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パイライト ver.2

 ――数日後。


 星氷神城アストラルグレイシア


 朝。


 城内は、いつも通りだった。


 ララが使用人たちと追いかけっこをし。


「待てー!」


「待ってください、ララ様ぁぁぁ!」


 アイシィが優雅にお茶を飲み。


 ライが静かに本を読み。


 カミルは窓際で外を眺めている。


 そして。


「……今日は平和だな」


 真銀が呟いた。


「うん」


 千乃も頷く。


「珍しく」


「その言い方やめろ」


 カイルが横から口を挟む。


「何か起きる前提みたいじゃないか」


「だって」


 千乃がカイルを見る。


「カイルがいるし」


「俺!?」


「〇〇勇者シリーズあるし」


「それはもう町の人たちが勝手にやってるだけだ!」


「うん」


「……なんだよ」


「カイルは悪くないよ」


「珍しいな」


 カイルが少し嬉しそうな顔をする。


「千乃が俺を庇った」


「町の人たちが悪い」


「うん!」


「そしてカイルも悪い」


「なんで!?」


 そのとき。


 城門の方から。


 侍従がものすごい勢いで走ってきた。


「千乃様!!」


「どうしたの?」


 千乃が振り返る。


「ルミナリア皇国から……!」


「……」


 千乃の笑顔が消えた。


「誰?」


 侍従は、恐る恐る答える。


「……パイライト・ルミナリア殿下です」


「…………」


 真銀が無言になる。


 ライが本を閉じる。


 アイシィがお茶を置く。


 カミルがゆっくり振り返る。


 グランとエレノアは。


 たまたま遊びに来ていた。


「……誰?」


 グランが聞く。


 エレノアが答える。


「アルちゃんを監禁した人」


「……あ?」


 グランの目が細くなる。


「おい」


「グラン」


 千乃が止める。


「まだ壊さないで」


「まだって何だよ」


「何もしてないから」


「前回はしただろ」


「うん」


「……」


 グランが腕を組む。


「今日は?」


「話を聞くだけ」


「つまんねぇ」


「壊す気満々だった!?」


 その頃。


 城門。


「お通しします!」


 侍従の声。


 そして。


 重厚な扉が開いた。


 その向こうから。


 ぞろぞろぞろぞろ……。


 大量の従者。


 大量の荷物。


 そして。


 その中央。


 小柄で。


 丸く。


 ふくよかで。


 妙に自信満々な青年が。


 堂々と歩いてきた。


「フフフ……」


 パイライトだった。


「千乃様」


 千乃は真顔になる。


「帰って」


「まだ何も言っていませんが!?」


「前回来たときのこと覚えてる?」


「……」


「監禁されたよね?」


「……それは」


「帰って」


「話くらい聞いてください!」


 パイライトが胸を張る。


「私は!」


 ぐっ。


「ルミナリア皇国の!」


 ぐっ。


「次期皇王!」


 胸を張る。


「パイライト・ルミナリア!」


 ぐっ。


「……」


「……」


「……」


 パイライトが一度、黙った。


 そして。


「ブヒッ」


「…………」


 静寂。


 パイライトが固まった。


 千乃が固まった。


 真銀が固まった。


 ライがゆっくり本を閉じる。


 アイシィがお茶を飲む手を止めた。


 ララが首を傾げる。


 そして。


 カイルが。


「……ブタ?」


「違います!!!!!」


 パイライトが即座に叫んだ。


「今のは違います!!」


「いや、でも」


 カイルが首を傾げる。


「今」


 真顔。


「ブヒッって」


「言ってない!」


「言ったぞ」


 ライが即答した。


「言ってません!!」


「言った」


 カミル。


「言ったね」


 エレノア。


「言ったな」


 グラン。


「ブヒッ!」


 ララ。


「真似するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 パイライトが顔を真っ赤にする。


「私はブタではありません!!」


 カイルが真剣な顔になる。


「誰もそこまで言ってないぞ?」


「今言ったでしょう!?」


「ブタ?って聞いただけだ」


「同じだ!!」


 カイルが少し考える。


「じゃあ」


 パイライトが嫌な予感をする。


「何?」


「ブヒッ皇子?」


「やめろ!!」


「豚っぽい皇子?」


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」


「丸型皇子?」


「やめろと言っているだろうが!!」


 千乃が思わず口元を押さえる。


「……ふっ」


「笑った!?」


「笑ってないよ」


「今笑った!」


「笑ってない」


「ふっ、って!」


「咳」


「嘘だ!」


 真銀も顔を背けている。


「真銀」


「何?」


「笑ってる?」


「笑ってない」


「肩震えてる!」


「寒いんだ」


「ここ暖かいですよ!?」


 パイライトが叫ぶ。


 そして。


「と、とにかく!」


 パイライトは必死に話を戻す。


「私は本日!」


 胸を張る。


「千乃様に!」


 深呼吸。


「正式な――」


「ブヒッ」


「…………」


 カイルが天井を見る。


「……」


 千乃も天井を見る。


 真銀も天井を見る。


 誰も。


