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潜入調査&神、怒こったもんね!

 ――その日の夜。


 星氷神城アストラルグレイシア


 千乃は、自室で二つのローブを広げていた。


 一つは、**淡い水色**。


 もう一つは、**淡い桃色**。


 どちらにも、小さな猫耳がついている。


「真銀」


「ん?」


「これ、あげる」


「……ローブ?」


「そう!」


 千乃は水色のローブを真銀へ差し出す。


「認識阻害の魔法を付けてあるの」


「認識阻害?」


「うん。フードを被った瞬間に発動するよ」


 真銀がローブを手に取る。


「淡い水色か」


「真銀に似合うと思って」


 そして。


 フードの先についているものを見る。


「……猫耳?」


「猫耳!」


「……」


「かわいいでしょ?」


「……まあ」


「絶対似合う!」


「俺が?」


「うん!」


 真銀は少しだけ困った顔をしながら、ローブを羽織る。


 そして。


 フードを被る。


 ぴょこん。


 水色の猫耳が頭に乗った。


「…………」


「…………」


 千乃がじっと見る。


「……どう?」


「…………」


「千乃?」


「かわいい」


「……」


「めっちゃかわいい」


「……そうか」


 真銀は若干目を逸らした。


「もう一回言っていい?」


「言わなくていい」


「かわいい」


「……」


 千乃は満足そうに笑った。


「じゃあ、私も!」


 桃色のローブを羽織る。


 フードを被る。


 ぴょこん。


 桃色の猫耳。


「どう?」


 真銀が見る。


「……似合ってる」


「でしょ?」


「猫耳まで付ける必要はあったのか?」


「かわいいから!」


「なるほど」


 二人で並ぶ。


 水色の猫耳ローブ。


 桃色の猫耳ローブ。


 完全に可愛い装備である。


「……これで潜入するの?」


「するよ」


「本当に?」


「する!」


 千乃は真剣な顔になる。


「ルミナリア皇国で何が起きてるのか、ちゃんと確かめないと」


「分かった」


 真銀も頷く。


「行こう」


---


 ――翌日。


 ルミナリア皇国。


 二人は街へ入った。


 真銀はフードを深く被っている。


 認識阻害が発動しているため、周囲の人々は彼を見ても、顔や正体を正確に認識できない。


 一方。


 千乃はフードを被っていない。


 ただし神の姿ではなく、普段の姿だ。


「……入れたね」


「ああ」


「認識阻害、ちゃんと効いてる?」


「今のところは」


「よし」


 二人は人混みに紛れて進む。


 だが。


 皇国へ入った瞬間。


 千乃は違和感を覚えた。


「……」


「千乃?」


「静かに」


 千乃が周囲を見る。


 街の至るところに。


 **真銀の似顔絵**が貼られている。


「……え?」


 壁。


 掲示板。


 店の前。


 至るところに。


『危険人物』


『皇国の次期皇王殿下の婚姻を妨害する男』


『千乃様を独占する男』


「…………」


 千乃の顔が引きつる。


「何これ」


 真銀も立ち止まる。


「……俺か?」


「うん」


「酷いな」


 さらに進む。


 すると。


 街の中央広場に、大きな掲示板があった。


 そこには。


 **『千乃様を救え!』**


 という大きな文字。


「…………」


 千乃の口が開く。


「私、救われる側なの?」


 真銀が無言になる。


「それより……」


 掲示板の下。


 人々が集まっていた。


「皇王陛下のご命令だ!」


 兵士が声を上げている。


「千乃様を苦しめている真銀という男を見つけた者には、褒賞を与える!」


「……!」


 千乃の表情が変わる。


「待って」


 さらに兵士が続ける。


「そして、千乃様を皇国へ迎え入れるための準備を進める!」


「…………」


 千乃は拳を握る。


「……やりすぎ」


 真銀が小さく言う。


「どうする?」


「まず、もっと調べよう」


「ああ」


 二人が歩き出す。


 すると。


 街角の店から声が聞こえた。


「可哀想だよな、千乃様」


「そうだな」


「真銀とかいう男に閉じ込められてるんだろ?」


「皇国へ来れば幸せになれるのにな」


「殿下なら絶対に幸せにしてくださる」


 千乃は立ち止まった。


「…………」


 真銀を見る。


 真銀は何も言わない。


 ただ。


 千乃の手を握った。


「……俺は平気だ」


「でも」


「俺たちは真実を知っている」


「……うん」


 そのとき。


 遠くから声が響く。


「千乃様を見つけたぞ!!」


「え!?」


 千乃が振り返る。


 街の人々がざわつく。


「どこだ!?」


「どこにいる!?」


 千乃は慌てて真銀の腕を引く。


「まずい!」


「走るぞ」


「うん!」


 二人は人混みへ紛れる。


 そして。


 千乃は思った。


 これはもう。


 単なる求婚なんかじゃない。


 **皇国全体を巻き込んだ、巨大な誤解になっている。**


 しかも。


 その誤解を作った中心にいるのは。


 ――パイライト。


 千乃は振り返る。


「……絶対、本人に直接聞かないと」


 淡い桃色の猫耳ローブが、風でふわりと揺れた。


 ――ルミナリア皇国、市街地。


 千乃と真銀は、人混みに紛れながら路地へ向かっていた。


「こっち!」


「ああ!」


 真銀は淡い水色の猫耳ローブ。


 フードを深く被っているため、周囲の人々は真銀を見ても、すぐに視線を逸らしていく。


 認識阻害は正常に働いていた。


 ……そのはずだった。


 ――びゅうっ。


「……!」


 突然、強い風が吹き抜けた。


 真銀のフードが。


 ふわっ。


 浮いた。


「真銀!」


「……!」


 フードが完全に外れる。


 そして。


 真銀の紺色の髪と空色の瞳が、街の中に露わになった。


 千乃が目を見開く。


「まずい!」


 その瞬間。


 近くを歩いていた人が、真銀を見る。


「……ん?」


 一人が足を止めた。


「……あの顔」


 別の人も振り返る。


「まさか……」


 真銀の顔が知られれば。


 ここでは一瞬で騒ぎになる。


「真銀、早く!」


「ああ!」


 真銀がフードを掴む。


 しかし。


「――いたぞ!!」


 誰かが叫んだ。


「えっ!?」


「真銀だ!」


「例の男だ!!」


 一気に周囲が騒がしくなる。


