アルテナ・アストラル、帰還
アストラル・レルム。
直したばかりの地面。
アルテナは。
その上を。
とことこと歩いていた。
「……うん」
ぴたっ。
足を止める。
「ちゃんと平ら」
エレノアが。
隣から覗き込む。
「アルちゃん、まだ確認してるの?」
「だってさっき自分で壊したから」
「ものすごい技でね」
グランが。
腕を組む。
「《δ(x)=0》だか何だかでな」
「《δ(x)=0 (x≠0)》と《δ(0)=∞》」
「細けぇよ!!」
アルテナ。
満足そうに。
直した地面を見渡した。
「……よし」
そして。
ふと。
空を見る。
「そろそろ」
「うん?」
「下の世界に戻る」
エレノアが。
ぱちぱちと瞬く。
「下界に?」
「うん」
アルテナは。
少し考えるように。
指を顎へ当てた。
「ずっとこっちにいるのもあれだし」
「……そうだな」
グランも。
頷いた。
「アルが帰るなら、俺も一回遊びに……」
「ダメ」
「即答!?」
エレノアが。
即座に止めた。
「グランが下界に行ったら、街が一つ消えるかもしれないから」
「消さねぇよ!!」
「《δ(0)=∞》を見た直後だから信用がないのよ」
「アルのせいだろ!?」
「なんで私!?」
カミルが。
静かに口を開く。
「……我は」
「うん」
「アルが戻るなら、当然戻る」
「……カミル」
「守護神龍としてな」
アルテナは。
少しだけ笑った。
「一緒に帰ろう」
「うむ」
エレノアが。
アルテナを見る。
「アルちゃん」
「なに?」
「本当に戻るの?」
「うん」
「……」
少しだけ。
エレノアの表情が。
真面目になる。
「下界のみんな」
「まだ」
「完全にアルちゃんを信じてくれてるわけじゃないよ」
「うん」
アルテナ。
頷く。
「分かってる」
グランも。
珍しく。
静かな声で。
「……それでも行くのか?」
「うん」
アルテナは。
空を見上げた。
「私」
一瞬。
間。
「守護神だから」
白い翼が。
ゆっくりと広がる。
「困ってる人がいたら」
「助けたい」
「それに」
少しだけ。
笑う。
「下には」
「私の大切な人たちもいるから」
カミル。
「……アル」
「なに?」
「……我も」
「うん」
「守る」
「知ってる」
アルテナ。
くすっと笑った。
「だから一緒に来て」
「うむ」
エレノア。
「……アルちゃん」
「なに?」
「私も行こうかな」
「え」
グラン。
「お、じゃあ俺も」
「だからダメ」
「なんでだよぉぉぉぉぉぉ!!」
エレノアが。
くすっと笑う。
「冗談よ」
「……びっくりした」
アルテナ。
ほっと息を吐いた。
グランは。
「俺だけ本気で行こうとしてたんだが?」
「破壊神が?」
「観光だ」
「不安しかない」
「なんで!?」
アルテナ。
笑った。
久しぶりに。
声を上げて。
「……じゃあ」
白い翼。
大きく。
広げる。
「戻ろう」
カミルが。
頷いた。
「うむ」
そして。
エレノア。
「待って」
「?」
アルテナが。
振り返る。
エレノアは。
少しだけ。
真面目な顔。
「アルちゃん」
「うん」
「何かあったら」
「すぐ戻ってきてね」
「うん」
「一人で抱え込んだらダメよ?」
「……」
アルテナ。
一瞬。
黙った。
「……うん」
グランが。
鼻を鳴らす。
「それに」
「?」
「下界の連中が」
「またアルを疑うようなことがあったら」
グラン。
にこっ。
「俺が行く」
「ダメ」
アルテナとエレノア。
完全に。
同時。
「なんでだよ!?」
「今の笑顔が怖いから」
「お前ら失礼だな!?」
アルテナ。
笑いながら。
一歩。
前へ出る。
「じゃあね」
「うん」
「また来る」
エレノア。
「うん!」
グラン。
「次は」
「地面を壊すなよ」
「……善処します」
「信用ゼロの返事!!」
その瞬間。
アルテナの周囲。
星のような光が。
ふわり。
集まり始める。
カミルも。
その隣に立つ。
「――行くぞ、アル」
「うん」
アルテナ。
最後に。
エレノアとグランを見る。
「またね、ノアちゃん」
「うん! またね、アルちゃん!」
「グランも」
「おう!」
次の瞬間。
ふわっ。
二人の姿が。
光に包まれた。
そして。
アストラル・レルムから。
消える。
---
星霜王国。
星氷神城。
城の上空。
空間が。
ふわりと揺れた。
「……?」