 パイライトを見ない。


「……今の」


 パイライトが震える声で言う。


「聞こえました?」


 ララが元気よく。


「聞こえたー!」


「言わなくていい!!」


 カイルが。


「ブタ?」


「お前はもう黙れ!!」


「なんでだよ!?」


「お前が一番ひどい!!」


 カイルが真顔になる。


「でも俺はイケメンだから」


「関係ないだろ!!」


「イケメン勇者だから」


「また勇者シリーズ始めるな!」


「ちなみに町では?」


「知らない!」


「俺、何勇者?」


「知らないって言ってるだろ!!」


「ブヒブヒ勇者?」


「俺じゃない!?」


 カイルが驚愕する。


 パイライトも驚愕する。


「いや、俺じゃないだろ」


「そこは安心していい」


 真銀が答える。


「よかった」


「ただし」


 真銀がパイライトを見る。


「ブヒブヒ皇子は別だな」


「増やすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 千乃がとうとう耐えられなくなった。


「ふふっ……」


「千乃様まで……!」


「ご、ごめん」


「全然ごめんと思ってない!」


「思ってるよ」


「笑ってる!」


「ふふふっ」


「もう隠す気すらない!?」


 パイライトは息を整える。


「……いいでしょう」


 ぐっ。


「私は」


「ブヒッ」


「…………」


 カイルが。


「もう一回?」


「言うな!!」


 パイライトは顔を真っ赤にしながら、必死に続ける。


「私は……」


 ぐっ。


「千乃様に、以前の件について」


 一同が静かになる。


 パイライトは少しだけ真面目な顔をした。


「……謝罪を」


 千乃が眉をひそめる。


「謝る?」


「はい」


「……」


 真銀も警戒している。


 グランも腕を組んだまま。


 エレノアもじっと見ている。


 パイライトは。


「以前、千乃様を……」


 そこで。


 一度息を吸う。


「監禁したことについて――」


 ぐっ。


「――ブヒッ」


「駄目だこいつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 カイルが叫んだ。


「真面目なシーンでそれ出すなよ!」


「私が出したくて出してると思いますか!?」


「知らん!」


「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 パイライトが頭を抱える。


「今日の私はどうなっているんだ……!」


 ララが。


「ブヒッ皇子!」


「やめろ!」


「ぐずり皇子!」


「まだぐずってない!」


「騒音皇子!」


「騒いでない!」


「……今、騒いでるぞ」


 ライが冷静に言った。


「ぐっ」


 パイライトが黙る。


「……」


「……」


「……」


「ブヒッ」


「誰が鳴らした!?」


 全員を見る。


 全員が首を横に振る。


「俺じゃない」


「私でもありません」


「我ではない」


「ノアちゃんじゃないよ☆」


「俺でもねぇ」


「ララじゃないよー!」


「……」


 パイライトが自分を見る。


「……まさか」


「ブヒッ」


「俺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 カイルが。


「やっぱりブタ?」


「お前は一回黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 そして。


 パイライトは。


 床に膝をついた。


「……もう帰りたい」


「帰って」


 千乃が即答した。


「……」


「帰って」


「……」


「今すぐ」


「……」


 パイライトは涙目で千乃を見る。


「千乃様」


「なに?」


「私、今日は何もできてません」


「うん」


「謝罪すらできてません」


「うん」


「求婚もしてません」


「しなくていいよ」


「そこは聞いてください!」


「嫌」


「ブヒッ」


「……」


「……」


「……」


 カイルが、ゆっくり。


「……ブタ?」


「びょえええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっ!!!!」


「なんでお前が泣くんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 その瞬間。


 城下町。


 なぜか遠くから。


「今の何の騒ぎー!?」


「カイル様ー!?」


「千乃様呼んでー!」


 声が聞こえてきた。


 カイルが泣きながら立ち上がる。


「俺じゃない!」


「誰もカイルだって言ってないよ」


「びょえっ」


 そして。


 パイライト。


「ブヒッ」


 カイル。


「びょえええええええええええええええええええええええっっっ!!」


 パイライト。


「ブヒッ」


 カイル。


「びょええええええええええええええええええええええっ!!」


 千乃。


「……」


 真銀。


「……」


 ライ。


「……」


 アイシィ。


「……」


 カミル。


「……」


 グランがぽつり。


「……なんだこの空間」


 エレノアが答えた。


「カオス?」


 その後。


 なぜか城下町に。


 新しい掲示板が作られた。


---


### 〇〇皇子シリーズ


・ブヒッ皇子

・ブヒブヒ皇子

・丸型皇子

・騒音皇子