「やばっ……!」


 千乃も自分のローブを見る。


 そして。


「私も!」


 桃色のフードを一気に被る。


 猫耳がぴょこん。


 同時に。


 淡い水色のフードも、真銀が深く被り直した。


 ――ふわっ。


 認識阻害が発動する。


 周囲の視線が。


「……あれ?」


「今、誰かいたような……」


「真銀はどこだ!?」


「さっきそこに……」


 人々がきょろきょろと辺りを見回す。


 だが。


 見つからない。


 千乃と真銀は。


 目の前にいる。


 なのに。


 誰も二人を認識できない。


「……」


 千乃が真銀を見る。


 真銀も千乃を見る。


 そして。


 小声で。


「……危なかった」


「ああ」


 千乃が胸を撫で下ろす。


「風、強すぎるよ……」


「まさかフードが外れるとはな」


「このローブ、風対策も必要かも」


「帰ったら改良だな」


「うん」


 二人は人混みの中を、ゆっくり歩き始める。


 誰も気づかない。


 すぐ隣を通っても。


 視線すら向けられない。


 千乃が小さく笑う。


「なんか変な感じ」


「そうだな」


「でも便利」


「かなりな」


 その後ろでは。


「絶対に真銀だった!」


「どこへ行った!?」


「探せ!」


 街の人々が必死に探し回っている。


 しかし。


 そのすぐ横を。


 猫耳付きの淡い桃色と水色のローブを着た二人が。


 何食わぬ顔で通り過ぎていった。


 千乃が小声で呟く。


「……認識阻害、強すぎない?」


「千乃が作ったんだろ」


「そうだった」


 二人は顔を見合わせ。


 小さく笑った。


 ――しかし。


 街の騒ぎは、それだけでは終わらなかった。


「全員、その場で止まれ!」


 通りの向こうから、複数の衛兵が駆けてくる。


 鎧の音が響き、街の人々が一斉に道の端へ寄った。


「皇国の命令だ!」


 先頭の衛兵が声を張り上げる。


「先ほど、真銀と思われる男がこの付近に現れた!」


 ざわっ。


「これより、この通りを通る者を一人ずつ確認する!」


「えぇ……」


 千乃が小声で呟く。


 隣の真銀を見る。


「どうする?」


「……普通に通るしかない」


「認識阻害を信じる?」


「ああ」


 二人は列の最後尾へ並んだ。


 衛兵が一人ずつ確認していく。


「次!」


「はい!」


「フードを取れ!」


 千乃の前にいた人物がフードを外す。


「……違う」


「次!」


 また一人。


「フードを取れ!」


「はい」


「違う。行け!」


 そして。


「次!」


 ついに千乃と真銀の番が近づいてきた。


 千乃が緊張する。


「……真銀」


「大丈夫だ」


「でも、フード取れって言われたら?」


「そのときは……」


 真銀が小声で答える。


「千乃に任せる」


「私!?」


「作ったのは千乃だからな」


「そうだけど!」


 前の人が終わる。


「次!」


 衛兵が二人を見る。


「そこの二人!」


 千乃と真銀が立ち止まる。


「フードを取れ!」


 千乃の心臓が跳ねる。


「……」


 真銀も動かない。


 衛兵が怪訝そうに眉を寄せる。


「聞こえなかったか?」


 千乃は一瞬考え。


 ゆっくりと顔を上げる。


「……すみません」


 そして。


 にこっ。


 衛兵の視線が千乃へ向く。


「……?」


 次の瞬間。


 認識阻害の魔法が、さらに強く働いた。


 衛兵の目が。


 ふっと泳ぐ。


「……」


「……?」


 衛兵は首を傾げる。


「……あれ?」


 千乃と真銀を見ている。


 なのに。


 **二人を『確認すべき対象』として認識できない。**


「どうした?」


 後ろの衛兵が聞く。


「いや……」


 先頭の衛兵が二人を見る。


 そして。


「……問題ない」


「え?」


「次!」


「……はい?」


 千乃が呆然とする。


 真銀も一瞬固まった。


「……通っていいぞ」


「ありがとうございます」


 二人はそのまま歩き出す。


 数歩進んだところで。


 千乃が小声で。


「……成功した」


「ああ」


「でもさ」


「何だ?」


「今の衛兵さん、私たちの顔見てたよね?」


「見ていた」


「なのに何も思わなかった」


「それが認識阻害だ」


「……すご」


 二人が歩いていく。


 その背後。


「次!」


「フードを取れ!」


 衛兵たちはまだ必死に真銀を探している。


 しかし。


 そのすぐ近くを。


 **探している本人が通り過ぎている。**


 千乃はフードの猫耳を指先でちょん、と触った。


「……猫耳付けててよかった」


「そこなのか?」


「うん」


「なぜ?」


「かわいいから!」


「……そうか」


 真銀は小さく笑った。


 ――そして。


 最奥の検問所。


 千乃と真銀は、人混みに紛れながら歩いていた。


「……ここを抜ければ、いったん外れの通りに出られる」


「分かった」


 真銀はフードを深く被っている。


 千乃も同じく、桃色の猫耳フード。


 そして頭上には。


 手乗りサイズのカミル。


「……静かすぎるな」


 カミルが小さく呟く。


「え?」


 千乃が顔を上げた。


 その瞬間。


「――止まれ!!」


 衛兵の声が響いた。


「そこの二人だ!」


「!」


 複数の衛兵が一斉にこちらを向く。


「昨日から探していた二人組に特徴が一致している!」


 千乃の顔が引きつる。


「……バレた?」


 真銀が振り返る。


「どうやらな」


「千乃様!」


 衛兵が叫ぶ。


「その男から離れてください!」


「嫌!」


 即答。


「その男は皇国が――」


「嫌だってば!」


 千乃が真銀の腕を掴む。


「真銀、走るよ!」


「分かった!」


 ――ダッ!


 二人が走り出す。


「追え!!」


「逃がすな!!」


 衛兵たちも一斉に走り出した。


 街が騒然となる。


「何だ!?」


「例の男がいたのか!」


「衛兵が追ってるぞ!」


「危ない、道を空けろ!」


 千乃は周囲を見る。


 人が多い。


 このまま走れば、誰かにぶつかる。


「……!」


 千乃は一瞬で判断した。


「真銀!」


「何だ!」


「カミル!」


 頭上の小さな神龍が反応する。


「分かっている」


 カミルが上空へ飛び上がる。


「真銀を!」


「……まさか」


 千乃は真銀の背中に手を回す。


「えいっ!」


「千乃!?」


 ――ぽーんっ!


