空想だったはずの世界
星空の城。
その庭には。
一本の桜の木が立っていた。
満開。
夜空を覆うほどに広がった枝。
淡い桃色の花びらが。
星の光を受けながら、ゆっくりと舞っている。
風が吹くたび。
桜吹雪が庭いっぱいに広がる。
まるで。
この世界そのものが。
今日という日を覚えているかのように。
---
「……。」
千乃は。
その桜を見上げていた。
白い城。
星が輝く空。
自分で作った国。
大切な仲間たち。
そして。
隣にいる人。
「真銀。」
「ん?」
「覚えてる?」
真銀は少し考える。
「何を?」
千乃は桜を見る。
「最初の日。」
その言葉で。
真銀も静かに空を見る。
「ああ。」
「覚えてる。」
---
まだ。
何も知らなかった頃。
この世界に来たばかりの頃。
千乃は。
ただの少女だった。
自分が想像した力。
頭の中だけに存在していた設定。
誰にも見せることのなかった空想。
それが。
この世界では。
本物になった。
魔法。
魔物。
異世界。
そして。
真銀との出会い。
全部。
あの日から始まった。
---
「ねぇ。」
千乃が小さく笑う。
「私さ。」
「最初は。」
「この世界を見て。」
「夢を見てるんだと思った。」
真銀が頷く。
「俺もだ。」
「まさか。」
「本当に魔法があって。」
「本当に世界を変える力があるなんて。」
千乃は手を見る。
その手から。
小さな光が浮かぶ。
昔なら。
ただの想像だったもの。
今では。
当たり前のように存在している。
---
「でも。」
千乃は少しだけ目を伏せる。
「楽しいことだけじゃなかったね。」
真銀の表情が変わる。
「ああ。」
「いっぱいあった。」
戦い。
別れ。
絶望。
自分を犠牲にしようとした日。
大切な人を失いかけた日。
ラブリーが倒れた時。
世界修正体と戦った時。
全部。
消えることはない。
でも。
それも。
今の二人を作っている。
---
「千乃。」
「ん?」
「後悔してるか?」
突然の質問。
千乃は少し驚く。
「……。」
そして。
首を横に振った。
「してない。」
即答だった。
「苦しかったことも。」
「怖かったことも。」
「いっぱいあったけど。」
桜の花びらが舞う。
「全部。」
「今ここにいるために必要だったんだと思う。」
---
その時。
庭の奥から声。
「感動的な会話ですね!!」
二人が振り返る。
もちろん。
ラブリー。
記録結晶を持っている。
「ラブリーさん。」
「いつからいたの?」
「最初からです!」
「やっぱり……。」
真銀が額を押さえる。
「隠れる気あるのか?」
「ありません!」
即答。
「このような歴史的瞬間を見逃す恋愛ギルド長はいません!!」
ララが笑う。
「ラブリーさん、楽しそう!」
「当然です!」
「今日は特別な日ですから!」
---
千乃は笑う。
昔なら。
こんな光景。
絶対に想像できなかった。
自分の作った世界で。
自分の大切な人たちと。
笑っている。
---
「ねぇ。」
千乃が空を見る。
「私。」
「昔の自分に言いたいことがある。」
真銀が聞く。
「何を?」
千乃は少し考える。
そして。
優しく笑った。
「大丈夫って。」
「きっと。」
「想像したことは。」
「全部無駄じゃなかったって。」
---
桜が舞う。
花びらが。
千乃の肩に落ちる。
ラブリーは静かに記録している。
ララは走り回り。
ライは穏やかに見守り。
アイシィは空を眺める。
そして。
真銀は。
隣にいる千乃を見る。
---
この世界に来る前。
千乃が抱えていたもの。
誰にも見せなかった空想。
頭の中だけにあった力。
夢物語。
それらは。
消えたわけじゃない。
形を変えて。
今。
ここにある。
星空の城。
桜の庭。
夜風が優しく吹く。
花びらが舞い続ける中。
千乃と真銀は並んで座っていた。
遠くでは。
ララとライが言い合いをしている。
「ララ、食べすぎだ。」
「だって今日は特別な日なんでしょ?」
「だからといって全部食べていい理由にはならない。」
「アイシィー!」
「……ほどほどにしましょうね。」
いつもの光景。
いつもの声。
それを聞きながら。
千乃は笑っていた。
---
「不思議だね。」
真銀が隣を見る。
「何が?」
「こうしていること。」
千乃は首を傾げる。
「普通じゃない?」
真銀は少し笑う。
「昔のお前なら。」
「この光景を見たら。」
「絶対信じなかったと思う。」
千乃は空を見る。
「……うん。」
「信じないと思う。」
---
魔法。
異世界。
従魔。
国。
城。
結婚。
そして。
大切な人たち。
昔の千乃が想像していたもの。
でも。
昔の千乃が知らなかったものもある。
苦しさ。
怖さ。
失うかもしれない痛み。
それでも。
その先にある温かさ。
---
「ねぇ、真銀。」
「ん?」
「もし。」
「この世界に来る前の私が。」
「今の私を見たら。」
真銀は少し考える。
「どうすると思う?」
千乃は笑う。
「たぶん。」
「信じない。」
「何回説明しても。」