・ぐずり皇子


---


「誰が作ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「ブヒッ」


「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 朝。


 星氷神城アストラルグレイシア


 千乃は、いつものように目を覚ました。


「……んん……」


 ゆっくりと身体を起こす。


 窓の外は明るい。


 穏やかな朝だった。


「今日は何しようかな……」


 千乃は神靴を履き、部屋を出る。


 そして。


「ララー、おはよう!」


 いつもなら。


 元気な声が返ってくる。


「主ー! おはよう! おなかすいた!」


 と。


 飛びついてくる。


 しかし。


 今日。


 廊下の先にいたララは。


「……おはようございます」


「……え?」


 千乃が止まる。


「ララ?」


「なんですか」


「……いや」


 千乃は少し首を傾げる。


「今日、なんか静かじゃない?」


「別に」


 ララは千乃を見ない。


「……」


「……」


「ララ」


「……主」


 ようやく。


 ララが千乃を見る。


 その目は。


 いつものような明るい桜色ではなかった。


「どうして、あんなこと言ったんですか」


「……何を?」


「……」


 ララは答えない。


「もういいです」


 そして。


 千乃の横を通り過ぎた。


「……」


 千乃は振り返る。


「ララ?」


 返事はなかった。


 廊下に残された千乃は。


 ただ。


「……え?」


 と、小さく呟いた。


---


 朝食の時間。


 千乃が食堂へ入る。


「おはよー」


 真銀。


 ライ。


 アイシィ。


 ララ。


 全員がいた。


 そして。


「……おはよう」


 真銀が答えた。


「……」


 千乃の足が止まる。


「真銀?」


「何」


「……怒ってる?」


「別に」


「……」


 千乃は自分の席へ座る。


「ライ、おはよう」


「……おはようございます」


「……」


「アイシィ」


「……おはようございます、主」


「……」


 千乃の眉が下がる。


「……何かあった?」


 誰も答えない。


「ねえ」


「……」


「なんでみんな、そんな感じなの?」


 ララがスプーンを置いた。


 カチャリ。


 小さな音。


「……主」


「うん」


「本当に、覚えてないんですか?」


「え?」


 ララが千乃を見る。


「主が、私たちのこと」


 言葉を止める。


「……」


「何?」


「……」


 ララは。


 口を閉じた。


「ララ?」


「……知りません」


「え?」


「自分で考えてください」


 千乃の胸が。


 少しだけ、嫌な音を立てた気がした。


「……」


 真銀も。


 千乃を見ない。


「……真銀」


「何」


「何か言ってよ」


「……」


「お願いだから」


 真銀は。


 少しだけ目を伏せた。


「……千乃」


「うん」


「俺は」


 一度、言葉を止める。


「……今は、話したくない」


「……っ」


 千乃の表情が固まった。


「……なんで」


「……」


「私、何したの?」


「……」


「真銀」


「……」


「ねえ」


 返事はなかった。


---


 千乃は。


 朝食をほとんど食べられなかった。


 食堂を出る。


 廊下。


 誰かとすれ違う。


 使用人たちだった。


「……」


 千乃を見る。


 そして。


 すぐに視線を逸らす。


「……?」


 千乃は立ち止まる。


「ねえ」


 使用人たちが止まる。


「私、何かした?」


「……」


「……」


「……失礼いたします」


 答えない。


 そのまま。


 通り過ぎていった。


「……」


 千乃は。


 何も分からなかった。


---


 昼。


 千乃は一人で城下町へ出た。


 少し外の空気を吸えば。


 何か変わるかもしれない。


 そう思った。


「……」


 町へ入る。


 いつもなら。


「千乃様!」


「おはようございます!」


「今日も綺麗ですね!」


 そんな声が聞こえてくる。


 しかし。


 今日。


 町の人たちは。


「……」


 千乃を見る。


 そして。


 白い目。


 冷たい目。


 まるで。


 何かを疑うような。


 何かを嫌うような。


 そんな目。


「……」


 千乃の足が止まる。


 近くで。


 町の人たちが小声で話していた。


「本当に、あれが千乃様……?」


「聞いた?」


「聞いたって……」


「真銀様のこと……」


 千乃が近づく。


「……何の話?」


 町の人たちが。


 びくり、とする。


「千乃様……」


「私がどうかした?」


「……」


「ねえ」


 すると。


 一人が。


 恐る恐る。


「……これ」


 小さな魔道具を差し出した。


「何?」


「……見てください」


 千乃は受け取る。


 魔力を流す。


 映像が浮かび上がった。


「……」


 そこには。


 千乃がいた。


「……え?」


 千乃の顔。


 千乃の声。


 間違いなく。


 千乃だった。


 映像の中の千乃が。


 真銀について。


 話している。


『真銀?』


 映像の千乃が。


 鼻で笑う。


『正直、邪魔なんだよね』


