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遊びのはずが・・・?

 その日の夜。


 千乃は自室にいた。


 ベッドの横に座り、なぜか右手には包帯。


 そして左目には眼帯。


 完全に。


 完全に厨二病だった。


「……ふふ」


 千乃は鏡に映る自分を見て、満足そうに頷く。


「こういうの、一回やってみたかったんだよね」


 右手を顔の前へ。


 左手を右手の肘へ添える。


 そして。


「我が右手に宿りし――」


 低い声を作る。


「漆黒の魔力よ……」


 千乃の右手に、ほんの少しだけ魔力が集まる。


「今こそ、その封印を解き放ち――」


 魔力が膨れ上がる。


「我が魂に応えよ!」


 床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「彼方より来たれ!」


 千乃は目を閉じる。


「我が僕となりし、深淵の悪魔よ!」


 魔法陣が激しく輝く。


「その姿を現せ!」


 ――ズドォォォンッ!!


 部屋いっぱいに黒い魔力が噴き上がった。


「……え?」


 千乃が目を開ける。


 黒い霧がゆっくりと晴れていく。


 その中心に。


 一人の少女が立っていた。


 黒髪のボブ。


 紅い瞳。


 頭から伸びる、黒い二本の角。


 そして背中には、大きな黒い悪魔の翼。


 黒を基調とした衣装を纏い、静かに千乃を見つめている。


「…………」


「…………」


 千乃と少女の視線が交差する。


 千乃は固まった。


「……え」


 少女も首を傾げる。


「……召喚、されました」


「…………」


 千乃は右手を見る。


 包帯を見る。


 眼帯を見る。


 そして、もう一度少女を見る。


「……えええええ!?」


 思わず立ち上がる。


「出てきた!?」


 少女はこくりと頷いた。


「はい」


「いや、待って待って!」


 千乃が慌てて魔法陣を見る。


「これ、遊びのつもりだったんだけど!?」


「……遊び」


「そう! 完全に遊び!」


 千乃は頭を抱える。


「まさか本当に召喚できるとは思わなかった!」


「では、私はどうすれば?」


「えっと……」


 千乃は少女をじっと見る。


 黒髪。


 紅い瞳。


 黒い翼。


 二本の角。


「……名前」


「名前?」


「うん。名前がないと困るでしょ」


 千乃は少し考える。


「悪魔……黒髪……赤い目……」


 そして。


「……ルシア」


 少女が目を瞬かせる。


「ルシア……」


「うん」


 千乃は笑う。


「今日から、あなたはルシア」


「……承知しました」


 ルシアは静かに頭を下げた。


「私の名は、ルシア」


 千乃は満足そうに頷く。


「うん。よろしくね、ルシア」


「はい。千乃様」


「……」


 千乃が固まる。


「なんで私の名前知ってるの?」


「召喚主ですから」


「そういうものなの!?」


「そういうものかと」


「……」


 千乃はしばらく黙った。


 そして。


「……まあ、いっか」


 こうして。


 ただの厨二病ごっこから始まった召喚によって。


 千乃の部屋には、新たな悪魔が一人増えた。


 その名は。


 ルシア。


 その直後。


 ――ドンドンドン!


