帰国させる
――その直後。
「守護神!? 守護龍神!? そんなもの私は認め――」
「はい、そこまで」
千乃がパイライトの前に立った。
「え?」
「パイライトさん」
にっこり。
笑顔なのに、妙に圧がある。
「帰ろうか」
「……え?」
「帰国」
「な、なぜ!?」
「だって」
千乃は指を一本立てる。
「私は真銀と結婚してる」
「……」
「ここは星氷神城」
「……」
「カミルも神位をもらった」
「……」
「私も守護神になった」
「…………」
「それなのに、ずっとここに居座られても困る!」
「私はまだ諦めて――」
「帰国!」
「しかし!」
「帰国!」
「千乃様!」
「帰国!!」
「ぐっ……!」
パイライトが悔しそうに歯を食いしばる。
すると。
「殿下」
皇帝が息子の肩に手を置いた。
「ここは一度戻るぞ」
「父上!?」
「これ以上いても状況は変わらん」
「しかし私は!」
皇后も頷く。
「パイライト。今は戻りましょう」
「母上まで!?」
「作戦を練り直すのです」
「……!」
パイライトの目が輝く。
「そうか……!」
千乃が嫌な予感を覚える。
「……作戦って言った?」
「はい」
皇后がにっこり笑う。
「また参りますわ」
「来なくていいよ!?」
「必ず千乃様を振り向かせてみせます」
「だから無理だってば!」
その横で。
真銀が冷静に口を開く。
「とりあえず帰ってもらおう」
「そうだね」
カミルも頷く。
「我も賛成だ」
ララがぴょんぴょん跳ねる。
「お見送りするー!」
「普通に見送ってあげてね、ララ」
「はーい!」
そして。
城門前。
皇国の馬車が用意される。
パイライトが渋々乗り込む。
「……千乃様」
「なに?」
「私は諦めません」
「私は真銀と別れないよ」
「それでもです!」
「うーん……」
千乃が困った顔をする。
「じゃあ、とりあえず自国で落ち着いてね」
「……」
パイライトが振り返る。
「また来る!」
「来なくていい!」
馬車が走り出す。
「千乃様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「帰ってねー!!」
「私は次期皇王だぁぁぁぁぁ!!」
「知ってるよー!!」
馬車がどんどん遠ざかっていく。
やがて見えなくなった。
「……」
千乃はしばらく黙っていた。
真銀が隣に立つ。
「疲れたな」
「うん……」
カイルも頷く。
「分かる」
「カイルも?」
「俺はあいつが来てから、精神的に疲れてる」
「なんで?」
「俺よりナルシストだから」
「そこ!?」
ララが笑う。
「おまけ勇者、元気出して!」
「今それ言うなぁぁぁぁぁ!!」
城門前に。
いつもの騒がしい声が響く。
千乃は笑って。
「……まあ、とりあえず」
大きく伸びをする。
「平和になった!」
真銀が頷く。
「ああ」
カミルも静かに続けた。
「……今のところはな」
その言葉通り。
遠く離れた皇国では。
「必ず千乃様を迎え入れるぞ!」
パイライトがまだ叫んでいた。
――パイライトたちが帰国して。
数日。
星氷神城は、ようやく静けさを取り戻した。
「……平和だねぇ」
千乃が窓辺で紅茶を飲んでいる。
「そうだな」
真銀も隣で本を読んでいる。
ララはソファで丸くなり。
ライは窓の外を眺め。
アイシィは静かに読書。
カミルも少し離れた場所で寛いでいる。
穏やかな午後。
――だった。
「千乃様」
「ん?」
侍従が一通の封筒を持ってくる。
「ルミナリア皇国からです」
「……」
千乃の笑顔が止まる。
「まさか」
封筒を見る。
そこには。
**ルミナリア皇国・パイライト・ルミナリア**
と書かれていた。
「……ラブレター?」
「はい」
「帰国してからまだ数日だよ!?」
封を開ける。
内容は。
パイライトから千乃への、熱烈な求婚の手紙。
