消えた千乃の行方
その日の夜。
皇城。
千乃たちは。
客室に集まっていた。
「……結局」
千乃が椅子に座りながら。
「今日だけで、三十五人か」
真銀。
「ああ」
パイライト。
「まだ捜索も終わっていない」
柚乃。
「……」
カイル。
「犯人、何がしたいんだろうな」
ララ。
「人を消してる!」
ライ。
「それは分かっている」
ララ。
「じゃあ何?」
「……」
ライ。
「分からん」
「ライも分からないんだ!」
ララが驚く。
「俺を何だと思ってる」
その時。
千乃が。
ふと。
立ち上がった。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
真銀。
「俺も行く」
「大丈夫」
千乃は笑う。
「すぐそこだから」
真銀。
「……分かった」
千乃は。
部屋の扉へ向かう。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
扉に手をかけた。
「……」
千乃が。
何かに気づいたように。
振り返る。
「……?」
真銀。
「どうした?」
千乃。
「いや……」
千乃は。
少しだけ首を傾げた。
「なんか」
「変な感じがする」
カミル。
「……」
カミルが。
突然。
顔を上げた。
「千乃」
「?」
「そこから動くな」
千乃。
「え?」
カミル。
「今」
「お前の足元に」
「妙な魔力がある」
千乃。
「……!」
全員が。
一斉に。
千乃を見る。
床。
そこには。
いつの間にか。
薄い黒色の魔法陣が。
浮かび上がっていた。
「なにこれ!?」
柚乃が叫ぶ。
真銀。
「千乃!」
千乃。
「分かってる!」
千乃が。
すぐに。
魔力を放つ。
「――!」
しかし。
魔法陣は。
消えない。
「……え?」
千乃の顔から。
笑顔が消える。
真銀。
「離れろ!」
千乃。
「無理!」
足元から。
黒い光が。
一気に広がった。
パイライト。
「千乃様!」
カイル。
「千乃!!」
柚乃。
「お姉ちゃん!!」
ララ。
「主!!」
ライ。
「千乃!」
アイシィ。
「千乃さん!」
カミル。
「……!」
千乃は。
手を伸ばす。
「みんな!」
真銀が。
千乃の手を掴もうとする。
「千乃ッ!!」
あと。
ほんの少し。
指先が。
届く。
その瞬間。
黒い光が。
弾けた。
――パッ。
「……!」
光が消える。
そこには。
誰も。
いなかった。
千乃だけが。
消えていた。
「…………」
真銀。
「……」
握ろうとした手が。
空を切る。
「……千乃?」
返事は。
ない。
「千乃!!」
部屋中に。
真銀の声が響く。
しかし。
返ってくるのは。
静寂だけ。
柚乃。
「……お姉ちゃん?」
ララ。
「主……?」
カイル。
「……嘘だろ」
ライ。
「……」
アイシィ。
「千乃さん……」
カミル。
「……」
そして。
パイライト。
「……」
全員が。
呆然と。
千乃が立っていた場所を見る。
そこには。
一つだけ。
黒い結晶石が。
転がっていた。
真銀。
「……」
ゆっくり。
それを見る。
「……触るな」
ライが言う。
だが。
真銀は。
動かなかった。
拳を。
強く握る。
「……俺が」
「そばにいるって」
「言ったのに……」
カイル。
「真銀……」
「……」
真銀は。
顔を上げた。
その目には。
涙が浮かんでいる。
けれど。
泣いている場合ではない。
「探す」
カミル。
「……ああ」
「必ず見つける」
ララ。
「ララも探す!」
ライ。
「俺もだ」
アイシィ。
「私も行きます」
カイル。
「俺も」
柚乃。
「私も」
パイライト。
「……私もだ」
真銀。
「全員で」
そして。
真銀が。
黒い結晶石を見る。
「……今度は」
「絶対に」
「取り戻す」
その時。
黒い結晶石から。
声が。
聞こえた。
『……』
全員。
「!」
ほんの一瞬。
ノイズのような音が。
流れる。
そして。
小さな。
少女の声。
『……みつけた』
パキッ。
結晶石が。
砕けた。
真銀。
「……」
カミル。
「……」
ライ。
「……」
全員が。
顔を見合わせる。
そして。
誰より先に。
真銀が。
走り出した。
「千乃を探すぞ!!」
「おう!!」
全員が。
その後を追う。
誰も。
気づいていなかった。
千乃が消えた瞬間。
床に。
一瞬だけ。
別の魔法陣が浮かんでいたことを。
その中心に。
小さく。
文字が残っていた。
『星霜王国』
そして。
文字は。
ゆっくりと。
消えていった。
――暗い。
「……」
千乃は。
ゆっくりと。
目を開けた。
「……ここ」
ぼんやりと。
天井を見る。
見たことのない。
石造りの天井。
「……?」
千乃は。
身体を起こそうとする。
「……痛くない」
身体に。
異常はない。
けれど。
「……真銀?」
名前を呼ぶ。
返事は。
ない。
「ララ?」
「……」
「ライ?」
「……」
「みんな……?」
静かだった。
千乃は。
周囲を見渡す。
すると。
「……!」
人がいた。
一人。
二人。
三人。
もっといる。
年齢も。
性別も。
バラバラ。
けれど。
全員。
千乃を見ていた。
「……」
「……」
千乃は。
少しだけ困った顔をする。
「えっと……」
すると。
一人の男性が。
「起きたか」
「うん」
「ここがどこか分かるか?」
「……分からない」
「そうか」
男性は。
それ以上。
何も言わなかった。
