守護神
その日。
星霜王国の城下町は。
ようやく。
少しずつ。
いつもの空気を取り戻しかけていた。
「……映像、やっぱり変だったよな」
「千乃様に直接聞くべきだった」
「まだ、本当に偽物かどうかは……」
「でも」
あの子どもの一言をきっかけに。
人々は。
少なくとも。
以前のように。
何も考えず映像を信じることができなくなっていた。
そんな。
矢先だった。
「──────ッ!!」
城壁の外から。
獣の咆哮が響いた。
「……?」
「何だ?」
人々が。
城門の方向を見る。
次の瞬間。
「魔獣だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
衛兵の叫び。
「群れで来てるぞ!!」
町が。
一瞬で。
騒然となった。
「避難を!!」
「子どもを先に!」
「城門を閉じろ!!」
しかし。
城壁の外。
そこには。
あり得ない数の魔獣がいた。
一匹。
二匹。
そんなものではない。
何十。
何百。
地面を埋め尽くすような。
魔獣の群れ。
「なんで……」
「こんな数……」
「無理だ!」
衛兵たちが。
武器を構える。
そのとき。
「真銀様!」
兵士が。
城へ向かって叫んだ。
「魔獣の大群です!」
「分かった!」
真銀。
即座に。
走り出す。
「ララ! ライ! アイシィ!」
「はい!」
「うん!」
「了解しました」
従魔たちも。
後を追う。
「カイルは!?」
真銀が。
叫ぶ。
「それが!」
兵士が。
言いにくそうに。
「勇者様は……」
「?」
「熱を出して寝込んでおります!!」
「…………」
真銀。
停止。
「……は?」
「熱です!」
「勇者が?」
「はい!」
「今?」
「今です!」
「…………」
ララ。
「主がいたら」
「絶対」
「今のカイル様に」
「何か言ってたと思います!」
「俺もそう思う!」
ライ。
「今それ言ってる場合じゃないだろ」
「はい」
カイルは。
ベッドの上。
「……びょえ……」
完全に。
熱。
「……おまけって」
「言われたせいじゃないよな?」
真銀。
「……」
「……多分」
---
城門。
真銀たちは。
戦闘態勢を整える。
「ララ!」
「はい!」
「右側!」
「任せて!」
「アイシィ!」
「左側を抑えます!」
「ライ!」
「中央を」
「分かった」
魔獣の群れ。
「ガァァァァァァァッ!!」
「グルルルルルルッ!!」
一斉に。
迫ってくる。
「来るぞ!」
真銀が。
剣を抜く。
「──《深淵を穿つ蒼き星刃》」
剣に。
魔力が集まる。
ズガァァァァンッ!!
魔獣たちが。
吹き飛ぶ。
「ララ!」
「《災害級もふもふ大突撃ーっ!!》」
「お前は何で技名がそれなんだ!?」
「主がつけました!」
「千乃ぉぉぉぉぉ!!」
ライ。
魔獣を。
次々と。
切り裂いていく。
「……数が多すぎる」
アイシィ。
巨大な氷を。
展開。
「《氷界封鎖》」
ズガガガガガッ!!
しかし。
倒しても。
倒しても。
次の魔獣が。
迫ってくる。
「……っ!」
真銀。
剣を振るう。
「多い……!」
「右側!」
「分かってる!」
ララが。
跳ぶ。
しかし。
その直後。
別の魔獣が。
城門へ。
「しまった!」
ライが。
振り返る。
水。
雷。
両方の魔力が。
ライの周囲に集まり始めた。
「……一度だけだ」
「?」
真銀。
「どうした?」
「……我が主の影響だ」
ライ。
片手を。
空へ向ける。
水が。
渦を巻く。
バシャァァァァァァッ!!
その中心。
雷。
バヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!
水。
そして。
雷。
二つの属性が。
絡み合う。
「……」
ライ。
静かに。
息を吸う。
「──《蒼天雷海・終焉の審判》」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
水流が。
魔獣たちを飲み込み。
その中へ。
無数の雷撃。
バヂィィィィィィィィィィィッ!!