 部屋の扉が勢いよく叩かれた。


「千乃!? なんかすごい音したけど!?」


 真銀の声。


「……」


 千乃はルシアを見る。


 ルシアも千乃を見る。


「……どうしよう」


「私が説明しましょうか?」


「いや、私がする」


 千乃は眼帯をつけたまま、扉へ向かう。


「どうぞー」


 ガチャッ。


 扉が開く。


 真銀が顔を出した。


「千乃、大丈夫か?」


「大丈夫だよ」


「……本当に?」


「うん」


 真銀は部屋の中を見渡す。


 床には、まだ薄く残る魔法陣。


 そして。


 千乃の右手には包帯。


 左目には眼帯。


 さらに、その隣には。


 黒髪ボブ。


 紅い瞳。


 黒い翼。


 二本の角。


 完全に悪魔の少女が立っている。


「…………」


 真銀が固まった。


「…………千乃」


「はい」


「誰?」


「ルシア」


「……何者?」


「悪魔」


「…………」


 真銀はもう一度、ルシアを見る。


 ルシアは丁寧に頭を下げた。


「初めまして。ルシアと申します」


「……初めまして」


 真銀も反射的に頭を下げる。


 数秒の沈黙。


「……千乃」


「うん」


「何があった?」


「遊びで召喚魔法使ったら出てきた」


「遊び?」


「うん」


「…………」


 真銀は右手の包帯を見る。


 左目の眼帯を見る。


 そしてルシアを見る。


「……その格好も?」


「もちろん」


「…………」


 真銀が額を押さえる。


「千乃」


「なに?」


「可愛いけど」


「うん」


「その格好でやる必要あった?」


「……やってみたかった」


「そうか……」


 真銀は深く息を吐いた。


 しかし、ルシアを見て少しだけ表情を緩める。


「まあ……新しい仲間が増えたってことでいいのか?」


「たぶん!」


 千乃が笑う。


「よろしくお願いします、真銀様」


「ああ。よろしく、ルシア」


 ルシアが微笑む。


 その横で。


 千乃はまだ右手の包帯と眼帯を外そうとしなかった。


「……」


 真銀がそれを見る。


「千乃」


「なに?」


「いつまでその格好でいるつもり?」


「…………もうちょっと」


「やっぱり気に入ってるんだな」


「うん」


 千乃は満面の笑みで答えた。


 千乃は、ふと思った。


「……もう一回やってみよ」


「え?」


 真銀が振り返る。


「またやるのか?」


「うん。今度は台詞を変えてみる」


「遊びじゃなかったのか?」


「遊びだよ」


「……そうか」


 真銀はもう止めなかった。


 千乃は右手を顔の前へ。


 左手を右肘に添える。


 そして。


「我が魂に眠りし、深淵の契約よ」


 魔力が集まる。


「遥かなる闇より目覚め、我が呼び声に応えよ」


 足元に魔法陣が浮かび上がった。


「その姿を現し――」


 魔法陣が輝く。


「――今ここに顕現せよ!」


 ――ズドォォォンッ!!