「…………」
千乃は無言で閉じた。
「いらない」
「ですが、毎日届いております」
「……毎日?」
「はい」
侍従が後ろを指差す。
そこには。
大量の箱。
「…………」
「本日の分だけでございます」
「今日の分だけ!?」
千乃の顔が引きつる。
箱を開けてみる。
一通。
二通。
三通。
さらに。
「まだある……」
箱の底から大量の封筒。
ララが覗き込む。
「お手紙いっぱい!」
「全部ラブレターだよ……」
ライが冷静に数える。
「……二十七通」
「多いよ!!」
カミルが一通を手に取る。
「……『私ほどの美男子が』から始まっている」
「そこ毎回なの!?」
真銀がため息をつく。
「よく飽きないな」
千乃は頭を抱える。
「もう嫌だ……」
翌日。
「千乃様」
「……まさか」
「本日も届いております」
「…………」
さらに翌日。
「千乃様」
「……」
「本日も」
「…………」
さらに翌日。
「千乃様」
「…………」
「本日も――」
「もういいよぉぉぉぉぉぉ!!」
千乃が叫ぶ。
そして。
翌日。
侍従が何も言わずに封筒を置いた。
千乃がそれを見る。
「…………」
震える。
「…………」
ゆっくり立ち上がる。
「……私」
真銀を見る。
「もう無理」
「千乃?」
「ラブレターが……」
「うん」
「毎日……」
「うん」
「多すぎる……」
千乃の目がぐるぐるする。
「……ぱたり」
そのまま。
**倒れた。**
「千乃!?」
真銀が慌てて駆け寄る。
「アル!」
カミルもすぐに駆け寄る。
ララが大騒ぎ。
「主ぃぃぃぃ!?」
「千乃!」
ライも駆け寄る。
アイシィも心配そうに覗き込む。
「千乃、大丈夫ですか!?」
床に倒れた千乃。
その横には。
今日届いた大量のラブレター。
真銀がそれを見て。
「……」
静かに一枚拾う。
そして。
くしゃ。
封筒を握り潰す。
「……いい加減にしてくれ」
カミルも無言で手紙を見る。
「……多いな」
ララが怒る。
「パイライトめー!」
ライが頷く。
「さすがに度が過ぎている」
アイシィも困ったように眉を下げる。
「千乃が倒れるほどとは……」
そして。
千乃が床から弱々しく手を伸ばす。
「……真銀」
「ここにいる」
「……明日も来るかな」
「……」
真銀が答える。
「来るだろうな」
「……嫌だぁ……」
千乃はそのまま目を閉じた。
――翌朝。
侍従が城門へ向かう。
すると。
「千乃様への手紙を届けに参りました!」
馬車いっぱいの封筒。
侍従が。
「…………」
そっと扉を閉めた。
そして館内へ戻り。
「……本日も大量に届いております」
「「「…………」」」
全員、天井を見上げた。
星氷神城。
この日から。
**毎朝の恒例行事が一つ増えた。**
――パイライトからのラブレター回収である。
――翌朝。
星氷神城。
広間の一角には。
昨日まで届いた手紙が、山のように積まれていた。
「……」
千乃は、その山をじっと見つめていた。
真銀が隣に立つ。
「千乃?」
「決めた」
「何を?」
千乃は静かに手紙の山を指差した。
「全部、処分する」
「……いいと思う」
ララがぴょんと跳ねる。
「ぜんぶー?」
「うん。今まで届いた分、全部」
ライも頷く。
「妥当だな」
アイシィも静かに同意する。
「千乃が嫌がっている以上、残しておく必要はありませんね」
カミルが手紙の山を見る。
「我も異論はない」
千乃は外へ出た。
城の中庭。
そこに、手紙の山が運び込まれる。
「……多い」
千乃が遠い目をする。
「何通あるんだ?」
真銀が尋ねる。
「数える気にもならない……」
ララが山の周りを一周する。
「お手紙のお山!」
「そうだね……」
千乃は深呼吸。
「よし」
右手を前へ。
指先に赤い光が灯る。
「全部、燃やす!」
――ボッ!!