「……え?」


 千乃の手が震える。


『いつも私についてくるし』


『守るとか言って、勝手に心配して』


『正直、うるさい』


「……」


『夫だからって、何?』


『別に、私は一人でも生きていけるし』


『真銀なんて、いなくても困らないよ』


 千乃の頭が。


 真っ白になる。


「……」


 映像は続く。


『私、真銀のこと』


 一瞬。


『もう、好きじゃない』


「……っ」


 千乃の指から。


 魔道具が落ちた。


 カラン。


 小さな音。


「……」


 千乃は。


 ただ。


 映像を見つめていた。


「……何、これ」


 声が震える。


「……私」


 首を振る。


「こんなこと、言ってない」


 町の人たちが。


 何も言わない。


「言ってないよ」


 千乃は。


 もう一度。


「私、こんなこと言ってない」


「……」


「真銀のこと、邪魔だなんて思ったことない」


「……でも」


 町の人が呟く。


「映像が……」


「私じゃない」


「でも、千乃様の姿で……」


「私の声で……」


「……」


「私だけど」


 千乃の声が。


 小さくなる。


「私じゃない」


 誰も。


 信じてくれない。


---


 城。


 千乃は。


 真銀の部屋の前に立っていた。


 コンコン。


「真銀」


「……」


「入っていい?」


 少しして。


「……どうぞ」


 千乃は扉を開ける。


 真銀がいた。


「……」


 千乃は。


 すぐに言った。


「私、あれ言ってない」


 真銀は黙っている。


「本当に」


「……千乃」


「信じて」


「……」


「お願い」


 千乃は。


 必死だった。


「あんなこと、思ったこともない」


「……」


「真銀が邪魔だなんて思わない」


「……」


「いなくてもいいなんて、絶対に」


「……」


「真銀」


 真銀は。


 ゆっくりと顔を上げた。


「……映像を見た」


「……」


「声も」


「……」


「姿も」


「……」


「千乃だった」


「でも、違う」


 千乃の声が震える。


「違うの」


「……」


「信じてよ」


 真銀は。


 目を逸らした。


「……今は」


「……」


「分からない」


 その言葉。


 千乃の胸に。


 重く落ちた。


「……そっか」


「千乃」


「……うん」


「俺は」


「……」


「今は、一人になりたい」


「……」


 千乃は。


 動かなかった。


「……分かった」


 そして。


 ゆっくりと。


 部屋を出た。


---


「主」


 廊下。


 ライがいた。


 千乃は。


「ライ」


 と呼ぶ。


「……私じゃないよ」


「……」


「本当に」


 ライは。


 静かに答えた。


「……今は、判断できません」


「……」


「主の言葉と」


 ライは目を伏せる。


「映像が一致しない」


「だから、信じられない?」


「……」


 千乃は。


 小さく笑った。


「そっか」


「……主」


「いいよ」


 ライは。


 何か言おうとした。


 しかし。


 千乃はもう。


 歩き始めていた。


---


「……主」


 次に。


 アイシィがいた。


「アイシィ」


「……」


「……あの」


 アイシィは。


 いつもより。


 明らかに距離を取っていた。


「……私たちは」


「うん」


「主を大切に思っています」


「うん」


「だからこそ」


「……」


「映像を見て、少し……」


「ショックだった?」


「……はい」


「……」


「主が真銀様を、そのように思っていたとは……」


「違うよ」


「……」


「違うんだよ」


「……」


「信じて」


 アイシィは。


 答えなかった。


「……ごめんなさい」


「……そっか」


 千乃は。


 笑えなかった。


---


 その後。


 ララを見つけた。


 庭。


「ララ」


「……」


「主じゃなくていいよ」


「……」


「もう、今は」


 ララが振り返る。


 千乃を見る。


「……」


「ララは」


 千乃が言う。


「私のこと、信じてくれない?」


「……」


「……」


「主」


「うん」


「……分かりません」


 千乃の表情が。


 止まった。


「……」


「ララ」


「……」


「主のこと、好きです」


「……」


「ずっと好きです」


「……」


「でも」


 ララの目に。


 涙が溜まる。


「……あの映像、ララたちのことも」


「……」


「……嫌いだって」


「……」


「ララのことも、うるさいって」


「……」


「ライのことも、真面目すぎて面倒って」


「……」


「アイシィのことも、一緒にいると疲れるって」


「……」


「……」


 千乃は。


 何も言えなかった。


「……私」


 声が。


 かすれる。


「そんなこと」


「言ってない」


「……」


「絶対に」


「……」


「……」


 ララは。


 小さな声で。


「……今は、信じられないです」


 そう言った。


「……」


 千乃は。


 頷いた。


「……分かった」


 そして。


 一人になった。


---


 城の屋上。


 千乃は。


 一人で座っていた。


「……」


 風が吹く。


「……」