「また!?」


 真銀が思わず身を引く。


 黒い煙が部屋いっぱいに広がる。


 やがて。


 煙の中から、一人の少年が現れた。


 赤いメッシュの入った髪。


 鋭い紅色の瞳。


 頭には黒い二本の角。


 背中には、黒い悪魔の翼。


 少年はゆっくりと目を開ける。


「……」


 そして。


 すぐ近くにいたルシアを見た。


「……お兄様?」


「……妹?」


 二人が同時に首を傾げる。


 千乃も目を丸くする。


「え?」


 ルシアが少年を見る。


「間違いありません」


「何が?」


「私の双子の兄です」


「双子!?」


 千乃が驚く。


 ルシアは少年を見ながら、淡々と告げた。


「ルシアです。千乃様、私の双子の兄です」


「……いや、私も今初めて知ったんだけど」


 真銀が少年を見る。


「しかも、また召喚しただけで……」


「兄まで出てきたな」


「うん……」


 少年はそんな二人の会話を聞きながら、自分の手を見つめる。


「……僕も」


 ぽつり。


「僕も名前欲しい」


「……あ」


 千乃が気づく。


 ルシアには、召喚されたときに千乃が名前をつけた。


 でも、この少年にはまだ名前がない。


「そうだね」


 千乃は少年の前まで歩いていく。


 赤いメッシュ。


 黒い翼。


 ルシアの双子の兄。


「……ルシファー」


 少年が目を見開く。


「ルシファー……」


「うん」


 千乃は笑った。


「あなたの名前は、ルシファー」


「……」


 少年はしばらくその名前を噛みしめるように呟いた。


「僕は……ルシファー」


 そして、嬉しそうに笑う。


「ありがとう。千乃様」


「どういたしまして」


 隣ではルシアが微笑んでいる。


「お兄様、良かったですね」


「ああ」


 ルシファーはルシアを見る。


「妹と同じ主に仕えるんだね」


「はい」


「なら、僕も頑張る」


 その光景を見ながら、真銀がぽつりと呟いた。


「……千乃」


「ん?」


「これ、もう『遊び』で済ませていい人数じゃない気がする」


「……」


 千乃はルシアとルシファーを見る。


「……確かに」


 しかし。


 本人は少し嬉しそうだった。


 ルシファーは、改めて千乃を見る。


 そして、隣に立つルシアへ視線を移した。


「……ルシア」


「はい、お兄様」


 ルシファーは少し嬉しそうに笑う。


「魔族の中でも上位種である僕ら双子を召喚するなんて」


 千乃が瞬きをする。


 ルシファーは続けた。


「すごい主に仕えられるね」


「はい」


 ルシアも頷く。


「千乃様は、とてもお強い方です」


「そうみたいだね」


 ルシファーは千乃を見る。


「僕らを召喚できるほどの魔力を持っているんだから」


「……」


 千乃は少し考える。


「えっと……」


 そして。


「私、そんなつもりじゃなかったんだけど」


 真銀が横から口を挟む。


「そこなんだよな」


「?」


「遊びで召喚して、上位種の双子を二人とも呼び出してる」


「……」


 千乃がルシアとルシファーを見る。


「そんなにすごいの?」


「かなり」


 ルシファーが即答する。


「魔族の中でも、僕らは上位に位置する種族だから」


「へぇ……」


 千乃は少しだけ目を輝かせる。


「じゃあ、よろしくね。ルシア、ルシファー」


「はい、千乃様」


「うん。よろしく、千乃様」


 こうして。


 千乃がちょっとした遊び心で始めた召喚は。


 魔族の上位種である双子を、二人まとめて仲間にする結果となった。


 ルシアとルシファーは、千乃の前に並んでいた。


 真銀は少し離れたところで、その様子を眺めている。


「……で?」


 千乃が首を傾げる。


「何がそんなにすごいの?」


「「…………」」


 二人が固まった。


 そして。


 ルシアが真剣な顔で口を開く。


「千乃様」


「うん」


「私たちは、魔族の中でもかなり上位に位置する種族です」


「へぇ」


「へぇ、ではありません!」


 ルシアが珍しく声を張った。


「私たちのような上位種の悪魔は、普通の召喚術では呼び出せません!」


 ルシファーも隣で頷く。


「そう。そもそも召喚対象として認識されること自体が珍しいんだ」


「普通の術者なら、召喚陣を展開したところで、下位の魔族が出てくる程度です」


「中級以上になると、術者側にも相応の魔力や適性が必要になる」


「そして上位種ともなると、魔力だけでは足りません」


 ルシアが指を一本立てる。


「契約する側とされる側、その両方の相性」


 ルシファーが続ける。


「召喚術式の精度」


「魔力の質」


「術者の精神力」


「そして、召喚される側がその召喚を受け入れる意思」


 二人が交互に説明していく。


「それらすべてが揃わなければ、成立しません」


「しかも」


 ルシファーが一歩前へ出る。


「僕らはただの上位種じゃない」


 赤い瞳が鋭く光る。


「双子の上位悪魔だ」


「……双子だと、何か違うの?」


「大違いです!」


 今度は二人同時だった。


 千乃が少しだけ後ずさる。


「お、おう……」


「私たちは生まれた時から魔力の波長が非常に近いんです」


「互いの魔力を補完し合える」


「つまり、一体でも強力な上位種なのに」


「二体揃うことで、さらに力を発揮できる」


 ルシアが両手を広げる。


「そんな私たちを!」


 ルシファーも両手を広げる。


「一度の召喚で!」


 二人が千乃を指差した。


 背中合わせで。