 真銀の身体が宙へ放り出される。


「うわっ!?」


 上空で待機していたカミルが、すぐに真銀を受け止めた。


「任せろ!」


「カミル!」


「問題ない!」


 千乃は地上から叫ぶ。


「私は逃げれるから真銀をよろしく!」


「千乃!」


「早く行って!」


 真銀がカミルの腕の中から叫ぶ。


「一緒に行くぞ!」


「私は大丈夫!」


 千乃の身体が光に包まれる。


 メタルピンクの髪が腰まで伸びる。


 白と金、赤を基調とした神衣。


 巨大な白い翼。


 金とピンクの瞳。


 周囲に星の光が舞う。


 ――神。


 アルテナ・アストラル。


 千乃は地面すれすれまで高度を落とす。


「《フライト》!」


 ふわっ。


 身体が浮く。


 そして。


 ――シュッ!


 地面のすぐ上を滑るように飛び始めた。


 速度は、人が全力で走るより少し速い程度。


 速すぎない。


 曲がり角ではきちんと減速。


 人がいる場所ではさらに速度を落とす。


「どいて!」


 千乃は叫びながら、街の人々を避けて飛んでいく。


「きゃっ!」


「危ない!」


「大丈夫!?」


 誰かにぶつかりそうになれば、即座に軌道を変える。


 店の看板も。


 露店も。


 人も。


 一つとして傷つけない。


「逃がすな!!」


 衛兵たちが追ってくる。


 千乃は振り返る。


「こっち!」


 自分へ注意を引きつける。


「私はここだよ!」


「アルテナ様!?」


「追え!!」


 衛兵たちが千乃を追う。


 その隙に。


 カミルは真銀を抱え、上空へ。


「千乃!」


 真銀が叫ぶ。


「早く行って!」


 千乃は振り返らない。


「カミル! 真銀をお願い!」


「承知した!」


 カミルはさらに高度を上げる。


「千乃、お前は――」


「大丈夫だから!」


 千乃は笑った。


「私、神だよ!」


 そして。


 再び前を向く。


 街の人々を避けながら。


 地面すれすれを飛ぶ。


 衛兵たちの視線を一身に集めながら。


「こっちだよ!」


 ――アルテナ・アストラル。


 守るための神。


 だからこそ。


 **逃げるときでさえ、誰一人傷つけない。**


 それが千乃の選んだ逃走だった。


 ――ルミナリア皇国、市街地。


 千乃は、地面すれすれを飛びながら衛兵たちを引き離していた。


「こっち!」


 速度を抑えながら、狭い路地を抜ける。


 人がいる。


 店がある。


 だから、絶対に無茶な速度は出さない。


「……!」


 そのとき。


 前方に、小さな子どもがいた。


 人混みの中で転んでしまったらしい。


「うぇ……」


 その子は泣いていた。


 千乃は急停止する。


「大丈夫!?」


 地面に降り、子どもの前にしゃがみ込む。


「痛かったね」


「うぅ……」


 千乃は優しく手をかざした。


「《癒光》」


 淡い光が子どもを包む。


 傷んでいたところが癒えていく。


「……もう大丈夫だよ」


「……ありがとう」


 子どもが涙を拭う。


 千乃はにこっと笑った。


「どういたしまして!」


 ――その瞬間。


「見つけたぞ!!」


「!」


 背後から大勢の足音。


 千乃が振り返る。


「……あ」


 衛兵たちが、すぐそこまで迫っていた。


「アルテナ様!」


「動かないでください!」


 千乃は一瞬だけ子どもを見る。


 そして。


「……この子をお願いします」


 衛兵の一人が子どもを安全な場所へ誘導する。


 千乃は立ち上がった。


 逃げようと思えば、まだ飛べる。


 けれど。


 ここで飛び出したら、追跡の最中にまた誰かが巻き込まれる。


「……」


 千乃は両手を上げた。


「分かった」


「……?」


「抵抗しないよ」


 衛兵たちが慎重に近づく。


 そして。


 千乃の背後へ回る。


 カチャッ。


 両腕を後ろに回され、拘束される。


「……」


 千乃は黙っている。


 その表情に怒りはない。


 ただ。


「……あの子、ちゃんと安全なところまで連れていってあげてね」


 衛兵が少し戸惑う。


「……分かりました」


 千乃は小さく息を吐いた。


「よかった」


 ――そのとき。


 はるか上空。


 カミルが真銀を守りながら飛んでいた。


 真銀が地上を見る。


「千乃……!」


 そして。


 カミルも気づく。


「……捕まったか」


 真銀が身を乗り出す。


「戻る!」


「待て」


 カミルが止める。


「今戻れば、我々まで捕まる」


「でも千乃が!」


「分かっている」


 カミルの紅い瞳が鋭くなる。


「だからこそ、今は離れる」


 地上では。


 千乃が衛兵に囲まれている。


 それでも。


 さっき助けた子どもが無事なのを確認すると。


 ほんの少しだけ笑った。


「……よし」


 そして千乃は。


 自分が捕まったことよりも。


 **最後まで誰も傷つかなかったことを喜んでいた。**


 ――ルミナリア皇国、上空。


 カミルの背に乗り、真銀は皇宮を見下ろしていた。


「……どこにいる」


 真銀が呟く。


 そのとき。


 左腕のブレスレットが、淡く光った。


『――主』


「……?」


 聞き慣れた声。


『ユラです』


 真銀の目が見開かれる。


「ユラ?」


『はい。ブレスレットの対話機能を起動しました』


 ユラ。


 千乃が作った魔導具に搭載された、対話機能。


 普段はブレスレットを通して、千乃や仲間たちと会話できる。


 しかし今。


 千乃の腕輪は魔法封じによって機能していない。


 それでも。


 **真銀の腕輪は正常に動いていた。**


「千乃と連絡は取れるか?」


『……直接の通信は不可能です』


「そうか」


 一瞬、真銀の表情が曇る。


 だが。


『ですが、先ほど皇宮内部の魔力反応を解析しました』


「何か分かったのか?」


『はい』


 ユラの声が少し低くなる。


『千乃様は、魔法が完全に封じられた部屋にいるようです』


「……!」


 真銀の目が鋭くなる。


「場所は?」


『特定しました』