 何も。


 言えなかった。


 そのとき。


「千乃」


 声。


 千乃が振り返る。


「カミル」


 カミルが歩いてくる。


 その隣には。


「アルちゃーん!」


 エレノア。


「おい」


 グラン。


「……」


 さらに。


 世界神。


 オルディア。


「……」


 千乃を見る。


「みんな……」


 千乃は。


 少しだけ。


 困ったように笑う。


「今、私」


「……」


「みんなに嫌われちゃったみたい」


「誰がだ」


 グランが即答した。


「……え?」


「誰がアルを嫌う?」


「……」


「俺は嫌ってねぇぞ」


 エレノアも。


「私もだよ」


 千乃を見る。


「アルちゃんがそんなこと言うわけないじゃん」


「……でも、映像が」


「知らない」


 エレノアは即答した。


「アルちゃん本人が言ってないって言ってる」


「……」


「じゃあ、偽物」


「そんな簡単に……」


「簡単だよ?」


 グランが笑う。


「俺も同意見だ」


 千乃が。


 少し目を見開く。


 オルディアも。


「我も」


「……世界神様」


「お前は、この世界の守護神だ」


 オルディアは静かに言った。


「我はお前を見ている」


「……」


「お前が、大切な者たちを」


「……」


「理由もなく傷つけるとは思わない」


「……」


 千乃の目に。


 涙が溜まった。


「……ありがとう」


 そのとき。


 小さな影が飛んできた。


「千乃」


 白い龍。


 カミルだった。


「……カミル」


 カミルは。


 千乃の頭の上に乗る。


「我も信じる」


「……」


「主の仲間であるから、ではない」


「……」


「我は千乃を知っている」


「……」


「だから」


 カミルは。


 短く言った。


「信じる」


「……」


 千乃は。


 とうとう。


 涙をこぼした。


「……ありがと」


 誰も。


 笑わなかった。


 エレノアが。


 千乃の隣に座る。


「アルちゃん」


「……うん」


「この映像」


「……」


「変だよ」


「……?」


「私、恋愛神だよ?」


「うん」


「恋愛の感情を見るの、得意なんだよ?」


「……」


「だから分かる」


 エレノアは。


 映像のことを思い出す。


「……あれ」


「?」


「アルちゃんの感情と、全然違う」


 千乃が顔を上げた。


「……どういうこと?」


「声と顔は千乃ちゃん」


 グランが言う。


「でも」


「……?」


「なんか、違う」


「……」


 千乃は。


 自分の手を見る。


「……偽物?」


 その言葉に。


 オルディアが。


 目を細めた。


「……可能性はある」


「……」


 千乃の目が。


 ゆっくりと変わった。


「……」


 悲しさ。


 困惑。


 そして。


 少しずつ。


 怒り。


「……誰が」


 千乃が。


 小さく呟く。


「……こんなこと」


 カミルが答える。


「探すか?」


 千乃は。


 しばらく黙っていた。


 そして。


「……うん」


 顔を上げる。


「探す」


 神の目が。


 静かに光った。


「私の仲間を」


「私の大切な人を」


「騙した人を」


 風が。


 吹いた。


「……絶対に、見つける」


 その頃。


 遠く。


 ルミナリア皇国。


 パイライトは。


 部屋の中で。


 満足そうに笑っていた。


「フフフ……」


 机の上には。


 複数の魔道具。


 そして。


 千乃の映像。


 千乃の声。


「これで」


 パイライトは。


 満面の笑みを浮かべた。


「千乃様は、孤立する」


「真銀も」


「従魔たちも」


「町の人間たちも」


 全員。


 千乃を信じなくなる。


「そして」


 パイライトは。


 椅子にふんぞり返る。


「最後に残るのは」


「私だけだ」


 そして。


 胸を張った。


「千乃様」


「あなたは最後には、私を選ぶしかなくなるのです」


「フフフフ……」


 その瞬間。


「ブヒッ」


「…………」


 パイライトが固まった。


 部屋の外。


 衛兵が。


「……殿下?」


「何でもない!!」


「……ブタ?」


「違う!!」


 それから。


 千乃は、何度も説明した。


 本当に。


 何度も。


「私じゃない」


 最初は、そう言うだけだった。


「私、真銀のことをあんなふうに言ってない」


「ララたちのことも」


「ライのことも」


「アイシィのことも」


「絶対に」


 けれど。


「……映像がある」


 返ってくるのは。


 いつも、その言葉だった。


「でも」


「私の顔で」


「私の声で」


「そんなことを言っている」


「だから、違うよ!」


 千乃は必死だった。


「誰かが作ったんだよ!」


「私、そんなこと言ってない!」


「……」


 ライは、静かに首を横に振る。


「主」


「……」


「証拠がありません」


「……」


「映像が偽物だという証拠も」


「……」


「本物だという証拠も、ありません」


「……」


「でも」


 ライは。


 苦しそうに目を伏せた。


「今の私には、信じ切ることができません」


「……そっか」


 千乃は。


 もう。


 それ以上言えなかった。


---


 アイシィにも。