「うおおおおおお!?」
真銀。
思わず。
叫ぶ。
「ライ!?」
「……」
ライ。
魔獣の群れを見る。
「……どうだ」
「どうだじゃない」
「何だ」
「技名」
「……」
「めちゃくちゃ厨二病じゃないか」
「……主の影響だ」
「認めた」
しかし。
魔獣は。
まだいた。
いや。
まだ。
大量に。
いた。
「……」
ライ。
眉をひそめる。
「……まだ来る」
「……」
真銀も。
剣を握る。
「このままじゃ」
町。
城。
そして。
避難している人々。
守り切れない。
「……」
そのとき。
ふわっ。
「……?」
真銀。
空を見る。
「……何だ?」
城下町。
上空。
何もなかった。
はずの空。
そこに。
淡い光が。
広がった。
「……」
ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
光が。
町全体を。
包み込んでいく。
「……結界?」
アイシィ。
驚いた。
「町全体を……?」
透明な壁。
いや。
星の光を思わせる。
淡い結界。
魔獣が。
その壁に触れた。
バァァァァンッ!!
「ギャァッ!?」
侵入できない。
「……」
真銀。
息を止める。
「……この魔力」
ララ。
「……」
耳を。
ぴんっ。
「……主?」
ライ。
目を。
見開いた。
「……」
アイシィ。
空を見る。
「……まさか」
そして。
町の人々も。
気づいた。
「……上」
「?」
「空を見ろ!!」
全員。
上を見る。
その瞬間。
世界が。
静かになった。
空。
星が。
昼間だというのに。
淡く。
瞬いている。
その中心。
一人の少女。
いや。
一柱の神が。
空に立っていた。
メタルピンクの。
長い髪。
白く。
神々しい衣装。
左右に。
巨大な。
白い翼。
身体の周囲には。
星のような光。
「……」
「……千乃様?」
「……」
「違う」
誰かが。
呟いた。
「……守護神」
白い翼。
その神々しい姿。
空から。
町を見下ろす。
「……アルテナ様」
アルテナ・アストラル。
かつて。
千乃と呼ばれていた。
守護神。
「……」
真銀。
言葉を失っていた。
「……千乃」
アルテナは。
真銀を見る。
けれど。
何も言わない。
ただ。
町の外。
大量の魔獣を見る。
「……」
静かに。
右手を上げた。
そして。
人差し指を。
空へ向ける。
「……」
すっ。
指が。
空をなぞる。
一本。
星の光。
その軌跡が。
空中に。
描かれる。
「……?」
町の人々が。
見上げる。
アルテナ。
もう一度。
指を動かす。
すっ。
すっ。
すっ。
空中に。
幾つもの。
光の軌跡。
星座のように。
描かれていく。
そして。
アルテナの。
巨大な翼。
ふわり。
「──《星羽》」
その瞬間。
白い翼から。
羽が。
浮き上がった。
一枚。
二枚。
十枚。
百枚。
千枚。
「……」
町。
完全停止。
そして。
アルテナが。
指を。
動かす。
すっ。
次の瞬間。
ズバババババババババッ!!
「!?」
羽が。
光の軌跡に沿って。
一斉に。
飛んだ。
ズババババババババババババババッッッッッッッッッッ!!
魔獣。
一体。
二体。
三体。
四体。
次々に。
倒れていく。
「なっ……!?」
「速っ……!?」
「何だあれ!?」
真銀。
空を見る。
「……」
あの。
白い羽。
数日前。
自分の前へ。
ふわふわと。
落ちてきた。
あの羽と。
同じ。
「……千乃」
アルテナの指。
すっ。
すっ。
すっ。
描いた。
軌跡に沿って。
羽が。
正確に。
飛ぶ。
ズババババババババババババババババババババッッッッッッ!!
