話」


「聞いていない」


 真銀。


「なら」


「レオニスに確認すればいい」


「……」


 アナリス。


「……」


「だが!」


「我々には!」


「この土地を使う権利がある!」


 千乃。


「どうして?」


「……」


「だから」


「理由を聞いてるの」


「昔から」


「我々の土地だった!」


 真銀。


「昔から?」


「そうだ」


「なら」


「なぜ今まで」


「誰も管理しなかった?」


「……」


 アナリス。


「……」


「それは」


 千乃。


「答えられない?」


「……」


 アナリス。


 少し。


 苛立つ。


「とにかく!」


「ここは我々の領地だ!」


「どけ!」


 千乃。


「嫌」


「即答!?」


 真銀。


「俺も」


「嫌だ」


「お前まで!?」


 アナリス。


「……」


「ならば」


「国王同士」


「話をつけるぞ」


 千乃。


「いいよ」


「私も」


「建国者だから」


 真銀。


「俺も同席する」


 アナリス。


「……」


「分かった」


 千乃。


 振り返る。


「真銀」


「うん」


「子どもたちは」


「クオンとアイシィに任せた」


「そうだな」


 アナリス。


「子ども?」


 千乃。


「うん」


「私たちの子」


「……」


 アナリス。


「なるほど」


「だがこの話に子どもは関係ない」


「だから」


「会わせない」


 千乃。


「うん」


「当然だね」


 そして。


 星氷神城。


 会議室。


 千乃。


 真銀。


 アナリス。


 三人だけ。


 大きな机を。


 囲んでいる。


 外には。


 両国の兵士。


 しかし。


 中には。


 三人しかいない。


「……」


 アナリス。


「まず」


「確認しよう」


「この土地を」


「我が国が領有する」


「根拠」


「古い記録だ」


 千乃。


「その記録」


「いつの?」


「……」


「数百年前だ」


「誰が統治してたの?」


「……」


 真銀。


「国名は?」


「……」


「……」


 アナリス。


「ルースエルド王国だ」


 真銀。


「当時から?」


「そうだ」


 千乃。


「じゃあ」


「その時代の」


「境界線を」


「示して」


 アナリス。


「……」


 書類を。


 机へ。


「これだ」


 千乃。


「……」


 真銀。


「……」


 二人で。


 見る。


 千乃。


「……」


「これ」


「おかしくない?」


「何がだ」


「この地図」


「星霜王国の場所が」


「湖になってる」


「……」


 アナリス。


「古い地図だからだ」


「じゃあ」


「この土地を」


「今の国境に当てはめる根拠は?」


「……」


 真銀。


「ないな」


「……」


 アナリス。


「……」


 千乃。


「それに」


「ここ」


「アルセリア王国との」


「国境になってる」


「……」


「レオニスさんから」


「譲渡された土地と」


「一致してる」


 真銀。


「つまり」


「お前の主張と」


「レオニスの譲渡」


「矛盾している」


「……」


 アナリス。


「……」


 千乃。


「だから」


「レオニスさんに」


「確認しよう」


「それが一番早い」


 アナリス。


「……」


「分かった」


 しばらくして。


 通信魔法。


 光が。


 机の上に。


 浮かぶ。


 そこに。


 一人の男。


 アルセリア王国。


 国王。


 レオニス・アルセリア。


「千乃?」


「レオニスさん!」


「どうした?」


 千乃。


「ちょっと」


「聞きたいことが」


「うん?」


 真銀。


「この土地」


「星霜王国の領地」


「以前」


「あなたから」


「譲渡されたものだよな?」


 レオニス。


「……」


「当然だ」


「……!」


 アナリス。


「……」


 レオニス。


「私が」


「正式に」


「千乃と真銀へ」


「譲った」


「文書も」


「保管している」


 千乃。


「ありがとう!」


 レオニス。


「だが」


「一つ」


「言っておく」


 千乃。


「うん?」


「アナリス」


 アナリス。


「……」


「お前が」