「アイシィ」


「……はい」


「私、本当に言ってないよ」


「……」


「真銀のこと、嫌いになったことなんてない」


「……」


「みんなのことも」


「……」


「嫌いになったことない」


「……」


「主……」


 アイシィは。


 いつもの穏やかな声だった。


 けれど。


 その距離は。


 いつもより。


 ずっと遠い。


「私は」


「……」


「主を信じたいです」


「……!」


「ですが」


 その一言で。


 千乃の表情が止まった。


「……今は」


「……」


「信じることが、できません」


「……」


「……そっか」


 また。


 同じ言葉だった。


---


 ララ。


 千乃は。


 最後まで。


 ララなら。


 信じてくれるかもしれない。


 そう思っていた。


「ララ」


「……主」


「……私じゃないよ」


「……」


「ララのこと」


「うるさいなんて」


「いらないなんて」


「思ったことないよ」


 ララは。


 じっと千乃を見る。


「……」


「主?」


「……」


「信じてくれない?」


 ララの耳が。


 少し下がった。


「……」


「ララ?」


「……ごめんなさい」


「……」


「……今は」


 ララは。


 目を伏せた。


「……分からないです」


「……」


 千乃は。


 小さく笑った。


「そっか」


 けれど。


 笑えていなかった。


---


 そして。


 最後に。


 真銀。


 千乃は。


 真銀の部屋の前に立っていた。


 扉を叩く。


「真銀」


「……」


「話、していい?」


 少しの沈黙。


「……入って」


 千乃は。


 部屋へ入る。


 真銀は。


 窓の外を見ていた。


「……」


「真銀」


「何」


「私」


 千乃は。


 言葉を探す。


「何度も言ってるけど」


「……」


「本当に、あれ」


「私じゃない」


「……」


「真銀のこと」


「邪魔だなんて」


「いらないなんて」


「嫌いになったなんて」


「……」


「言ってない」


 真銀は。


 何も答えない。


「……」


「私」


 千乃の声が。


 少し震えた。


「真銀のこと」


「大切だよ」


「……」


「好きだよ」


「……」


「今も」


「……」


「これからも」


 真銀は。


 ゆっくりと。


 千乃を見る。


「……千乃」


「うん」


「もう」


 千乃が。


 少しだけ笑う。


「……うん?」


「……もういい」


「……」


「え?」


 真銀は。


 目を逸らした。


「……その話」


「もう」


「聞きたくない」


「……」


「真銀?」


「千乃」


「……」


「俺は」


 真銀は。


 小さく息を吐く。


「……疲れた」


「……っ」


 千乃の目が。


 大きくなる。


「……私が?」


「……」


「私のせいで?」


「……」


「真銀」


「……」


「ねえ」


「……」


「私じゃないって」


「言ってるじゃん」


「……」


「なんで」


「なんで信じてくれないの」


 千乃の声が。


 とうとう。


 震え始める。


「……」


「私」


「真銀の妻だよ」


「……」


「真銀は」


「私の夫だよ」


「……」


「それなのに」


「……」


「なんで」


 真銀は。


 立ち上がった。


「……もう」


「……」


「俺に、何を言ってほしいんだ」


「……」


「真銀……?」


「映像を見た」


「でも偽物だよ」


「千乃の声だった」


「偽物だよ!」


「千乃の顔だった」


「偽物だよ!!」


「千乃」


 真銀の声が。


 冷たかった。


「もう」


「……」


「俺に言わないでくれ」


「……」


「……」


 千乃の顔から。


 表情が消えた。


「……」


「……真銀」


「……」


「……」


 真銀は。


 千乃を見ない。


「……一人にしてくれ」


「……」


 千乃は。


 しばらく。


 その場に立っていた。


 何かを言おうとして。


 でも。


 何も出てこなかった。


「……」


 そして。


「……分かった」


 千乃は。


 小さく答えた。


「……ごめんね」


「……」


「……邪魔して」


「……」


 そのまま。


 部屋を出た。


 扉が閉まる。


 カチャリ。


 小さな音。


 それだけだった。


---


 千乃は。


 自分の部屋へ戻らなかった。


 食堂へ向かった。


 いつも。


 みんなで食事をしていた場所。


 笑っていた場所。


 ララが。


「主ー! おなかすいたー!」


 と叫んで。


 ライが。


「ララ、少し待て」


 と言って。


 アイシィが。


「もうすぐですよ」


 と笑って。


 真銀が。


 そんな皆を見ていた。


 その場所。


 千乃は。


 机の上に。


 一枚の紙を置いた。


 そして。


 ゆっくりと。


 書いた。


---


 私、守護神だから、むやみに人は傷つけない。


 でも、信じてくれないので、神界でしばらく暮らします。


 さようなら。


---


 千乃は。


 しばらく。


 その紙を見ていた。


「……」


 そして。


 立ち上がる。


「……」


 もう。