 ブレスレットから、皇宮の簡易立体図が投影される。


 その中で。


 一箇所だけ赤く点滅していた。


『皇宮地下区画。魔法封印牢です』


「地下……」


 真銀が呟く。


「千乃はそこにいる」


『はい、主』


 カミルが上空からその場所を見る。


「なるほど」


 紅い瞳が細くなる。


「我にも見える」


 真銀が拳を握る。


「カミル」


「ああ」


「降りるぞ」


『主』


 ユラが声を掛ける。


「何だ?」


『一つ、報告があります』


「?」


『千乃様の神靴は、皇宮内の別区画に保管されています』


「……そうか」


『そして』


 少し間があった。


『千乃様の腕輪は、魔法封印によって機能停止しています』


「……」


 真銀は自分の腕輪を見る。


 千乃とお揃いの腕輪。


「……千乃」


 小さく呟く。


「待ってろ」


 カミルがゆっくりと下降を始める。


『主』


「?」


『救出作戦を開始しますか?』


 真銀は即答した。


「当然だ」


 カミルの背で。


 真銀が立ち上がる。


「俺の妻を、迎えに行く」


「承知した」


 神龍カミルの身体から、静かな神気が広がった。


 そしてユラが。


『了解しました』


 と答える。


『――救出対象、千乃様』


 一拍。


『最優先で確保します』


 真銀は皇宮を見下ろした。


 その瞳に宿るのは。


 怒りよりも。


 ただ一つ。


 **千乃を取り戻すという強い意志だった。**


 ――ルミナリア皇国、上空。


 真銀は皇宮を見下ろしていた。


「……今すぐ行く」


 そう言った真銀を、カミルが静かに制する。


「待て、真銀」


「……?」


「我らだけで突入するのは得策ではない」


 真銀がカミルを見る。


「千乃が捕まっているんだぞ」


「承知している」


 カミルの声は落ち着いている。


「だからこそ、確実に救出する必要がある」


 そして。


「ララたちにも知らせよう」


 真銀は少し黙った。


 やがて頷く。


「……そうだな」


 ブレスレットが再び光る。


『主、ユラです』


「ユラ」


『はい』


「一度、星氷神城へ戻る」


『承知しました』


 真銀がカミルの背に乗り直す。


「カミル、頼む」


「任せろ」


 白銀の翼が大きく広がった。


 ――バサァッ!


 カミルは皇宮から離れ、空高く舞い上がる。


 真銀は最後まで皇宮を見ていた。


「……千乃」


 その声は小さい。


「すぐ戻るからな」


---


 ――しばらくして。


 星氷神城アストラルグレイシア


 城門前。


 カミルが着地すると同時に。


「ましろー!!」


 ララが猛スピードで駆けてきた。


「どうしたの!?」


 ライも続いてくる。


「何かあったのか?」


 アイシィも心配そうに近づく。


「真銀様……?」


 さらに。


「何事だ」


 カミルの背から真銀が降りる。


 その表情を見た瞬間。


 全員が察した。


「……千乃が」


 真銀が口を開く。


「ルミナリア皇国に捕まった」


「え?」


 ララの顔から笑顔が消える。


「主が?」


「ああ」


 真銀が頷く。


「魔法を封じられている部屋に監禁されている」


「……!」


 ライの目が細くなる。


「魔法封じ……」


「神化もできない」


「神靴は?」


「没収された」


 アイシィが静かに尋ねる。


「……千乃は、今?」


「地下の封印牢だ」


 その瞬間。


 ララの耳がぴんっと立つ。


「……迎えに行く」


「ララ」


「主を迎えに行く!」


 ライも頷く。


「当然だ」


 アイシィも静かに翼を広げる。


「私も行きます」


 そして。


 少し離れたところから。


「……」


 カイルが腕を組んでいた。


「……」


 真銀を見る。


「……」


 ララを見る。


「……」


 ライを見る。


 そして。


「俺も行く」


 真銀がカイルを見る。


「カイル」


「勇者だからな」


 カイルは少しだけ胸を張った。


「それに」


 拳を握る。


「千乃には説教されっぱなしだが……」


 一瞬、真顔になる。


「助けられるのに助けに行かなかったら、俺は本当に『おまけ勇者』になっちまう」


「……」


 ララがぽつり。


「おまけ勇者」


「言うな!!」


 即座にカイルが叫ぶ。


 しかし。


 今回は誰も笑わなかった。


 真銀が全員を見る。


「……行こう」


「ああ!」


「はい!」


「もちろん!」


「任せろ!」


 そして。


 カミルが静かに言った。


「我も同行する」


 真銀が頷く。


「頼む」


 そのとき。


『主』


 ユラの声が響いた。


「ユラ?」


『救出作戦に必要な情報を整理します』


 ブレスレットから、皇宮の構造が空中へ展開される。


『千乃様の現在位置』


 地下。


『神靴の保管場所』


 別区画。


『警備兵の配置』


 複数。


『魔法封印の強度』


 非常に高い。


 全員が地図を見る。


 ライが冷静に言う。


「……正面突破は?」


「避けたほうがいい」


 真銀が答える。


「千乃が人質になる可能性がある」


「なら、潜入か」


 カイルが呟く。


 ララが手を挙げる。


「はい!」


「何だ?」


「正面から入って、全部ぶっ飛ばす!」


「却下」


 ライが即答した。


「えー!」


 ララが頬を膨らませる。


 真銀が地図を見る。


「まず千乃のところへ行く」


 そして。


「そのあと、神靴を取り戻す」


「うん!」


 ララが頷く。


「主を迎えに行こう!」


 星氷神城に。


 静かな緊張が走った。


 ただ一人。


 カイルだけが勇者の剣を確認しながら、小さく呟く。


「……今度こそ、俺の出番だ」


 ララが振り向く。


「おまけ勇者の?」


「だからおまけって言うなぁ!!」


 ――星氷神城アストラルグレイシア


 千乃救出のため、真銀たちは作戦を立てていた。


「地下の封印牢まで行くなら、まず――」


 そのとき。


 ――ドンッ!!