「グォォォォッ!?」
「ギャァァァッ!!」
魔獣の数が。
どんどん。
減っていく。
右。
左。
上。
地面。
全方向。
指で描かれた。
軌跡通り。
無数の羽。
ズバババババババババッ!!
ズババババババババババババババッ!!
ズバババババババババッッッ!!
「……」
町の人々。
声も出ない。
「……」
ララ。
ぽつり。
「……主」
その声。
以前とは。
違っていた。
「……」
ライ。
剣を。
握り直す。
「……やはり」
アイシィ。
空を見つめる。
「……主は」
「……」
真銀。
何も言えない。
自分たちが。
疑った。
信じなかった。
説明を。
突き放した。
それでも。
町が。
危険になった瞬間。
千乃は。
来た。
アルテナは。
来た。
自分を。
冷たい目で見た町。
信じなかった仲間。
そして。
自分。
それでも。
「……」
結界。
町を。
守っている。
魔獣の攻撃から。
子どもも。
大人も。
全員。
「……」
真銀の。
喉が。
震えた。
「……守ってる」
誰かが。
呟いた。
「……」
「……私たちを」
別の誰か。
「……」
「……守ってる」
映像の中では。
人々を。
簡単だと笑っていた。
映像の中では。
守護神を。
便利な肩書きだと言っていた。
けれど。
現実の。
アルテナは。
町を。
守っていた。
自分を。
信じなかった。
人々まで。
誰一人。
見捨てずに。
「……」
最後の。
魔獣。
アルテナ。
指を。
すっ。
「──《星羽》」
ズバァァァァァァンッ!!
最後の一体。
倒れる。
そして。
静寂。
「……」
魔獣の群れ。
全滅。
町。
無傷。
誰一人。
傷ついていない。
結界が。
ふわぁぁぁ。
消えていく。
「……」
アルテナは。
町を見る。
真銀。
ララ。
ライ。
アイシィ。
町の人々。
全員が。
アルテナを。
見ている。
「……」
ララ。
一歩。
前へ。
「……主」
アルテナ。
少しだけ。
目を細める。
「……」
けれど。
何も答えない。
そして。
翼を。
広げる。
「待っ……!」
真銀が。
思わず。
叫んだ。
アルテナ。
止まる。
「……」
振り返る。
真銀。
言葉が。
出ない。
何を。
言えばいい。
ごめん。
そんな一言で。
終わるのか。
自分たちが。
したことを。
簡単に。
なかったことにして。
「……」
アルテナ。
ただ。
静かに。
真銀を見た。
そして。
「……」
小さく。
笑った。
けれど。
その笑顔は。
以前の。
千乃の笑顔とは。
少しだけ。
違った。
「……」
次の瞬間。
アルテナは。
空へ。
飛び上がった。
「千乃!」
真銀の声。
届く。
けれど。
アルテナは。
止まらない。
白い翼。
大きく。
羽ばたく。
バサァァァァッ!!