 誰にも。


 何も言わなかった。


---


 次に。


 城下町。


 中央広場。


 人々が集まる場所。


 千乃は。


 そこにも。


 同じ紙を貼った。


---


 私、守護神だから、むやみに人は傷つけない。


 でも、信じてくれないので、神界でしばらく暮らします。


 さようなら。


---


「……」


 町の人たちが。


 その紙を見る。


「……」


「千乃様……?」


「神界へ……?」


 誰かが。


 呟いた。


「……行っちゃうの?」


 千乃は。


 振り返らない。


「……」


 ただ。


 空を見る。


 そして。


 その身体が。


 淡い光に包まれた。


 メタルピンクの髪が。


 光の中で。


 ゆっくりと変化していく。


 その姿は。


 もう。


 ただの千羽千乃ではない。


 神。


 守護神。


 アルテナ・アストラル。


 巨大な白い翼が。


 静かに広がった。


 町の人々が。


 息を呑む。


「……千乃様」


「……」


 千乃は。


 一度だけ。


 星氷神城を見る。


 そして。


 小さく。


「……さようなら」


 呟いた。


 誰にも届かない声。


 次の瞬間。


 光。


 アルテナの姿が。


 空へ消える。


---


 アストラル・レルム。


 完全な神々の世界。


 光が収まる。


 そこに。


 アルテナが立っていた。


「……」


 すると。


「あ」


 声。


 エレノアだった。


「アルちゃん」


「……ノアちゃん」


 エレノアは。


 アルテナの顔を見る。


 そして。


 すぐに分かった。


「……来ちゃった?」


「……うん」


「そっか」


 それ以上。


 聞かなかった。


 アルテナの隣へ。


 グランが現れる。


「アル」


「……グラン」


「住む場所いるか?」


「……」


 アルテナは。


 少しだけ笑った。


「……うん」


「分かった」


 グランは。


 それだけ言った。


 オルディアも。


 少し遅れて現れる。


「アルテナ」


「……世界神様」


「ここは、お前の居場所でもある」


「……」


「好きなだけ、ここにいろ」


 アルテナは。


 俯いた。


「……」


 そして。


「……ありがとう」


 小さく。


 そう言った。


---


 その頃。


 星氷神城。


 食堂。


 ララが。


 テーブルの上の紙を見つけた。


「……」


「……これ」


 ライが。


 近づく。


 アイシィも。


「……」


 そして。


 真銀。


 最後に。


 紙を見る。


「……」


 誰も。


 すぐには。


 何も言えなかった。


 ただ。


 いつも。


 そこにいたはずの主。


 千乃の席だけが。


 空いていた。


 ララが。


 小さく呟く。


「……主」


 返事は。


 なかった。


 城下町。


 中央広場。


 張り紙を見上げる人々。


 誰かが。


「……本当に」


 と呟く。


「……行っちゃったんだ」


 けれど。


 もう。


 千乃は。


 いなかった。


 空の向こう。


 神々の世界。


 アストラル・レルム。


 アルテナ・アストラルは。


 しばらく。


 そこに暮らすことになった。


 誰も。


 彼女がいなくなった理由を。


 まだ。


 本当の意味では。


 理解していなかった。


 アストラル・レルム。


 アルテナが、エレノアの家の前に立っていた。


「……ここ」


「うん!」


 エレノアが隣を指差す。


「この辺、空いてるよ!」


「……」


 アルテナは。


 その場所を見る。


 広い。


 静か。


 そして。


 何より。


 エレノアの家のすぐ隣だった。


「……いいの?」


「もちろん!」


 エレノアは笑う。


「アルちゃん、お隣さんになろーよ☆」


「……」


 アルテナの表情が。


 少しだけ。


 柔らかくなった。


「……うん」


「決まり!」


 エレノアが。


 ぱんっ。


 と手を叩く。


「じゃあ家、建てよっか!」


「え?」


「アルちゃんの家!」


「いや、自分で建てるよ?」


「えっ」


 エレノアが固まる。


「……守護神だよ?」


「うん」


「家くらい作れるよ?」


「……」


 数秒。


「……確かに」


「うん」


 アルテナは。


 空を見上げた。


 そして。


 片手を伸ばす。


「……」


 淡い光。


 地面が。


 ゆっくりと光り始める。


 土が。


 石が。


 光の粒子となって集まり。


 形を作る。


 壁。


 窓。


 屋根。


 庭。


 そして。


 一軒の家が。


 静かに完成した。


「……できた」


「早っ」


 エレノアが呟く。


「守護神、便利だね!?」


「ノアちゃんも神でしょ」


「私は恋愛神だからね☆」


「なるほど」


「家を建てるより恋を成就させるほうが得意!」


「……そっか」


 アルテナは。


 新しい家を見る。


 エレノアの家の隣。


 神界での。


 新しい居場所。


「……」


「アルちゃん?」


「……ううん」


 アルテナは。


 小さく笑った。


「ありがとう」


「どういたしまして!」


---


 その頃。


 星氷神城。


 食堂。