 城門の向こうから、とてつもない気配が響いた。


「……?」


 全員が一斉に振り向く。


 そして。


 城門が開く。


「よォ!!」


 そこに立っていたのは。


 黒を基調とした服を纏った、赤黒い神気を放つ青年。


「初めて来たぜェ!」


 グラン。


 **破壊神グラン**だった。


「……誰?」


 カイルが警戒する。


 グランはニヤッと笑った。


「俺か? 破壊神グランだ!」


「破壊神!?」


 カイルが一歩下がる。


 ララは逆に目を輝かせた。


「破壊神!?」


「おう!」


「壊せる!?」


「壊せるぜェ!」


「すごーい!」


「ララ、興奮するな」


 ライが止める。


 グランは城内を見回す。


「へぇ。ここがアルの住んでる城か」


「アル?」


 真銀が反応する。


「ああ」


 グランが笑う。


「アルテナだ」


「……千乃のことか」


「そうそう!」


 その瞬間。


 ――バァン!!


 城門が再び開いた。


「アルちゃーん!!」


 明るい声が響く。


 金色に輝く神気とともに、一人の女神が入ってくる。


「エレノア!」


 グランが振り返る。


「お前も来たか!」


「もちろん!」


 エレノア・アストラル。


 恋愛神エレノア。


 千乃をこの世界へ転生させた女神でもある。


 エレノアは城内を見回す。


「アルちゃんは?」


「……」


 真銀たちは黙っている。


「アルちゃん?」


 エレノアが首を傾げる。


「どこ?」


 さらに辺りを探し始める。


「アルちゃーん?」


「……」


 真銀が口を開いた。


「千乃は……」


 エレノアが振り返る。


「うん?」


「捕まった」


「…………」


 エレノアが固まった。


 グランも。


「…………は?」


 数秒。


 誰も動かない。


 そして。


「誰に?」


 エレノアの声が低くなる。


「ルミナリア皇国だ」


 真銀が答える。


「パイライトに求婚されていたんだが、千乃が拒否した」


「……」


「それで、皇国側が千乃を拘束した」


 グランの表情から笑みが消えた。


「……拘束?」


「ああ」


「アルを?」


「ああ」


「……魔法は?」


「封じられている」


 グランの周囲から。


 バチッ。


 黒紫色の神気が漏れた。


「……ふざけんな」


 低い声。


 ララが耳を伏せる。


「グラン……?」


「アルは」


 グランが拳を握る。


「俺の友達だ」


 空気が震える。


「アストラル・レルムで、あんなに楽しく話した仲だ」


 エレノアも俯いていた。


「アルちゃん……」


 そして。


「監禁?」


「うん」


 真銀が頷く。


 エレノアの周囲から、神々しい光が溢れ始める。


「……あの子」


 笑顔が消える。


「私が転生させた、大切な子なのに」


 グランが顔を上げる。


「エレノア」


「なに?」


「俺、今から皇国ぶっ壊していいか?」


「駄目」


「即答かよ」


「アルちゃんが悲しむから」


「……そうだな」


 グランは一度目を閉じる。


 そして。


「なら」


 目を開く。


「**壊さずに助ける。**」


 エレノアも頷いた。


「うん」


 真銀が二人を見る。


「助かる」


 エレノアは真銀を見る。


「真銀くん」


「?」


「アルちゃんをお願いね」


「当然だ」


 グランが笑う。


「じゃあ行こうぜ」


「うん」


 その瞬間。


 神々の気配が一気に高まった。


 カイルが思わず呟く。


「……なんか、とんでもないメンバーになってないか?」


 ララが元気よく手を上げる。


「主を助けるぞー!」


「おー!」


「俺も行くぞ!」


 カイルも拳を掲げる。


 ライとアイシィも続く。


 カミルは静かに頷いた。


「我も行こう」


 そしてグランが。


「待ってろよ、アル」


 拳を鳴らす。


「今、迎えに行くからな」


 エレノアも微笑んだ。


「アルちゃん。すぐ行くからね」


 ――こうして。


 **千乃救出隊に、破壊神と恋愛神まで加わった。**


 ルミナリア皇国にとって。


 とんでもなく厄介な集団が完成した。


 ――星氷神城アストラルグレイシア


 作戦会議は、ものの数分で終わった。


「よし」


 真銀が立ち上がる。


「行こう」


「おう!」


 グランが拳を握る。


「アルを迎えに行くぞ!」


「うん!」


 エレノアも頷いた。


「アルちゃん、待っててね」


 ララもぴょん、と跳ねる。


「主を助けるー!」


「俺も行く」


 カイルが勇者の剣を腰に差す。


「今回はちゃんと勇者するからな!」


 ライが横目で見る。


「騒ぐなよ」


「分かってる!」


「本当か?」


「……たぶん!」


「不安だな」


 アイシィが小さく笑う。


「皆さん、行きましょう」


 カミルは人型の姿から神龍の姿へ戻る。


 純白の巨体。


 紅い瞳。


「真銀」


「ああ」


「乗れ」


 真銀がカミルの背へ乗る。


 ララ、ライ、アイシィも続く。


 グランとエレノアも飛行できるため、そのまま空へ。


「じゃあ行くよ!」


 エレノアが手を振る。


 ――バサァッ!!


 カミルが飛び立つ。


 その後を、神々が追う。


---


 ――ルミナリア皇国。


 皇宮上空。


「……あれが皇宮か」


 グランが眼下を睨む。


「アルは地下だ」


 エレノアが神気を探る。


「うん。魔法封印が強すぎて、普通の探知じゃ分かりにくいけど……」


 目を閉じる。


「……いた」


「どこだ?」


「地下区画」


 真銀が即座に答える。


「そこだ」


 カミルが高度を下げる。


 だが。


 皇宮から大量の兵士が飛び出してきた。


「止まれ!」


「皇宮への接近を禁ずる!」


「侵入者だ!!」


 カイルが剣を抜く。


「来たな!」


「待て、カイル」


 真銀が止める。


「人を傷つけるな」


「……分かった」


 その瞬間。


 グランが前へ出る。


「なら、俺が道を作る」


 拳を握る。


 ドンッ!!


 衝撃波が地面を走る。


 兵士たちの足元だけが大きく揺れた。


「うわっ!?」


「な、何だ!?」


 誰一人傷つけない。


 ただ、進路だけが開く。


「行け!」


 グランが叫ぶ。


「おう!」


 カミルが一気に降下する。


 皇宮の中庭へ着地。


 ――ドォン!!