千乃は。
周囲を見渡す。
「ここにいる人たちって……」
「全員」
男性が答える。
「皇都から消えた人間だ」
「……!」
千乃の目が。
大きくなる。
「じゃあ……」
「お前も同じだ」
「……」
千乃は。
自分の手を見る。
「……そういうことか」
あの黒い魔法陣。
そして。
消えた瞬間。
「私も……」
ここへ。
連れてこられた。
「でも」
千乃は顔を上げる。
「みんな、生きてる」
「ああ」
「よかった……」
その言葉に。
何人かが。
千乃を見る。
「……よかった?」
一人の女性が。
小さく呟いた。
「自分も閉じ込められたのに?」
「うん」
千乃は。
迷わず答えた。
「みんなが無事なら、それでよかった」
「……」
部屋が。
少しだけ静かになった。
そして。
千乃は。
その中に。
一人だけ。
妙に離れている子を見つけた。
「……?」
壁際。
小さな身体。
白い髪。
そして。
「……狐?」
頭から。
白い狐の耳が。
生えている。
さらに。
後ろには。
ふわふわした。
白い尻尾。
「……」
男の子は。
千乃を見る。
けれど。
すぐに。
顔を逸らした。
「……」
千乃は。
近づこうとした。
しかし。
男の子は。
びくっ。
と身体を震わせた。
「……」
千乃は。
足を止める。
「ごめん」
男の子は。
何も言わない。
「怖かったよね」
「……」
「いきなり知らない人が近づいてきたら、怖いよね」
男の子の耳が。
ぴくり。
と動いた。
千乃は。
少し離れた場所に。
腰を下ろした。
「ここにいるから」
「……」
「無理に話さなくていいよ」
男の子は。
千乃を見る。
ほんの少しだけ。
警戒が弱くなった。
「……名前」
小さな声。
「ん?」
「……名前」
「私?」
男の子が。
小さく頷く。
「千乃」
「……ちの」
「うん」
「……」
「君は?」
男の子は。
黙った。
そして。
「……クオン」
「クオン?」
「……うん」
千乃は。
にこっと笑った。
「いい名前だね」
「……」
クオンは。
また顔を逸らした。
でも。
今度は。
さっきより。
少しだけ。
近くに座っていた。
◇
それから。
しばらく。
時間が過ぎた。
千乃は。
この場所について。
少しずつ話を聞いていた。
ここにいる人たちは。
皇都で突然消えた人たち。
誰も。
ここから出られない。
魔法を使っても。
転移はできない。
外との連絡も。
できない。
「……」
千乃は。
部屋の壁を見る。
「絶対、抜け道あると思うんだけどなぁ」
すると。
少し離れた場所から。
「無理だ」
クオンが言った。
「ん?」
「何人も試した」
「そっか」
「魔法も使えない」
「ふむ……」
千乃は。
壁をじっと見る。
「じゃあ」
「……?」
「壊してみよう」
「……」
クオンの耳が。
ぴんっ。
「……え?」
「壊せば出られるかも」
「無理」
「やってみないと分からないよ」
「……危ない」
千乃は。
クオンを見る。
「心配してくれてる?」
「……」
クオンは。
顔を逸らした。
「……別に」
「ふふ」
「笑うな」
「ごめんごめん」
千乃は。
壁から少し離れる。
「じゃあ、別の方法を考えよう」
「……」
クオンは。
千乃を見る。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
クオンは。
少し迷ってから。
「……帰れるの?」
「うん」
千乃は。
即答した。
「帰るよ」
「……どうして?」
「私の大事な人たちが待ってるから」
「……」
「だから」
千乃は。
クオンを見る。
「クオンも一緒に帰ろう」
「……僕も?」
「もちろん」
「……」
クオンの尻尾が。
ほんの少し。
揺れた。
◇
その夜。
千乃が。
床に座っていると。
隣に。
小さな気配がした。
「……」
クオンだった。
「どうしたの?」
「……別に」
「そっか」
千乃は。
何も聞かない。
ただ。
隣を少し空ける。
クオンは。
そこに座った。
「……」
「……」
しばらく。
二人とも。
何も言わなかった。
やがて。
クオンが。
小さな声で言った。
「……僕」
「うん」
「お父さんと、お母さん」
「……」
「もういない」
千乃は。
黙って聞く。
「殺された」
「……」
「だから」
クオンは。
自分の尻尾を。
ぎゅっと抱える。
「一人だった」
「……そっか」
「誰も」
「僕のこと、必要じゃなかった」
千乃は。
少しだけ。
クオンの方を見る。
「私は違うよ」
「……?」
「クオンがここにいるなら」
「一緒に帰る」
「それだけ」
クオンは。
何も言わなかった。
けれど。
しばらくして。
千乃の服の端を。
ほんの少し。
つまんだ。
「……」
千乃は。
それに気づいた。
でも。
何も言わなかった。
ただ。
そのまま。
隣にいた。
白い狐の耳が。
ゆっくり。
千乃の方へ向いていた。
そして。
クオンは。
初めて。
自分から。
小さく笑った。
「……千乃」
「うん?」
「……帰ろうね」
千乃は。
笑った。
「うん」
「一緒に帰ろう」
その頃。
遥か遠く。
ユミナリア皇国。
皇城では。
「千乃……」
真銀が。
黒い結晶石の欠片を。
じっと見つめていた。
そして。
まだ。
誰も知らない。
千乃が消えた場所が。
ただの牢獄ではないことを。
そして。
その場所にいるクオンが。
この事件の鍵になることを。