そして。
空の向こう。
神界へ。
消えていった。
残された。
町。
そして。
真銀たちは。
ただ。
その空を。
見つめ続けていた。
「……」
ララ。
「……主」
ライ。
「……我々は」
「……」
「……何を」
「……信じていたんだ」
アイシィ。
小さく。
目を伏せる。
「……」
真銀の手には。
あの日。
落ちてきた。
白い羽。
「……」
守護神は。
自分たちを。
見捨てなかった。
なのに。
自分たちは。
守護神を。
信じなかった。
真銀は。
空を見上げたまま。
拳を握る。
「……」
「……千乃」
返事は。
なかった。
アルテナの姿が。
空の彼方へ。
完全に見えなくなった。
「……」
誰も。
すぐには動けなかった。
真銀も。
ララも。
ライも。
アイシィも。
町の人々も。
ただ。
千乃が消えていった空を見ていた。
そのとき。
ふわっ。
「……?」
真銀が。
空を見上げる。
何もない。
千乃の姿は。
もう。
どこにも見えない。
なのに。
空から。
淡い光が。
一粒。
落ちてきた。
ふわぁぁぁ。
「……何だ?」
そして。
もう一粒。
さらに。
もう一粒。
光は。
雨のように。
ゆっくりと。
町へ降り注ぎ始めた。
「……!」
「これ……」
ララが。
目を見開く。
「……主の」
淡い。
優しい光。
町を。
包み込む。
戦闘の途中。
逃げる途中。
転んだ者。
瓦礫で傷ついた者。
魔獣から逃げる際に怪我をした者。
その一人。
一人へ。
光が。
触れていく。
「……あ」
町の男性が。
自分の腕を見る。
傷。
淡い光に。
包まれた。
そして。
ゆっくりと。
消えていく。
「……傷が」
「治ってる……」
別の女性。
足の怪我。
光が。
ふわり。
傷を。
包む。
「痛く……ない」
子ども。
泣きながら。
腕を見る。
「……ママ」
「どうしたの?」
「……もう痛くない」
「……!」
母親が。
子どもを抱きしめる。
「……千乃様」
誰かが。
呟いた。
「……」
「千乃様が」
「……私たちを」
「治してる」
光。
町全体へ。
降り注ぐ。
傷。
一つ。
また一つ。
消えていく。
その様子を。
真銀は。
黙って見ていた。
「……」
そして。
空の向こう。
誰も。
気づかない場所。
---
アルテナ。
神界へ向かう。
その途中。
「……っ」
突然。
右腕に。
痛みが走った。
「……」
アルテナ。
自分の腕を見る。
白い肌。
そこに。
傷。
「……」
左肩。
「……っ」
痛み。
足。
脇腹。
腕。
次々に。
小さな傷が。
現れていく。
「……あはは」
アルテナ。
少しだけ。
困ったように笑う。
「……そっか」
癒光。
自分が。
町の人々を。
治した。
その傷を。
自分へ。
引き受けた。
「……」
アルテナ。
目を閉じる。
「……」
そして。
小さく。
呟く。
「……治ってよかった」
傷は。
増える。
けれど。
アルテナは。
止まらない。
白い翼を。
広げる。
そのとき。
ふわぁぁぁ。
アルテナ自身の身体。
星のような光が。
包み込んだ。
「……」
傷。
一つ。
消える。
また。
一つ。
消える。
守護神。
アルテナ・アストラル。
その力は。
傷ついた身体さえ。
癒していく。
「……早いな」
アルテナ。
自分の腕を見る。
先ほどまで。
確かに。
存在していた傷。
もう。
ほとんど残っていない。
「……」
最後の傷も。
淡い光と共に。
消えた。
アルテナ。
空を見る。
「……」
町の人たち。
真銀。
ララ。
ライ。
アイシィ。
「……」
今。
自分を。
信じてくれたかどうか。
まだ。
分からない。
けれど。
怪我をしていた。
それだけ。
「……」
「だから」
アルテナ。
小さく笑う。
「……治しただけ」
白い翼。
羽ばたく。
その姿は。
再び。
神界へ。
遠ざかっていった。
---
そして。
城下町。
「……」
真銀。
ゆっくりと。
空を見上げる。
「……千乃」
そのとき。
真銀の手。
握っていた。
一枚の白い羽。
ふわっ。
淡い光を放った。
「……?」
真銀。
目を見開く。
羽は。
何も語らない。
けれど。
真銀には。
分かった。
あの光。
あの癒し。
「……」
町を。
最後まで。
守って。
傷ついた人まで。
治して。
それでも。
自分たちの前には。
戻らなかった。
「……」
真銀の声が。
僅かに震える。
「……俺は」
続きが。
出てこなかった。
ララ。
真銀の隣で。
空を見る。
「……主」
以前なら。
きっと。
今すぐ。
追いかけていた。
けれど。
今は。
できなかった。
「……」
ライも。
アイシィも。
何も言わない。
ただ。
町中に。
降り注いだ。
あの光だけが。
静かに。
消えていった。