「嘘だって言うと思う。」
「でも。」
桜の花びらを手に乗せる。
「最後には。」
「ちょっとだけ。」
「羨ましがるかも。」
---
その時。
ラブリーが静かに近付いてくる。
いつもの勢いではない。
「千乃さん。」
「はい?」
「少しだけ。」
「聞いてもいいですか?」
千乃は頷く。
「何?」
ラブリーは桜を見る。
「この世界に来た時。」
「怖くなかったですか?」
千乃は少し黙る。
「……。」
「怖かったよ。」
意外な答え。
ラブリーは目を細める。
「そうですよね。」
「でも。」
千乃は続ける。
「怖かったけど。」
「一人じゃなかったから。」
真銀を見る。
「真銀がいた。」
ララを見る。
「みんながいた。」
「だから。」
「進めた。」
---
ラブリーは記録結晶を少し下げる。
「……。」
「それが。」
「千乃さんの答えなんですね。」
「うん。」
千乃は笑う。
「私。」
「最初は。」
「自分の想像が現実になったことが嬉しかった。」
「でも。」
「今は。」
「この世界で出会えた人たちのことの方が。」
「もっと大切。」
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風が吹く。
大量の桜の花びらが舞う。
千乃の髪。
真銀の肩。
みんなの周り。
優しく包み込む。
---
「……。」
千乃は目を閉じる。
この景色。
この時間。
全部。
昔なら。
ただの想像だった。
でも。
今は。
触れられる。
感じられる。
守りたいと思える。
---
真銀が静かに言う。
「千乃。」
「ん?」
「俺は。」
「この世界に来てよかったと思ってる。」
千乃は少し驚く。
「……。」
「私も。」
二人の手が重なる。
指輪が月明かりを反射する。
---
桜の木が。
大きく揺れる。
花びらがさらに空へ舞い上がる。
その光景を見ながら。
千乃は思う。
あの日、空想だったものは、確かにここにあった。
桜の庭。
夜は深まっていく。
それでも。
誰も帰ろうとはしなかった。
この時間が。
あまりにも大切だったから。
---
「ねぇ。」
千乃がふと呟く。
「みんな。」
「最初の頃の私って。」
どんな感じだった?」
ララがすぐに手を上げる。
「えっと!」
「変なこといっぱい言ってた!」
「ララ。」
ライが止める。
「間違ってはいない。」
「ライまで!?」
千乃は苦笑する。
「まぁ……否定できないけど。」
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アイシィが優しく笑う。
「でも。」
「千乃さんは。」
「最初から変わらないところもありました。」
「?」
「誰かを守ろうとするところです。」
千乃は少し黙る。
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真銀を見る。
「……。」
「私。」
最初から。
ずっと。
誰かを守ろうとしていた。
でも。
その方法は。
少し間違っていた。
自分だけが傷付けばいい。
自分だけが我慢すればいい。
そう思っていた。
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「昔の私は。」
「守るって。」
「一人で全部背負うことだと思ってた。」
真銀が静かに聞く。
「今は?」
千乃は周りを見る。
ララ。
ライ。
アイシィ。
ラブリー。
そして。
真銀。
「違うって思う。」
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「守るって。」
「一緒にいることなんだと思う。」
「傷付いた時。」
「助けてもらうことも。」
「守るってことなんだって。」
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少し離れた場所。
ラブリーは記録結晶を持ったまま。
静かに涙を拭う。
「……。」
「これは。」
「保存用ではなく。」
「永久保存用ですね。」
真銀が呆れる。
「結局記録するんだな。」
「当然です!!」
「これは千乃さんの成長記録ですから!!」
---
千乃は笑う。
「ラブリーさん。」
「はい?」
「ありがとう。」
ラブリーは首を傾げる。
「何がですか?」
「いっぱい。」
「私たちのこと見ててくれたから。」
「応援してくれたから。」
「……。」
ラブリーは少し照れたように笑う。
「それは。」
「恋愛ギルド長として当然の仕事です。」
「でも。」
「一人の友人としても。」
「あなたたちには幸せでいてほしいと思っています。」
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その言葉。
その笑顔。
千乃は覚えている。
一度。
失ったと思った。
もう聞けないと思った声。
でも。
今は。
ここにある。