 だが、床は壊れない。


 破壊神が加減したからだ。


「便利だな、この城」


 グランが呟く。


「壊しても直るらしいけどな」


「それでもアルちゃんに怒られそうだから、ほどほどにね」


「へいへい」


 エレノアが苦笑する。


「地下への入口は?」


 ユラの声が響いた。


『主、こちらです』


 真銀の腕輪から、皇宮の構造が投影される。


『地下区画へ続く最短経路を表示します』


「行くぞ」


 真銀が走り出す。


 ララが続く。


「主ー!! 今行くよー!!」


 ライも走る。


「急げ!」


 アイシィが続く。


「千乃さん……!」


 カイルも走る。


「待ってろ、千乃!」


 エレノアとグランも続く。


 そして。


 最後尾のカミルが静かに歩く。


「……アルテナ」


 小さく呟く。


「もうすぐだ」


---


 ――地下。


 魔法封印牢。


 千乃は壁際に座っていた。


 魔法は使えない。


 神化もできない。


 神靴もない。


 それでも。


 懐の簪だけは、ずっと握っている。


「……真銀」


 そのとき。


 ――ドンッ!!


 遠くから、巨大な音が響いた。


「……?」


 千乃が顔を上げる。


 また。


 ――ドンッ!!


 近づいてくる。


「……何?」


 そして。


 廊下の向こうから。


「アルー!!」


 聞き覚えのある声。


 千乃の目が見開かれる。


「……グラン?」


 さらに。


「アルちゃーん!!」


「……ノアちゃん!?」


 千乃が立ち上がろうとする。


 しかし、魔法封印のせいで身体に力が入らない。


「……っ」


 その場に手をつく。


 そして。


 聞こえた。


「千乃!」


 真銀の声。


「……!」


 千乃の目に光が戻る。


「真銀……!」


 廊下の奥。


 複数の足音が近づいてくる。


 衛兵たちが慌てて走ってくる。


「侵入者だ!」


「ここへは通さない!」


 だが。


 グランが一歩前へ出た。


「どけ」


 静かな声。


 その瞬間。


 破壊神の神気が、地下牢全体を震わせる。


「アルを閉じ込めた奴らに聞きたい」


 グランの瞳が鋭くなる。


「――俺の友達に、何してんだ?」


 エレノアも隣に立つ。


「私も怒ってるよ?」


 にこっ。


 笑っている。


 なのに。


 ものすごく怖い。


 真銀がその二人の間を抜ける。


「千乃!」


「真銀!」


 牢の鉄格子越しに。


 二人の視線が重なった。


 千乃は、ほっとしたように笑う。


「……来てくれた」


「ああ」


 真銀が答える。


「迎えに来た」


 その背後から。


 ララが顔を出す。


「主ー!!」


「ララ!」


 ライも。


「無事か」


「うん!」


 アイシィも。


「千乃さん……!」


「アイシィ!」


 カイルも。


「千乃!」


「カイルも来たんだ」


「勇者だからな!」


 そして最後に。


 カミルが静かに近づく。


「アルテナ」


「カミル……」


 千乃が笑う。


「みんな……」


 牢の前に。


 仲間たちが揃った。


 エレノアが千乃を見つめる。


「アルちゃん」


「ノアちゃん」


 グランも笑う。


「よォ、アル」


「グラン!」


「迎えに来たぜ」


 千乃は目を潤ませながら。


「……ありがとう」


 真銀が牢の鍵を見る。


「ユラ」


『解析完了』


 腕輪が光る。


『この扉の封印を解除する方法を提示します』


 真銀が頷く。


「やろう」


 グランが拳を構える。


「ぶっ壊すか?」


「駄目」


 エレノアが即答。


「アルちゃんの牢だから、できるだけ綺麗にね」


「へいへい」


 千乃が思わず笑う。


「……なんか」


 こんな状況なのに。


 少しだけ。


 安心した。


 **自分を迎えに来てくれる人たちが、ちゃんとここにいる。**


 ――地下封印牢。


 真銀は鉄格子の前に立った。


「ユラ。この封印、解除できるか?」


『可能です。ただし、千乃様が牢の内部にいるため、内部から魔力を流す必要はありません』


「つまり?」


『外部から解除できます』


「よし」


 真銀が腕輪を見る。


『ただし、魔法封印の出力が非常に高いため、通常の魔法では干渉できません』


 カイルが眉をひそめる。


「じゃあ、どうする?」


 グランがニヤッと笑う。


「簡単だろ」


 拳を握る。


「魔法じゃない力で壊せばいい」


「待って」


 千乃が牢の中から声を上げる。


「グラン、やりすぎないでね」


「分かってるって」


「本当に?」


「……たぶん」


「信用できない!」


 エレノアが笑う。


「じゃあ、私が調整するよ」


 エレノアが鉄格子へ手を向ける。


 淡い光が広がる。


「これは恋愛神の力でどうにかするものじゃないけど……神力そのものなら干渉できる」


 カミルも頷く。


「我も力を貸そう」


 真銀が見る。


「カミルまで?」


「アルテナと同じく、守護を司る力を持つ」


 カミルの手から静かな神力が流れる。


 鉄格子を覆っていた魔法封印が、少しずつ薄れていく。


「……!」


 千乃が目を丸くする。


「すごい……」


 ライが周囲を警戒する。


「急いだほうがいい。兵士が集まっている」


「分かった」


 真銀が剣を抜く。


 だが、斬りかかるのではなく。


 剣先を封印へ向ける。


「これでどうだ?」


『今です、主』


 真銀が力を込める。


「――!」


 パキィンッ!!


 封印の一部に亀裂が入った。


「いける!」


 カイルが声を上げる。


「俺も手伝う!」


「待て、カイル」


「え?」


「お前は後ろを頼む」


「……分かった」


 カイルは剣を構え、廊下を見る。


「勇者らしい仕事だな」


 その顔には、珍しくナルシスト成分がない。


 そして。


「グラン!」


「任せろ」


 グランが手をかざす。


「壊すのは封印だけだ」


 ――ドンッ!!


 強烈な衝撃が走る。


 しかし牢そのものには傷一つつかない。


 封印だけが砕け散った。


 ――パリンッ!