一瞬で炎が広がった。
手紙の山が炎に包まれる。
紙は次々と灰になっていく。
「燃えてるー!」
「すごいな」
真銀が眺める。
「これで少しは静かになるといいんだけど……」
千乃は炎を見つめる。
すると。
炎の向こうから。
「……ん?」
一枚。
まだ燃えていない封筒が落ちている。
「え?」
千乃が拾う。
宛名。
**『千乃様へ』**
差出人。
**パイライト・ルミナリア。**
「…………」
千乃の顔が無になる。
「なんで!?」
真銀が見る。
「燃え残りか?」
「違う」
侍従が遠くから走ってくる。
「千乃様!」
「なに!?」
「今朝、新たに届いたものです!」
「…………」
千乃が固まる。
「今日の分……?」
「はい」
「……」
千乃はゆっくり空を見上げる。
「……毎日届くんだった」
カミルが頷く。
「そのようだな」
「じゃあ……」
千乃は新しい封筒を持ち上げる。
「これも」
ポイ。
炎の中へ。
――ボッ。
完全に燃え尽きた。
「よし」
千乃は満足そうに頷く。
「これでいい!」
ララが拍手する。
「すっきりー!」
ライも頷く。
「合理的だ」
アイシィが微笑む。
「これで少し落ち着けるといいですね」
カミルも静かに言う。
「だが」
「ん?」
「明日も届く可能性は高い」
「…………」
千乃の笑顔が消える。
「……そうだった」
真銀が苦笑する。
「まあ、届いたらまた処分すればいい」
「うん」
千乃は頷く。
「全部燃やす!」
その頃。
遠く離れたルミナリア皇国。
「……今日の手紙は届いたな」
パイライトが満足そうに笑っていた。
「千乃様も、きっと喜んで――」
その瞬間。
皇国の空に。
灰が舞った。
パイライトは知らない。
自分の熱烈なラブレターが。
星氷神城で。
**一通残らず灰になっていることを。**
そして翌日。
「千乃様」
「……」
侍従が封筒を持ってくる。
「本日も届いております」
「……燃やそ」
「はい」
即答だった。
――それから数日後。
星霜王国を離れた千乃と真銀は、二人で近隣国の街を歩いていた。
今日は特に用事もない。
ただ、久しぶりに二人で街を歩こうというだけだった。
「この街、結構大きいね!」
「ああ。ルミナリア皇国にも近いらしい」
「へぇー」
千乃が周囲を見回す。
露店。
市場。
行き交う人々。
活気のある街並み。
「あとであのお店行ってみようよ!」
「いいな」
そんな何気ない会話をしながら歩いていると。
ふと。
千乃が気づいた。
「……ん?」
「どうした?」
「なんか……」
周囲を見る。
すれ違う人々。
店先の商人。
通りの端で話している人たち。
その視線が。
なぜか。
**真銀に向いている。**
しかも。
冷たい。
「……」
真銀も気づいたらしい。
「……俺も気づいてる」
「だよね?」
一人。
二人。
三人。
真銀と目が合うと。
さっと視線を逸らす。
だが。
その目に浮かんでいるのは、明らかな警戒だった。
「……なんだ?」
真銀が小さく呟く。
千乃は真銀の袖を軽く掴む。
「真銀」
「ああ」
「ちょっと変だね」
「そうだな」
二人はそのまま歩く。
すると。
近くの露店から声が聞こえた。
「……あれが?」
「そうらしい」
「ルミナリアの……」
「……次期皇王が……」
「いや、あの男だ」
「……」
千乃が足を止めかける。
「……真銀」
「聞こえた」
真銀の表情が険しくなる。
「何の話だ?」
千乃は少し考える。
「ルミナリアって言ってたよね」
「ああ」
「ここ、ルミナリア皇国の近くなんだよね?」
「そう聞いている」
「じゃあ……」
千乃が周囲を見る。
また一人。
真銀を見る。
冷たい目。
そして。
小さな声。
「……あの人が、例の……」
「……」
「皇国の婚約話を……」
「……」
真銀の眉が僅かに動く。
「婚約?」
千乃が首を傾げる。
「私たちのことかな」
「恐らく」