城下町の人々が。
空を見る。
星の光。
ゆっくり。
集まっていく。
そして。
その中心から。
二つの姿。
降りてきた。
一人は。
巨大な白い翼を持つ。
守護神。
アルテナ・アストラル。
そして。
その隣には。
白い神龍。
守護神龍カミル。
「……!」
「千乃様……?」
「いや」
「アルテナ様だ……」
城の中。
真銀が。
窓から。
空を見上げる。
「……千乃」
アルテナ。
ゆっくりと。
地上へ降り立った。
その足が。
直したばかりの。
自分の世界の地面ではなく。
久しぶりの。
下の世界へ触れる。
「……ただいま」
小さな声。
その隣。
カミルが。
静かに。
告げた。
「守護神龍カミル」
そして。
「守護神アルテナ・アストラル」
白い翼が。
風を起こす。
「――只今、帰還した」
アルテナ。
「……ただいま、下の世界」
星氷神城。
守護神アルテナ・アストラル。
そして、守護神龍カミル。
二人が帰還した、その直後だった。
「……ただいま」
アルテナが、少しだけ小さな声で言う。
城の前。
集まっていた皆が。
一瞬。
黙った。
アルテナの胸が。
ほんの少しだけ。
きゅっとなる。
すると。
「主ー!」
「!?」
ララが。
ものすごい勢いで飛んできた。
「おかえりー!」
そのまま。
アルテナへ。
どーんっ!
「わっ!?」
アルテナが受け止める。
「ララ!?」
「主! おかえり!」
桜色の髪を揺らしながら。
ララが。
満面の笑顔を見せる。
「……ただいま」
「うん!」
ララは。
何事もなかったかのように。
アルテナの腕にしがみついた。
「おなかすいた!」
「……帰ってきて一言目がそれ?」
「うん!」
「いつも通りすぎる」
すると。
「おかえりなさい、千乃さん」
穏やかな声。
アイシィだった。
白に近い水色の髪。
お団子。
そして。
いつも通りの。
優しい表情。
「……アイシィ」
「お戻りになられてよかったです」
「……」
アルテナ。
少しだけ。
笑った。
「ただいま」
「はい」
アイシィも。
柔らかく笑う。
「おかえりなさい」
その隣。
「……主」
ライ。
少しだけ。
気まずそうな顔。
「……ただいま」
「……ああ」
ライは。
一度。
視線を逸らした。
「……その」
「うん?」
「……帰ってきてくれて」
一瞬。
間。
「よかった」
アルテナ。
少し驚いた。
そして。
笑う。
「うん」
ライは。
少しだけ。
眉をひそめた。
「……何だ」
「いや」
「?」
「ライって、たまにすごく優しいよね」
「主に言われるとは思わなかった」
「ひどくない!?」
「事実だ」
「えぇ」
いつもの。
やり取り。
その瞬間。
アルテナの肩から。
力が抜けた。
「……」
帰ってきた。
本当に。
帰ってきた。
そして。
「千乃」
アルテナの身体が。
びくっ。
その声。
ゆっくり。
振り返る。
「……真銀」
真銀。
そこに。
立っていた。
数秒。
沈黙。
「……」
「……」
真銀の目。
どんどん。
潤んでいく。
「……え?」
千乃が。
首を傾げた。
ぽろ。
「……」
ぽろぽろ。
「真銀?」
「……」
そして。
「ごめん……」
「……」
「千乃……」
真銀。
顔が。
完全に。
崩れた。
「ごめん……っ」
「え、ちょっと」
「ごめん……!」
次の瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「!?」
真銀。
大号泣。
「俺……信じなかった……!」
「……うん」
「千乃のこと……!」
「うん」
「ずっと一緒にいたのに……!」
「……うん」
「分かってたはずなのに……!」
「真銀」
「疑って……!」
「真銀」
「ごめん……!」
「真銀!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「聞いて!?」
千乃。
完全に。
ツッコミに回った。
そのとき。
「千乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「!?」
さらに。
もう一つ。
爆音。
「……カイル?」
真銀の横。
カイルが。
崩れ落ちていた。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「うるさっ!?」