 千乃の置いていった紙。


 その隣に。


 もう一枚。


 新しい紙が。


 置かれていた。


 いつ。


 誰が。


 そこへ置いたのか。


 誰も見ていない。


 ただ。


 その紙には。


 力強い文字で。


 こう書かれていた。


---


 我も守護神龍としてアルについていくことにした。


 守護神だ。


 むやみに傷つける行為をするとは、とても思えぬ。


 我は、アルを信じる。


 カミル


---


「…………」


 食堂が。


 完全に静まり返った。


「……カミル?」


 ララが。


 紙を見る。


「え?」


 ライも。


 周囲を見回す。


「……カミル?」


「……」


 アイシィが。


 静かに呟いた。


「いません」


「……」


 真銀は。


 紙を見つめた。


 その隣。


 千乃。


 アルテナが置いていった紙。


 そして。


 カミルの紙。


 どちらも。


 そこにある。


「……」


 ララが。


 小さな声で言った。


「……主のところ」


「……」


「行っちゃった」


 誰も。


 否定できなかった。


---


 その頃。


 アストラル・レルム。


 アルテナの新しい家。


 その前に。


「……」


 アルテナは。


 一人で立っていた。


 エレノアは隣。


 グランは。


 少し離れた場所にいた。


「……」


「アルちゃん」


「ん?」


「どう?」


 アルテナは。


 自分の家を見る。


「……静か」


「うん」


「……寂しい?」


「……」


 アルテナは。


 答えなかった。


 そのとき。


 空から。


 何かが。


 降ってきた。


「……?」


 アルテナが。


 空を見る。


「……あれ?」


 巨大な影。


「……」


 エレノアも。


 見上げる。


「え?」


 グランも。


「……ん?」


 そして。


 空から。


 巨大な純白の神龍が。


 ゆっくりと降りてきた。


「…………」


「…………」


「…………」


 アルテナ。


 エレノア。


 グラン。


 全員。


 固まった。


 ズズズズズ……。


 地面すれすれで。


 巨大な神龍が停止する。


 そして。


 白い光。


 カミルの姿が。


 人型へ変わった。


 白髪。


 青い瞳。


 いつもの。


 カミル。


「……」


 アルテナは。


 数秒。


 固まる。


「……カミル?」


「うむ」


「……なんで?」


「書いた通りだ」


「……」


「我も」


 カミルは。


 アルテナを見る。


「守護神龍だ」


「……」


「守ることを司る」


 静かな声。


「アルも、守護神だ」


「……」


「そのアルが」


 カミルは。


 少しだけ。


 目を細める。


「むやみに人を傷つける行為をするとは」


「……」


「我には、とても思えぬ」


 アルテナは。


 黙っていた。


「……」


「だから」


 カミルは。


 続ける。


「我もついてきた」


「……」


「……」


「……」


「……カミル」


「うむ」


「……」


 アルテナは。


 少しだけ。


 笑った。


「……ありがとう」


「うむ」


 カミルは。


 当然のように頷いた。


「仲間だからな」


 その一言。


 アルテナは。


 少しだけ。


 目を伏せた。


「……」


 そして。


「……うん」


---


「ところで」


 グランが。


 カミルを見る。


「お前」


「何だ」


「住む場所は?」


「……」


 カミルが。


 止まった。


「……考えていなかった」


「考えてなかったの!?」


 エレノアが叫ぶ。


「アルについていくことだけ考えていた」


「行動力が守護神龍のそれじゃないんだけど!?」


「問題あるか?」


「あるよ!?」


 エレノアが即答した。


 アルテナは。


 少し考える。


「……じゃあ」


「うむ?」


「うちに住む?」


「……」


 カミルが。


 アルテナを見る。


「……よいのか?」


「うん」


「……」


「一人だと」


 アルテナは。


 少しだけ。


 言葉を止める。


「……静かすぎるから」


 カミルは。


 すぐに答えた。


「ならば世話になろう」


「うん」


「……」


 エレノア。


 グラン。


 二人が。


 顔を見合わせる。


「……」


「……」


「なんか」


 エレノアが。


 小声で呟く。


「普通に同居が決まったね?」


「うむ」


 グランが頷く。


「守護神同居だな」


「ネーミングが雑!」


---


 アルテナの新しい家。


 エレノアの家の隣。


 そして。


 その家には。


 守護神アルテナ・アストラル。


 守護神龍カミル。


 二柱の守護を司る神が。


 共に暮らすことになった。


 星氷神城には。


 二枚の紙だけが残された。


 一枚は。


 千乃。


 もう一枚は。


 カミル。


 そこにいた者たちは。


 ようやく。


 理解し始めていた。


 自分たちが。


 何を失ったのかを。


 けれど。


 まだ。


 取り戻す方法を。


 誰も知らなかった。

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