勇者との作戦会議
魔王が消えたあと。
玉座の間には、静寂だけが残った。
真銀は。
しばらく動けなかった。
「……千乃。」
握った拳が震える。
ララも俯いている。
「千乃……。」
けれど。
数秒後。
真銀が、ふと顔を上げた。
「……待て。」
「え?」
ララが見る。
真銀は。
自分の腕を見る。
魔王に吹き飛ばされた。
確かに。
強烈な攻撃だった。
なのに。
「……傷がない。」
ライも自分の身体を確認する。
「……。」
アイシィも。
ラブリーも。
ララも。
誰一人として。
目立った傷を負っていない。
「……なんで?」
ララが首を傾げる。
真銀は。
さっきの光景を思い返す。
魔王の攻撃。
自分たちへ向かってきた魔法。
そのたびに。
千乃の身体が揺れていた。
「……まさか。」
真銀の顔から。
血の気が引く。
「全部。」
「千乃に……?」
ライが目を見開く。
「俺たちへの攻撃が。」
アイシィが続ける。
「千乃さんへ流れていた……?」
ラブリーが。
言葉を失う。
「そんな……。」
真銀は。
魔王が千乃を連れて行った方向を見る。
「だから。」
「千乃は。」
「俺たちが傷つくたびに。」
「……。」
真銀の声が震える。
「一人で。」
「全部受けてた。」
ララが。
ぎゅっと手を握る。
「……なんで。」
「なんで千乃は。」
「何も言わなかったの?」
真銀は答えられない。
ただ。
千乃の最後の姿を思い出す。
無表情だった。
けれど。
一筋だけ。
涙が流れていた。
「……感情が消えても。」
真銀が小さく呟く。
「守ろうとする気持ちは。」
「まだ残ってたんだ。」
ライが静かに頷く。
「鬼になろうと。」
「俺達にとっては千乃《主》だ。」
真銀は。
魔王城の奥を睨む。
「……だから。」
「絶対に連れ戻す。」
その瞬間。
真銀の腕輪が。
青白く光った。
まるで。
まだどこかにいる千乃へ。
呼びかけるように。
魔王城の奥。
千乃は、静かな部屋に立っていた。
魔王は玉座に座り、その姿を見つめている。
「……。」
千乃は無表情。
白い髪。
真紅の瞳。
黒い和服。
その身体には、先ほどの戦いで受けた傷が残っている。
それでも。
何も言わない。
魔王がゆっくり立ち上がった。
「千乃。」
「はい。」
「先ほど。」
「仲間を見ていたな。」
「……。」
「まだ感情が残っているのか?」
千乃は答えない。
ほんの少しだけ。
指先が震えた。
魔王は、それを見逃さなかった。
「……なるほど。」
「まだ残っている。」
千乃の瞳が。
一瞬だけ揺れる。
「真銀。」
その名前が。
無意識に口から漏れた。
「……。」
千乃自身が。
少し驚いたように目を見開く。
魔王は静かに目を細める。
「やはりな。」
「なら。」
魔王の手から。
黒い魔力が広がっていく。
「完全に消す。」
「……。」
千乃は逃げない。
「嫌だ。」
初めて。
はっきりと拒んだ。
「私は……。」
言葉が詰まる。
胸の奥に。
何かが残っている。
笑い声。
温もり。
帰る場所。
真銀の声。
ララの笑顔。
ライの言葉。
アイシィの声。
ラブリーの騒がしさ。
「……消したくない。」
魔王は。
静かに答える。
「なら。」
「俺の命令には従えない。」
「……。」
「戦うこともできない。」
「……。」
「お前は。」
「また迷う。」
黒い魔力が。
千乃を包む。
「だから。」
「消す。」
---
千乃の視界が。
暗くなる。
真銀の笑顔。
「お前が誰かを大切にしたいって気持ちは、俺だって分かってる。」
ララの声。
「千乃ー!」
ライの声。
「主。」
アイシィの声。
「……ここから先は、通らないほうが身のためかと。」
ラブリーの声。
「ラブリー・スミス!!復活+降臨ッ!!」
全部。
少しずつ。
遠ざかる。
「……。」
千乃の目から。
涙が流れる。
「嫌……。」
その声も。
やがて。
消える。
---
最後に。
一つだけ。
桜の花びらが。
千乃の記憶の中を舞った。
「空想だったはずの力も……」
千乃の声。
「夢だったはずの世界も……」
花びらが。
一枚。
落ちる。
「全部、現実になっちゃった。」
また一枚。
「だからもう、これは妄想なんかじゃない。」
