消えた笑顔
王都。
治療院。
静かな部屋。
窓から差し込む光。
その中で。
ラブリー・スミスは眠っていた。
いつもなら。
「大事件です!!」
「最高の恋愛イベント発生です!!」
そう叫びながら走り回っているはずの人。
でも。
今日は。
静かだった。
---
治療師がゆっくり首を振る。
「……。」
真銀は拳を握る。
アイシィは俯く。
ライも目を閉じる。
ララは。
ずっとラブリーの手を握っていた。
「起きてよ……。」
「ラブリーさん……。」
「まだ。」
「千乃と真銀のこと、いっぱい応援するって言ってたじゃん……。」
返事はない。
---
その頃。
エリシアの国。
空を覆っていた黒い魔力。
鬼化した千乃。
怒りで満たされた瞳。
その前に。
真銀が現れる。
「千乃。」
千乃は振り返らない。
「……。」
「ラブリーは。」
真銀の声が震える。
「もう……。」
一瞬。
世界の音が消えた。
千乃の瞳が揺れる。
「……。」
「嘘。」
「嘘だよ。」
「だって。」
「ラブリーさんは。」
「いつも。」
「うるさくて。」
「勝手に記録して。」
「勝手に感動して。」
声が少しずつ震える。
「……。」
「なのに。」
「なんで。」
黒い翼が小さく揺れる。
鬼の姿が。
少しずつ崩れていく。
「私。」
「守れなかった。」
真銀が千乃の前へ立つ。
「違う。」
「千乃。」
「お前のせいじゃない。」
でも。
千乃は首を振る。
「違う。」
「私は。」
「いつも。」
「自分が傷付けばいいって思ってた。」
「でも。」
「大切な人が傷付くのは。」
「こんなに……。」
言葉が続かない。
---
その時。
空に。
小さな光が浮かんだ。
ラブリーがいつも使っていた記録用の魔石。
そこに。
最後の記録が残されていた。
淡い光の中。
ラブリーの声。
「もしも。」
「この記録が再生されているなら。」
「きっと。」
「みんな泣いていますね。」
千乃の目から涙が落ちる。
「……。」
「でも。」
「泣く時間は少しだけにしてください。」
「私が好きなのは。」
「笑っている二人ですから。」
いつもの明るい声。
「千乃さん。」
「真銀さん。」
「幸せになってくださいね。」
「それが。」
「恋愛ギルド長としての。」
「最後のお願いです。」
光が消える。
---
長い沈黙。
千乃は空を見る。
そして。
ゆっくり拳を握る。
「……。」
怒りではない。
憎しみでもない。
ただ。
深い悲しみ。
「ラブリーさん。」
「約束する。」
「私。」
「ちゃんと幸せになる。」
「真銀と。」
「みんなと。」
真銀が隣に立つ。
千乃はもう一度。
前を見る。
エリシアの国。
まだ終わっていない。
でも。
今度は。
怒りで進むんじゃない。
ラブリーが守ろうとしたものを。
壊さないために。
二人は歩き出した。
エリシアの国。
王都の空。
昼間だったはずの空が。
黒い雲に覆われていた。
街の人々が空を見上げる。
「……何だ?」
「魔物か?」
「いや……。」
「あれは……。」
黒い翼。
真紅の瞳。
白い髪。
二本の角。
黒い和服のような衣。
ゆっくりと空から降りてくる姿は。
まるで。
昔話に語られる鬼そのものだった。
千乃。
けれど。
そこに。
いつもの笑顔はない。
「……。」
言葉もない。
ただ。
城だけを見ている。
---
「千乃!」
後ろから真銀の声。
しかし。
千乃は振り返らない。
「戻れ。」
「お願いだ。」
「ラブリーは。」
「お前にこんなことを望んでない。」
その言葉に。
一瞬。
千乃の足が止まる。
でも。
握った手から。
黒い魔力が漏れる。
「……分かってる。」
小さな声。
「分かってるよ。」
「でも。」
「このまま。」
「何もしないなんて。」
「できない。」
---
城門前。
護衛たちが集まる。