 千乃の身体から。


 ふっと力が戻る。


「……!」


 千乃が自分の手を見る。


「魔力……戻った」


「千乃!」


 真銀が鉄格子を開ける。


 千乃は立とうとする。


 だが。


「……あ」


 神靴がない。


 魔力は戻った。


 飛ぶこともできる。


 神化だってできる。


 けれど、今は普通の姿。


 歩くための神靴は没収されている。


「千乃」


 真銀がすぐに気づく。


「無理するな」


「……うん」


 真銀が手を差し出す。


「掴まれ」


「ありがとう」


 千乃が手を伸ばす。


 その瞬間。


 廊下の向こうから。


「いたぞ!!」


「侵入者だ!!」


 大量の衛兵が押し寄せてくる。


 カイルが前へ出る。


「来たな!」


 勇者の剣を構える。


「ここは俺が――」


「カイル」


 ララが横から顔を出す。


「おまけ勇者!」


「今それ言う!?」


 カイルが振り返る。


「俺、今めちゃくちゃ勇者やってたよな!?」


「うん!」


「じゃあ今だけはおまけって言うな!」


「分かった!」


 ララが頷く。


「おまけじゃない勇者!」


「微妙に傷つく!!」


 その隙に。


 千乃が笑った。


「……みんな、ありがとう」


 真銀が千乃の手を握る。


「帰ろう」


「うん!」


 そして千乃は。


 真銀の隣に立つ。


 その瞳が。


 金色とピンクに輝いた。


「――アルテナ・アストラル」


 神気が広がる。


 白い翼が開く。


 星の光が舞う。


「帰るよ」


 グランが笑った。


「おう、アル」


 エレノアも笑顔になる。


「帰ろう、アルちゃん」


 カミルが静かに頷く。


「我らの城へ」


 千乃は笑う。


「うん!」


 そして。


 救出隊は一斉に地下牢から駆け出した。


 ――地下封印牢、脱出直前。


 千乃は真銀の手を握ったまま、廊下へ出ようとしていた。


「よし、帰ろう!」


 そのとき。


「……あ」


 グランがふと何かを思い出したように立ち止まる。


「どうした?」


 真銀が振り返る。


「アル」


「ん?」


「これ、忘れてねぇか?」


「……?」


 グランがニヤッと笑う。


「ちょっと待ってろ」


 ――シュンッ。


「え?」


 千乃が目を瞬かせる。


 グランの姿が。


 **消えた。**


「グラン!?」


「どこへ……?」


 エレノアも目を丸くする。


「グラン?」


 カイルが周囲を見回す。


「消えた!?」


「破壊神だからな」


 ライが妙に納得している。


「どういう理屈!?」


 カイルが叫ぶ。


 そして。


 ――シュンッ。


 何事もなかったかのように。


 グランが戻ってきた。


「よォ」


 その手には。


 一本の白い靴。


 赤い紐。


 千乃が作った。


 **神靴。**


「……!」


 千乃の目が輝く。


「神靴!」


「保管庫にあったぜ」


 グランがひょいっと差し出す。


「持ってきた」


「どうやって!?」


 カイルが驚く。


「普通に取りに行った」


「普通じゃない!」


 グランが千乃へ神靴を渡す。


「ほら、アル」


「ありがとう、グラン!」


 千乃が神靴を受け取る。


 そして。


 その場で履く。


「……よし」


 足に魔力が通る。


 白い神靴が淡く輝いた。


 千乃が一歩踏み出す。


 ――コツ。


「歩ける!」


 もう一歩。


 ――コツ。


「ちゃんと歩ける!」


 千乃が嬉しそうに笑う。


 真銀もほっとしたように笑った。


「よかったな」


「うん!」


 千乃はその場で軽く跳ねる。


「これで帰れる!」


 グランが腕を組む。


「やっぱアルには、それが一番似合うな」


「ありがとう!」


 エレノアも嬉しそうに頷く。


「よかったね、アルちゃん」


「うん!」


 カミルが静かに告げる。


「これで、アルテナは完全に力を取り戻したな」


 千乃は白い翼を広げる。


 星の光が周囲に舞う。


「じゃあ……」


 廊下の奥を見る。


 そこには、まだ大量の衛兵。


 千乃はニコッと笑った。


「**帰ろう!**」


 カイルが剣を構える。


「よし!」


 ララが拳を上げる。


「帰るぞー!」


 ライが頷く。


「撤退開始だ」


 アイシィも続く。


「皆さん、気をつけて!」


 グランが笑う。


「アルの帰宅祝いに、皇宮を吹っ飛ばすか?」


「駄目!」


 千乃とエレノアが同時に叫んだ。


「……はい」


 グランが大人しく引き下がる。


 そして。


 **神靴を取り戻した守護神アルテナ・アストラルと、その仲間たちの帰還戦が始まった。**


 ――ルミナリア皇宮・地下封印区画。


 衛兵たちが廊下を埋め尽くしている。


「止まれ!」


「皇宮から出すな!」


 剣を構える兵士たち。


 けれど。


 千乃は、もう怯まなかった。


 白い神靴で、コツ、と一歩。


「……もう、逃げなくていいね」


 千乃の周囲に、淡い光が広がる。


 金色と桃色の神力。


「アルちゃん?」


 エレノアが気づく。


「うん」


 千乃は静かに手を上げる。


「守護神の結界」


 ――シュンッ。


 千乃を中心に、透明な光の膜が皇宮の廊下を包み込んだ。


 それは、敵を攻撃する結界ではない。


 ただ。


 **千乃が認めた者以外を、内側へ入れなくする。**


「これで……」


 千乃は前を向く。


「ここから先、私たち以外は入れないよ」


「な……!?」


 衛兵が一歩踏み出す。


 ――パァン。


「うわっ!?」


 透明な壁に弾かれ、後ろへよろめく。


「何だ、この結界は!?」


「進めない!」


「押せ!!」


 何人もの兵士が押し寄せる。


 だが。


 びくともしない。


 千乃はその様子を見ながら。


 普通に歩き始めた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


「……え?」


 カイルが目を丸くする。


「歩いてる?」


「うん」


「堂々と?」


「うん」


 千乃は振り返る。


「だって、もう追いかけてこられないもん」


「なるほど……」


 カイルが感心する。


「これが守護神……」


 ライも結界を見ながら頷く。


「攻撃する必要すらないのか」


「守るための力だからな」


 カミルが静かに答える。


「アルテナは、敵を倒すよりも先に『そもそも危険を届かせない』」


 グランが笑う。


「いいじゃねぇか」


 そして千乃の横に並ぶ。


「アル、強くなったな」


「えへへ」