そのとき。
一人の男性が真銀の横を通り過ぎた。
そして。
ぼそり。
「……人の国の皇族を退けた男か」
真銀が振り返る。
「待て」
男は立ち止まる。
「何か?」
「今、何と言った?」
「……別に」
「言っただろ」
男の表情が険しくなる。
「お前が誰なのかは知っている」
「……」
「千乃様を奪った男」
「……は?」
千乃の目が点になる。
「奪った?」
男は吐き捨てる。
「ルミナリア皇国の次期皇王殿下が求婚しているのに、それを拒んだ」
「いや」
千乃が口を挟む。
「私が断ったんだけど」
「……」
男が固まる。
「え?」
「真銀が断ったんじゃないよ?」
千乃はきっぱり言う。
「私が断ったの」
男は困惑する。
「……しかし」
「それに」
千乃が真銀の隣に立つ。
「私と真銀は夫婦だよ」
「……」
「もう結婚してる」
男の顔がさらに固まる。
周囲から。
「……結婚?」
「もう?」
「じゃあ皇国の求婚は……」
「無理だろ」
「当然だ」
ざわざわと声が広がっていく。
しかし。
真銀を見る目は。
まだ冷たい。
千乃はそれに気づく。
「……ねえ」
「ん?」
「みんな、真銀を悪者だと思ってるのかな」
「そうかもしれないな」
「なんで……」
真銀は少し考えてから。
「ルミナリア皇国が何か吹き込んだ可能性はある」
「……」
千乃の表情が曇る。
「私、真銀を守るって決めてるから」
「千乃」
「こういうの、嫌だな」
真銀が千乃を見る。
「気にするな」
「でも」
「俺は分かってもらえなくてもいい」
千乃は首を横に振る。
「私は嫌」
「……」
「真銀が何もしてないのに、悪い人みたいに見られるの」
千乃の声は静かだった。
「だから」
真銀の手を握る。
「ちゃんと調べよう」
「……ああ」
二人が歩き出す。
その背中を。
街の人々が見つめる。
冷たい視線。
疑う視線。
そして。
その中には。
明らかに敵意を含んだものまであった。
――どうやら。
ルミナリア皇国は。
ただラブレターを送りつけているだけではなかったらしい。
――翌日。
「今日も観光!」
千乃は元気よく城を出た。
「……観光という名目で、だろ?」
隣を歩く真銀が言う。
「うん!」
「やっぱり視察じゃないか」
「だって昨日のこと、気になるし」
二人は昨日と同じく、ルミナリア皇国に近い街へ向かっていた。
ただし今日は。
「カミルー!」
「何だ」
千乃の手のひらの上に。
小さな白い龍がちょこんと座っている。
純白の身体。
小さな翼。
紅い瞳。
「もう少し小さくなれる?」
「この程度なら可能だ」
ふわっ。
カミルの身体がさらに縮む。
そして。
千乃の頭の上へ。
ぽすっ。
「……」
「どう?」
「悪くない」
手乗りサイズの神龍が、千乃の頭にちょこんと乗っている。
真銀が思わず笑う。
「似合ってるな」
「でしょ?」
カミルが千乃の髪の上で静かに座っている。
「……我は飾りではないぞ」
「分かってるよ」
「ならいい」
そんな状態で。
三人は街へ入った。
しかし。
昨日とは明らかに違った。
「……」
街に入った瞬間。
視線が集まる。
昨日より多い。
そして。
昨日より冷たい。
「……真銀」
「ああ」
真銀も気づいている。
店先にいた人が、二人を見るなり会話を止める。
子供を連れた女性が、真銀を見て小声で何かを話す。
商人は二人が近づくと、露骨に表情を変えた。
そして。
「……あれが例の男か」
「そうだ」
「皇国の殿下を拒んだ……」
「千乃様を奪ったっていう……」
「違うだろ」
「でも皇国からそう聞いている」
千乃の眉がぴくっと動く。
「……昨日よりひどくなってる」
頭の上のカミルも周囲を見る。
「確かに」
「カミル、分かる?」
「我は龍だが、人の感情程度は分かる」
小さな紅い瞳が細くなる。
「真銀に向けられているのは、明確な敵意だ」
「……やっぱり」
真銀が歩きながら言う。