しかし。
誰も動けない。
目の前の存在から感じる力。
それは。
戦う相手ではなく。
災害に近かった。
「止まれ!」
一人の騎士が叫ぶ。
「これ以上進むなら――」
千乃がゆっくり顔を上げる。
「……。」
指先が動く。
黒い羽が。
空中に浮かぶ。
しかし。
発射されない。
ただ。
城壁の周囲に並ぶ。
「警告。」
淡々とした声。
「これ以上。」
「私の大切な人を傷付けるなら。」
「許さない。」
その瞬間。
空気が震えた。
---
「千乃。」
真銀が前へ出る。
「お前が壊したいのは。」
「この国か?」
「それとも。」
「ラブリーを失った悲しみか?」
千乃の瞳が揺れる。
「……。」
「私は。」
「ただ。」
「もう誰も。」
「私の大切な人を奪わないでほしいだけ。」
その声は。
怒りより。
悲しみに近かった。
---
城の中。
エリシアは震えていた。
初めて理解する。
千乃が怒っている理由。
自分を奪われそうになったからではない。
真銀を傷付けられたからでもない。
ラブリーが。
大切な仲間だったから。
「……。」
エリシアの手から杖が落ちる。
---
千乃の魔力がさらに高まる。
鬼の姿。
黒い翼。
紅い瞳。
けれど。
その奥には。
まだ。
千乃がいる。
完全に消えてはいない。
「……ラブリーさん。」
「見てるかな。」
小さく呟く。
「私。」
間違ってるかな。
その言葉は。
誰にも届かない。
---
真銀が千乃の隣へ立つ。
「一人で背負うな。」
「……。」
「今度は。」
「俺もいる。」
千乃の翼が少し揺れる。
ララ。
ライ。
アイシィ。
後ろの仲間たちも。
静かに並ぶ。
怒りで燃える鬼を。
引き戻すために。
ライがそっと声をかける。
「鬼になろうと、俺達にとっては千乃だ。」
---
千乃は城を見る。
そして。
ゆっくりと目を閉じた。
「……。」
「ラブリーさん。」
「あなたなら。」
「きっと怒るよね。」
「幸せになるって約束したのに。」
「全部壊したら。」
黒い魔力が少しずつ弱まる。
鬼の姿が。
わずかに揺らぐ。
怒りと悲しみの間で。
千乃は立ち止まった。
星空の城。
夜。
誰もいない大広間。
千乃は静かに立っていた。
目の前には。
淡い光だけが浮かんでいる。
「……。」
真銀たちは遠くから見守っていた。
声をかけることができない。
今の千乃が。
どれだけ必死なのか分かっていたから。
---
千乃は両手を広げる。
赤い魔力。
神の光でも。
鬼の闇でもない。
千乃自身の魔力。
それがゆっくり集まっていく。
「ラブリーさん。」
「あなたが守ったもの。」
「あなたが大切にしたもの。」
「全部。」
「まだここにあるよ。」
光が形を作っていく。
髪。
顔。
手。
服。
そして。
いつも身につけていた恋愛ギルドの装飾。
少し大げさな笑顔まで。
まるで。
今にも。
「大事件です!!」
と叫び出しそうな姿。
完成した姿は。
生きていた頃のラブリー・スミスと。
何一つ変わらなかった。
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ララが息を呑む。
「……ラブリーさん。」
アイシィも静かに見つめる。
「本当に。」
「そこにいるようです。」
ライは黙ったまま。
拳を握る。
---
千乃は。
作り上げたラブリーを見つめる。
「……。」
「起きて。」
「お願い。」
「また。」
「うるさいくらい話してよ。」
返事はない。
分かっている。
これは。
千乃の魔力で作った存在。
記憶。
姿。
声。
全部。
ラブリーそのもの。
でも。
魂までは。
戻らない。
---
千乃の目から涙が落ちる。
「……。」
「やっぱり。」
「足りないんだ。」
その瞬間。
後ろから真銀が歩いてくる。