「俺は勇者なのにぃぃぃぃぃ!!」
「うん」
「人を守る側なのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「うん」
「千乃を信じられなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「カイル!」
「はいぃぃぃぃぃぃ!!」
「声量!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!」
「そこじゃない!!」
ララが。
耳を押さえる。
「カイルうるさい!」
「ごめん!」
「泣くなら静かに泣いて!」
「無理ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「なんで!?」
ライが。
ため息。
「……戻ってきた初日からこれか」
「いつも通りですね」
アイシィが。
穏やかに言った。
「どこが!?」
千乃。
即座にツッコむ。
すると。
真銀。
泣きながら。
千乃へ近づく。
「……千乃」
「うん」
「……本当に」
「……」
「帰ってきてくれて」
真銀。
涙を拭う。
「ありがとう」
千乃。
一瞬。
黙った。
そして。
「……うん」
笑った。
「ただいま」
真銀。
「……」
ぽろ。
「……」
ぽろぽろ。
「また泣く!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「泣いたぁぁぁぁぁぁ!?」
その横。
カイル。
「真銀が泣いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「お前も便乗するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
城の前。
再び。
大騒ぎ。
ララ。
「主!」
「なに?」
「ごはん!」
「まだそれ言ってる!?」
アイシィ。
「千乃さん。お食事の準備はできていますよ」
「アイシィまで!?」
ライ。
「……まあ、食べながら話せばいいだろ」
「ライ」
「ん?」
「みんな普通すぎない?」
「……今さら何を言ってる」
「いや私、神の世界から帰ってきたんだけど!?」
ライ。
「知ってる」
「……」
千乃。
周囲を見る。
ララ。
いつものララ。
ライ。
いつものライ。
アイシィ。
いつものアイシィ。
そして。
号泣している。
真銀と。
カイル。
「……」
千乃。
ふっと。
笑った。
「……帰ってきたんだなぁ」
その隣。
カミルが。
静かに頷く。
「うむ」
「……アル」
「なに?」
「我も、同じように思う」
そして。
真銀。
「千乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「はいはい」
カイル。
「千乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」
「はいはい」
千乃。
苦笑しながら。
二人を見る。
「……」
そして。
「ただいま」
今度は。
ちゃんと。
いつもの声で。
そう言った。
「おかえり!」
ララ。
「おかえりなさい、千乃さん」
アイシィ。
「……おかえり、主」
ライ。
「おかえり」
真銀。
泣きながら。
「おかえりなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
カイル。
「お前はもう少し静かにできないの!?」
星氷神城。
今日も。
ちゃんと。
うるさかった。
食事を終えた後。
千乃は、自分の部屋へ戻っていた。
星氷神城にある、千乃の部屋。
基本的に、真銀とは別室だ。
けれどたまに。
どちらかの部屋で一緒に寝ることもある。
そして。
今日。
千乃の部屋には。
真銀がいた。
「……」
「……」
千乃はベッドに座っている。
その隣。
真銀。
「……」
「……」
ぽろ。
「……」
ぽろぽろ。
「まだ泣いてるの!?」
千乃が振り返った。
「だって……」
真銀。
涙を拭う。
「だってじゃないの」
「千乃が……」
「うん」
「帰ってきたから……」
「うん」
「本当に……」
「うん」
「帰ってきた……」
ぽろぽろぽろ。