「その土地を」


「自分の領地だと」


「主張しているのか?」


「……」


「そうだ」


 レオニス。


「それは」


「認められない」


 アナリス。


「……!」


 レオニス。


「その土地は」


「私が」


「正式に譲渡した」


「現在」


「星霜王国の領地だ」


 真銀。


「……」


 千乃。


「……」


 レオニス。


「アナリス」


「隣国として」


「言っておく」


「他国の領土を」


「勝手に」


「奪おうとするな」


 アナリス。


「……」


 沈黙。


 千乃。


「レオニスさん」


「ありがとう」


 レオニス。


「友達だからな」


「……」


「困った時は」


「いつでも言いたまえ」


 通信が。


 消える。


 会議室。


 静か。


「……」


 アナリス。


 しばらく。


 黙っている。


 千乃。


「……」


「これで」


「分かった?」


 アナリス。


「……」


 真銀。


「この国は」


「俺たちが」


「建てた」


 千乃。


「そして」


「レオニスさんから」


「正式に譲ってもらった土地」


 アナリス。


「……」


「……」


「分かった」


「……!」


 千乃。


「じゃあ」


「帰る?」


 アナリス。


「……」


「いや」


「一つ」


「聞きたい」


「何?」


 アナリス。


「お前たちは」


「なぜ」


「ここまで」


「この国を守る?」


 千乃。


「……」


 少し。


 考える。


「この国に」


「住んでる人たちが」


「私たちの」


「大切な人たちだから」


 真銀。


「それだけだ」


 アナリス。


「……」


 千乃。


「土地だから」


「守ってるんじゃないよ」


「人がいるから」


「守ってる」


 アナリス。


「……」


 長い沈黙。


「……そうか」


 そして。


 アナリスは。


 立ち上がる。


「今日は」


「引こう」


 千乃。


「うん」


 アナリス。


「だが」


「……」


「いつか」


「正式な外交の場で」


「話をしたい」


 真銀。


「それなら」


「受ける」


 千乃。


「私も」


「うん」


 アナリス。


「……」


「失礼した」


 そして。


 部屋を出る。


 城の外。


 アナリスが。


 馬車へ。


 乗る。


 その時。


「……」


 窓から。


 レオンとシオンが。


 顔を出していた。


「ママ!」


 千乃。


「……!」


「二人とも!」


 クオン。


「お姉ちゃん!」


 アイシィ。


「お帰りなさい」


 千乃。


「ただいま!」


 レオン。


「ママ!」


「うん?」


「おじさん」


「帰るの?」


「うん」


 シオン。


「じゃあ」


「もう」


「ママに」


「近づかない?」


「……」


 アナリス。


「……」


 千乃。


「うん」


 レオン。


「よかった!」


 シオン。


「よかった!」


 二人。


 笑う。


 アナリスは。


 少しだけ。


 その光景を見る。


「……」


 そして。


 小さく。


「……なるほど」


 馬車へ。


 乗り込む。


 扉が閉まる。


 そして。


 馬車は。


 ゆっくり。


 走り去った。


 千乃。


「……」


 真銀。


「……」


 千乃。


「なんか」


「今日は」


「疲れたね」


 真銀。


「そうだな」


 クオン。


「お姉ちゃん」


「うん?」


「僕」


「お兄ちゃんだから」


「ちゃんと二人」


「見てたよ」


「……」


 千乃。


「ありがとう」


 アイシィ。


「二人とも」


「とても良い子でした」


 レオン。


「ママ」


「うん?」


「ぼくたち」


「ママを守った?」


「うん」


「ちゃんと守ったよ」


 シオン。


「わたしも!」


 千乃。


 二人を。


 ぎゅっ。


「ありがとう」


「でも」


「今日は」


「もう」


「お家に帰ろう」


「うん!」


「うん!」


 星霜王国。


 今日も。


 千乃と真銀が。


 守った。


 土地ではなく。


 そこに暮らす。


 大切な人たちを。


 その翌日。


 星霜王国。