「千乃。」
「……。」
「それでも。」
「お前は。」
「ラブリーを忘れてない。」
千乃は振り返らない。
「でも。」
「帰ってきてほしい。」
真銀は静かに頷く。
「分かってる。」
「俺もそう思う。」
---
その時。
作られたラブリーの姿が。
ほんの少しだけ揺れた。
「……?」
千乃が顔を上げる。
淡い光。
一瞬だけ。
小さな声が響いた。
『……千乃さん。』
千乃の瞳が開く。
「……!」
『泣かないでください。』
『せっかくの綺麗な顔が台無しです。』
その声。
間違えようがない。
ラブリー。
---
千乃は動けなかった。
「……ラブリーさん?」
『はい。』
『恋愛ギルド長、ラブリー・スミスです。』
いつもの声。
いつもの調子。
千乃は涙を流しながら笑う。
「……。」
「本当に。」
「最後まで。」
「ラブリーさんだね。」
『当然です!!』
『二人の幸せを見届けるという大役が残っていますから!!』
その言葉に。
真銀が目を伏せる。
ララは泣きながら笑う。
ライも静かに目を閉じた。
失ったと思ったもの。
それは。
完全に消えたわけではなかった。
千乃が作った身体。
そして。
残された想い。
それらが重なり。
小さな奇跡が始まっていた。
静かな大広間。
淡い光に包まれたラブリーの身体。
千乃は息を止める。
「……。」
次の瞬間。
光が一気に弾けた。
パァァァッ!!
星空の城全体が震える。
魔力の粒が舞い。
花びらのような光が天井へ昇っていく。
そして。
その中心で。
ゆっくりと。
ラブリーが目を開けた。
「……。」
数秒の沈黙。
千乃が小さく呟く。
「ラブリーさん……?」
すると。
ラブリーは。
ゆっくり起き上がる。
そして。
満面の笑顔。
「ラブリー・スミス!!」
「復活+降臨ッ!!」
ビシッ!!
謎の決めポーズ。
一瞬。
全員が固まった。
「……。」
「……。」
「……。」
そして。
ララが飛び跳ねる。
「ラブリーさんだーーー!!」
「本当に戻ってきた!!」
アイシィも目を細める。
「……お帰りなさい。」
ライは小さく息を吐く。
「相変わらずだな。」
真銀は。
ただ静かに笑った。
「……。」
「本当に。」
「戻ってきたんだな。」
---
千乃は。
動けなかった。
何度も。
失うと思った。
何度も。
もう会えないと思った。
でも。
今。
目の前にいる。
いつものラブリー。
「……。」
千乃の目に涙が浮かぶ。
「ラブリーさん。」
ラブリーは首を傾げる。
「はい?」
「……。」
「ありがとう。」
その言葉に。
ラブリーは少しだけ優しい顔になる。
「千乃さん。」
「私は。」
「あなたたちの幸せを見るために戻ってきました。」
「勝手にいなくなるなんて。」
「恋愛ギルド長として許されませんから!」
「そこなんだ……。」
真銀が思わず突っ込む。
---
ラブリーは周囲を見る。
そして。
指を鳴らす。
パチン。
大量の記録結晶が出現。
「では!!」
「復活記念!」
「第一回!」
「千乃さんと真銀さんの新婚生活追加記録会を――」
「待って。」
千乃が即座に止める。
「復活して最初の発言それ?」
「もちろんです!!」
「ラブリーさん……。」
千乃は呆れながら笑う。
でも。
その笑顔には。
もう悲しみだけではなかった。
---
星空の城。
失われたはずの声が戻る。
また。
騒がしい日常が帰ってくる。
そして。
王国中に知らせが届く。
『恋愛ギルド長、ラブリー・スミス』
『奇跡の復活』
『本人曰く――』
『まだまだ二人の幸せを記録し足りない!!』
その知らせを聞いた王都の人々は。
みんな同じ反応をした。
「……あの人らしいな。」
星空の城には。
また。
笑い声が響いていた。
ライ「鬼になろうと、俺達にとっては千乃《主》だ。」