「昨日、俺たちがここへ来たことが皇国に伝わったのかもしれない」
「それで?」
「ああ」
真銀は周囲を見渡す。
「何か情報を流された可能性が高い」
千乃が拳を握る。
「……私、ちょっと怒ってきた」
「千乃」
「だって!」
千乃が振り返る。
「私と真銀のことを勝手に言いふらして、しかも真銀を悪者にするなんて!」
カミルが千乃の頭の上で頷く。
「同感だ」
「カミルも怒ってる?」
「少しな」
「少しなんだ」
「我は守護を司る神龍だ」
「うん」
「感情だけで動くつもりはない」
カミルが静かに街を見渡す。
「まず事実を確認するべきだ」
「……分かった」
千乃も頷く。
「じゃあ今日は、本当に視察だね」
「最初からそのつもりだっただろ」
「観光もするよ!」
「……そうか」
そのとき。
露店の前を通りかかった千乃たちに。
「……皇国に逆らうなよ」
誰かが呟いた。
真銀が足を止める。
「……」
千乃も止まる。
頭の上のカミルが、ゆっくりと顔を上げた。
「今の言葉」
「うん」
千乃が静かに答える。
「聞き間違いじゃないよね」
「ああ」
真銀が振り返る。
だが、誰が言ったのかは分からない。
人混みに紛れている。
千乃は真銀の手を握った。
「……絶対、何かある」
「俺もそう思う」
そして。
頭上では。
手乗りサイズの神龍が、街を静かに見下ろしていた。
「……我が見ておこう」
「カミル?」
「周囲をな」
小さな翼を広げる。
「この街で何が起きているのか」
千乃が笑う。
「頼りにしてるよ、カミル」
「任せろ」
その姿だけ見れば。
とても可愛らしい手乗り龍。
しかし。
その正体は。
**守護龍神カミル。**
街に向けられた敵意を。
誰よりも冷静に観察していた。
――さらに、次の日。
千乃と真銀は、また同じ街へ来ていた。
ただし今日は、いつもと少し違う。
「……いた」
千乃が足を止める。
通りの先。
そこには、見覚えのある人物がいた。
「パイライト……」
ルミナリア皇国の次期皇王、パイライト・ルミナリア。
そして、その周囲には数人の皇国関係者と街の人々。
パイライトは、何やら大声で話している。
「皆さん、聞いてください!」
「……」
「私は千乃様を后に迎えようとしている!」
千乃のこめかみに、ぴくっと青筋が浮かぶ。
「……何言ってるの、あいつ」
真銀も無言で見つめる。
パイライトはさらに続ける。
「ところが!」
自分を指差す。
「千乃様の夫である真銀という男が、私の申し出を拒み続けているのです!」
「……は?」
真銀の声が低くなる。
千乃が慌てて真銀を見る。
「待って。今の聞いた?」
「ああ」
「やっぱり私たちの話をしてる」
「しかも事実をかなり曲げている」
パイライトは周囲に向かって熱弁を続けていた。
「私は皇国の未来を背負う男です!」
「……」
「それなのに、あの男は千乃様を独占している!」
街の人々がざわつく。
「独占……?」
「それは酷いな」
「次期皇王殿下が望んでいるのに?」
千乃の表情が変わった。
「……なるほど」
「千乃?」
「分かった」
千乃は一歩前へ出る。
そして。
身体を淡い光が包んだ。
メタルピンクの髪が腰まで伸び、ゆるやかなウェーブへ。
右目は神々しく輝く金。
左目は鮮やかなピンク。
白を基調に、赤と金の装飾が施された神衣。
背中には巨大な白い翼。
その周囲には星のような光が舞う。
「アルテナ・アストラル」
神となった千乃。
その姿を見た真銀が目を見開く。
「千乃」
「大丈夫」
千乃は微笑む。
「ちょっと行ってくる」
「……分かった」
千乃が真銀の肩に手を置く。
「《ステルス・ヴェール》」
淡い光が真銀を包む。
「これで気配を完全に消したよ」
「俺は?」
「カミルにお願いする」
すると。
真銀の横に、いつの間にか小さな白龍が現れた。
「任せろ」
手乗りサイズのカミルが、真銀の肩へ飛び乗る。