 城下町。


 いつも通り。


 穏やかな朝だった。


「ママ!」


「おはよう!」


 レオンとシオンが。


 千乃のもとへ。


 駆けてくる。


「おはよう、二人とも」


 千乃は。


 二人の頭を。


 ぽんぽん。


「今日は何して遊ぶ?」


「おにーたんと!」


「ララとも!」


「いっぱいだね」


「うん!」


 真銀が。


 少し離れたところで。


 その様子を。


 静かに見ていた。


「……」


 その時。


 遠くから。


 地響き。


 ドドドドドドドド……。


「……?」


 真銀が。


 顔を上げる。


「また軍隊か」


 千乃。


「最近」


「よく来るね」


 ライ。


「嫌な予感しかしない」


 アイシィ。


「同感です」


 そして。


 城門の外。


 大量の兵士。


 その中央。


 豪華な馬車。


 馬車の扉が。


 ゆっくり開く。


 一人の少女が。


 降りてきた。


 豪華なドレス。


 長い髪。


 そして。


 自信に満ちた表情。


「ここが」


「星霜王国ですのね」


 兵士が。


「はい」


「ココア第一王女様」


 少女。


「わたくしは」


「ルースエルド王国」


「第一王女」


「ココア・ルースエルドですわ!」


「国王アナリス・ルースエルドの娘ですの!」


 千乃。


「……」


「昨日の」


 真銀。


「アナリスの娘か」


「ええ!」


 ココアは。


 胸を張った。


「昨日」


「父上が」


「この国を」


「我が国の領地だと主張したでしょう?」


「うん」


「でも」


「話は終わっていませんわ」


 千乃。


「……」


 ココア。


「なぜなら」


 その隣。


 一人の青年が。


 ゆっくり。


 前へ出る。


 ココアの兄。


 ルースエルド王国。


 第一王子。


 その身体から。


 凄まじい魔力が。


 漏れ出している。


「こちらが」


「わたくしのお兄様」


「ルースエルド王国第一王子、レグナード・ルースエルドですわ!」


「そして」


「我が国で」


「最も強いお方!」


「つまり!」


 ココア。


 胸を張る。


「世界最強ですわ!」


 千乃。


「へえ」


 真銀。


「そうなのか」


 ココア。


「ですから!」


「もう」


「諦めてくださいませ!」


「何を?」


「全部ですわ!」


「……全部?」


「ええ!」


 ココア。


 指を。


 一つずつ。


 折っていく。


「従魔!」


「真銀!」


「双子!」


「狐少年!」


「国!」


「力!」


「すべて!」


 千乃。


「……」


 表情が。


 消えた。


「それ」


「私たちのものじゃないよ」


 ココア。


「何を言っていますの?」


「強い者が」


「弱い者から」


「奪うのは」


「当然でしょう?」


 千乃。


「……」


「違うよ」


「ララも」


「ライも」


「アイシィも」


「真銀も」


「子どもたちも」


「クオンも」


「この国の人たちも」


「誰かの所有物じゃない」


 ココア。


「綺麗事ですわね!」


 千乃。


「綺麗事でも」


「私は譲らないよ」


 ココア。


「ならば」


「力で」


「従わせますわ!」


 真銀が。


 一歩。


 前へ出る。


「千乃」


「うん」


「子どもたちを」


「下げろ」


「分かった」


 千乃は。


 レオンとシオンの前へ。


「クオン」


「うん!」


「アイシィ」


「はい」


「二人をお願い」


「任せて」


「お任せください」


 レオン。


「パパ」


「うん?」


「気をつけて」


 シオン。


「パパ!」


「大丈夫」


 真銀は。


 二人を見る。


「すぐ戻る」


「うん!」


 千乃。


「じゃあ」


「行ってくるね」


「……」


 真銀が。


 前へ出る。


 ココア。


「お兄様」


「ええ」


 第一王子。


 真銀を見る。


「……」


「お前が」


「この国の」


「守護者か」


 真銀。


「そうだ」


「なら」


「その力」


「見せてもらおう」


 真銀。


「……」


 次の瞬間。


 第一王子の姿が。


 消えた。


「……!」


 千乃。


「真銀!」


 ガンッ!!