最後の花びらが。
千乃の手の中へ。
「私たちが笑って、泣いて、ここまで歩いてきた、本当の――」
そして。
消える。
「……日常物語なんだよ。」
完全な静寂。
---
千乃が目を開ける。
真紅の瞳。
けれど。
そこには。
何もない。
涙も。
迷いも。
悲しみも。
喜びも。
怒りも。
愛情も。
すべて。
消えていた。
魔王が問う。
「千乃。」
「はい。」
「仲間をどう思う?」
「敵です。」
「真銀は?」
「敵です。」
「帰る場所は?」
千乃は。
一切の間を置かず。
「ありません。」
魔王は。
満足そうに頷く。
「……そうだ。」
千乃は。
静かに頭を下げる。
「命令を。」
その声は。
あまりにも。
冷たかった。
それから。
真銀たちは、一度城へ戻った。
誰も口を開かなかった。
千乃がいない。
それだけで。
いつもの星空の城が、妙に広く感じられた。
真銀はテーブルの上に地図を広げる。
「……魔王城へ行く。」
ライが頷く。
「当然だ。」
ララも拳を握る。
「千乃を連れて帰る!」
アイシィは静かに頷いた。
「ですが……正面からでは、魔王には勝てないでしょう。」
ラブリーも珍しく真剣な顔をしている。
「ええ。あの力は、私たちだけでは厳しいです。」
真銀は。
地図を見つめる。
「だから。」
「俺たちだけで戦う必要はない。」
その言葉に。
全員が顔を上げた。
---
翌日。
王都。
勇者ギルド。
扉が開く。
そこに立っていたのは。
一人の青年だった。
銀色の髪。
青い瞳。
腰には長剣。
白を基調とした軽装の鎧。
青年は真銀たちを見ると。
少し驚いたように眉を上げた。
「……君たちが、依頼主か?」
真銀が頷く。
「ああ。」
「名前を聞いても?」
青年は剣の柄に手を添え。
名乗った。
「俺は。」
「カイル。」
「イケメンの勇者、カイルだ!」
フッ、と前髪をかきあげる
ララが目を輝かせる。
「勇者だ!」
「そう呼ばれてる。」
「ほんもの!?」
「あぁ、本物だよ、お嬢さん。」
「すごーい!」
「あ、あれ?スルー?」
ライはカイルをじっと見る。
「……強いな。」
「フッ、俺の強さ、イケメンさが分かるのか?」
「従魔として生きてきた経験がある。」
「なるほど。」
カイルは笑う。
「君がライか。」
「そうだ。」
「話は聞いてる。」
アイシィが首を傾げる。
「私たちのことまで?」
「王都では結構有名だよ。」
そして。
カイルの視線が。
真銀へ向く。
「それで。」
「依頼内容は?」
真銀は。
一枚の紙を差し出した。
そこに書かれているのは。
ただ一つ。
**魔王討伐。**
カイルの表情が変わった。
「……魔王。」
「ああ。」
真銀は。
拳を握る。
「俺たちは。」
「魔王に連れて行かれた仲間を取り戻したい。」
カイルが。
紙から顔を上げる。
「仲間?」
「千乃。」
その名前を口にした瞬間。
真銀の声が僅かに震える。
「白い髪。」
「赤い瞳。」
「角がある。」
「黒い和服を着た女の子だ。」
カイルは。
しばらく黙る。
そして。
「……まさか。」
「知ってるのか?」
「魔王城の情報に。」
「似た人物が出てきた。」
真銀の目が鋭くなる。
「どんな情報だ?」
カイルは。
静かに答える。
「魔王の側に。」
「一人の鬼がいる。」
「……。」
全員が。
息を呑む。
「鬼は。」
「魔王の命令に従い。」
「侵入者を排除する。」
真銀の拳が。
ぎゅっと握られる。
「……それが。」
「千乃だ。」
カイルは。
真銀の目を見る。
「そうなんだな。」
「俺は。」
剣を抜き。
その刃を静かに掲げる。
「魔王を討つ。」
「そして。」
「君たちの仲間も。」
「必ず連れ戻す。」
真銀が。
カイルの手を握る。
「頼む。」
カイルは笑った。
「こちらこそ。」
「勇者と魔王。」
その言葉に。
ラブリーが少しだけ笑う。
「まさか。」
「こんな形で勇者と共闘することになるとは。」
ライが立ち上がる。
「なら。」
「行こう。」
ララも。
「千乃を迎えに行く!」
アイシィが。
「魔王城へ。」
真銀は。
最後に。
静かに呟いた。
「待ってろ、千乃。」
「今度は。」
「俺たちが迎えに行く。」