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桜の花びらが舞う。
千乃は空を見上げる。
「……。」
「ねぇ。」
「みんな。」
「私。」
一つだけ。
まだ言えてないことがある。
全員が千乃を見る。
---
千乃は立ち上がる。
桜の木の下。
星空を背に。
風が吹く。
花びらが舞い上がる。
まるで。
この瞬間を待っていたように。
---
真銀が少し目を細める。
「千乃。」
「何か言うのか?」
千乃は笑う。
少し泣きそうな顔。
でも。
嬉しそうな顔。
「うん。」
「ずっと考えてた。」
---
空想だった日々。
夢だった世界。
全部が現実になった。
でも。
それだけじゃない。
その先に。
本当に伝えたいことがある。
---
千乃は。
ゆっくり息を吸う。
桜の花びらが。
さらに高く舞い上がる。
千乃は、桜の木の下でみんなの顔を見る。
ララ。
ライ。
アイシィ。
ラブリー。
そして。
真銀。
出会った時には。
想像すらできなかった光景。
---
「私ね。」
千乃が静かに話し始める。
「ずっと考えてたんだ。」
「この世界に来てから。」
「たくさんのことがあった。」
「楽しいことも。」
「嬉しいことも。」
「怖いことも。」
「悲しいことも。」
桜の花びらが舞う。
「世界修正体との戦い。」
「奈落に落ちたこと。」
「真銀を守るために。」
「全部を失いそうになったこと。」
真銀の表情が少し変わる。
でも。
千乃は笑っていた。
「ラブリーさんが倒れた時。」
「もう二度と会えないと思った時。」
ラブリーが少し目を伏せる。
「私。」
「何度も思った。」
「これは本当に現実なのかなって。」
---
千乃は空を見る。
星が輝いている。
昔なら。
ただ綺麗だと思うだけだった空。
今は、帰る場所の空。
「だって。」
「最初は。」
「全部、私の頭の中にあったものだったから。」
「魔法も。」
「力も。」
「異世界も。」
「こんな世界があったらいいなって。」
「そう思っていただけだったから。」
---
風が吹く。
桜の枝が揺れる。
大量の花びらが。
空へ舞い上がる。
千乃の髪が揺れる。
その瞳には。
涙が浮かんでいた。
でもその顔は。
笑顔だった。
---
「空想だったはずの力も、夢だったはずの世界も……全部、現実になっちゃった。」
静かな声。
でも、全員に届く。
「だからもう、これは妄想なんかじゃない。」
一歩。
千乃は真銀の方へ近付く。
花びらが二人の間を通り抜ける。
---
真銀を見る。
あの日。
初めて出会った人。
何度も助けてくれた人。
何度も叱ってくれた人。
自分が自分でいることを許してくれた人。
---
千乃は。
少し泣きながら。
でも、幸せそうに笑った。
「私たちが笑って、泣いて、ここまで歩いてきた、本当の——」
一瞬世界が静かになる。
星の光。
桜の花びら。
風の音。
全部が止まったように感じる。
そして真銀の目を見ながら。
優しく。
大切に。
その言葉を届ける。
「日常物語なんだよ。」
---
その瞬間。
桜の花びらが。
ふわぁぁぁぁっ、と。
二人を中心に舞い上がる。
空へ。
星へ。
まるで。
この世界そのものが。
千乃の言葉を祝福するように。
---
真銀は。
少しだけ笑う。
「……ああ。」
「そうだな。」
「俺たちの物語だ。」
千乃は頷く。
「うん。」
---
ララは涙を浮かべながら笑う。
「千乃ー!」
「ずるいよ!」
「そんなこと言われたら泣いちゃう!」
ライは静かに目を閉じる。
「……長い旅だったな。」
アイシィは優しく微笑む。
「でも。」
「素敵な旅でした。」
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そして。
ラブリー。
「……。」
記録結晶を持つ手が震えている。
「完璧です。」
「完璧すぎます……。」
千乃が振り返る。
「ラブリーさん?」
「これは。」
「恋愛ギルドの記録ではありません。」
「英雄譚でも。」
「伝説でもありません。」
ラブリーは笑う。
「一人の少女が。」
「大切な人たちと作った。」
「最高の日常の記録です。」
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桜の花びらが舞い続ける。
星空の城。
小さな国。
そこに暮らす人々。
笑う仲間たち。
隣にいる大切な人。
---
昔。
千乃が思い描いた世界は。
ただの空想だった。
でも。
今は違う。
触れられる。
笑い合える。
涙を流せる。
帰ってこられる場所がある。
---
だから。
これは。
妄想なんかじゃない。
夢物語なんかでもない。
千乃と。
真銀と。
みんなで歩いてきた。
本当の。
日常物語。
千乃「空想だったはずの力も、夢だったはずの世界も……全部、現実になっちゃった。
だからもう、これは妄想なんかじゃない。
私たちが笑って、泣いて、ここまで歩いてきた、本当の——日常物語なんだよ。」