「……っ!」


 真銀の身体が。


 大きく揺れる。


「真銀!?」


 そのまま。


 真銀は。


 意識を失った。


「パパ!?」


「パパぁ!」


 レオンとシオンが。


 叫ぶ。


 千乃が。


 真銀へ駆け寄ろうとする。


 しかし。


「動くな!」


 兵士が。


 後ろから。


 千乃を。


 羽交い締めにする。


「……!」


「離して!」


「離せ!」


 千乃が。


 身体を。


 必死に動かす。


 けれど。


 兵士が。


 何人も。


 千乃を押さえる。


「真銀!」


 第一王子は。


 意識を失った真銀を。


 軽々と抱え上げる。


「お兄様!」


 ココアが。


 嬉しそうに。


「その方を」


「馬車へ!」


「承知した」


 第一王子が。


 真銀を。


 馬車へ運ぶ。


「待って!」


 千乃。


「真銀!」


「返して!」


 ココア。


「嫌ですわ」


「この方は」


「わたくしたちの国に」


「必要なのですもの」


「真銀は」


「物じゃない!」


 千乃。


「返しやがれ!」


「嫌ですわ!」


 ココア。


「強い者が」


「強い者を」


「手に入れる」


「それだけの話ですわ!」


 千乃。


「……」


 真銀が。


 馬車へ。


 運ばれていく。


「真銀!」


 千乃が。


 手を伸ばす。


「待って!」


「私の旦那を!」


「連れていかないで!」


 けれど。


 届かない。


 馬車の扉が。


 開く。


 第一王子が。


 真銀を。


 中へ運び込む。


 ココアも。


 馬車へ乗る。


「では」


「さようなら」


「千乃様」


 千乃。


「……」


「返して」


 ココア。


「返しませんわ」


 扉が。


 閉まる。


 カチャッ。


 そして。


 馬車が。


 動き出す。


 ドドドドドドドド……。


「待って!」


 千乃。


「待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 兵士たちは。


 まだ。


 千乃を。


 離さない。


「離して!」


「もう馬車は行った!」


「離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 千乃。


 必死に。


 追おうとする。


 けれど。


 動けない。


「……」


 馬車が。


 遠ざかる。


 小さくなる。


 やがて。


 見えなくなる。


「……」


 千乃。


 動かない。


「……」


 レオン。


「ママ……」


 シオン。


「……」


「パパ……」


 そして。


 二人の目から。


 大粒の涙が。


 落ちる。


「パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「パパを取られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「……!」


 千乃。


 その声を。


 聞いた。


 ゆっくり。


 顔を上げる。


「……パパ」


「取られた?」


 レオン。


「うん……!」


 シオン。


「パパ……」


 千乃。


「……」


 そして。


「私も」


「旦那を」


「取られた」


 その瞬間。


 空気が。


 変わった。


 風が。


 止まる。


 鳥の声も。


 町の喧騒も。


 遠くなった。


「……」


 兵士たちが。


 千乃を見る。


「……?」


 千乃の髪が。


 メタルピンクから。


 ゆっくり。


 白へ。


「……!」


 千乃の瞳。


 右目。


 金色。


 左目。


 ピンク。


 その色が。


 ゆっくり。


 深紅へ。


 白い髪。


 深紅の瞳。


 そして。


 頭上。


 一本。


 角。


 もう一本。


 角。


 二本の角が。


 静かに。


 現れる。


 衣服も。


 黒を基調とした。


 鬼の着物へ。


 背中から。


 巨大な黒い翼。


 ばさぁっ。


「……!」


 兵士たちが。


 後ずさる。


「な……」


「何だ……」


 千乃。


 顔を上げる。


 その目から。


 感情が。


 消えたように。


 冷たい。


「……」


 ララ。


「主……?」


 ライ。


「……」


 アイシィ。


「千乃さん……」


 クオン。


「お姉ちゃん……」


 そして。


 レオンとシオン。


 二人は。


 初めて見る。


 母の姿。


 白い髪。


 深紅の瞳。


 二本の角。


 黒い着物。


 黒い翼。


 鬼神。


 鬼月姫。


「……」


 レオン。


「ママ……」


 シオン。


「……」


 二人は。


 泣きながら。


 千乃を見る。


 そして。


「ママ」


「かっこいい!」


「……!」


 千乃の。


 冷たい瞳が。


 ほんの少し。


 揺れる。


「……そう?」


「うん!」


「ママ!」


「かっこいい!」


 千乃。


 ほんの少し。


 笑う。


「……ありがとう」


 そして。


 再び。


 深紅の瞳。


 冷たく。


 馬車の消えた方向を見る。


「……」


「真銀を」


「取り返す」


 黒い翼が。


 大きく。


 広がる。


 ばさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 風圧。


 砂が。


 一斉に。


 舞い上がる。


 兵士たち。


「うわっ!?」


 千乃。


 ゆっくり。


 地面から。


 浮かび上がる。


 ココアたちの馬車は。


 もう。


 遠い。


 けれど。


 千乃には。


 その場所が。


 分かる。


「……」


 深紅の瞳。


 まっすぐ。


 前を見る。


「待ってて」


「真銀」


「必ず」


「迎えに行く」


 千乃の翼が。


 一度。


 大きく。


 羽ばたく。


 ばさぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 次の瞬間。


 千乃の身体が。


 空へ。


 一気に。


 飛び上がった。


「速っ!?」


 ライが。


 空を見上げる。


 ララ。


「主!」


「パパ取り返しに行った!」


 アイシィ。


「……」


「本気ですね」


 クオン。


「お姉ちゃん」


「僕たち」


「待ってるよ」


 レオン。


「ママ!」


「パパ!」


 シオン。


「ママ!」


「パパ!」


 そして。


 千乃は。


 もう。


 見えない。


 ただ。


 空の彼方へ。


 白い髪をなびかせ。


 深紅の瞳を輝かせ。


 黒い翼を広げ。


 鬼月姫。


 千乃が。


 飛んでいく。


 その行き先。


 ルースエルド王国。


 その国で。


 千乃を待つのは。


 世界最強を名乗る。


 ルースエルド王国第一王子。


 そして。


 奪われた。


 千乃の夫。


 真銀。


 千乃。


「……」


「今度は」


「私が」


「迎えに行く」


 その姿は。


 もう。


 星霜王国から。


 見えなくなっていた。

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