 ビシッと。


「「まとめて召喚したんです!!」」


 部屋に声が響き渡る。


「…………」


 千乃はぽかんと二人を見る。


 真銀も腕を組んだまま、少し驚いた顔をしていた。


「つまり……」


 千乃が指を折りながら考える。


「めちゃくちゃ強い悪魔を……」


「はい」


「しかも双子で……」


「はい」


「二人まとめて……」


「はい」


「遊びで召喚した……」


「…………」


 ルシアとルシファーが黙った。


「……はい」


 ルシアが小さく頷く。


 千乃は自分の右手を見る。


 先ほどまで包帯を巻き、眼帯までして、


 いかにもそれらしいポーズで召喚した。


「……なんか、ごめん?」


「謝るところではありません!」


 ルシアが即座に突っ込んだ。


「むしろ誇ってください!」


「そうだよ」


 ルシファーも苦笑する。


「僕らほどの存在を、こんなに簡単に呼び出せる術者なんて、そうそういない」


 そして、ふっと笑う。


「僕らのほうこそ、驚いてるんだ」


「……?」


「こんな規格外の主に召喚されたんだからね」


 ルシアも千乃を見る。


「はい」


 その表情には、先ほどまでの驚きとは違うものがあった。


「私も、千乃様に仕えることができて光栄です」


「僕も同じだよ」


 ルシファーが笑う。


「よろしくね、ルシア」


「……!」


 ルシアが目を丸くする。


「……今」


「ん?」


「私のこと……」


「ルシア」


 ルシファーは当たり前のように呼んだ。


「これからは、ちゃんと名前で呼ぶよ」


 ルシアが少しだけ微笑む。


「……はい。お兄様」


 その様子を見ていた千乃は、


「なんか……」


 ぽつりと呟いた。


「ちゃんと双子っぽくなってきた」


「最初から双子です」


 ルシアが即答する。


「それもそうか」


 千乃は笑った。


 こうして。


 千乃の自室には、いつの間にか二人の上位悪魔が住み着くことになった。


 しかも。


 本人はまだ気づいていない。


 **自分が遊び半分で召喚した二人が、魔族界でもかなりヤバい存在だったことに。**


 ルシアとルシファーは、まだ千乃の前に並んでいた。


 千乃は二人を見比べる。


「……あ」


「はい?」


 ルシアが首を傾げる。


「二人ともさ」


「はい」


「そんなに敬語じゃなくていいよ」


「え?」


「なんか、めんどくさかったらタメ口でいいから」


「……」


 ルシアとルシファーが顔を見合わせる。


 先に口を開いたのはルシファーだった。


「……本当に?」


「うん」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ルシファーの口調が、少しだけ砕ける。


「よろしく、千乃」


「うん、よろしく!」


 ルシアも少し迷ってから、


「……じゃあ、私も」


 小さく息を吐く。


「よろしくね、千乃」


「うん!」


 千乃は満足そうに頷いた。


 すると。


「そういえば」


 ルシファーがふと思い出したように言う。


「千乃って、僕らを召喚したとき、全然魔力切れ起こしてなかったよね」


「魔力切れ?」


「うん」


 ルシアが説明を始める。


「上位種の悪魔って、召喚するだけでもかなりの魔力を使うんだよ」


「普通なら、召喚に成功したとしても……」


 ルシファーが指を立てる。


「数分も維持できないことが多い」


「術者の魔力が尽きれば、召喚契約も維持できなくなるから」


「そのまま魔界へ戻される」


 千乃は二人を見る。


「じゃあ、普通はずっとこっちにいられないの?」


「そういうこと」


 ルシファーが頷く。


「特に僕らみたいな上位種を二体同時に召喚した場合、維持するだけでも相当な魔力が必要になる」


「だから普通なら、召喚直後に魔力がほとんど空になる」


 ルシアが千乃を見る。


「……でも」


「?」


「千乃は、まったく問題なさそう」


「うん。別に減った感じしないよ?」


「…………」


 二人が再び顔を見合わせる。


「ルシファー」


「うん」


「この人……」


「ああ」


 二人の視線が千乃へ戻る。


「魔力量、おかしくない?」


「やっぱりそう思う?」


「うん」


 千乃は首を傾げる。


「そう?」


「そうだよ」


 ルシファーが苦笑する。


「僕らを二体同時に召喚して、そのまま維持できる」


「しかも、今の状態が一時的なものじゃない」


 ルシアが千乃の周囲を見回す。


「私たち、魔力が供給されている感覚すらほとんどないよ」


「え?」


「つまり」


 ルシファーが結論を出す。


「千乃が僕らを召喚したときに使った魔力が、それだけ余裕だったってこと」


「…………」


 千乃は少し考える。


「じゃあ……」


 二人を見る。


「このままずっといても大丈夫?」


「大丈夫どころか」


 ルシファーが笑う。


「僕らが消える心配をする必要がない」


「むしろ、私たちが魔力切れになる前に千乃のほうが先に疲れるのかすら怪しい」


「……なるほど」


 千乃は腕を組む。


「じゃあ、ずっと一緒にいられるね」


「うん」


 ルシファーが頷く。


「ずっと一緒にいられる」


 ルシアも微笑む。


「よろしくね、千乃」


「こちらこそ!」


 こうして。


 遊び半分の厨二病召喚から始まった二人の召喚生活は、どうやら長期契約になりそうだった。

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