「真銀は我が預かる」
「頼む」
千乃は一人。
パイライトのいる場所へ歩き出した。
その姿に。
街の人々が次々と振り返る。
「……誰だ?」
「見たことない人だ」
「すごい……」
そして。
千乃がパイライトの視界に入った瞬間。
「――千乃様!!」
パイライトの顔がぱっと明るくなる。
「千乃様!!」
ものすごい勢いで駆け寄ってくる。
「お会いしたかった!!」
「うわっ」
千乃が一歩後退する。
しかしパイライトは止まらない。
「やはり来てくださったのですね!」
「いや、そういうわけじゃ……」
「今日もお美しい!」
「ありがとう。でも――」
「この輝き! この神々しさ! やはり私の后に――」
「ならないよ?」
「もちろん今すぐ答えを出していただかなくても!」
「いや、答えはもう出してるよ?」
パイライトが千乃の手を取ろうとする。
千乃はすっと避ける。
「触らないで」
「……!」
周囲がざわつく。
パイライトは一瞬だけ固まった。
だが。
「恥ずかしがらなくてもよいのですよ、千乃様!」
「いや、普通に嫌だから避けたんだけど」
「そんな!」
パイライトが両手を広げる。
「私はあなたを幸せにしたい!」
「私はもう幸せだよ」
「私ならもっと!」
「必要ないよ」
「しかし!」
パイライトがなおも迫る。
その光景を見ていた街の人々が、次々と口を開く。
「……あんなに綺麗な人を?」
「独占しているのか」
「皇国の話が本当なら、酷いな」
「次期皇王殿下があれほど求めているのに」
「真銀という男は何者なんだ?」
千乃の目が細くなる。
「……」
パイライトは、その反応を見て満足そうに笑った。
「ご覧ください!」
街の人々へ向かって叫ぶ。
「千乃様も私を拒みきれないのです!」
「……は?」
千乃の笑顔が消えた。
そして。
背中の巨大な白い翼が、ゆっくりと広がる。
周囲の空気が変わった。
星の光が千乃の周囲を舞う。
「パイライトさん」
「は、はい!」
「一つだけ訂正するね」
千乃は静かに言う。
「私は、あなたを拒みきれないんじゃない」
金とピンクの瞳が、真っ直ぐパイライトを見る。
「**最初から、あなたを選ぶ気がないの。**」
「…………」
「私は真銀の妻」
一歩。
「そして真銀は、私の夫」
もう一歩。
「私たちの結婚を勝手に壊そうとしてるのは、あなたでしょ?」
パイライトの顔が引きつる。
「……千乃様」
「それと」
千乃は街の人々を見る。
「真銀は私を独占なんてしてないよ」
「……」
「私は、自分の意思で真銀と一緒にいるの」
静かな声。
けれど。
神となった千乃の言葉には、確かな力があった。
その瞬間。
後方から。
「……そういうことだ」
声がした。
千乃が振り返る。
そこには。
カミルに守られながら立っている真銀。
「真銀!?」
「気配を消していたが、もういいだろ」
カミルが小さな翼を広げる。
「話は十分聞いた」
そして。
小さな身体のまま、紅い瞳をパイライトへ向ける。
「人の婚姻を勝手に歪めて伝えるのは、感心しないな」
「……守護龍神……」
パイライトが青ざめる。
千乃は真銀の隣へ戻る。
「帰ろっか」
「ああ」
二人が並んで歩き出す。
頭上には、手乗りサイズのカミル。
背には神の翼。
その姿を見送る街の人々は。
今までとは違う表情をしていた。
「……独占じゃなかったのか」
「本人が自分の意思で一緒にいるんだな」
「それなら話が全然違う」
「皇国から聞いていた話と違うぞ……」
そして。
その場に残されたパイライトは。
「…………」
完全に固まっていた。
「……なぜだ」
拳を握る。
「なぜ、私の完璧な作戦が……」
その横で皇国の使者が小声で呟く。
「殿下」
「なんだ!」
「……そろそろ、本当に帰国されたほうが」
「嫌だ!!」
今日も街に。
パイライトの悲痛な叫びが響き渡った。