「また泣いた!?」
「ごめん……」
「泣くのは謝ることじゃないけど!」
「でも……」
真銀。
ぎゅっと。
手を握る。
「……怖かった」
千乃。
少しだけ。
黙った。
「……」
「千乃が」
真銀の声は。
さっきより。
ずっと小さい。
「俺たちを置いて」
「神の世界で暮らすって」
「……言ったとき」
千乃は。
真銀を見る。
「……うん」
「本当に」
「もう帰ってこないんじゃないかって」
「……」
「俺が」
「自分で」
「千乃を」
「追い出したんじゃないかって」
ぽろ。
真銀。
俯いた。
「……ごめん」
「真銀」
「ごめん」
「真銀」
「……」
「こっち見て」
真銀が。
ゆっくりと。
顔を上げる。
目。
真っ赤。
完全に。
泣き疲れた顔。
「……」
千乃。
少しだけ。
笑った。
「帰ってきたよ」
「……」
「真銀がいるから」
真銀。
「……」
また。
目が潤む。
「泣くな」
「……無理」
「即答!?」
次の瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「だから泣くなってばぁぁぁぁぁぁ!?」
真銀。
千乃の肩へ。
ぐすっ。
「……ごめん」
「……うん」
「もう」
ぐすっ。
「絶対」
「千乃のこと」
「信じるから」
「うん」
「何があっても」
「ちゃんと」
「千乃の話を聞くから」
「うん」
「だから……」
真銀。
言葉に詰まる。
「……もう」
「どこにも行かないで」
千乃。
一瞬。
黙った。
そして。
「……それは」
「え」
「無理」
「え」
真銀。
固まった。
「え?」
千乃。
「だって」
「私は守護神だよ?」
「……」
「助けを求められたら」
「行くこともある」
「……」
「神の世界にも」
「行くことある」
「……」
真銀。
再び。
目が。
潤む。
「ちょっと待って!?」
「……」
「今の泣くところじゃない!」
「でも……」
「でもじゃない!」
千乃。
真銀の頭を。
ぽん。
と撫でる。
「ちゃんと帰ってくるよ」
真銀。
「……」
「真銀のところに」
「……」
「みんなのところに」
「……」
「だから」
千乃。
少しだけ。
笑う。
「心配しすぎ」
「……」
真銀。
「……でも」
「うん?」
「今日だけ」
「?」
「一緒にいていい?」
千乃。
「……」
「……部屋は別だけど?」
「分かってる」
「……」
真銀。
また。
涙を拭う。
「今日は」
「……」
「一人だと」
「……ちょっと無理」
千乃。
少し考える。
「……」
そして。
「いいよ」
「……!」
「ただし」
「うん」
「これ以上泣いたら」
「……」
「明日、目がすごいことになるよ?」
「……」
真銀。
「……気をつける」
「ほんと?」
「……」
ぽろ。
「泣いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ごめん!」
「だから謝るな!」
しばらくして。
真銀は。
千乃の隣に座ったまま。
ぐすっ。
ぐすっ。
「……」
千乃。
「……」
「真銀」
「……なに」
「さっきから」
「うん」
「五分に一回泣いてない?」
「……そんなことない」
ぽろ。
「今泣いたよね!?」
「……」
「真銀?」
「……」
「無言で誤魔化すな!」
そして。
さらに。
少し経って。
真銀。
「千乃」
「なに?」
「……」
「……」
「……帰ってきてくれて」
千乃。
「……」
真銀。
「ありがとう」
千乃は。
少しだけ。
笑った。
「……どういたしまして」
その後。
千乃の部屋には。
夜まで。
時々。
真銀の鼻をすする音が。
聞こえていた。
千乃は。
途中から。
何度も。
同じことを言った。
「泣きすぎ」
「……ごめん」
「謝らなくていい」
「……うん」
ぽろ。
「だから泣きすぎぃぃぃぃぃぃ!!」
こうして。
久しぶりに。
千乃と真銀は。
同じ部屋で。
眠ることになった。
その夜。
星氷神城は。
いつも通り。
静かだった。
……千乃の部屋から。
時々。
「ぐすっ」
という音が聞こえてくること以外は。
「真銀」
「……なに」
「まだ起きてる?」
「……うん」
「……泣いてる?」
「……泣いてない」
ぐすっ。
「泣いてるじゃん」
「……」
ぽろ。
「もう寝なさぁぁぁぁぁい!!」