 千乃が笑う。


 そのまま。


 皇宮の廊下を堂々と進んでいく。


 兵士たちは何もできない。


「止まれ!」


「止まれと言っている!!」


「聞こえてるよー」


 千乃が手を振る。


「でも帰るね」


「ぐっ……!」


 さらに歩く。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 途中で皇族らしき人物が現れる。


「な、何をしている!」


「帰るところです」


 千乃は笑顔で答える。


「お邪魔しました」


「待て!」


「無理」


 即答。


 その横で真銀が小さく笑う。


「千乃らしいな」


「だって、私たち何も悪いことしてないもん」


「それはそうだ」


 エレノアが千乃の肩をぽん、と叩く。


「アルちゃん、帰ろう」


「うん!」


 そして。


 大広間へ出る。


 そこには皇帝、皇后、そしてパイライトがいた。


「なっ……!」


 パイライトが目を見開く。


「千乃様!?」


 千乃は手を振る。


「パイライトさん」


「な、なぜ……!」


「帰るから」


「待ってください!」


 パイライトが駆け寄ろうとする。


 しかし。


 ――パァン!


「ぐっ!?」


 結界に弾かれる。


「な、何だこれは!」


 千乃は少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「守護神の結界」


「守護神……!?」


 パイライトの顔が引きつる。


 千乃は真銀の隣へ戻る。


「もう私を閉じ込められないよ」


 そして。


「真銀、帰ろ」


「ああ」


 真銀が頷く。


 千乃たちは、そのまま皇宮の出口へ向かう。


 誰にも邪魔されず。


 堂々と。


 まるで散歩の帰り道のように。


 その背中を見ながら。


 パイライトは震える声で呟いた。


「……守護神……アルテナ・アストラル……」


 グランが振り返る。


「そうだぜ」


 ニッと笑う。


「俺たちのアルだ」


 エレノアも続ける。


「そして、私の大切なアルちゃん」


 カミルは静かに。


「我らが守る者でもある」


 千乃は振り返って笑った。


「みんな、帰ろう!」


 そして。


 星氷神城へ向けて。


 **守護神アルテナ・アストラルの帰還が始まった。**


 ――星霜王国・上空。


 純白の翼が、夕暮れの空をゆっくりと横切っていく。


 先頭を飛ぶのはカミル。


 その背には真銀。


 そして、その隣をアルテナが飛んでいる。


「……帰ってきたぁ」


 千乃が星氷神城を見下ろす。


 白い城壁。


 きらきらと輝く氷の塔。


 見慣れた景色。


「ただいま!」


 千乃が嬉しそうに叫ぶ。


「おかえり」


 真銀が笑う。


 カミルが高度を下げる。


「着陸する」


 ――ふわっ。


 一行が城の前へ降り立つ。


 待っていたララが真っ先に飛び出した。


「主ーーー!!」


「ララ!」


 千乃も両手を広げる。


「おかえりー!!」


「ただいま!」


 ララが千乃の周りをぐるぐる回る。


「怪我してない!?」


「大丈夫!」


「ほんと!?」


「ほんと!」


 ライも駆け寄る。


「無事で何よりだ」


 アイシィもほっとしたように微笑む。


「本当に……よかったです」


 千乃は二人にも笑いかける。


「心配かけちゃったね」


「いえ」


「当然だ」


 そして。


「アルちゃーん!!」


 エレノアが抱きつこうとする。


「ノアちゃん!」


 千乃も笑顔になる。


「無事でよかったぁ!」


「心配したんだからね!」


「ごめんごめん!」


 その横でグランが腕を組む。


「まったく」


 口では呆れている。


 でも。


「無事ならそれでいい」


 千乃が振り返る。


「グランもありがとう!」


「礼なんかいいって」


 グランは笑う。


「友達だろ?」


「うん!」


 千乃が嬉しそうに頷く。


「友達!」


 カミルも人型へ戻る。


 白髪。


 青い瞳。


 いつもの姿。


「アルテナ」


「ん?」


「帰還できて何よりだ」


「カミルもありがとう」


 カイルも最後に城門をくぐる。


「……疲れた」


 ララが即座に振り返る。


「おまけ勇者!」


「今は言うな!!」


 カイルが頭を抱える。


「今日は俺、かなり頑張っただろ!?」


「頑張った!」


「なら褒めろ!」


「おまけ勇者、頑張った!」


「そこじゃない!!」


 千乃が吹き出す。


「ふふっ」


「千乃まで笑うな!」


 城内に笑い声が響く。


 そして。


 千乃は真銀の隣へ戻る。


 そっと手を繋ぐ。


「……帰ってこれたね」


「ああ」


 真銀が握り返す。


「無事に」


 千乃は星氷神城を見上げる。


「やっぱりここが一番落ち着くなぁ」


「俺もそう思う」


 エレノアが二人を見て微笑む。


 グランも満足そうに頷く。


「これで一件落着だな」


 カミルが静かに付け加える。


「……今のところは」


「え?」


 千乃が振り返る。


 カミルは少しだけ遠くを見る。


「皇国が、このまま諦めるとは限らない」


「…………」


 全員が黙る。


 そして。


 ララが手を挙げた。


「そのときはまた助けに行けばいい!」


「お前は元気だな……」


 ライが苦笑する。


 千乃も笑った。


「うん!」


 そして胸を張る。


「今度は私も、ちゃんと守るから!」


 守護神アルテナ・アストラル。


 その神としての力は。


 もう誰にも奪わせない。


 ――星氷神城。


 **千乃、無事帰還。**


 救出作戦は、成功した。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


今回、パイライト皇子が absolute(絶対)結界に弾き飛ばされて、最高のざまぁ展開(?)に突入しました!


ちなみに名前の由来は「愚か者の金」です(笑)


ぜひ、

「パイライトをもっとゴミカスの底辺に落としてほしい!」

「千乃ちゃんよくやった!」

と思ってくださった方は、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の速度がさらに爆走します!


現在、なろうフェス2026に挑戦中です。


皆様の一票(ブックマークや評価)が、千乃たちの物語をメディア化へ近づける最大の力になります。


パイライトのさらなる見苦しい足掻きをお楽しみに……!


(評価、ほんとにお願いします⋯(・ω・”)))

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